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銀の槍の聖女~青春期の終わり~  作者: ふわふわ羊
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09.秘伝魔法


 槍は駆ける──。

 綾子が去り行くヘレンに叫ぶ。「ヘレンー! 後ろー!」

 ヴァランダとその友人ら、ヘレンの元へ全力で走る。パーティ会場では悲鳴が出た。

 何事かと振り返るヘレン。

 高速で宙を飛ぶ槍はそのままヘレンを貫き──いや、貫かなかった。

 ヘレンの眼前で、止まったのだ。

 そして、地面に転がった。

 ほっとする綾子とヴァランダたち。

 ヘレンは驚きながらも槍を拾い上げ、マリアの方向へ槍を投げる。

 そしてまた歩き出す。

 槍は再び宙に浮かび、ヘレンの後を付いていく。

 そこで綾子はヘレンの歩き出した方向へ向かって走りながら、「ヘレン、槍ー!」と叫んだ。

 ヘレンは振り向いて、後ろを付いてくる槍の存在を認めると手に持ち、少し考えると牧歌的な声でパーティ会場へ叫んだ。

「すいません-ん! これ、私のものになったみたいですー! よろしく!」

 啞然とするマリアたち。

 ヴァランダはヘレンに追いついた。

「おい、ヘレン君。よくやったな」ヴァランダは嬉しそうだ。

「さあどうなんでしょうねえ。これで目を付けられそうだ」

「槍の魔力は扱えるかい?」

「うん。大丈夫だと思う。確かにこれは途轍もない量の魔力だね」

 その時、ようやく綾子がヘレンの元に辿り着いた。

「ヘレンおめでとうだー! あの大魔導士に認められたってことなんだねー!」

「どうしてだろうねえ」思案気なヘレン。

「きっとあれだよ! 予言に負けないガッツが気に入られたんだよ!」綾子は嬉しそうである。

 ヴァランダが言う。「伝説の大魔導士は銀の槍の大きさを自由に変えられたそうだが、どうだ、やってみないか」

 ヘレンは手にする槍が小さくなる様をイメージした。

 すると、槍はきゅっと短く、細くなった。手の平に収まるサイズである

「これで持ち運び出来るじゃーん! スーツの裏ポケットにでも仕舞っておきなよ!」

 綾子の言う通りにするヘレンであった。

 一方パーティ会場では、マリアが沈黙する衆人を放っておき、ふらふらとその場を去った。

 ──私の槍、私の槍だったのに......私の......槍......。


 この日を境に、同級生の上流階級からヘレンへの風当たりが厳しくなった。

 校長やヴァランダとその友人たちの尽力により、表立った嫌がらせや授業妨害は無いものの、陰口を言われるくらいにはなった。

 だがヘレンは、授業の単位をすぐ取得するうえに、普段は図書室や寮の部屋で本を読んでいたり研究をしているので、気にならなかった。

 全く問題ない、魔法学校での生活であった。


 そういえば、兄のアーガン・F・カミンググラフはどうしているのだろうか?

 ここで西モスキーナ山のふもとの町を見てみよう。

 ──今は夜。街灯が設置され、夜でも、それなりに視界を得ることが出来る。

 十台ほどの自動車が道の突き当り近くでエンジンを温めていた。鼠が走る。人影が揺れる。

 その時、ラッパの音と男の声が響いた。

「今から走るぞおおお! オラアアアー!」

 人影は一斉に、自動車へ乗り込む! 四人乗りの自動車に八人乗る!

 そして──黒いボディに赤い筋が走った車を先頭に、一斉に自動車は出発する!

 レンガ舗装の道を自動車が駆け抜ける!

 余談だが、この時代になっても田舎ではレンガ舗装が主であった。アスファルト舗装の技術はすでにあり、実践自体は都内を中心に行われてたものの、西モスキーナ山には手が回らなかった。

 話を戻す。

 自動車たちは街のあらゆるところを駆けまわった。夜間で人はほとんどいなかったが、時々、驚いて道を飛び退く紳士が見られた。

 そうして縦横無尽に道を走行した後、自動車は再び元の地点に戻った。

 先頭を務めた車からとある男が降りた後、一斉に人影たちは車から飛び降り、頭を下げる。

 とある男とは、アーガン・F・カミンググラフであった。

 一七歳。顔つきは随分大人になっている。

 この頃、さらに羽振りが良くなった。

 ダイナマイトをC国から輸入し始めたのである。

 これも転生者が持ち込んだ知識で作られたもので、ニトログリセリンとニトロセルロースを混合させたものであった。

 これをただ政府や土木業者に売れば、それだけで良い値がついたものの、アーガンはさらに、自身の魔力を混ぜるという工夫をする。

 アーガン・ダイナマイトの完成であった。五割増しの威力である為、政府や土木業者はこれを優先的に買い求める。

 敵などいなかった。

 将来の花嫁もいる。仲間もいる。力もある。足りない物があったとしたら、何であろうか?

