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『痛い……』

「イオォ……」


 水神が涙目で呟く。力の限りぶつけた右頬は、痛々しい程に腫れ上がっていた。

 ジャピタが怯えてイオを見上げるが、イオは後悔していない。熱さによる苛立ちがやっと治まった。

 切り裂かないように水のクッションをつけたのだから、水神は耐えて欲しい。

 威厳が粉々に砕け散り、水辺に横たわる水神。その姿に、オババとルルアは唖然としたまま固まっている。



 水神は砂漠に住む者が必ず信仰している神であり、それがイオに遜ったり殴られたりした事実を受け入れ難いようだ。



 それでも水神とイオのやり取りに違和感を覚え、護衛をこの場から離れさせたオババの指示に思わず感心した。

 水神に事情を話している間に、我に返るだろう。そう判断し、べそをかく水神に口を開く。


「アンタ、どうしてオアシスの水源の上に? わざわざ少ない水を遮った意味は?」

『えと……その…………た、他意はあらぬ……』

「どういう事だ?」

『………………我は別の場所にて、深き眠りに落ちておった……その際、無意識に動くと他の神から言われた事がある』


 言いよどみながらも伝えられた言葉。イオの勘違いでなければ、しょうもない理由だ。

 また苛立ちが募る。再び殴打用に変えた水槍を握り、水神に聞き直す。




「まさかとは思うが。アンタ。寝相で。水源を塞いだか?」

『…………………………………………………………アダッ!』




 長い沈黙を肯定とみなし、槍を振るった。

 痛みに小さく呻くが、力も勢いも先程より弱めているのだから文句は言わせない。当てた部位も逆側で、少し赤みが出た位に留まっている。

 その程度で涙目になる水神が情けない。


「イオ、オコッテル?」

「ここは本能的に嫌いだと言っただろ。その場所に滞在させられて、問題の原因が間抜けすぎる。もう、怒るを通り越して冷静になってきたな」

『本当にすみませんでしたぁ!』


 額を地面に擦り付け、心からの謝罪が送られる。反省の色がありありと見えた。

 冷静になって考えれば、水槍は邪神としての力をかなり必要とする。これ以上は無駄遣いだと、水槍を仕舞い擬態し直した。


「はうあっ!」

「はっ! つまるところ、オアシスはもう無事であろう!?」


 やっと意識が戻ってきたラミアの巫女達。

 首を縦に振って答えを示せば、諸手を挙げて喜んだ。


「やたぁぁぁぁぁぁぁ! もー、アーシら絶滅に怯えなくてすむー!」

()()()()の二の舞にならず、ほっとしたわい」

『古き民族……おお、()()がその様に語られておるのかい』

「おい、一気に情報が出過ぎだ」


 ラミア達と水神ののんびりとした会話に、イオは若干呆れた。絶滅危機直前だったとは思えない、ほのぼのさである。

 それよりも新しい単語が二つも出てきた。この地に関係するなら、知っておいてそんはないだろう。

 そう思い聞けば、何故か水神が遠い目をした。


『そうさのう……我でも昔と、感じる程に過去の話である。ここは気候は変わらずとも、緑に溢れており、古き民族が暮らしおった』

「どういう事だ?」

『…………先代が、心優しき神であった』


 悲しげな水神の言葉でイオは察した。


 先代はこの竜とは逆に、過剰に水を与えていたのだろう。


 気候や面積は現在と同じと考えると、かなりの力が必要になる。いくら信仰が高くても、限界があるはずだ。

 そもそも、神の代替わりは先代の死によって行われる。物理的か、信仰的か。両方が原因だろうと、推測できた。


()()()()()()()()()()()()()()()()

『まさにその通り。だが、信仰が多い時分だからできた所業。人は短期で世代が変わる。時が経つにつれ、数多ある水が当たり前になり、信仰は薄れる。先代の御身が弱まり、水は減少を辿った。古き民族は足りぬと憤り、更に信仰が薄れる。負の連鎖は、先代の死によって終わりを告げた』

