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第3話「鷺姫、起つ」

玉造たまつくり軍の前に襲いかかる畔柳くろやなぎ軍勢と蒸機兵部隊。

少年、新太はほんとうの戦場の恐ろしさを知る。

そんな彼の前に現れたのは、玉造家軍総大将、鷺姫さぎひめが駆る蒸機兵〈青龍〉だった!

 青く陽光を反射する蒸機兵(じょうきへい)青龍(せいりゅう)〉の操所(あやつりどころ)に、小さな人影があった。それは玉造(たまつくり)家の当主にして玉造軍総大将、鷺姫(さぎひめ)その人に違いなかった。

 鷺の赤みを帯びた頬が顔がほんのつかのまほころび、笑みをこぼしたように新太(しんた)には思えた。

 新太は、ひととき呼吸を忘れた。

 おのれよりも幼く華奢で可憐に見える少女が、戦場で蒸機兵を駆っている。その姿が、まるで夢のように思われたのだ。

 が、一瞬後には、彼女の華奢な顔が引き締まった。

「やああっ!」

 鷺は気合を放った。

 〈青龍〉は、片腕で軽々と〈金剛(こんごう)〉の巨体を背後へと投げ飛ばした。〈金剛〉は五間あまり(約20メートル)も吹っ飛んだ。そこには背後から近づく三騎の畔柳(くろやなぎ)母衣(ほろ)騎馬が迫っていた。

 三騎の母衣騎馬の上に、〈金剛〉の巨体が叩きつけられた。人馬もろとも下敷きにした蒸機兵は、巨体を痙攣させ、真っ白な蒸気を噴き出したかと見えた。が、すぐ一瞬の後だった。轟音とともに朱の焔に包まれ、機体は爆発、粉々に四散した。

 玉造の兵たちのあいだから、歓声が上がった。

 しかし新太は叫んだ。

「姫さま、太郎坊(たろうぼう)が!」

 鷺の操る〈青龍〉の背後に、一機の〈金剛〉が紫電槍(しでんやり)を構えながら近づいていることに、新太は気づいた。

 鷺は、新太の声に振り返った。

 一気に鷺の視線が鋭くなる。

「うおおおおおおっ!」

 鷺が操所で叫んだ。

 〈青龍〉が雷焔(らいえん)大太刀(おおだち)を抜き放つ。(つか)から明るい(だいだい)色の光が切先へするすると音もなく伸びた。

 振り返りざま、〈金剛〉の胴を薙ぐ。

 〈金剛〉の上半身が断ち斬られた。上体を(うしな)った下半身はそのまま一歩、二歩と進んだ。が、そこで仰向けに倒れた。

 残身(ざんしん)の姿をとどめる〈青龍〉の背後に、ほんの刹那遅れて上半身が落下する。紅蓮の炎が上がり、轟音とともに蒸機関が爆発した。

「姫、本陣へお戻りなされ!」

 しわがれた呼び声に、操所の鷺は振り返った。

 灰色の蒸機兵がその巨体を揺らしながら足早に近づいてくるのが見えた。敷島(しきしま)軍太夫(ぐんだゆう)の駆る〈白虎(びゃっこ)〉である。頭部は獣面(じゅうめん)を模した饕餮紋(とうてつもん)前立(まえだて)をあしらった兜で覆われている。両腕で七間(約13メートル)を超える長い紫電槍を下段に携えながら駆け寄ってきた。

「あとはこの軍太夫におまかせを!」

 敷島軍太夫は、その大柄な躰を操所で窮屈そうにしていた。

「軍太夫、そちの老体では無理じゃ」

 鷺は微笑んだ。

「何を申されるか、姫。この軍太夫、老いたりといえど、まだまだ若い者には負けませぬぞ!」

 そう言うやいなや、軍太夫の操る〈白虎〉は軽々と身を翻した。振り返ると同時に、腹部の二連(にれん)火筒(ひづつ)が続けざまに火を噴く。迫り来ていた畔柳兵たちがつぎつぎに薙ぎ倒された。

 形勢は、逆転しつつあった。

 活気を取り戻した玉造の兵たちが、各所で雄叫びを上げた。

 新太も異様な高揚感に包まれ、〈青龍〉と〈白虎〉の姿に見入っていた。

 鷺は〈青龍〉の操所から、鬼舞ヶ原に向かって、透きとおった声を上げた。

畔柳(くろやなぎ)小童(こわっぱ)ども、近くば寄って眼にも見よ! 我こそは玉造(たまつくり)一虎(かずとら)の子、蒸機兵〈青龍〉操方(あやつりがた)、鷺である! 我と思わぬ者、わらわと尋常に勝負いたせいっ!」

 鷺の前で、畔柳の兵たちのあいだに怖気が波のように広がるのが見えた。

 が、そのときである。

 一機の蒸機兵が〈青龍〉の前方、十五間(約18メートル)ほど先に立ちふさがった。漆黒と朱の装甲――蒸機兵〈増長(ぞうじょう)〉であった。〈青龍〉よりも三尺(約1メートル)以上も背丈が高く、まがまがしい威圧感を放っていた。

 〈増長〉操所から、身を乗り出す操方の姿が鷺にも見て取れた。ごつい髭面の男である。太い眉の下には、丸い両眼がぎらついている。男は長い髭で覆われた口元ににやりと笑みを浮かべ、鷺に向かって野太い声で呼ばわった。

「我こそは遠波(とおなみ)の国、畔柳(くろやなぎ)家の家臣、佐々(さっさ)忠長(ただなが)嫡男(ちゃくなん)、蒸機兵〈増長(ぞうじょう)操方(あやつりがた)佐々(さっさ)忠秀(ただひで)でござる! 鷺姫さまのご尊顔を拝すのみならず、(やいば)(まじ)うること叶うとは、何たる僥倖(ぎょうこう)!」

