17.エピローグ※
ちょっと長めかつグロ注意
崩壊した建物、散らばる屍肉、愉快な笑い声と悲壮な叫び声。
澄み切った青空とは正反対の光景を、イオとジャピタは満喫していた。
「楽しいな」
「ウン!」
従属を強いられていた悪魔が、鬱憤を晴らす為に人間を甚振っている。
奴隷として扱われている者もいれば、食材とされている者、奇怪なオブジェクトにされている者。家畜同然に繁殖用と牧場に近い形で飼われている者。
様々な方法で苦しむ人間達は悪魔を楽しませていた。
死ねない苦しみは、甘い世界に浸っていた人間達をより絶望に陥れている。
不意に、視界の隅で何かが横切った。直後、ジャピタが尾でそれを叩き落とす。
「ムシ! ムシ! イオ、ダメ!」
「大丈夫だから落ち着け」
何度も尾を振り下ろすジャピタを、抱える事で止めた。ジャピタの尾によってひしゃげた虫は、残りの命で痙攣している。
元より、長期戦を覚悟していた悪魔達だ。その間に人間を嬲る手段を立てており、それがこの虫である。
凶悪な顔面と鋏のような手、それに合わない細長い胴体を持つ寄生虫だ。
人間の耳から体内へ入り、脳へ辿り着くと鋏を突き立てる。そうするとこの虫が人間の主導権を握る事になり、細切れから全身を再生させたり改造したままに留めたりするらしい。
精神も肉体年齢も固定させるらしいから、サンドバッグ作成にはうってつけである。
人間が解放される時は、虫が寿命を全うした時。
ただ、最短記録が五百余年というから、まだまだ続くだろう。
「痛い……痛い……」
「助けてぇ!」
「許してくれ、頼む! 頼、あぁぁぁぉぉ!」
大きな顔をしていた人間の転落っぷりが心地よく、おまけにクレゾントとの取引で得た餌が自然と手元に入ってくる。
一石二鳥だ。時間をかけただけはある。
ブルーノに信頼できる存在がおらず、常に孤独だった。
その身を案じて優しく接してくれる存在が居れば、例え魔王だとしても心寄せるに決まっている。
愛情まではいかなくても、信頼は得られる。
邪神の力を多く使うが、クレゾントの望み通りに解放する事はすぐにできた。
だが、それで出た場合、ブルーノとクレゾントの関係性は非常に危うくなる。
魔王という肩書きから、ブルーノは会話すらも拒絶しただろう。そうなった場合、初恋を拗らせた若き魔王が何をしでかすか分からない。
最悪の場合、餌が得られずに取引損で終わる。
それは避けたい。
考えた結果、先に仲を取り持つ策を選んだ。
ブルーノから封印解除を願う事で、クレゾントを解放させる為の力を軽減できる利点もある。
クレゾントが初めて声をかけた朝、全てが動いた大礼拝。イオはわざとブルーノから離れていた。
依存対象をクレゾントだけにさせる為だ。
昼飯時、ガッサーの下僕が近くにいると把握していた。その上で、ブルーノの生きる糧を語らせる。そうすれば、先が見通せないガッサーが動くと予測していた。
生きる希望を全て奪う人間と、優しく護り支える悪魔。
対比させ、ブルーノ自らが人間を見限るようにしたのだ。
策は成功し、悪魔の狂宴が始まった。それから一ヶ月。各地の悪魔も動き、地界を征服したと言える状態だ。
鬱憤晴らしもあり、生き生きと人間を狩っていた悪魔の清々しい顔ははっきりと覚えている。
追いかけ回され絶望に歪めた人間の顔も相まって、より素晴らし光景だった。
余韻に浸りながら、イオは持っていた飲み物を口に含む。
「イオ、コレ、オイシイ」
「ソレ、憎悪味だったな。アンタが好きそうだと思ったよ」
ジャピタも同じ果物に舌鼓を打つ。
見た目は柘榴に近い果物は、ストローを刺して中の果汁を楽しむ魔界産の果実だ。
生物に寄生し、その感情を土台に味が変わる。
この一ヶ月でイオが好んでいる味は、後悔ばかり考えの中で希望を捨てきれないという悲惨な味だ。
餌として重宝しそうなこの果実、寄生した人間から収穫して一日しか持たない所が難点である。
それが無ければ、大量に確保しておきたかった。
名残惜しいが、そろそろこの世界から出なくてはならない。
釘を指してはいるが、崇拝の念というものは簡単に消したり隠したりできるものでは無い。
表は出さないだけで、イオやジャピタを崇める者がちらほらいるのだ。
「最後に挨拶はしていくか」
「スル〜」
この一ヶ月、イオ達は快適に過ごせていた。それは全て、クレゾントとティガルによってもたらされている。
