03.星はより輝きを増し、情熱を伴うようになった
トーワ戦争で銃火器の本格運用が始まったことはすでに述べた。
それに伴い、犠牲者も数多く出た。
しかし、銃火器が原因だけでは無かった。
伝染病、食料品の品質、それから――。
魔法の存在。
この時代、魔法は驚異であった。
上流階級はこぞって、魔法を学んだ。自身の権威獲得が主な目的だった。
ここに、マリア・A・ロンダウルフという少女がいる。
貴族の生まれで幼少の頃より魔法のレクチャーを受けた彼女は、才能を開花させる。
その魔力の量から、八歳の頃から魔物の討伐をさせても問題は無いだろうとあちこちで言われた。
そして九歳になった彼女は、実際に討伐を行うことになった。
グライヤートン。
箱型の黒い魔物である。そして宙に浮く。
人間の死体を好んで食べるという習性を持ち、その為、戦場でよく目撃された。
今回は国境沿いに出現した為、A国は事前にB国に「国境付近で魔物討伐を行う。軍を動かすが他意は無い」という旨の通達を行った。
するとB国は、「貴国との友好関係確認の為、我が国にも討伐の機会を与えて欲しい」と返事した。
恐らく、A国にどのような人材がいるかを確認したかったのであろう。
A国は承諾し、一個中隊、つまり約二〇〇人動員した。
それに対し、B国は三個小隊、一五〇人を動員した。
国境沿いの草原に雨が降っている――。
ただの雨では無かった。赤い雨であった。
当時は何故赤い雨が降るのかわからなかった為、人々は様々な想像を行った。
曰く、神様が地上の苦しみを想って悲しみの涙を降らせているのだ、等。
その赤い雨の元、行軍している討伐隊がいた。
そしてその中に、マリアがいた。
行軍の速さを保つため、九歳のマリアは屈強な兵士に背負わされていた。
その兵士に、マリアは耳元で囁く。
「良いお天気ですわね」
「自分はそう思いません」
「でしょうね。ふふ」
先遣隊によると、ここから二〇分のところにグライヤートンの魔力が漂っているとのこと。
討伐隊は黙って歩き続けた。
「マリアはおるかあ!?」
討伐隊が目標の地点に到着し、軍装点検を行っている時に彼がマリアを探した。
稲妻と称される、B国所属魔導士のアーサーであった。
「はい。何でしょうおじ様」
「おじ様と言うなッ。お兄ちゃんと呼べッ」
「はい。お兄ちゃん」
「それで良い! それでマリア......率直に言うが、お主はどこまで使えるのだ」
「だいたいのことは出来ます」
「はっはっは! そりゃ頼もしいな! いいかマリア。お兄ちゃんが魔物を仕留めるから、マリアは援護に回ってくれ」
A国にどのような人材がいるかを確認したかったB国は、A国討伐隊の魔導士を見て失望した。
僅か九歳の子供だけとは!
それでB国は思惑を変更したらしい。――魔物を我が国が仕留めて恩を売る!
「はい。お兄ちゃんにお任せします」
マリアはにっこり笑った。
午後一六時。赤い雨は止んだ。
討伐隊はグライヤートンを探すが、見つからない。
暗くなる前に帰営することを指揮官は決定した。
野営装備は無い為である。
「今日は残念だったなあ、マリア」アーサーは言った。
「そうですね。お兄ちゃんの活躍見たかったな」
「また明日がある! はっはっは!」
討伐隊は草原に背中を向けた。
一〇分ほどした時だろうか。
後方の兵士たちが気付いた――。
「グライヤートンだ!」
報告はすぐに隊全員に行き渡り、指揮官はすぐに戦列を組むよう指示した。
――大きい。
兵士の一人はそう思った。一辺が一五メートルはあるのではないか。
別の兵士は、三〇メートルもある、と思ったそうだ。
宙に浮く黒い箱は幻想的な風景であった。
「射撃開始!」指揮官の命令が飛び、号令ラッパが音を響かせた。
数百名による一斉射撃であった。
余談だが、この時使用されたライフル銃は一三年式村田銃であった。
このライフルの国産化を強力に進めた転生者は魔物討伐で使用されることを想定しなかったが、当時としては優れた射程だったが為に、よく使われた銃となった。
――効いているのか、これ?
