5.女性視点
名前がわからない女性視点
大きな姿見の前で、侍女の手により仕立てられていく。
袖がなく胸下までぴったりと覆うブラウスに、腰から足下にかけて優雅に広がるスカート。伝統的な衣装は職人の手で美しく、絢爛な模様が描かれている。
淡い青地に金の刺繍。纏めたレンガ色の髪と首元を彩る宝石はトパーズ。
あの人の色だ。自然と笑みが零れる。
最後に薄く化粧を施され、綺麗に整った。
「準備が整いました。ディーナ様」
「ありがとう」
侍女の声掛けに、ディーナは労いの言葉と笑みをかけた。
この辺りでは砂漠にあるオアシスを中心に、いくつかの国が発展している。
ディーナはその一つ、バンダルク国の王女だ。染物を主体とした国である。
準備が整ったディーナは歩き始める。ディーナへ訪問者が来ているのだ。待たせてはならない。
白を基調とし、色づけられたレンガ造りの王宮。生まれた時から見ているが、綺麗な色彩に飽きる日はなかった。
すれ違う侍女、侍従は道を開けて頭を下げる。その横を通り過ぎ、来賓の間へと足を踏み入れた。
父と母、同じ色合いを持つ兄ズバイッル。
三人と談笑していた来客は、ディーナを淡い青眼に映して柔らかく微笑を浮かべた。それだけでディーナの胸は高鳴る。
飛び上がって喜びたい気持ちを抑え、王女として一礼をする。
「お久しぶりです。我が太陽、ルーイナ=イッザラーム様。バンダルク=ディーナ、お目にかかれて光栄です」
「かしこまらなくていいよ、美しき我が月女神」
耳を擽る甘い声。イッザラームが持つ大人の色気もあり、ディーナの理性を溶かしてしまいそうだ。
父や剣術を好む兄は髪を短く刈り上げており、体格がよく筋骨隆々。イッザラームは眩い金髪を横に流し、中性的で落ち着いた雰囲気で細身。
周りにいないタイプの男性に、ディーナはすっかり虜である。
この人に嫁ぐ。
それは周辺国に伝わるしきたりによるものだが、ディーナにとってはありがたいことだ。
広大な砂漠の地に、国は七つ。それぞれがオアシスを中心に発展した国だが、群を抜いている場所がルーイナ国である。
理由は単純明快。ルーイナ国が所有するオアシスが、他国よりも広く、深く、透明だからだ。
この砂漠の国では、オアシスが何よりも優先される。故に、ルーイナ国がどこよりも発展し財を成していた。
強国と繋がる縁は、婚姻が一番目に見えて効果的である。
だから、ルーイナ国の王族と他国の王族が婚姻するという風習が、何十年も続いていた。
二国ずつ順に、歳の近いルーイナ国の王子か王女に嫁ぐ。
同じ人物に嫁ぐことになり、二国の者が寵を奪い合ったという例もあった。
だが、今回ディーナと共に嫁ぐ他国の王族は男性。既に、イッザラームの妹に婿入りしているらしい。
「ディーナ。イッザラームは、お前の嫁入りについて詳細を決めに来たのだ。しかと考えろよ?」
「わかっております、お兄様」
無愛想に言うズバイッルに、ディーナは作り笑顔で返す。そして、ドキドキしながらも輪に加わった。
互いに二十八歳である兄とイッザラームは、長年の親友だ。義理の兄弟になるからといって、特に関係が変わる訳ではないという。
もうすぐ、ディーナの十八の誕生日。
ようやく、イッザラームに嫁げるのだ。
待ち遠しくて堪らない。真剣なイッザラームに見惚れつつも、話を進めていった。
あっという間に、ディーナの誕生日になった。
国民の誰もが歓喜に湧き、国はお祭り騒ぎとなった。
大きな国でない分、王族と国民の距離は近い。毎年、兄やディーナ、両親の誕生日には祝ってくれる。
「ディーナ様! おめでとうございます!」
「ますますお美しくなられて!」
「皆様、ありがとう」
広場で顔を見せれば、大勢の国民から祝辞が飛んできた。嬉しそうな笑顔に、ディーナも嬉しくなる。
今年は例年より、一層盛り上がっていた。恐らくディーナが嫁ぐから、自国の王女として祝える最後だと気合いを入れてくれたのだろう。皆の心遣いが嬉しかった。
それから一週間が経ち、輿入れ日を迎えた。
バンダルク国からルーイナ国へは、ラクダで凡そ三日。
その間の食料、夜を明かす為の防寒着、何よりも嫁入り道具や持参金が多い。荷物の多さも踏まえると、四、五日はかかるだろう。
護衛も侍女も、一流の者が付いた。二頭のラクダに繋がれた、煌びやかな輿にディーナは乗る。
帳を降ろせば外は見えなくなり、移動中は決して開けない。新郎が帳を開け、花嫁を迎え入れるというのが習わしだ。
体型に合った純白のドレスに、目元以外を覆うヴェール。
花嫁の衣装に身を包み、ディーナは感涙極まりながら見送りに来た家族へ挨拶をした。
「お父様、お母様、お兄様……それに、国民達。今日という日を迎えられて、私は幸せです」
「ディーナ……それは儂達もだ」
「可愛いディーナ。幸せになってね」
「はい……!」
目から涙を零し祝う両親。ディーナは二人を抱きしめ、温もりを感じあった。心地いいが、いつまでもこうしてはいられない。
名残惜しそうに体を離す。最後に兄を見て、何故か表情が固いと気づいた。
「お兄様……?」
「ああ、すまん。じゃあな」
「え、ええ」
いつもとは違う、ぎこちない会話だ。不思議に思ったが、もう時間だ。後ろ髪を引かれる気持ちながらも、輿に乗る。
中は思っていたよりは広く、膝曲げれば横になって眠ることも出来そうだ。
外の三人に手を振りつつ、帳を降ろす。
それだけで、外の世界から遮断された気分だ。光は入るから、昼夜はしっかりとわかる造りである。
不穏な気配も、幸せの前ではかき消してしまう