「信仰を怠った古き民族は息絶え、緑は消え失せたと言われておるのう。この話はラミアだけでなく、人間の国でも伝えられとる話じゃ」

「なるほど。つまり、アンタは先代の末路を見届けたからこそ、あえて水を少なく与えているのか」

『死に間際、先代は骨と皮しか残っておらんかった! あ、あの様な死に方は御免だ!』


 外面も繕わずに水神は吠えた。

 神にとって死とは、ほぼ無縁の現象だ。親しい神の死を間近で目撃したのなら、死に怯えて当然だ。




 だから、信仰が消えない様に先代と逆の行動を取る。




 人魚(マーメイド)の本能はともかく、邪神として納得できる理由だ。これ以上、水不足やらオアシスやらで責めるべきではないだろう。

 やっと気持ちに折り合いをつけ、小さく息を吐く。


 この件は終わりにして、こちらの目的を進める頃合だ。ルルアとオババは、先代の最後を哀れに思ったらしく合掌している。

 早速と口を開こうとした時、周りが騒がしくなった。段々と近づく物音と怒声。誰かを止めようとしているようだ。


「ちょ、オババ! ()()()っぽくない!?」

「うむ。普段よりも一段と酷いわい」


 ルルアとオババは納得し合う。確か、あの子と示す人物が今回の取引相手のはずだ。


 それは正しかったようで、芳醇な負の感情(エサ)の匂いが漂ってきている。


 隣でジャピタが生唾を飲み込んでいた。イオも乾いた口内が唾液で潤っていく感覚がある。この世界の嫌悪感を忘れそう程、美味そうな餌だ。





 やがて、イオ達の目の前に姿を現した。

 その餌は、一目で美味いとわかる姿をしている。




 小麦色の肌にレンガ色の髪をした女性。だが、長い髪は無造作に伸ばされているだけで、あちこちに跳ねては絡まっている。

 その美しい顏は憤怒で歪み、バーントオレンジ色の目は血走りそれぞれが別の方へ向けていた。ただ、焦点が合っていない様から、何かを見ている訳ではなさそうだ。

 口や鼻から体液が漏れているが気にしておらず、内股気味でふらふらと揺れながら立っている。




 ()()()()()。旗目から見ても一目瞭然だ。




「みず、みず、みず、みずみずみずみずみずみずみずかみみずかみみずかみみずかみおまえおまえがぁあぁああああああああああああぁぁぁ!」


 早口で呟くと、こちらに向かって突進してきた。あまりの形相に、反射的に体が竦む。しかし、すぐに追いついて来た護衛のラミアによって、女性は取り押さえられた。

 砂地に体を押さえつけられているにも関わらず、女性は暴れて怨嗟を吐く。

 不意に、女性の身体が大きく跳ねた。直後に脱力して項垂れる。まるで電撃でも浴びせたようだ。


「…………ふふ、ふふ、あははははははははははははははははははははははははははははは! あ……あ、あ゛ぁあ〜!」


 急に笑いだしたと思いきや、そのまま泣きへと変わる。一貫性のない感情の放出は、留める理性がないからだろう。




 これが理不尽な仕打ちに心壊れた結果だとすれば、抱えている負の感情(エサ)の質に期待できる。




 ただ、不都合な点もある。明らかに話が通じない状態だ。詳細が聞けず、取引をするにも理解されるか分からない。


 これでは美味しくも面白くもない。


 橙の手袋で魂から直に聞けばいいだろうが、対象者が動き回ると微調整がより大変になる。つまり、エネルギーの消費が更に激しい。

 水球の維持は必須であり、それ以外で力の大量消費は避けたい所だ。


「イオさん! この子が言った子ー!」

「見ればわかる。問題は、ここに至るまでをどう調べるかだが……」


 次の手を考えつつ、暴れ狂う女性を眺める。ふと、女性が時たまこちらへ怒りをむき出しにしていると気づいた。

 イオ達を目視した時も、水神しか見えていないようだった。何か関わりがあるのだろうか。


「水神。この女性に見覚えは?」

『全くあらぬ。だが、人は恵の水を貪欲に求める。それに巻き込まれたやも知れぬ』

「知る術はあるか?」

『致し方ない。世界の住民と関わるべきではないが、邪神様が関わっているなら話は別じゃ。過去を見渡す水面鏡を使わざるを得ない』

「水神様や。それは当人がおらなんだ、出来ぬ所業かえ? 流石に当人の前で、過去を覗き見るは些か抵抗があるのう」

『指定の相手を我が認識しておれば、所在の有無は関係あらぬ。あの女人は早々に休ませるが良い』


 威光を輝かせ、水神は胸を張る。それにルルアとオババは改めて拝み、仲間に女性を連れていくよう指示を出した。

 神格は下でも、一応は世界に根付く神だ。その世界の理程度なら、どうにかは出来るようだ。

 連れて行かれる女性の喚き声を背景に、水神の認識を変えた。


 イオ達とラミアの巫女しかいないことを確認し、水神は指先に水を纏わせて円を描く。

 最初と最後を繋ぐと、それは楕円形の水溜まりなった。

 水が、中心から静かに波打つ。やがて、色や形が映し出され始め、その場にいる全員が覗き込んだ。



壊れる程、恨み募らせた仕打ちは何だ?

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