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銀の槍の聖女~青春期の終わり~  作者: ふわふわ羊
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05.星は流れる準備をする


 当時の魔法学校について説明をする。

 上流階級の人間が主に通っていて、入学から卒業まで六年を要した。

 寄宿学校で、豪華とは言えないが、それなりに施設が整っている。

 教師には専門の事務要員と授業道具準備要員が付いており、これによって教師は授業に専念することが可能であった。

 入学する人間の年齢層は一〇代が主だったが、年齢に制限があるわけではない。士官学校を出た人間が見聞の為に数年だけ学びに来たり、長年働き続けた中流階級の人間が記念に入学することがあった。珍しいケースでは、とある生徒の素性調査をしたところ、名高い盗賊であったことが判明したこともある。

 魔法学校は複数あったが、難易度に違いはほとんど無かった。


 ヘレン・F・カミンググラフは生まれ育った西モスキーナ山を離れる。

 父が言った。「困ったらお師匠様に言え。おいには何も出来ん。お師匠様は良い方だから何とかするだろう」

 兄はこう言う。「楽しんでこいよ」

 ヘレンは何も持たずに、ギルガンの屋敷へ向かった。何も持たなかったというより、持っていくものが無かったというほうが正しい。魔法書は兄の為に残した。教科書の類は魔法学校で支給されるという話である。

 ギルガンの屋敷の前に馬車が待機していた。幌馬車である。

 その幌の中から、ギルガンが顔を出した。「さあ、乗れ」

「先生も付いてきて下さるのですか?」ヘレンは尋ねる。

「念のために、校長へ挨拶する。ほら早く。年寄りの時間を奪うな」

 ギルガンは七〇歳を迎えたばかりであった。

 ヘレンは馬車に乗った。それから尋ねる。

「馬の脚が八本あるのですが、魔物ですか?」

「そうだ。異世界ではスレイプニルという八本脚の神獣が物語の中にいるそうだな。それにちなんで、この馬はその名で呼ばれている」

「何故この魔物を使うのですか?」

「今日中に入学手続きから挨拶まで、全て終わらせる為だ」

 お気付きかもしれないが、ギルガンはせっかちであった。


 夕方には魔法学校についた。

 悪路もあったが、スレイプニルは強行突破したのである。

「まずは校長に挨拶する。異世界でも、重要人物への挨拶が最初に行うことであろう?」ギルガンは言った。

 ヘレンの通う魔法学校は単に、第二魔法学校と呼ばれている。

 その第二魔法学校の当時校長であった人物は、キール・D・ジャスミナーであった。

 独断専行型の人間で、若い頃は閑職に勤めていた。

 だが実力は本物で、なら教職にでも就かせてしまえと周囲の人間が画策し、いくつかの魔法学校で教鞭を取った。そして、校長になった。

 校長になりたてのキールは生徒たちにこう言った。

「異世界のイギリスという国ではこういう言葉がある。馬を水飲み場に連れて行くことは出来ても、水を飲ませることは出来ない。私は諸君らが魔法を学ぶための環境を全力を尽くして整備するが、結局は君たちがその気にならねば、君たちは魔導士にはなれないだろう」

 そういう、人物である。

 ギルガンはヘレンを連れてキールと面会した。校長室である。ヘラジカの剥製が飾ってあった。

「お久しぶりですな」ギルガンは言う。

「昔のことは忘れた」キールは答えた。

 ギルガンはそれを無視して、「今日は見込みのある人物を連れてきた。入学手続きはこれからだ。名をヘレン。数年間、私が指導したので多少は使えるようになっている。魔物討伐の実績もある」