 アーガンの胸中には、より強い野望、強烈な渇望が生まれつつある。

 ──俺は片田舎の小金持ちな暴走族では終わらねえぜ。

 しかし、そうは言っても何をしたら良いかわからなかった。

 つまり。

 アーガンもヘレン同様に迷ったのである。

 私は、俺は、何のために生きてる? これからどう生きる?

 ヘレンは一応、魔法学習の支援をしてくれたギルガンの望みを叶えるために、生きている。

 アーガンは──何のために生きる?

 花嫁候補はいる。家族を食わせる為に生きれば良いのだろうか? いや、それだけでは足りない。この男には、このカリスマを伴う男には、それだけでは足りないのだ。

 そして、妹のヘレンの長期休暇期間がまた訪れようとしている──。


「ヘレンッ! こっちだ! 乗れ!」アーガンの声が辺りに響いた。

 魔法学校の門前の広大なスペースにいくつもの馬車や自動車が並んでる。

 その正体は、長期休暇期間開始ということで、生徒を迎えに来た家族だ。

 ヘレンは荷物の入ったカバンを後部座席に格納し、助手席に座った。

「お迎えありがとうお兄ちゃん」

 自動車は出発する。以前より性能の良いモデルだ。

「どういたしまして~。学校は楽しいか?」アーガンは楽しそうだ。

「一部の人たちに目の敵にされてるけど、平和な日々を送っているよ。ずっと続いたら良いな」

「ヘレンに何かあったら俺はそいつを殺しに行くぜ」にやりと笑うアーガン。

「ありがとう。でも半殺しで良いよ」

「嫌だ。絶対殺す」

 仲の良い兄妹である。

 そうやって仲睦まじく話をしていたところ。

 急に衝撃が兄妹を襲う──。

「わっ。何?」

「ああん? そんなに道は悪くないはずだが」

 さらに衝撃。一度、二度、三度!

 おかしい!

 ヘレンはサンルーフを開ける。

 そして来た道を見るように後ろを振り向きながら立つと、理由を察した。

「お兄ちゃん」

「何だ」

「ごめん。多分私のせいで、嫌がらせを受けてる」

 そう──覆面頭巾を被った生徒が運転するいくつかの車に、ヘレンたちは尾行及び魔法を放たれていたのだ。

「氷塊魔法!」覆面頭巾の一人が叫ぶ。

 そして直径六〇センチメートル位の氷塊がヘレンたちの車を襲う!

 車体は揺れる──荷物が声を立てる。アーガンは口笛を吹く。

「どうにか出来るか!? ヘレン!?」

「やってみる!」

 ヘレンは手の平サイズの銀の槍を取り出し、

「氷塊魔法! 神よ、我らの敵を阻め給え!」

 と叫んだ。

 瞬間。

 一辺が一〇メートルはありそうな立方体が現れる!

 ヘレンは助手席に座り直した。

「うひゃあ! とんでもねえな! ヘレン、お前にそこまで力があったのかよ!」

「ううん。銀の槍の力を使ったから」

「何だそりゃ」

「魔力が膨大に蓄積されてて、なおかつ空気中の魔力も徐々に吸収する凄い槍だよ」

「俺も欲しいなあ~っ! どこで買えるんだ!?」

「売り物なら品薄で買えないよ」

 その時。

 また衝撃が二人を襲った!

「あ、ごめん、まだ付いてきてる連中がいるかも」

「しつこいやつらだな! ヘレン、お前は思う以上に恨みを買ってるかもな! 後で話を聞かせろ!」

「うん。わかった。それじゃあちょっと本気出しますか」

 ヘレンはサンルーフから体を出し、巨大な氷塊に屈さず付いてくる自動車に相対した。

 そして──。

 それを出した。

 魔導士の指!

 ヘレンは詠唱する!