兵士の一人は思った。グライヤートンは一斉射撃を数回受けた後も、討伐隊に接近してきた。
「お兄ちゃんがやるぞおおおおおお!」
アーサーが咆哮した。
そして。
斬撃魔法を数百回放った。
稲妻と称される所以である。
だが、グライヤートンは倒れなかった。
「はっはっは! やるなあ! だがお兄ちゃんはさらに勢いを付けるぞッ」
斬撃はより強く!
より早く!
――放たれた。
それでも、グライヤートンは倒れず、接近してきた。
――まずい。これ以上は奴の射程範囲だったはず。
アーサーが焦る。
その時。
グライヤートンは二つに分裂した。
「なっ!」驚くアーサー。
そしてグライヤートンはより素早く近づいて来た。
討伐隊全滅の危機かと思われた。
だが。
「お兄ちゃん。私がいますよ」
「マリア! おお! 一匹は任せるぞ!」
「いいえ」
「うん?」
「二匹とも、私が頂きます」
マリアは集中し、力を込めた。
アーサーは驚愕した。――なんだこの魔力は!
そして。
マリアは詠唱した。
「神よ! 私に抹殺の許可を与え給え! 火炎竜!」
瞬間。
マリアの手から巨大な炎が噴き出す。
二匹のグライヤートンは炎に包まれた。
そして、黒い箱は地面に堕ちた――。
この魔法の熱はよほど強烈だったらしく、討伐隊の殆んどが火傷を負った。
それでも、僅か九歳だった。
帰国したアーサーはすぐに議会へ報告した。A国には彼女がいる、と。
そしてA国はマリアを業火の聖女と認定した。
それが、銀の槍の聖女の、好敵手となる少女だった。
マリアは聖女認定日に家庭教師へこう語った。
「私なら、銀の槍を抜けると思います」
銀の槍については後ほど説明しようと思う。
ここで話を元に戻して、銀の槍の聖女、ヘレンについて語る。
彼女が三歳の時に発した「ヤリマン」について説明する時が来た。
現代では中々見られない為に転生者について誤解を受けているようだが、転生者とは異世界での記憶を持っただけの人間に過ぎない。
その為、脳が発達していない幼少の頃は記憶をうまく引き出せなかったり、あるいは記憶を引き出しても意味やニュアンスがよくわからないことが多々ある。
三歳の彼女にとって「ヤリマン」とは、単純に性行為を数多くこなす女以上の意味を持たなかったのであろう。
何故この話を今したか?
ヘレンの常識が、九歳になったこの頃に、ほぼ完成されたらしい。
それに伴って、汚い言葉を使わないようになった。
例えば、その頃流行っていた俗語にこんなものがある。
――親にも尻の穴を見せるな。
これは、親子間でもプライバシーを尊重しろ、という意味である。
ヘレンはこういう言葉を一切使わなくなった。
ある時、兄のアーガンはふと、ヘレンに尋ねた。
「なあ、異世界じゃあ死体はどうするんだ?」
「国や時代、宗教によって異なる。私の居た国では火葬が殆んど。土葬も出来たけど、必要な土地が全く無い」
「ふーん。じゃあ、燃やせば異世界に行けるんだな。きっと」
「それならこの国は転生者だらけだね」
「そんなに火葬の国が多いのか?」
「というか、全世界で人が多い」
「なるほどね。それじゃあ火葬は関係無し、と」アーガンは言った。
それからヘレンは呟いた。「私が死んだら火葬にして」
「何で?」
「土葬は衛生面に問題がある」
「ふーん。ヘレンが言うならそうなんだろう」
――仲の良い兄妹である。
精神年齢がまったくかけ離れてるであろうに、兄妹の会話は成立した。
それは恐らく、兄が妹に敬意を持ち、妹の懐が広い為であろう。
妹が語る時に兄はじっと耳を傾けて、兄が語る時も妹はじっと聞き役に徹した。
奇跡的なバランスであった。
この二人の仲が悪かったら。
ジャッキストック戦争はどうなっていたであろうか。
ヘレンが一〇歳になった。
この頃、彼女は火魔法を扱えるようになった。
「すげーじゃん。悪い奴に絡まれても平気だな!」兄は呑気そうに言う。
