14.ブルーノ視点
あれから、自分の夢がネタにされる事はなかった。
通常の陰口、無視、嫌がらせだけ。
杞憂に終わった。そう思いたいが、なぜか胸の奥にしこりを感じる。心から安堵が出来ない。
「ブルーノ。今日は休みな」
それから数日後。起床後に、イオレイナからそう告げられた。
反論を許さない、命令に近い言葉である。特に自覚するような体調不良はない。ブルーノは首を捻る。
「邪神様? 理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「気づいてないようだが、アンタの顔色はよくない。一回、ストレス源から離れた方がいい」
「ですが、ガッサーは私の休みを許さないでしょう。仲間をけしかけて、この家に来てしまいます」
小心者のガッサーは、ブルーノが目の届かない場所にいる事を酷く嫌う。だから、旅に出たいという夢も潰されると危惧していたのだ。
ブルーノの不安を、イオレイナは鼻で笑った。
「その辺はアタシが誤魔化すよ。ほら、さっさと寝る」
「ネルー」
不意打ちで肩を押され、ブルーノはバランスを崩した。
話の間にジャピタが布団を動かしたらしく、綺麗に布団の上に倒れ込む。
即座に毛布を掛けられ、上から邪神二人に覗き込まれた。
「何も考えずに寝てろ。いいな?」
「で、ですが……」
「無理なら魔王と話してな。そうすれば、アホ共を考えなくて済むだろ。ジャピタ、この小屋に防音と偽装……いや、幻惑にしておくか」
「ハーイ」
邪神達は会話をしながら、小屋の外へと赴いて行った。残されたブルーノは天井を呆然と眺めるしかない。
『ぶ、ブルーノ。何話してくれん?』
『本当に物語るか眠るかの二択ですね……』
『ぼ、ぼ、僕は話したい!』
クレゾントの姿は見えないが、子供のように目を輝かせている様子が想像できた。
苦笑しながら、記憶から興味深そうな話を選んで述べる。
相槌を入れて楽しそうにする声に、こちらも悦ばしい気持ちになってきた。
誰かに自分の知識を教え、学んで成長する様は見ていてとても楽しい事だ。
旅先で、学ぶ機会がない子供達にも教えてあげたい。そうして知識を深めさせたいという欲求が湧き上がった。
不思議なものだ。悪魔召喚の前まではただ一つの願望さえも微かだったが、今では更に欲が出てきている。
その気持ちも、この時間も、心地よい。常に張り詰めていた神経が休まる気がして、段々と瞼が重くなってきた。
『ね、寝るん? おやすみ……』
微睡む意識の中、クレゾントの優しい声がしてくる。最後の言葉が小声で聞こえなかったが、気にならなかった。
再び目覚めた時には、太陽が沈みきった後だ。
どうやら、思っていた以上に疲労が溜まっていたらしい。
「オツカレ〜」
「自分の体調は分かりにくいからな。特に、アンタみたいな人間は自覚しにくい」
「……仰る通りです」
いつの間にか帰ってきていた邪神達の正論に言い返せない。
しかし、イオレイナの表情は浮かない。睡眠中に問題が発生したかと問いかければ、言いづらそうに口ごもる。
「あー……アンタが言ってた通り、アレの手下が来たよ」
「やはり……ですが、邪神様が撃退してくださったのですよね? いつもなら、無理矢理にでも私をガッサーの前へと引き摺って行きますから」
「アンタが熱出して唸ってるように見せたからな。それでも連れて行くなら容赦しないって軽く脅したら、腰抜かして震えてたよ」
そう告げるイオレイナは呆れ返っていた。
脳内で簡単に向こうの情けない姿が想像でき、ブルーノも呆れるしかない。
「それでしっぽ巻いて逃げていったが、最後に捨て台詞を残していったよ。お約束だな」
「そこまでするとしたら、それはガッサーの命令でしょう。本来なら引き摺って正座をさせ頭を下げさせた私に、ガッサーがふんぞり返って告げようとしたのでしょうね」
「一種のパフォーマンスか。常に自分を崇めさせて満足したいとか、見た目も性根も腐っているな」
「その為に嘘をつき続けている程です。他人の上に立つ快感が何よりも大切だからこそ、出来ることです」
「逆にバレたら手の平返しが凄そうだ……!」
長年の嘘が成り立つから、過ごせている強欲で色欲な日々。周囲に真実が知れ渡った瞬間の転落は、有り体に言えば悲惨だろう。
イオレイナもそれを理解しており、恍惚な笑みで涎を垂らしている。
すぐに我に返り、涎を拭ってブルーノに向き合い直した。
「悪い。話が逸れたな。捨て台詞を要約すると、『明後日の大礼拝には参加しろ』だと」
要約していない中身は殆ど罵倒だと予測できる。
労力が少なく、ブルーノを確実に傷つけられる方法だ。周囲の人間がずっと使用している手である。
それよりも、捨て台詞の内容が懸念事項だ。
礼拝は週に一度、各教会で行われている行事だ。自由参加であり、規模や時間は場所によって異なっている。
代わって大礼拝は三月に一度、王都にある教会本部で教皇自らが執り行う儀式だ。
四季の移り変わりを祝う祈りであり、映像は通信機具にて各教会へ配信される。おかげで、誰もが教皇の有難い説法が聞けるというわけだ。
名誉ある学校の生徒は強制参加だ。わざわざ念を押して参加を強要する当たり、胸騒ぎがする。
不安が表情に出ていたらしく、急にイオレイナが頭を撫でてきた。
「アタシらがいる。そう怖がるな」
「は、はい」
心強い味方に、素直に返事をする。それでも、白に黒を垂らしたような不安は消えなかった。
不穏な足音は近づいている。
破滅の足音はどちらかに。