「よろしくお願いします」ヘレンは言う。

「どうも」キールは素っ気なかった。

「キール殿。噂に聞いたのだが、あの業火の聖女も入学するとは本当ですかな」

「ええ。本当です。あまり喜ばしいことではないが」

「何故ですかな?」

「噂は教えてくれなかったのかな? 聖女とは言われているが、ただ天才的な魔力の持ち主の子供なだけですよ。――私が思うに、恐らく周りに悪影響を及ぼすだろうな」

 ヘレンは黙って聞いていた。

「しかし、キール殿。貴方なら聖女も扱えるだろう」ギルガンは言う。

「お世辞は結構。ヘレンの世話はするから、とっとと入学手続きをしてくれ」

 ギルガンはお礼をして、ヘレンを連れて部屋から出て行った。

「ああ見えて情が深い人物だ」ギルガンは事務室に向かう途中でヘレンに言った。

「他人に良いように利用されたくないので、ああいう態度を取っているのですね」ヘレンは答えた。

「さよう。若い頃は哀れな魔導士であった――さあ、入学手続きだ」

 事務員に入学申し込み用紙と推薦状、それからギルガンの銀行口座情報を渡して、終わりであった。

 それから、簡単に学校の説明があった。

 最後に、入学式は三日後であることを事務員は告げる。

「今日からこの子は寮に寝泊まりする。どの部屋を使えば良いか?」ギルガンは事務員に言った。

「どの部屋でも。ただし変更は基本的には出来ません。後ほど使う部屋番号を教えて下さい」事務員は答えた。

「わかった。ヘレン、同居人に気を付けて選べ」ギルガンは言う。

「わかりました。それではこれから寮に向かいます」ヘレンは答えた。

「私はこれで帰る。必要なものがあったら事務員に言って、私の銀行口座から金を下ろせ。いいな?」

「はい」

「よろしい。では――ヘレン、お主の健闘を祈る。長期休暇期間になったら屋敷に顔を出せ」

 ギルガンは帰った。

 ヘレンは寮の場所を聞いて向かう。

 清潔感のある大きい木造家屋であった。

 花壇が目の前にあり、よくわからない花が咲いている。だが、目に優しかった。

 まず、一番端の部屋をノックして、開いた。

「どちらさま?」甲高い声が聞こえる。

「あの。こちらの部屋は空きがありますか?」ヘレンは言った。

「空いてるけど――貴方、どちらの出身?」

「西モスキーナ山です」

「どこ?」

「ここからスレイプニルで八時間くらいで着ける場所です」

「ふうん。で、苗字は?」

「カミンググラフです」

「聞いたことない......田舎の貴族なのね」

「貴族ではありません。下流階級の人間です」

「か、か、か、下流~~~~!?」

 声の持ち主はひっくり返った。

「ここに相応しくないわ! 別の部屋をあたって頂戴!」

 ヘレンは部屋を出ていく。

 それから、別の部屋を訪ねては何度か同じやり取りをした。

 ――どうも上流階級の人間とは厄介そうだぞ。しかし、先生は立派だったな。

 ヘレンはそう思った。

 また新たな部屋にヘレンは入る。

「何ですか?」三つ編みの大人びた少女が迎えた。

 ベッドの数を見るに、三人部屋らしい。

「空きはありますか? 今年入学する者ですが」ヘレンは言った。

「ああ、うん。あるよ。君いくつ?」

「一三歳です」

「へえ。身長高いね。一六歳くらいかと思っちゃった。さあどうぞ」

 ヘレンは迎えられた。

 三つ編みの少女は綾子と名乗る。

「転生者?」ヘレンは聞いた。

「ううん。祖父がハイカラだって言って、この名前を付けたの」綾子は答える。

「そうなんだ。綾子さん、よろしくお願いします。私はヘレン」

「敬語使わなくていいよ。私も今年入学だし。一週間前にここに来たんだ」

「ありがとう。貴方は他の上流階級の人間と違うね」

「あはは。そりゃ私が中流階級だからだねえ」綾子は笑った。

「そうなんだ――私が下流階級って言ったらどう思う?」

 綾子は目をぱちくりさせる。

「珍しいって思う。でもそれだけかな。ああでも! 資金源は気になるねえ」

「ギルガンという魔導士様が支援してくださったの」

「名前は聞いたことないけど、そうか、魔導士様がバックにいるのね、ヘレンは。――あ、もしかして天才ってやつ?」

「秀才とは言われた」ヘレンは答える。

「へえ凄いじゃん。私は魔法覚えるの初めてだから不安だー!」

 ヘレンは綾子を気に入った。

 それから、二人で食堂に向かって夕食を食べた。

 メニューは日替わりで、その日の夕食は野菜タンメンとタンドリーチキンだった。

 ヘレンは箸を、綾子はフォークを選んだ。

「この鶏肉の味、凄いねえ。辛みがあって旨い!」綾子は嬉しそうである。

「タンドリーチキンをここで食べられるとは思わなかったな」ヘレンは呟く。

 夕食後、綾子は言った。

「早くシャワールームに行こう。結構混むよ」

「あ、お金はあるけど、着替えもタオルも石鹸も無い」

「石鹸は備え付けがあるけど――そうか、じゃあ今日は諦めて、明日買いに行きな」

「もしかしてだけど」ヘレンは言った。

「何?」

「ここでは毎日シャワーを浴びることになるのかな」

 綾子は笑った。「上流階級に虐められたくないなら、そうすることをおすすめするよ!」

「なるほどね」

 ヘレンは内心で、

 ――日本を思い出すなあ。

 と思った。

 綾子はシャワーの準備をして寮の部屋から出て行った。

 ヘレンはやることが無いので、瞑想をして魔力を鍛える。

 ――どうせなら、学校で一番になりたいが、果たして。

 そう思うヘレンの懸念は、ギルガンと校長との会話に出てきた業火の聖女であった。

 どういう人物だろう?