「お兄さんもそろそろ瞑想だけじゃなくて実践してみたら?」
「うん......そうだな。よし。やってみる」背伸びした兄に妹はくすりと笑う。
「ヘレン」父が言う。
「お父さん、何?」
「この鍋はなんだ?」
「料理の勉強」
「そうか」相変わらず、ヘレンのやることに口を挟まない父であった。
ヘレンは言った。「もうそろそろ、靴磨きはやめる」
「ふーん。でも屋敷通いはするんだろ?」兄は言った。
「うん」
「じゃあ金稼ぎは大丈夫だな」ギルガンがスポンサーでもあることを知っている兄であった。
「大丈夫じゃない、別のことをする」ヘレンは言った。
「へ?」
「料理する」
一九一四年のA国には様々なものが出回った。
例えばタイ米。転生者曰く、タイとは国の名前らしいが、生産地は他にも沢山あると言う。
ヘレンは露天通りの片隅で、このタイ米を使った屋台を出店した。
念のため記すが、現代の屋台とは全く異なる。
道具や、調味料と食材の乗った皿は地面に直置きである。
ヘレンは床にあぐらをかいて、寝そべってる鉄板に木材を乗せて火魔法で燃やした。
それから、燃える木材の上で鍋を振るった。
油を入れ。
卵を二個入れ。
タイ米を手ですくい、鍋に入れること五回。
塩を入れ。
コショウを入れ。
それから茹でてカットしてある鶏肉を入れる。
チャーハンと呼ばれるものの出来上がりである。
それを客は、敷かれた巨大な絨毯の上で食べる。
昼間が稼ぎ時で、それだけで靴磨きの三〇倍の粗利になった。
――これなら朝と夕方に働かなくて済む。後の時間は魔法の練習が出来る。
ヘレンはそう思った。
ヘレンが一〇歳になって半年ほど経った頃だろうか。
ギルガンの屋敷でヘレンは魔物討伐の話を聞いた。
「見聞を広めるのに、良い。私が同行するから大丈夫だ。お兄さんも連れてこないか」
ギルガンの提案に飛びつきそうなヘレンだったが、抑えて、
「魔物とは何ですか」
と聞いた。
「魔力を使っていると思われる生き物だ。例外もあるが」
「今回討伐する魔物はどのようなものでしょう」
「ヤーワイーナと呼ばれているものだ。球状で、羽が無いのに宙を浮く。夜間に家畜の血を抜くので討伐対象となった。特徴としては、一撃で仕留めなければならないということだ」
「何故ですか?」
「一度攻撃を加えると、そこから一〇時間近く、一級の魔導士でも手こずる障壁を張るのだよ」
「攻撃性は?」
「薄いな」
「私と兄も同行したく存じます」ヘレンは頭を下げた。
「頭を下げるな。それから一応、兄と父に許可を貰ってきなさい」
ギルガンの屋敷を出たヘレンの足取りは軽かった。
帰宅後、夕飯を取った後でヘレンは父に討伐の話をした。
「ヤーワイーナ......ああ、あれか」父はそう言った。
「見たことあるの?」ヘレンは聞く。
「若い頃に一度だけ見た。そうか、あれを討伐するのか......わかった。行ってこい」
「お兄ちゃん」ヘレンは言った。
「勿論! 行くぜ!」アーガンは非常に喜んだ。
晴天の朝。
ギルガンとアーガンは初めて顔を合わせた。
「妹が! お世話になってます!」アーガンは頭を下げた。
「うむ。ヘレンから兄のことは聞いている。夜に一緒に魔法の訓練をしてるのだったか?」
「そうです!」
「元気でよろしい。さあ行くぞ。今夜中に片づける」
馬車が走った。
道中、アーガンは妹に尋ねた。
「異世界の馬車もこんな感じか?」
ヘレンは、
「こんな感じだけど、そもそも馬車を使うことが無い時代に生きてきた」
と言った。
ギルガンも興味を持ったらしく、
「長距離移動はどうしているのか」
と尋ねた。
「鉄道を凄く発達させたものや、化石燃料を使って動く機械で移動することが主です」
「化石燃料ってなんだ」アーガンは聞いた。
「大昔の生き物の死体で出来たもの。爆発させるように着火して、それで機械を動かすの」
