04.アーガン・F・カミンググラフという少年
さて、B国の話をする。
B国は様々な意味で巨大であった。
人が多く、資源があり、技術も最先端。
そして多民族、多宗教国家だった。
多くのそういう国家は、内乱の危機を常に抱えていた。
そこが、トーワ戦争が痛み分けで終わった原因である。
A国は正面衝突では勝てないと考え、B国の地下組織を強力に支援したのである。
――いつでも勝てるが、今は他に優先事項がある。
それがB国議会の認識であった。
B国は内政に注力した。
とはいえ、次の戦争は必ず近いうちに来る、という予感をB国首相は感じていた。民衆も、その風を感じていた。
A国も同様であった。
――B国とはいずれまた、刃を交わすことになる。
そういう認識が、あった。
なので、驚異的な予算が出来上がった。
国家予算の八割が軍事費という、現代では考えられないものであった。
筆者も正気を疑う。
だが、勝利にはやむを得なかった。それに、貧しい時代というのが、それを許容した。
そして、多くの人間が徴兵された。
その中に、いずれアーガン・F・カミンググラフが含まれるようになる。
一九一五年、アーガン・F・カミンググラフ、一二歳。
やんちゃであった。
妹の手ほどきにより魔法が使えるようになったアーガンは寺小屋で存在感を増していく。
現代で言う、ヤンキー集団にも存在を認知された。
アーガンはヤンキー集団にギャンブルのイカサマを教えてもらった。
例えば、不正サイコロの作り方である。
その中で、一点物と呼ばれる鉛入りのサイコロをアーガンは好んだ。
これは、六面ある内の一面に鉛を充填したものである。これを使えば、十回のうち六回か七回は鉛を充填した面の反対側の面が出る。
他にも、粉入りと呼ばれるサイコロも多用した。
これは、サイコロの中身を空洞にし、約七分ほどの水銀を入れたものである。音で見破られやすいのが難点だったが、まあ重用した。
そういう知識で、妹に挑んだりもする。
さすがの転生者の妹もギャンブルのイカサマには通じていないようで、多々負けた。
妹のヘレンは後年、
「ギャンブルを挑んでくる時の兄は楽しそうだった」
と語った。
唯一、知恵で勝てる分野だったから当然であろう。
アーガンは腕っぷしも気合も良かった。
以前、アーガンの同級生に赤十字社を設立するダークシア・A・マルコフがいたことを簡単に述べた。
ある時、このダークシアが柔道の練習をさせてくれとアーガンに頼んだ。
アーガンは了承した。
そしてアーガンは技の一つである一本背負いを受ける。
不幸なことにダークシアは加減がわからず、また、アーガンも受け身を知らなかった。
技を受けたアーガンは、
「痛いじゃねえか」
と言い、ダークシアの顎を殴って脳震盪を起こさせて気絶させてしまった。
そういう、少年だった。
やがて、年を取るにつれ、慕う者が現れた。
当然かもしれない。
魔法が使え、異世界の知識が僅かだがあり、ギャンブルも出来る。腕力も根性もある。
カリスマとは力の発露であるという向きもあるが、その考え方であれば、なるほどアーガンはカリスマを持っていた。
一九一六年、アーガン・F・カミンググラフ、一三歳。
寺小屋に通わなくて済むようになった。
少し余談する。
現代では考えられないが、当時の小学校である寺小屋には年齢という概念は無かった。
文字の読み書きを教わるので、読み書きが出来れば卒業する、出来なければ気のすむまで居る。
そういう、大雑把な施設であった。
しかし利点もあった。
早熟な人間や天才の噂が広がりやすいことだった。
そういう人間は一〇歳程度には寺小屋に飽きて、通うのをやめる。
そしてそれが話としてあちこちに伝わる。
政府はそういう噂を聞きつけては、青田買い、つまり登用した。
話を戻す。
アーガンは寺小屋に通うのをやめて、朝は父の手伝いを、昼は慕う者たちと過ごし、夜は妹と魔法の練習をした。
充実した青春であった。
一方で、妹のヘレンも充実していた。
屋台で金を稼ぎ、魔法の練習をする。週に一度、ギルガンと魔法の練習をする。
二人の基礎は出来上がりつつあった。
ある時、ヘレンは体の異変を感じ取った。
懐かしい感覚だった。
ヘレンは父に報告した。
「初潮が来た」
「初潮とは何か」父は答えた。現代では考えられないが、初潮という言葉を知らない男はこの時代、沢山いた。
「子供が産めるようになったってこと」
