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銀の槍の聖女~青春期の終わり~  作者: ふわふわ羊
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06.星は集う


 店主は吐き捨てるように、

「アレはオススメしないね」

 と言った。

「何なんですか? 人間の指のように見えますが」ヘレンは疑問を口にする。

「実際、人間の指だよ。魔導士アーリャリの人差し指さ。晩年に、自分の指を切り落として杖として使ったんだ」

「ふうん。そんなことも出来るんだ」

「忠告するが、止めときな。あれは呪われてると言われてるのさ」

「呪われてる? どういうことですか?」

「持ち主が次々と死んでる。まあ実を言うと、そこには理由があるのだがね」

 ヘレンは次を促した。

「あの杖は応用魔法に特化したもので、基本魔法は使えないのさ。例えば火魔法や斬撃魔法は基本魔法だろう? だから火魔法、斬撃魔法は使えない。その代わり、それらを応用したものなら、何倍にも質と量が跳ね上がる。そういう利点がある。だが、実戦において基本魔法が使えないというのはどうしても不利になりやすい。だから持ち主は死にやすいのさ」

「ふうん」ヘレンはガラスケースに近づいた。

「おいおい、お嬢さん」

「魔法の試し打ちをしたいのですが、そういうことはどこかで出来ますか?」

「あ、ああ。それならこの店の裏口から出たところの広いスペースで出来るよ」

「わかりました。そこで色々と試すので、適当に杖を見繕ってくれますか?」

「......よし! わかった。ちょっと待っててくれ」

 ヘレンは店主が杖を選ぶ間に、ガラスケースに目をやった。


 店の裏口を出ると、家屋に囲まれた広い芝生が広がっていた。

 そして、鉄の檻が点在していた。

「あれは?」

「人に危害を加える魔物を収納してある。本来なら上客用の的だが――入学祝いにお嬢さんも的にしていいよ」

「ありがとうございます」

 そしてヘレンは檻の一つに近づいた。

 岩のような質感を持った、犬であった。

「そいつは頑丈さ、がんがん魔法をぶつけちゃって良いよ」

 そう言って店主は選んだ杖の一つを渡した。

 ヘレンは空中に向かって杖で火魔法を放った。

 ――随分と魔力の流れが良くなったな。

 そう、思った。

「的に放って良いんだぜ?」

「苦しませるのはどうかと、心変わりしました」

「そうかい」

 次々と、店主は杖を渡してきた。

 その度に、ヘレンは空中に火魔法を放った。

「この杖が良いですね」ヘレンが言った。

 万年筆のような風貌な杖であった。

「おお、良いものを選ぶね。先端には五〇パーセントほどの金が使われていてね、魔力の伝導率が良いんだよ」

「ではこれを購入します。それと、これも」

「これも?」

 いつの間にか、ヘレンは魔導士の指を持っていた。

「いやだからそれは、難しいんだって! というかケースから勝手に持って来ちゃ困るよ」

 ヘレンは後半を無視して、「使いこなせれば良いんですよね?」と言った。

「魔法学校に入学しようという人間に使いこなせるとは思えんけどね」店主はぷんぷんしながら言った。

 にやりと、ヘレンは笑った。

 そして、魔導士の指を振りかざした。

 その瞬間。

 鉄の檻の中にいる岩の犬が苦しみ始めた。

「な――」店主は驚く。

 そして、犬はぴくりとも動かなくなった。――死んだと思われた。

「火魔法の応用です。血圧を異常上昇させて、脳内出血を発生させて殺しました。これでも私には使いこなせませんか?」

 店主は迷った。

 そして、購入を認めることにした。

 ――にやりと笑ったお嬢さんには凄みがあった。

 店主の日記にはそう書いてある。

 魔杖店をヘレンは後にした。

 それから、魔法学校指定のローブとマントを購入し、荷物持ちと共に魔法学校へ帰った。

 寮に荷物を持ち込み、荷物持ちに金を払って帰らせる。

 綾子はいなかった。どこに行っているのだろう。

 疑問に思いながら、瞑想をして過ごした。

 しばらくして。

「あ、ヘレンお帰りー」綾子が部屋に戻ってきた。

「ただいま。綾子は何してたの?」

「人脈作りってやつさー! 同じ中流階級の人間を探して、自己紹介してた! うまく行ったよー! あ、そうそう、ヘレンと同じ下流の子もいたよ。ジェンって子で、面白かったなー。暇なら会いに行けば?」

「どこにいるの?」

「演習場Aで遊んでるよ!」

 ヘレンも人脈作りをやってみることにした。政治が学生生活においても重要だと、転生する前の記憶が言っている。

 演習場Aは少し離れたところにあった。

 所々に土嚢が積み込んである、岩場であった。

 そこに、火魔法を放っている少年がいる。

 同じ年くらいだろうか?