「うん? さっぱりわかんねえな」アーガンは頭をかいた。
「ガソリンのことか」ギルガンは言った。
「ええそうです。もうこの時代にあるのですか」
「ある。良い使い方と、悪い使い方をされておる」
「悪い使い方?」
「コデインと混ぜて、体に打つのだ」
ヘレンはよくわからなかった。
「これも転生者がもたらしたものでな......要は麻薬だ。それも非常に凶悪だ。クロコダイルと呼ばれている。異世界のロシアという国で主に使われておったそうだ」
ロシアはわかるが、クロコダイルは聞いたことが無いと、ヘレンは素直に言った。
「ヘレン、麻薬は使うなよ。決してだ」ギルガンは言った。
「はい。決して」ヘレンは答えた。
「麻薬って何?」アーガンが尋ねる。
「気持ちいいんだけど、体を壊す薬。使うと止められない状態になる」ヘレンは言った。
「使い続ければ良いじゃん」
「使う度に量が増えたり、必要なお金が増えたら?」ヘレンは声を低めにして言う。
「なるほどなあ~。そりゃやばい薬だな。俺も使うの止めた」アーガンの答えにヘレンとギルガンはほっとした。
何度か休憩を挟み、夕方になって目的地についた。
個人所有の牧草地であった。
オーナーはギルガンに深く感謝をした。
「ようこそ。食事を取られますか?」オーナーは言った。
「では頂こうか」ギルガンは答えた。
それから夜中になった。
牧草地を三人が歩いていく。
――ここも空気がうまいな。
アーガンはそう思った。
何度か、ギルガンは立ち止まり、魔力を発した。
「それは?」ヘレンは尋ねた。
「イルカが超音波で仲間を探すように、こうして魔力を発して魔物を探しているのだ」ギルガンは答えた。
「なるほど」ヘレンは納得した。
少しして、ギルガンは討伐対象を見つけた。
「アレだ」ギルガンは指さす。
ヤーワイーナと呼ばれる、球状の魔物が宙にいくつか浮かんでいた。大きさは直径一メートルほどだろうか。
ギルガンはさっさとヤーワイーナに近づく。ヘレンとアーガンは慌てて後を追う。
「ほれ」
ギルガンは斬撃魔法を繰り出した。
一つ一つ、ヤーワイーナを落としていく。
あっけないものであった。
それから、最後に一体が残った。
「ヘレン、お主もやってみるか?」ギルガンは言った。
「はい」
ヘレンは最後の一体に近づき、斬撃魔法を繰り出そうとした。
――いかん。魔力の質と量が共に足りん。
ギルガンは慌てて、
「今のお主ではまだ討伐出来ないようだ。これは私が片づける」
と言った。
しかしヘレンは魔法を繰り出してしまった。
それも、何発も。
「ああっ! だからあれは一撃で屠らねばならんというのに」
「いいえ、問題ありません」
「何!?」
ヘレンは引き続き、何発も斬撃魔法を繰り出した。
よくみると、それらはヤーワイーナに当たっていなかった。
「ヘレン、お主はいったい――」
「お兄ちゃん、借りるよッ! 魔力!」
「うおッ!?」アーガンが驚く。
「神よ、我に武力を! 斬撃の虎!」ヘレンは叫んだ。
瞬間。
質の十分な斬撃が一発、ヤーワイーナに命中した。
「どういうことだ?」ギルガンは尋ねた。
ヘレンは答えた。「最初の数発は、助走だったんです。繰り返し発動することで――魔法の質を高めたんです。ただし、繰り返し発動することで大きく魔力を使ってしまいましたが」
「なるほど。だが、事前に言って欲しかったな」ギルガンは答えた。
「すみませんでした」ヘレンは謝罪した。
「びっくりしたぜ~」呑気に言うアーガン。
「いや、良い。お主の知恵を見れて良かった。――帰還する!」ギルガンは言った。
これが、ヘレンの初討伐であった。業火の聖女と比べると、なんとささやかなものであろうか。
この年、一九一四年を境に、ヘレンは積極的に討伐に関わることになる。
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