「偉大なる魔導士よ、彼ら彼女らの心臓を僅かばかり抑え給え」

 瞬間。

 後を付いてくる自動車は少し軌道を逸らせながら、速度が遅くなり──いよいよ止まった。

「何やったんだ~?」不思議な面持ちのアーガン。

「血圧を下げた。それで眩みを発生させた」

「コエ~。そんなことも出来るの」

「特別な杖があるからね。ほら」初めて魔導士の指を兄に見せるヘレン。

 アーガンは口を曲げて、「グロテスクだな~。いくら性能が良くっても、道具は選びたいね」

「蟹の杖でも買ってあげようか?」

「何それ? 蟹? あの海でチョキチョキする生き物か? あれの杖があるとしたら、開発者はセンスが無いね」

 苦々しく言うアーガンにくすりと笑うヘレンであった。


 夜、地元に帰った二人はまずギルガンの屋敷に顔を出す。

 ギルガンは、「うむ。明日また来なさい。秘伝魔法について話そう」と言った。

 そういうわけで、実家に帰る二人。

 実家は相変わらず、古臭かった。見ているだけでかびの匂いがしそうだ。

「家さあ、買わないの。お兄ちゃんなら買えるんじゃない。あるいは借りるとか」

「親父がずっと身の丈にあった生活をするって言うから。で、親父を放っておけないだろ? だからしょうがないのさ」そういうアーガンに残念そうな様子は見られない。

 自動車を脇に止めて、玄関に向かう二人。

 父がランタンを持ちながら、玄関の扉に兎の尻尾を取り付けていた。この辺りの風習である。

「ただいま。お父さん」

「ん? ああその声はヘレンか。おかえり」

 そういう父の目は照準があってなかった。もう裸眼でいるのは限界であろう。

「お父さん今度一緒に都会へ行こう。眼鏡屋というのがあるんだよ。それで目は見やすくなると思う」

「そりゃ楽しみだな。だがおいには金はないぞ」

「私が持ってますー! だから大丈夫だよ」ヘレンの声には優しさが詰まっていた。

 三人は家の中に入り、食事を取る。

 いつもの、リス肉入りスープとパン、それから果物のオレンジ。

 崩れ落ちそう家、三〇年は使っていそうな木造の机、僅かなランプの光。

 ──これが私の家。安心できる我が家。

 ヘレンはそう思いながら、棚を見やった。

 そこには、船の模型があった。

「お兄ちゃん、あれ買ったの?」

「あれ......? ああ、模型か。そうだ。海運してたら欲しくなった」

「海運?」

「ダイナマイトを輸入してる。転生者が作ったものだからヘレンも知ってるだろ」

「まあね」

「あれでさらに金が転がり込んで来ている。自動車業も順調だし......今の俺に怖いものは無いぜ」

「そりゃ良いね。で、将来はそんな感じで生きていく感じ?」

 アーガンは苦しそうに顔を歪めた。

「そこなんだな。果たして俺はこのまま生きて良いのだろうか......と考えている」

「贅沢な悩み」

「ヘレン、お前は何の為に生きる?」

「先生が圧倒的な武力で平和にしろって言うから、その通りにする」

「それでいいのか? お前自身の望みは無いのか?」

「うーん。私の頭の中には人生一回分の記憶があるからねえ。人生なんてこんなもん、っていう意識があるんだよね」

「ヘレン、楽しいか?」

「魔法学校にいる時は楽しいけど」

「その後だ。魔法学校を出た後は軍に入るつもりだろう? それで楽しいか?」

「楽しいかどうかを聞かれると困るなあ。転生する前は平和な国にいたから、人を殺めた経験は無い。だから向いてるかどうかもわからない」

「ヘレン、偉人になろうぜ」

「偉人?」

「名誉の為に生きるんだ。孤児院や救貧院を経営しまくって、後の時代に名を残すんだ」

「なんか適当に言ってない?」

「そりゃそうだ。今思いついたからな」

 そして兄妹は笑い合った。

 父は黙って、見ている。目を嬉しそうに細めながら。

「お兄ちゃん、そういえばテレパシーって知ってる?」

「何それ?」

「思っていることが他人の心に直接伝わること。魔法学校で話題になってさ......急ぎの時に電報なんて遅いからさ、ちょっと魔法で試してみようよ」

「おう、良いぜ。どうすりゃ良いんだ?」

「私の魔力を少しあげるから、その特徴を掴んで......それから魔力の持ち主に向かって言葉を飛ばすイメージをしてみて」

 こうして夜は過ぎていった──。


 ヘレンは翌日、ギルガンの屋敷を訪ねた。

 もう何年も通っているが、実家同様、何も変わっていないように見える。

 メイドに応接室に通されたヘレンは、

 ──秘伝魔法って何だろう。

 と思った。

 戯れに小さな銀の槍を見ていると、ギルガンが応接室に姿を見せる。

「庭に出るぞ。来なさい」挨拶すら無かった。

 庭の芝生を見て、庭師の苦労を偲ぶヘレン。二人は今、相対している──。

「私も、もう歳だ。今から秘伝魔法を授ける。覚悟は良いな」

「はい。先生」さすがのヘレンもどぎまぎする。


「私も、もう歳だ。今から秘伝魔法を授ける。覚悟は良いな」

「......? はい。先生」


「私も、もう歳だ。今から秘伝魔法を授ける。覚悟は良いな」

「......? え?」


 そしてギルガンは消えた。

 混乱するヘレンの首に手がかけられた。

「もし私が暗殺者なら、ヘレン、お前に命は無かった」

 汗ばむヘレン。──何、今の!?


「これが私の秘伝魔法だ。特級幻覚魔法。他の幻覚魔法と違うのは、幻覚が自分自身を本物だと思い込むほどの知性を持っていることだ。透明魔法と組み合わせたり、連続して使うことで今のような芸当が可能になる」

ここまで読了ありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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