 ヘレンは声をかけた。「君がジェン?」

「ん? おう。おいらがジェンだ。アンタは誰だい」

「私はヘレン。君と同じ下流の人間だよ」

「へえーッ。そうかい。よろしくなあ! ヘレンも一発当てた口かい?」

「一発?」

「おいらはさあ、そうやって資金を作ったんだよね。金鉱から金を盗んだんだ!」

 ヘレンは驚いた。それから、

「それをすぐ人に言うのは止した方が良いね」

 と言った。

「ヘレンも同じ下流だろ? ならいいさ。で、ヘレンはどうやって金を稼いだんだい?」

「靴磨きと屋台の運営をしたけど、大部分のお金はスポンサーが出してくれた」

「そりゃ良いなーッ。おいらもスポンサーがいりゃ、金鉱に忍び込むことは無かったんだがなあ!」

「でも、スポンサーの言うことは絶対だよ。いない方が自由だよ」

「関係ねえよ。金を出させた後はドロンすりゃ良い」

 ――下流にはやはり、基本的に仁義の概念が無いのだな。父はその辺り、偉かったなあ。

 ヘレンはそう思った。

 それから、二人は火魔法を比べ合った。

 ジェンは独学で火魔法を学んでいたらしく、相当下手だった。

「杖を買ったらマシになるかもね」

 ヘレンはそう助言する。

「杖かあ。それもいいなーッ。でも、基本は杖無しがカッコいいだろ? なあヘレン、これからちょくちょく指導してくれよ」

 少し迷った。

 勉強の為に来たのだが、そんな暇はあるだろうか。

 だが、結局ジェンの面倒を見ることにした。

 ――政治というやつだ。上流階級に対抗する為に、中流と下流で結託する必要がある。それに、人にモノを教える時のほうが学びになると聞いたことがある。

 そういうことを思った。

 

 一方、その頃。

 マリア・A・ロンダウルフが魔法学校に到着した。入学手続きを行う。

 彼女が業火の聖女と呼ばれていることはすでに述べた。

 校長も、表面上は丁寧に接する。

「さて、寮に向かいましょうか、皆さん」マリアは言った。

 取り巻きに対して言ったのである。護送船団であった。全員が、高名な貴族の子供である。

 寮に着いたマリアたちは、一番大きな部屋に乱暴なノックをして入室した。

「何? ちょっと、誰?」貫禄や身長から言って、上級生であろう。

 マリアは部屋を見渡し、こう言った。

「この部屋、気に入りましたわ。お手数ですが、他の部屋に移って下さいまし」

「は、はァ?」上級生は素っ頓狂な声を出す。

 瞬間。

 マリアは魔力を発した。

 膨大で、尋常ではない魔力の多さである。

 上級生は信じがたい光景に混乱した。

「この業火の聖女に恩を売るのは、後々、得すると思いますわ」マリアはそう述べる。

 少しして。

 部屋から上級生たちが去った。

「このベッド、実家のものと比べると大変劣りますが、まあ良いでしょう。学校ですからね」マリアは言う。

「マリア様、先ほどの上級生たちに借りを作って良かったのですか?」取り巻きの一人が言う。

「カーチャ。私は借りだと思っていませんわ。なので返す義務はありません」

「なるほど。さようですか」カーチャと呼ばれた少女はそう答えた。

 マリアたちは部屋に荷物を運び入れ、食堂へ向かった。

「今の内に、舌を慣らせておきましょう」マリアは言う。

 その時、時刻は一二時三〇分であった。

 メニューは、担々麺。

「あら、辺境に行った時に一度だけ頂きましたが、ここでも食べられるのですね。楽しみです」フォーク片手にマリアは言う。

 そして一口食べる。

 それからスープを一口飲んだ。

 思案顔になったマリアは少しして、取り巻きと共に食堂員に詰め寄った。

「ちょっとーーー!! これは何ですのーーーー!!!」マリアは言う。

「は、はあ、どうかしましたか」食堂員は答えた。

「担々麺! 辛すぎでしょーーーッ! それに甘味も足りないッ! よく見れば胡麻も無い! 改善を要求しますわッ」

「え、ええ? 辛さはマイルドにしてあるんですが......胡麻はともかく、甘味は担々麺には無いんじゃ」

「口答えしますの、貴方ッ!」マリアは言った。それから、魔力を発する。

「この業火の聖女に向かって!」キレかかっているマリアであった。

「そうだそうだ! 改善しろー!」取り巻きが言う。

 業火の聖女とその取り巻きはこんな感じであった。

 校長のキールは後年、

 ――食堂員が一番苦労させられたかもしれない。

 と語った。

 食堂を後にしたマリアたちは部屋に戻った。

 それからマリアは「食堂のピコ共たちは生意気ですわね。教育が必要ですわ」と言った。ピコ、というのは悪口で、奴という意味である。

「マリア様、そろそろ聖なる岩に向かわれては? 銀の槍を抜いてから、入学式に臨むと箔が付くと思いますが」カーチャが言った。

「カーチャ、それは違いますわ。三年後、予言の日まで銀の槍の件はとっておきます。その代わり」

 マリアはカーチャに迫った。

「カーチャ。全生徒の名簿を作りなさい。そして、私を除く全員に、銀の槍を抜かせる試みをさせなさい。大丈夫、私以外に抜ける人間はいませんわ。そして名簿に私以外の全員にチェックを付けるの」