 畔柳家に代々仕える佐々一族のなかでも、もっとも血気盛んな猛者が、忠秀である。歳は三十七。これまで数々の戦場で功名を上げた武人であり、畔柳家当主、八郎(はちろう)伴房(ともふさ)からの信頼がもっとも(あつ)い家臣の一人であった。

 〈増長〉は雷焔大太刀を両手で八双(はっそう)に構えた。その刃がぎらぎらと赤黒い輝きを増した。

 蒸機兵同士の一対一の闘いにおいては、連火筒(れんひづつ)を使わないのが武人の習わしである。

「いざ参る!」

 鷺が叫ぶ。同時に〈青龍〉は駆け出した。雷焔大太刀の刃が(ひらめ)く。

「おおおおおおおっ!」

 佐々忠秀の〈増長〉が突進する。

 受ける鷺の〈青龍〉は、ぐっと上体を前傾させた。雷焔大太刀を青眼(せいがん)に構える。

御首(おんくび)頂戴(ちょうだい)いたす!」

 怒声とともに佐々忠秀が大太刀を振り下ろした。

 鷺の〈青龍〉は巧みに体をかわした。振り向きざまに、左脚で〈増長〉の胴を蹴る。〈増長〉の巨体があとずさった。その両足元から土煙がもうもうと上がる。

「姫、お引きくだされ!」

 敷島軍太夫の〈白虎〉が両者のあいだに割り込んだ。〈白虎〉は長い紫電槍を構え、〈増長〉の前に立ちふさがった。

 敷島軍太夫は、〈増長〉に向かって呼ばわった。

「敷島軍太夫、見参! 佐々忠秀どのとお見受けいたす。我が〈白虎〉と、いざ尋常に勝負!」

 〈白虎〉が右前上段に構える紫電槍の穂先が、青白く光を放つ。

「ええええいっ!」

 〈白虎〉は紫電槍をぶんぶんと宙に振り回した。

 しかし、である。ちょうどその頃に、季節外れの北東の風が吹いた。北方の山地を吹き抜けた風は、鬼舞ヶ原(おにまいがはら)北側の卯都木淵(うつぎぶち)の上を渡り、冷たい霧を運んできたのであった。

 そのとき誰も知るよしもなかったが、この風が、鬼舞ヶ原の戦いの帰趨を決することとなるのである。

 みるみるうちに、戦場は白い霧に包まれていった。数十年に一度の変事であった――のちの世に言う「鬼舞(おにまい)大霞(おおがすみ)」である。

 眼前の蒸機兵の対決に見入っていた新太の周りもまた、あっという間に濃密な霧で包まれてしまった。ほんの数間先すらも白い幕に覆われていた。あちらこちらから声は聞こえるものの、人の姿を見ることはできなかった。新太は、完全に方角を見失ってしまった。

「ど、ど、どうしよう……?」

 新太は不安に駆られ、槍を強く握りしめた。

 それは、新太だけではなかった。鬼舞ヶ原で闘う兵たちは両軍ともに、予期せぬ天候の急変に浮足立っていたのである。


 佐々忠秀もまた、眼前の〈白虎〉と〈青龍〉の姿を見失い、動揺していた。

「ええい、どこじゃ……!」

 操所(あやつりどころ)でつぶやく佐々忠秀の眼の前の遠見盤(とおみばん)から、不意に静かな声が届いた。

「佐々どの、ここは退()くべきだ」

 佐々忠秀は渋面を作った。

 いまいましいほど冷静な声の持ち主は、名乗らぬとも彼にはわかった。

弓削(ゆげ)……おぬし、どこにおる? 今になって何をしに参ったか?」

 操所の立体遠見盤上に、細面の男の映像が浮かび上がった。色白で、長い総髪。異様なのは、その左眼を覆う黒い眼帯だった。それさえなければ、まるで芝居の女形とも見紛うばかりの美貌である。

 この男こそが弓削(ゆげ)銀之丞(ぎんのじょう)であった。〈白銀(しろがね)入道(にゅうどう)〉という異名を持つ蒸機兵〈多聞(たもん)〉を操り、数多(あまた)の戦場で功名を上げた若き侍である。

 佐々忠秀は、遠見盤上の弓削銀之丞の顔を苦々しげに見下ろした。

 弓削銀之丞の薄く赤い唇に、婉然とした笑みが浮かんだ。

「深追いはせぬことだ。これは鵜飼(うかい)さまのご命令でもある」

「弓削……!」

 うめく佐々忠秀の眼前で、遠見盤に新たな姿が投影された。床几(しょうぎ)に腰掛けた鵜飼(うかい)帯刀(たてわき)である。代々、畔柳(くろやなぎ)家に仕える最古参の古株であり、参謀であった。伴房(ともふさ)が幼少の頃より、もうひとりの父として伴房を武人として鍛え上げ、育て上げた男でもある。小柄だが、まるで岩のようにがっちりとした躰つきで、その肌の色艶もいい。とても御年六十五歳とは思えぬ気迫を放っていた。

 その鵜飼帯刀が、重々しく口を開いた。

「銀之丞の申すとおりじゃ。玉造は疲弊しておる。いつでも叩ける。今避けねばならぬのは相討ちじゃ。この霧、まだしばらくは晴れぬ。ひとまず退け」

「は、ははっ!」

 狭い操所で、佐々忠秀は頭を下げた。

 蒸機兵〈増長(ぞうじょう)〉の背部、二本の煙突の間から一条の赤い煙が天高く吹き上がった。畔柳軍に退却を命ずる狼煙(のろし)であった。


第4話へつづく

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