「なるほど。それなら、おいにもわかる。おいのばあちゃんは、子供が産めるようになった時は赤飯を炊いた。異世界の風習らしいな。赤飯を買ってこよう」
「でも、うーん」
「どうした」
「それは確かに異世界の風習なんだけど、私の居た時代では古い風習となっていて」
「そうか。でもめでたいことではないか」
父には強引なところもあった。
結局、赤飯を買った。
その夜、ヘレンが寝た後に父はアーガンに女についての話を聞かせた。
いわゆる性教育であった。
父は良い機会だったと思ったのであろう。
アーガンは女に興味を持った。
それから一週間ほど経ったのち。
年上の女にアーガンは迫った。
「俺の女にならねえか? ミシェル」アーガンは言った。
「なんで私?」ミシェルは答えた。
「そりゃあ顔が良いし、頭も良いし、料理は上手いし、最高だよお前」
「年上の人間にお前って言わないで」ミシェルは冷たかった。
「悪かった。でも何度でも言うけど、ミシェルは最高だよ」
「私は性格悪いけど」
「顔が良かったら問題無い。女は顔だ!」アーガン、失言である。
「じゃあ私の顔が悪かったら告白してないってこと?」
アーガンは答えた。
「顔が悪かったらそれはミシェルじゃない。ミシェルっていうのは、顔が良くて、頭が良くて、料理が上手い人間のことを言うんだ」
ミシェルは少し考えた。それから、
「君の将来性に期待して付き合っても良いよ。でも、今の時点では好きじゃないからね」
と言った。
アーガンは喜んだ。
家に帰ってからも、浮かれていた。
「お兄ちゃんどうしたの」ヘレンは言った。
「彼女が出来た」アーガンは答えた。
「へえ。そりゃ良かったね。会わせてよ」
「嫌だ」
「何で」
「評価するつもりだろ」
「だってお兄ちゃんが悪い女に引っかかったら嫌じゃない」
「ミシェルは悪くない女だよ」
「へえー。ミシェルって言うんだ。ふうん」
「どういう意味だ。俺のことを動揺させるつもりか」
「何でもなーい」
ヘレンはにやにやしていた。
それから数日経って。
ヘレンは兄にこう言った。
「ミシェルとのお付き合いを許可します」
アーガンは色んな意味で驚いた。
「お前、ミシェルに会ったのか?」
「お兄ちゃんとの友達には何度か会ってるからね。その線でミシェルを探したよ」
「許可制だったのか?」
「そういうことにしました」ヘレンはにやにやしている。
「どういう女だと思った」
「良い女ですね。話題に選ぶ内容が理知的でグッド。それから料理がお上手なのも良かったね」
「だろ。ミシェルは良い女なんだ。というか、飯を食わせてもらったのか?」
「そりゃ付き合ってる男の妹に料理を振舞うことくらい、あるでしょ」
「そりゃそうだが」
「それに」ヘレンは言った。
「それに?」アーガンは言った。
「顔が私に似ているので良い女だと思いました」
アーガンは頭をかいた。そして、
「あのなあ、そりゃヘレン、お前は良い顔をしているよ。でも他意は無いぜ」
と言った。
ヘレンはそれには答えず、魔法の練習をすると言って、家から出て行った。
アーガンは翌日、ミシェルに会いに行った。
「俺の妹がすまない」開口一番、アーガンはこれである。
「気にしないで。それより、良い妹さんだったよ」何故か上機嫌なミシェルであった。
「何を話したんだ?」アーガンは言った。
「自己紹介して、それからシベリア鉄道のことを話した」
「シベリア鉄道? あの異世界の?」
「異世界にもあるの? 私が言っているのはこちらの世界のシベリア鉄道だよ」
少し説明する。
A国の軍事費が国家予算の八割であったことはすでに述べた。
残りの二割のいくらかで、巨大な鉄道を作る計画が持ち上がっていた。
当然、終着地点はB国との国境である。
この鉄道で、軍隊を輸送する計画であった。
完成すれば、ロジスティクスが大きく改善する。
敷設や駅の設定は新たに設けられる鉄道省に一任されることになった。
初代鉄道大臣はマイヤール・R・コルキュルス。
南部出身で、中流階級から自力で上流階級に登った男であった。
シベリア鉄道と名付けたのはこのマイヤールである。
噂というのは一日で二〇キロ走ると言われているが、新たな巨大鉄道の構築と名前がシベリア鉄道であるということは、計画が半ばほど進んだ頃には国中に話が広まっていた。
雇用の発生と市場の活発化を国民は期待した。
話を戻す。
「こっちにも巨大な鉄道が出来るのか」アーガンは言った。
