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12.イッザラーム視点

 

「ぐあっ!?」

「くっ……」

「ズバイッル様! お兄様! きゃああ!」

「ファティマ!」


 顔を上げれば、ズバイッルも同じ様に拘束された。

 別のラミアが、乱暴な手つきでファティマを放り投げる。か細い体や衣類に砂が付き、ファティマは涙で瞳を潤ませた。

 ディーナ似のラミアが近づき、冷ややかにファティマを見下ろす。ファティマが危険だ。


「止めてくれ、ディーナ! 僕は何をされてもいい! ファティマは何も悪くないんだよ!」

「そうだ、ディーナ! ファティに手を出すな!」


 イッザラームとズバイッルの懇願を、ディーナ似のラミアは鼻で笑い飛ばした。


「何言ってんの? テーミスちゃんは知ってます〜。このオンナのワガママが原因(げーいん)だって☆」

「我儘だなんて……私はただ、ズバイッル様と結ばれたいと願っただけで……」

「そ・れ・が! ワガママでしょ!? ディーナちゃんの婚約直前で自分に甘〜い兄にオネダリして! てか、婚約者がカワイソーだわ〜」

「テーミスちゃんの言う通りだよね〜。調べたんだけどさ、アータが婚約者に『ガイアローズ』欲しーって言った癖に、魔物の毒で顔面爛れた婚約者をぽーいってマジありえん!」

「ねー! 辺りの魔物が暴れる時期だってのに、今欲し〜の〜って泣き落としたんでしょ? 命懸けで取ってきた婚約者を簡単に捨ててぇ、次点の男と結婚したいとかぁ、マジ最低の面食いオンナだわ〜」




 何故、その事実を知っている。恐怖より疑念が先に出た。



 図星を指されたファティマは涙を流す。

 縋るような視線をズバイッルに送るが、婚約の裏事情を知ったズバイッルは放心状態だ。


 ガイアローズは砂漠で見つかる花開く石の中でも、大輪の花に薄らと色付いた珍しい品だ。

 それが発生する場所は毒を持つ魔物の縄張りに近く、特に繁殖期は凶暴な為に立ち入り禁止だ。


 ヴェールにガイアローズを着けたいと願ったファティマの為、婚約者はその場所に立ち入って毒を浴びた。

 騎士らしい無骨ながらも整った顔立ちは醜くなり、恐ろしい形相にファティマは怯えた。

 当然だ。可憐なファティマの隣に立つ男が醜男など言語道断である。


「テーミスちゃんあれ見て! 『何が悪いんだ』って顔してっんだけど〜!」

「ウケるー! 悪いに決まってんじゃん! だーかーら! 面食いオンナへの罰は〜、ディーナちゃんと同じ苦しみを受けてもらいまぁーす!」

「具体的には〜!?」

「そこの拘束した二人以外に、たっくさん弄ばれて☆ 女でも棒なり何なりで出来るでしょ? 王女様の死よりも自分達の生活が大切なんだから〜、命の為にオンナをめちゃくちゃに出来るよね☆」


 ひゅっと喉が鳴った。ファティマが群衆の玩具にされるなぞ、許されることではない。

 助けるべく藻掻くが、ラミアの拘束は全く動かなかった。だが、言われた人々は戸惑っている。


 王女を弄べなど、誰も聞くはずがない。その間に、ズバイッルが先に拘束を解いてファティマを助けるはずだ。


 イッザラームの僅かな希望も勘づいたらしい、ディーナ似のラミアが嘲笑った。





「一番手がいないと動かないよね〜。だから、ちゃーんと用意しました☆ ()()、お願い!」





 その合図に、周りのラミアが頷く。

 その後ろから別のラミアが何かを担いで近づき、それをファティマの近くに放り投げた。

 ムクリとそれが起き上がると共に、ファティマの顔が恐怖で歪んだ。


「きゃああああああ!」

「ひめ、さま、あ……!」

「ば、化け物! 来ないで怖い!」

「ファティマに近づくなぁ!」


 イッザラームの叫びに、反応した相手がこちらを向く。イッザラームの近くにいた人々が再び絶叫を上げた。



 通常の何倍も赤く腫れ上がった頭部に、爛れた皮膚は凹凸が激しい。辛うじて肉の境目に目と口が見える程度だ。

 胴体も同じ様で、掻き毟った跡から黄色の膿が溢れて嫌悪感を引き起こす。


 物語に出てくるモンスターの方がマシな風貌の男。ファティマの元婚約者だ。


 恥知らずにも、毒で変貌した容姿でファティマを求める愚男。

 そいつから逃がす為、直前まで手元に置きたい気持ちを抑えてここまで来たというのに、無駄になってしまった。

 醜悪な化け物が、ファティマにゆっくりと近づく。恍惚とした笑みには、自分本位の欲が滲み出て吐き気がする。


「ファティ! 逃げろ!」

「助けないのー? いっつも鍛えてるのに、妹捨ててまで選んだオンナ助けないのー?」

「ディーナ貴様! 許さん!」

「テーミスちゃんも許さないもん、同じだねー☆」


 ズバイッルの威圧にも、ディーナ似のラミアはケラケラ笑っている。

 腰が抜けたファティマの足を掴み、元婚約者が引き寄せた。

 せめてもと顔を背けるイッザラームを、拘束するラミアが髪を掴んで持ち上げた。




「止めて止めて! 貴方なんて嫌! お兄様、ズバイッル様! 助けてぇぇえぇぇぇえぇぇえ!」

「「ファティマァァァァァ!」」


 


 悲痛な叫びは、ただ空へ響いただけだった。


まずは一つの大きな絶望

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