「承知しました。マリア様」カーチャは答えた。


 銀の槍について、いよいよ説明する。

 魔法学校内に存在する、岩に突き刺さった、特別な槍である。

 歴史に残る大魔導士、グラーフェスナーが愛用した槍で、絶大な魔力が蓄積されている。

 槍はこれまでいくつもの聖獣や大魔導士、兵士を貫き、手にする者は栄光と輝かしい勝利を手にすると呼ばれた。

 グラーフェスナーは晩年、銀の槍を岩に突き刺して、

「一九二〇年、マリア・A・ロンダウルフという名の聖女がこの槍を抜くであろう」

 と予言した。

 岩は、聖なる岩と呼ばれることになる。

 当然、マリア・A・ロンダウルフが入学したこの年は一九一七年であった。

 その為、マリアは三年後の自分が銀の槍を抜くのだと信じてやまない。

 そういう、次第であった。


 さて、二日経って入学式が始まる。

 一番広い演習場Cに入学する全生徒が集められた。

 約三百名、いる。

 校長と教諭と、数名の私服の者が現れた。

 ヘレンは綾子に聞いた。

「あの私服たちは誰だと思う?」

「あれは三年生以降の上級生たちだと思うねー! 三年経てば私たちも私服が着れるよ!」綾子はそう答える。

「ふうん、三年生以降ね。そんなの事務員は説明してなかったな」ヘレンは興味無さげに言った。

 教諭の一人が杖を地面に叩く。

 一同、静かになる。

 校長のキールは開口一番、こう言った。

「この中に、生意気な者がいる」

 反応は無い。

 キールは続けて、「だが、別に構わん。私が望むのは、諸君らが優秀な魔導士になること。それだけだ。以上」と言った。

 続いて、教諭の自己紹介や祝電読み上げ、上級生の歓迎の挨拶が行われる。

 入学式は終わった。あっけないが、当時はこんなものである。

 魔法学校の日常が始まった。

 固定教室制ではなく、移動教室制である。授業の度に、教室を移動した。

 ヘレンは第十三基本魔法室という教室に入室する。

 階段状の教室であった。

 生徒同士の話が騒がしい。

 ヘレンは真ん中の席に座った。

 最前線で熱心さをアピールしても良かったが、他の生徒の様子も見てみたかったのである。

 席にはそれぞれ、水の入ったビーカーが置かれていた。

 ――氷塊魔法を教えるという話だったか。これをどう使うのだろう。

 ヘレンはそう思う。

「ねえ貴方、お名前は?」隣の席の生徒が聞いて来た。

「ヘレン・F・カミンググラフ」

「カミンググラフ......どこの貴族でいらっしゃるの?」

「私は下流階級出身です」

「か、下流......そ、そうなのね......健闘を祈りますわ」聞いて来た生徒の顔は引きつっていた。

 教諭が複数名、入室する。

 代表の教諭と、授業についていけない生徒をサポートする教諭で授業をするという体制であった。

 一同、静かになる。

「ごきげんよう。この授業では、敵対する者を殺さずに確保する為の魔法である、氷塊魔法を教えます。氷塊魔法は火魔法より魔力の消費量は少なく、また扱いやすく、重用するでしょう」代表の教諭は言った。

 そして、

「まずは基礎。ビーカーに指を浸し、『『間延びするように呼吸して集中し、水が氷る様を想像しなさい』」

 と生徒を促す。

 さっそくヘレンはやってみた。

 ──氷る様を想像。行け、凍れ。

 数秒経つと、指の周りを除く、ビーカー内の全ての水が凍った。

 代表の教諭がヘレンに言う。「貴方、名前は?」

「ヘレン・F・カミンググラフです」

「ヘレン、氷塊を手の平に作ることは出来ますか」

「やってみます」

 ヘレンはすぐに言う通りのことが出来た。

 代表の教諭は頷いて、

「今から教諭の一人と共に演習場に向かい、試験を受けなさい。受かったら、この授業の単位を差し上げます。その後はこの授業への出席を任意とします」

 と言った。

 ヘレンは席を立った。

 辺りを見回すと、生徒全員が賞賛の眼差しをヘレンに送っていた。

 四〇分後、ヘレンは試験に受かる。試験の内容は、ある程度の大きさの氷塊を射出し、五〇メートル先の的に命中させることであった。

 こうしてヘレンは、自由になる時間を手に入れる。

 その頃、一方で。

 マリア・A・ロンダウルフも一発目の授業で試験を合格、単位を取得していた――。


ここまで読了ありがとうございます。

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