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道なりに進むにつれ、段々と熱気が薄れてきた。マグマ溜りから離れているのだろう。
そのまま進んでいると、更に空気が冷えていく。温熱源から離れただけではなく、冷熱源に近づいている。
感覚的にはすぐに理解したが、不思議な配置に首を傾げた。
「ジャピタ。さっきまでの熱さは、マグマ溜りが近くにあった所為だよな?」
「ウン! チカク、アッタ!」
「なら、目指している涼しい場所の近くに、空気を冷やす様な代物はあるか?」
「ウン! コオリ、タクサン!」
「……溶岩洞と氷穴があるダンジョン、だと?」
「マグマ、コオリ、ハンタイ! アッタカイ、アツイ、スズシイ、サムイ!」
「……まるで四季だな」
ダンジョンは大抵、極端な環境になっている場合が多い。モンスターにとっては冒険者を弱らせて仕留めやすくなる。
逆に冒険者達にとっては、特殊なモンスターの素材を得られて金や装備が潤う。上手く利用できた方が益を得る。
この場所のような、春夏秋冬の温度差を現しているダンジョンは初めてだ。少なくとも、イオの記憶の中にはない。
ジャピタはあっても忘れているだろうから、実質初めてだ。
そう考えると、集落の異質感が少し薄れる。
気温だけ考慮すれば住みやすい場所だ。モンスターの襲撃という一番の問題が残っているが、推測するには情報がない。今は頭の隅においておく。
暫くすると、道の先が明るくなっていく。そこに辿り着くと、だだっ広い空間が出迎えてくれた。
上にも横にも開けた空間は、積み重なった岩があちこちに点在している。その高さも、岩一つの大きさも全て疎ら。
全て天然と考えるには、少し不自然である。
最初にできた天然物に合わせて、人工的に数を増やした。そう考えられる。
現に、岩影に似た様な道がいくつか確認できた。意図的に道を隠す形である。更なる侵入を防ぐ為に、集落側の存在が設置したのだろう。
このダンジョンの住民は、想像以上に知能が高いようだ。人間か、それに似た存在に違いない。そうなると、モンスターに関しても何らかの対策をしているはすだ。
同時に、強い知能を持つ存在は感情豊かだ。イオ達の餌となる負の感情を持ってもおかしくはない。
「集落の中に取引相手……少し引っかかるな」
「イザコザ? ドロドロ?」
「可能性はあるが……それなら、アタシらを呼ぶまで耐える必要はない。軽く怪我をさせて、モンスターの前にでも放り投げれば簡単に終わる。後処理もしてくれて、かなり楽な手段だろ?」
「ツヨイ?」
「あー……その可能性もあるか」
ジャピタの答えに、納得するイオ。
取引相手が恨む人物像が、誰より強く優しく、周りに尊敬され、英雄視されているとする。
その相手が、自分だけ迫害してくる。或いは、雰囲気を明るくせながら追い詰めてくる。
そういう時、狭いコミュニティ内で相手に虐げられていると訴えた所で、どちらを信用するかは明白だ。そこで周囲が味方になるなら、最初の時点で止めている。
この場合、イオが考えた案は使えない。戻ってきた時のリスクも大きく、二人きりになった時点で怪しまれるからだ。
そこまで考えた後、イオは首を振って考えを消した。情報が何もない状態での完全な憶測だ。
さっさと集落に行けば、答えは自ずと分かってくる。
「ジャピタ。先を急……!?」
『彗星の火球!』
提案を言い終える前に、少し離れた所から敵意が跳ね上がった。魔力が練られる気配と共に詠唱が響く。
膨れ上がった魔力の行先は、天井付近。勢いよく顔を上げれば、視線の先に拳大の火球がいくつも存在していた。
それが順次、彗星の名の通りにイオ達目掛けて突っ込んでくる。咄嗟にジャピタの首根っこを掴み、真後ろに飛んだ。
先程までいた場所に火球が降り注ぎ、強い衝撃と轟音を響かせる。