「だってお国が戦争に勝つにはしょうがないでしょう。普段は民間人が使っていいらしいから、この辺りも都会みたいに人が増えるかもね」
「なるほどな」
アーガンはそれから、近くの見世物小屋に行こうと、デートに誘った。
二人は順調に青春を謳歌している。
だが、問題はあった。
まず父の具合が悪くなったこと。
以前、父の目が悪いことは述べた。
目をより悪くした父はリス狩りの規模を縮小した。
それから、ヘレンのことであった。
ヘレンは以前、ギルガンに圧倒的な武力による平和を望まれた。
だが、このままでは秀才の魔導士で終わってしまうことはギルガンには明らかであった。
――早いうちに魔法学校へ入れる必要がある。
ギルガンはそう思った。
屋敷にヘレンが訪れる日の早朝、ギルガンは一筆したためた。
それから、封筒に入れ、封蝋で封印する。
ヘレンが屋敷に来た。
ギルガンはまず応接室に通す。
「ヘレン、今までよくやってきた。魔物の討伐も順調であるし」
「これも先生のおかげです」ヘレンはギルガンのことを先生と呼んだ。
「いやいや、お主の活力が良かったせいじゃよ。それでな、ヘレン」
ギルガンは区切った。
「どうだろう、そろそろ魔法学校に入っても」
ヘレンの顔に戸惑いが浮かんだ。
「しかし、まだお金が足りません」
「私が出す」ギルガンの顔はきつかった。
「今まで先生にはお金を出してもらいました。さらにお金を頂戴するというのは」
「ヘレン。私の正式な弟子になれ。そして、私の秘伝魔法を継いでもらいたい」
唐突であった。
ヘレンは黙った。
「不服か?」ギルガンは言う。
「いいえ。あまりの光栄に驚いただけです。しかし、私の他にも優秀な人はいるのでしょう? 何故私なのですか」
「以前、お主は栄光の無い人生を送ってきたと言ったな」
「はい」
「お主と接するうちに、見たくなったのだよ。そういう人間が、活躍する様を」
ヘレンはオファーを承諾した。
「これを」ギルガンはそう言って、早朝に仕立てた封筒を差し出した。
「これは?」
「推薦状だ。これで魔法学校に入学した後は、様々な便宜をはかってもらえるはずだ」
それから、二人は魔法の練習を行った。
「兄と父に話を通しておいてくれ」ギルガンは帰り際のヘレンに言った。
「正式に魔導士様に挨拶せにゃならんな」ヘレンの父は言った。
「勝手に話を進めてごめんなさい」ヘレンは謝った。
「いや、お前の道だ。お前が決めるが良い。おいもそうした」
ヘレンの父は家の裏にあるぼろぼろの木造倉庫に向かった。
そしてある物を取り出し、「これで誠意を見せにゃいかんな」とそう呟いた。
ヘレンの父がギルガンの元を訪れた。
「娘が世話になっています。お礼として、家宝をぶち上げに来ました」
ぶち上げ、とは差し上げるという意味である。
ギルガンはそういう、下流階級特有の言葉に動じなかった。
それどころか、関心した。
――仁義の概念がある。
応接室でヘレンの父は持参した木箱を解いた。
「これは、複製ですかな。リスによく似ていますな」
「これはリスです」
ギルガンは驚いた。
何故なら、とてつもなく巨大であったからである。
どれくらいの大きさかは筆者にはわからなかった。このリスの剥製は現存していない。資料を集めたが、不明なままである。
「おいの父が取ったものです。あまりのデカさに家宝にしました。しかし、魔導士様にぶち上げます」
「これはこれは......私はただあの子の未来を見たかっただけで......と言って断っても失礼になりそうですな。有難く、頂きます」
「そうしてください。おいの尊厳に関わります」
それから、普段のヘレンの様子を父は聞いた。
「素直にこちらの言うことを聞いてくれます。飲み込みはそれなりに早いほうですな。天才とは言えませんが、それでも、期待する価値はある」
少し、ギルガンは口を滑らせたと思った。期待する価値はある、とは不躾な言葉であったと思ったからである。
しかし、ヘレンの父は気にせず、
「それでも弟子入りを認めてくださって、おいは感謝しております」
と言った。
ますます、ギルガンは感心した。
普段はヘレンを除き、下流階級とは接しないギルガンである。
期待値が低すぎたのであろう。それが逆に、ヘレンの父に対する評価を上げることになった。
やはり、ヘレンは人間に恵まれたようである。
一九一七年、ヘレンは魔法学校に入学することになる――。
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