 中々、瞑想に力が入らなかったヘレンであった。


 部屋に戻ってきた綾子はいきなり、

「そういえば、今年は勇者も入学するらしいよ」

 と言った。

「勇者って、聖女の男版でしょ? 魔法が使えて、加えて実績があるっていう」ヘレンは答える。

「そーそー。しかも、年はヘレンと同じ一三歳だって!」

「へえ、そうなんだ。仲良くなれるかな?」

「気さくな性格らしいから、仲良くなれるさー! しかも、中々カッコいい顔つきなんだって。見たいねー!」

「顔はまあ、どっちでもいいでしょ」

「いやいや! カッコいい男の方がいいでしょ! 友達になれたら箔が付くし!」

 綾子は裏表が無さそうだな、とヘレンは思った。

 それから、「友達になるなら話が面白い男が良いな」と言った。

「わかる!」綾子は手を叩いて答える。

「でも結婚するなら将来性ある男のほうが良いな」ヘレンはそう続けた。

「唐突だなあ。結婚相手には私は甲斐性のある男を選びたいねー。ぐいぐい人を引っ張るのって大変だし、そういうのを任せたいっていうか」綾子は言う。当時の価値観を考慮すると、ごく自然な考え方であった。

「甲斐性も良いな。経験上、理解できる」腕を組んで悩みだすヘレンに綾子は笑う。

「経験上って、凄い言葉だね! そりゃヘレンは顔良いけど、でもそんなに......愛を語らってきたわけ?」

「まあちょっとは」言葉を濁すヘレンである。転生者であることは伏せておきたかったと思われた。

「大人だねえー! 私なんか男の子と話したことすら少ないよ! ああー! ここで青春したいねー!」

 ――若いって良いな。

 そう思うヘレンであった。


 翌日。

 ヘレンは事務員に言って金を引き出した。それから日用品を買いに、町へ出た。

 ――随分活気があるというか、規模が大きいな。

 そう思ったヘレンである。

 しばらく商店街や露店通りをあちこち見て回った。

 それから、暇そうな男を一人見つけて、金を出すから荷物持ちをしてくれと頼んだ。

 そうやって、日用品を購入した。

 そのうち、興味の惹かれる店を発見した。

 魔杖店であった。

 ヘレンは今まで、魔法を使うのに杖を使ったことは無かったが、だからこそ興味が湧いた。

 荷物持ちを外に待たせて、入店する。

 辺りを見回したヘレンは、

 ――武器屋みたいだな。

 と思った。

 いかにも杖らしいものが数多く壁にかけてあると思えば、カラスのくちばしのようなものが机の上に置いてある。天井には大きな蟹の爪がぶら下がっている。あれも杖なのだろうか。杖とはいったい?

「ようこそ。お嬢さんは魔法学校に入学するのかい?」店主らしき人物が声をかけてきた。

「どうしてわかったんですか?」

「そりゃここは魔法学校の近くだし、お嬢さんは魔導士としてはちょっと若すぎるように見える」

「そうですよね」納得するヘレンであった。

 それから、「杖というのは必要ですか? 私は杖無しで魔法が使えますが」と言った。

 店主は笑った。

「無くてもいいものさ。でも、あったほうが役に立つよ。例えばこれ」

 そう言って店主は近くの杖を手に取った。

「この杖は魔力を蓄積出来るんだ。あの銀の槍のようにね。いざという時は蓄積させた魔力で爆発を起こして逃げることが出来る」と店主は言う。

 ――銀の槍?

 知らなかったが、ヘレンは無視して、「他には?」と言った。

「こいつは面白い杖だよ。先端に特殊な金属を使っていて、魔力の出口が狭められているんだ。そのおかげで、規模は小さくなるが素早く魔法を放つことが出来る」

 なるほど、ホースの先端を握ると水が勢いよく出るようなものか、とヘレンは思った。

「この杖の対となるものもある。確かこれだな。魔力の出口が広いので、大型魔法を放つときに便利だ。魔力が少ないとうまく扱えないだろうがね」店主はにこやかに言った。

「じゃあアレは?」

 ヘレンは店の奥の、一角を指さした。

 途端に、店主は顔を歪めた。

 そこには。


 人間の指らしきものがガラスケースに収められていた――。


ここまで読了ありがとうございます。

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