13.イッザラーム視点
「テーミスちゃーん。これ、壊れったんじゃね?」
「え〜困る〜超困る〜。ルルアちゃん、突っ付けば治んない?」
「うーん……あ、気絶なうだわ」
「マジ? ま〜ちゃんと一巡したからおーけー☆」
ラミア達の愉快な会話を、塞ぐ為の手は未だに拘束されたままだ。解放された頭は下へ向けている。
情けなく涙が零れ落ちていくが、どうでもよかった。
視線を上げてはいけない。
上げたら、最愛の妹の最悪な姿が目に焼き付いてしまう。
元婚約者は、見た目同様の中身に成り下がっていた。
自分本位な欲望をファティマにぶつける姿は、野生の獣そのものだった。
その壮絶な光景に当てられ、一人また一人とファティマを取り囲んだ。
異様な雰囲気に既に他の人が手を出した後。生存欲と罪悪感のバランスを崩す後押しとなった。
穢され、嬲られ、弄ばれ。
その中には、義両親となる国王夫婦もいた。
泣き叫ぶファティマが頭から離れない。
最高の日となるはずが、最悪な日だ。
何故こうなった。自分はただ、ファティマの幸せを、初恋のあの人の娘を幸せにしたかっただけだ。
ファティマが産まれた時からその想いは変わらない。だというのに、この仕打ちはあまりにも酷い。
「悔しー? でもねー、ディーナちゃんも同じ気持ちだったんだよ☆ むしろ、何も知らなかったから、余計に絶望してたんだ〜」
いつの間にか、ディーナ似のラミアが目の前に来たようだ。頭上から降り注がれる言葉に、目を丸くする。
ディーナと同じ。ファティマの幸福の為に、イッザラームが同じ絶望へと陥れた。
一瞬だけ、胸が痛む。
この計画を立ててから、初めての痛みだった。
「はいはい! メインディッシュのお時間でぇ〜す☆」
楽しげな声と共に、またもや頭を掴まれた。今度はそのまま持ち上げられ、後ろ手に立たされた状態になる。
隣に別のラミアが、ズバイッルを同じ様に立たせている。ファティマを守れなかったショックから青ざめたままだ。
無理やり向かせられた自分達と、興奮したままの人々が声の方を眺めた。
ディーナ似のラミアが片手に一つずつ、二つの球体を持っている。青い水晶だ。ほのかに輝き、イッザラームを穏やかな気持ちにさせた。
だが、それを掲げるラミアは、冷たく醜い笑みを向けている。
「これ、何だかわかる? わからないよね? せーかいは〜、ルーイナ国とバンダルク国のオアシス、その源でぇす☆」
「…………は……?」
「アホ顔やば〜い☆ でも、事実なんだよね〜☆ 水神様の力が宿ったこれが、オアシスを生み出してんの! 別の神様の力で、引っこ抜いたから〜あと一週間でオアシス干上がんよ!」
洒落にならない言葉に、あちこちで悲鳴が上がる。
嘘だ、ハッタリだ。
このラミア達は常に巫山戯ており、話す内容の真偽が掴みづらい。混乱も相まって、余計に判別がつかない。
だから、青い水晶から不思議な感覚がしても、嘘だと思いたいのだ。
「まー嘘かどうかは後で分かるっしょ。それよりテーミスちゃん、はよ!」
「お〜け〜☆」
ディーナ似のラミアが返事をした後、イッザラームとズバイッルの前に立つ。
ゾッとする冷笑を浮かべながら、唇を軽く舐めた。
そして、腕を振り上げて二人の左胸に突き刺した。
目が映す光景を脳と体が反応する前に、腕が引き抜かれる。血に濡れた手から、青い水晶が消えていた。
直後、激痛が全身に走る。
「ぎぃっ、ああああああ!」
「ぐおおおおおおおおおおお!」
叫び、身を捩り、痛みから逃れそうと藻掻く。
経験したことなどない痛み。恐ろしい程、冷たく痛い。
冷気が中心から末端へ流れ戻っていく。身体の内側から凍りつきそうだ。
その痛みも少しずつだが落ち着いていき、大きく呼吸をする。
荒い呼吸の中で、心臓を貫かれて生きている自分に息が止まりかけた。
思い返せば、熱を持った痛みどころか真逆の冷たい痛み。人体が得るべき感覚では無い。
では、何が起こったか。呆然とする二人を、ラミア達がくすくす嘲笑う。
「上手く置き変わったね〜!」
「でぃー、な……俺達に、何をした……?」
「ディーナちゃんは死んで、テーミスちゃんだっての! もー終わりだけど、そこ間違えないでよねー元兄! 何をしたかって言うと〜。元兄と元婚約者、二人の心臓を水源に置き換えたの☆」
「何だい、それ……」
「皆も分からないみたいだしー? 実際見た方が早いよね〜☆」
そう言いながら、ラミアは剣を拾って振るった。
鋭い刃は腹部を横一線したらしく、衣類が切れて傷ついた皮膚から血が吹き出す。
否、血ではなかった。
自分の傷口から溢れる液体は、濃い赤ではなく青みがかった透明。
「あ、うわああぁああああぁあ!?」
「な、何だこれは!?」
苦痛よりも恐れが勝った。狼狽していると、勝手に傷口が閉じていき消えた。
人ではありえない光景に震える一方で、ラミア達はより愉悦を感じていた。
「心臓の代わりに水源を置いた結果! この二人はオアシス化しました〜イエ〜☆」
「ヒューッ! つまり、体液が水になったって事ー?」
「イエース☆ すぐ傷は塞がるしー? 切断しても問題ないしー? 水源の力が消えるまで死ななーい!」
「すっご! 水欲しくなったら、傷つければいーんだね!」
「でも〜すぐ塞がるからね〜。オススメはぁ、オアシスの中心にパイプ突き刺して放置だよぉ☆」
笑いながら話す内容ではない。
信じられない話だが、自分の腹から血ではない液体が出たのだ。事実と受け取るしかない。
自分とズバイッルは人ではなくなり、水を生み出す存在となった。水を得るには、自分達が苦しむ必要がある。
それがいつまで続くか不明だ。水神様の、神の力がどこまで続くか。
恐る恐る周りを見渡す。自分達を眺める人々の目は、ギラギラと嫌な光を帯びていた。
生き残る為に、ファティマを甚振った後だ。生活に必要な水を得る為に、自分達を痛める事に躊躇は無いだろう。
急に解放され、その場に崩れ落ちる。ラミア達は嘲笑いながらこの場から去ろうとしていた。
「じゃあ、ごゆっくり苦しんでね〜☆」
「待っ……」
一緒に連れて行って欲しい。助けて欲しい。そう声かける前に、一気に加速してラミア達が去っていく。
代わりに近づいてくる民衆達。周りを取り囲んで逃げ道を潰し、ズバイッルに剣を取らせないよう輪の外へ放り投げている。
「父上、母上……!」
「ズバイッル……分かってくれるよな?」
「イッザラーム様も、国の為に尽力を」
「止めっ、止めてくれぇぇぇ!」
多くの手が伸びてくる。地獄へ引きずり込む亡者の手にしか見えなかった。
目には目を。
歯には歯を。
陵辱には陵辱を。
裏切りには裏切りを。