プロローグ
新連載始めました!
よろしくお願いします!
世界は広い。
寿命の長い者でも、全てを見て回ることは難しいだろう。
だからこそ、他にも世界があるという事実に誰も気づかない。
世界を統べる神々なら、異世界と呼ぶ世界がいくつもあり、そこを別の神々が治めていると認識している。
だが、それだけだ。
異世界を繋ぐ時空間と呼ばれる道は、高エネルギーが濁流のように流れている。一歩踏み入れれば、殆どの生物はその時点で魂もろとも破裂。
耐えられる高位の神でも、流れに囚われて元の世界に戻る可能性は消え失せる。
故に、神々も自分がいる世界だけしか知らない。
しかし、何事にも例外という物が存在する。
「イオー! ハヤクー!」
「わかってる。毎回毎回、急かすなよ」
時空間に木霊する、二つの声。和やかな会話は、この場所に似つかわしくない物だ。
漆黒の光景はどこまでも続き、果てなどない。あちこちに仄かに光が灯り、世界の入り口であると存在を示す。
また、時空間に足場という概念はない。その為、歩くという動作すらまともにできない。
最も、先に自我が消滅するだろう。
そんな危険な場所を、声の主達は悠々と泳いでいた。
深海を遊泳するように、高エネルギーの流れに影響されずに進む。
縦に並び、蛇行し泳いでいるのは一匹の生物。二メートルはある身体は細長く、周りに同化していると錯覚しそうな程に黒い。
灰色の背鰭や尾鰭、水玉の模様が辛うじてその姿を映し出す。三角錐型の頭部についた金色の目とむき出したギザギザの歯は鋭く、攻撃的な印象を受ける。
しかし、その口から出てくる言葉は言葉を覚えたての子供のような、拙い単語の羅列だ。
それを聞きながら後ろを泳ぐのは、美しい人魚。大人びた顔立ちは細身の身体と相まって美しく見え、エメラルドグリーンの長髪が空間に広がる。
身につけている繊維は胸元だけを隠す黄色のインナーだけだ。臍より下を形成すは、先に行くほど濃くなる紫色のグラデーションをした尾。
海を泳ぐように空間を蹴り、移動を可能としていた。
それだけなら、十の世界の内、八つの世界では生息している普通の人魚と同じだ。
だが、この空間を悠々自適に泳ぐイオが普通であるはずはなく、その特徴も外見に出ていた。
後ろ髪とまとめて流した前髪、その間から漆黒の角がある。その表面は、赤と青が互い違いにした螺旋構造の模様。
その下で吊り上がった眼は、深緑色。だが、瞳孔の黒と角膜の白が反転している。
尾の鱗が一部剥がれ落ち、そこから垂れた銀色の鎖が、髪や尾鰭と共に揺れた。
一般的に想像する人魚とはかけ離れた異形の姿。それはイオの凜々しさを、蠱惑的に魅せている。
その表情はうんざりと怠さを隠すことなく、目の前の腐れ縁の揺れる身体をジッと見ていた。
「おい、ジャピタ。ずいぶん遠くないか?」
「オオキイ、エサ! アッチ!」
脳天気な返答に、大きなため息が漏れる。イオが真後ろでそうしても、ジャピタは気づいていないようだ。餌の方しか見ていない。
ジャピタが目的地を感知している為、イオはどこまで行くかはわからない。目的地がどういった世界なのかも、侵入してみなければわからない。
それでも、イオが方向を指示する事はない。ジャピタは理性的な能力が劣る分、本能的な能力はずば抜けて高い。
美味しい餌にありつくには、ジャピタが示す方へ行った方が確実だとわかっているからだ。
暫くして、進行方向に一つの灯が見えてきた。ジャピタはその前で止まり、イオも横に並んで止まった。
「ここ?」
「ココ!」
「本当か?」
「モチロン!」
ジャピタが間違える事はないと理解しているが、一応、確認はする。信頼と依存は別物だ。
「じゃ、早速いくか」
「オー!」
ジャピタが首に緩く巻き付いてから、イオは光に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、光りが強く輝き始めた。
この世界はどんな世界か。イオは先を考えながら、ゆっくりと目を閉じた。
スパイスとは
1.香辛料。香味料。薬味。
2.(比喩的に)適度な刺激をもたらす要素。
一章終わりまでは毎日更新予定です