割れた岩やえぐれた地面が土煙となって舞い、煙幕代わりに丁度良い。イオは無事なオブジェを確認し、その裏影に潜んだ。
「ボーケンシャ!」
「分かってる。少し黙ってな」
驚きで声量が上がったジャピタの口を手で抑える。隠れるには、ジャピタの大袈裟な反応は邪魔だ。
ゆっくりと土煙が晴れていく。その奥から、数人の男女がこちらに近づいてきた。
普遍的な服装と装備だ。おかげで判別しやすい。
男が剣士と狙撃手、女が重騎士と魔道士と僧侶。近距離、近距離と盾役、遠距離、魔法に回復。
なかなかバランスの取れたパーティーだ。
五人は魔法の跡地を見回した後、あから様に機嫌を悪くした。
「おい! 何もドロップしてねーぞ!? ちゃんと殺ったんだろーな!?」
「勿論。だって、マーメイドよ? マーメイドのドロップ品って、女性を美しくする為の物ばかりなの。だからこそ、魔力消費が大きいけど威力もスピードもある魔法を使ったわよ」
「でも、リーダーの言う通りじゃーん。アイテムどこ〜」
「……爆風で散った?」
「かもしれないね。少し休んでからもう少し探してみよう?」
狙撃手の言葉に、他のメンバーは言い争いを止めた。その場に座り込み、荷物を降ろす。小休憩をするつもりだ。
通り道に陣取られて邪魔だが、世間話で情報が出てくるかもしれない。
モゴモゴと動くジャピタの口が開かないようにしつつ、冒険者達に意識を向ける。
「今、手持ちどんなもんだぁ?」
「え〜、覚えてな〜い」
「今日は冰狼のドロップ品が多いかな?」
「……そこそこ数がある。マーメイドのドロップを回収したら、引き返すべきかもしれん」
「そうね。マーメイドの報告もした方がいいわ。レアよ、レア。ギルドから報酬が出るかもしれないわね」
「お、今回は儲けがデケェな!」
下品な高笑いが響いてきた。やはり、イオもこのダンジョンのモンスターだと信じている。
水場がない所に発生するかと思うが、ダンジョンにそういう常識は通用しない。向こうも理解しているからこそ、マーメイドの存在に違和感は覚えない。
実力にも自信を持っているようだが、ドロップ品がない事から生存を疑うべきである。
それをしない辺り、冒険者に不向きな性格の連中だ。くだらない話に耳を傾けていると、重要な情報が入ってくる。
「ところでさ〜。マーメイド湧きが、あの勇者達がここに居まくってる訳なん?」
「……可能性はある。女勇者に他の勇者は骨抜き状態だ。マーメイドのドロップ品を献上しているかもしれない」
「それなら、先に魔王を退治してほしいけどね」
「ホントそれな! こんなとこで油食ってんじゃねーよ! たっけぇ金使って異世界から呼び寄せた勇者様なんだろーが!」
「リーダーに同意よ。チート能力とやらがあるのだから、こちらの取り分を奪いに来ないで欲しいわよ」
よく聞く内容だが、聞きたくなかった単語がちらほら聞こえた。自分でも分かるほど、思いっきり顔を顰める。
異世界召喚者による魔王退治の旅。聞き慣れたフレーズは、大半がろくでもない中身だと悟っている。
劇中に必ずといっていいほど登場し、九割近くは敵側としてお出迎えだ。つまり、恨みを根こそぎ買う様な連中ばかり。
中にはまともに旅をしている異世界召喚者もいるだろうが、邪神達が呼ばれた世界ではお目にかかったことがない。
幸いと言うべきか、愚痴を零し続けている冒険者達は取引相手ではなさそうだ。
不満を抱えてはいるが、面と向かって言えずに仲間内で吐露して気持ちを共有する。
こちらと関係がないなら、近づく必要はなさそうである。
ただ、小休憩という名の愚痴大会は暫く続きそうだ。
早く退いて欲しい。まだ暑さが勝っているこの場所から、先に進みたい。
そう思っていると、別方向から気配を感じた。
限りなく人に近いが、人では無い。
曖昧な気配は、冒険者達の方へ近づいていく。冒険者達が気づく様子はない。ダンジョン内で気を抜きすぎだ。
異世界召喚者については、独占デーモン・5にて詳しく書かれています