イオ達の正体、クレゾント解放までの手順、その功績まで事細かに説明。おかげで、魔王を解放した救世主として持て囃される日々だった。
その礼も含めて、最後に二人に会いに行くつもりだ。
「そこの悪魔、ちょっといいか? クレゾントかティガルに用があるが、どこにいるか知ってるか?」
「あら〜邪神様〜。クレゾント様はいつも通りで〜、ティガル様はさっき広場にいたわよ〜」
「わかった」
ペットの交尾を微笑ましく眺めている女悪魔の言う通り、広場へと移動した。
教会本部跡地。
宴が始まって、ものの数分で破壊された権力の象徴。
火炎で整備された焼け跡広場で、ティガルは数人の悪魔と共に居た。
巨大な樽から頭を出し、か細く呼吸をするガッサー。
樽には人間の剣がいくつも刺さり、その箇所も含めて無数の穴が開いている。
口から真っ直ぐに突き立てられた剣に、先に合わせて尖らせた脚。力任せにガッサーに突き刺しているのだから、どちらも苦痛しかないはずだ。
ティガル以外の悪魔は全員見覚えがある。ここ数日、全員がこの遊びを楽しんでいた。
ランダムに設定された一箇所を刺すと、中のガッサーが勢いよく樽から飛び出すのだ。
身体に無数の剣が刺さったまま、無理矢理射出される痛みは想像を絶するだろう。
よく見れば、剣を加工されている人間は学校の生徒達だ。恨み言もまともに言えない姿に冷笑するしかない。
「ティガル」
「これは邪神殿。如何された?」
「別れを告げに来た」
簡潔に述べれば、ティガルは一瞬だけ目を丸くした後に微笑を浮かべた。そこまで驚いてはいない。予想していたようだ。
「やはり、挙式までは無理だったか。逆に、今まで引き伸ばして迷惑をかけた」
「コッチこそ、楽しい世界だったよ。クレゾントに挨拶は出来そうか?」
「すぐに伝達する」
そう言い、近くの悪魔に目配せする。それを受けた悪魔は小さく頷き、羽を広げて飛んで行った。
クレゾントは王都にあった城を自宅として使用している。悪魔の飛行速度では一分強で着く距離だ。すぐに伝わるだろう。
数分後。伝達係になった悪魔よりも速く、クレゾントが飛んで来た。
「な、な、何で行っちゃうん!? ぶ、ブルーノとの結婚式、まだ先なんだけど!」
「そこまで待っていたら、他の世界に行けなくなる」
「ぶ、ブルーノの晴れ姿、見たいんでしょ!? な、なら、別にいいじゃん!」
「よくない」
駄々を捏ねるクレゾント。その腕の中では、ブルーノが安らかな顔で眠っている。
顔色もよく、前よりも肉がついてきた。最低限から格段に上がった生活水準に、健康状態も良くなっているようで安心する。
「ほほ、ほら、見て! 生えてきたんだ」
嬉々としてクレゾントがブルーノの横髪を分ける。そうする事で、こめかみ部分に角が生えている様がしかと映った。
着実に、悪魔へ変化しているようだ。
ブルーノは悪魔達を受け入れ、クレゾントの想いも改めて受け止め、人の身を捨てる決心をした。
ティガルが言うには、同意の上で悪魔の体液を取り込めば、少しずつ人間は悪魔へと変貌するらしい。
その為、クレゾントは四六時中ブルーノに付きっきりで城に籠っている。
体液摂取の方法は憶測できる為、詳しくは聞いていない。
ブルーノが悪魔へと生まれ変わったその時に、盛大な式をあげるという。
是非とも参列して欲しいと請われていたが、自由がなくなるとなれば話は別だ。
「ブルーノの式は気になる。だが、まだ時間がかかるだろ? 無理だ」
「クレゾント。我儘はよくない」
「むー……」
ティガルの援護もあり、不服ながらもクレゾントは文句を言わなくなった。
不貞腐れた顔のクレゾントに、答えは予測できるが質問してみた。
「アタシらの力を使えば、ブルーノをすぐにでも悪魔に変えられるが?」
「じょ、冗談キツい。そんなん、ブルーノにボク以外の物が混ざるじゃん。ヤダ」
真顔で即答された。想定済みの答えに、イオは呆れ顔で首を横に振った。
独占欲が強い悪魔だ。愛情を受けてこなかったブルーノには丁度いいかもしれない。
そう思いながら、頭の片隅で次の世界を思い描き始めた。
これにて八話完結となります!
過去一で長い!
あとで活動記録にて完走した感想を上げます。
キリがいいところでブクマ、いいね、感想、その他諸々お待ちしております♪