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銀の槍の聖女~青春期の終わり~  作者: ふわふわ羊
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02.かつて星は惹かれ合った


 ヘレンがギルガンの屋敷を初めて訪れて、一週間経った。

 予約通り、ヘレンは再び屋敷に来た。

 ギルガンは、

「靴磨きはいいから、こっちの部屋に来なさい」

 と言った。

 ヘレンは頭を下げた。


 大きな象牙が掲げられた応接室にヘレンは通された。

「さて、お主は......何者だろうか」

 珈琲を舐めるように飲みながら、ギルガンは尋ねた。

「今の時点では何者でもありません」

 これが、八歳の発言であった。

「将来は何者になるか?」

「わかりません。生きる意味がわからないのです」

 ギルガンはここで、目の前の少女が転生者であることを察した。

「この国は、爆発しそうになっている。先の戦争で無茶をし、議会の運営も綱渡り。内政がとにかく思い通りに運ばん」

「存じております」

「お主なら、どうする?」

「立場によります」

「この国の一切を任せるとしたら?」

「良い独裁者になります。通貨発行権を適切に扱い、教育を重視した内政を強権的に行います。その後、二〇年かけて民主制に移行します」

 ギルガンは黙った。そして、

「それはきっと、うまく行かんだろうな」

 と言った。

 ヘレンはその時、問いかけを発した。

「ギルガン様は何年先を見ていますか?」

「二〇〇年、先を見ている」

「これは失礼しました。私は思慮が浅い為、五〇年しか先を見ていませんでしたし、その先のことはわかりません」

 ヘレンは謝罪した。

 ギルガンは、「いやいや、良い」と答えながら、こう思った。

 ――そう、転生者は独裁を好む。寿命が尽きた後のことを考えず。


 応接室の片隅に台があり、本がいくつか積み上げられていた。

 ギルガンはそれを指さして、

「全てお主に与える」

 と言った。

 ヘレンはちらりと本を見て、

「予算を越えています。払いきれません」

 と答えた。

 ギルガンは、金は貰わないと言った。

「何をお望みですか?」ヘレンは言った。

「圧倒的な武力による平和を」ギルガンは答えた。

「私に出来るかどうか」

「そうだな。君より優秀な子は何人か知っている。だが、それでも望む」

 ヘレンは頭を下げた。そして、

「靴を磨いてよろしいでしょうか。お金がより必要です」

 と言った。

 ギルガンは銀貨を五枚渡し、来週また来なさいと言った。


 ヘレンは心臓の高鳴りを感じながら帰路についた。

 ――魔法書!

 転生者は魔法を学ぶことを好んだ。大体の場合、元いた世界では使えなかった為である。

 八歳の子が分厚い本を数冊持って道を歩く光景は、当時の人々にとっては奇妙なことであっただろう。


 その日の夜、ギルガンは友人に手紙を書いた。

 ――久々に転生者を見た。多くの転生者は知識を生かしきれずに腐るが、あの転生者はこの世界でも生き抜ける知恵がある。将来が楽しみだ。


 同じ夜、ヘレンはさっそく魔法書を広げてみた。

 ――うん。なるほどね。さっぱりわからん。

 道のりは険しいようだった。

「それ、貰ったのか?」食事を済ませた父が言う。

「うん。お父さんの教えてくれた人がくれた」

「そうか。良かったな。――おいはもう寝るが、ロウソクを使って良いからな」

 父はロウソクとマッチをヘレンに渡した。

 下流階級の家庭ではランプはまだ普及しておらず、ロウソクが主な照明だった。

「俺も読んでみたい!」アーガンが横から言う。

「いいよ、はい」ヘレンは適当に一冊選んでアーガンに渡した。

 少し経って。

「ああ~はいはい。なるほどね。さっぱりわからん。そもそも字が読めん」

 アーガンのその感想を聞いたヘレンは大きく笑った。


 ヘレンは魔法書を手に入れても、靴磨きを続けた。

 夜、食事を済ませたら、さっさと魔法書を広げる。

 そういう日々を送った。

 そのうち、また、ギルガンの屋敷を訪れる日がやってきた。


「靴を磨いたら応接室に来なさい」

「はい。わかりました」

 ギルガンはヘレンの返答を聞くと、さっさと応接室に入っていった。

 七つほどある靴を丹念に磨いてから、ヘレンは応接室に入った。

「失礼します」

「うむ。かけなされ」

 ソファに座ったヘレンにギルガンは尋ねた。

「魔法書はどうかな。わからないことはあるか」

 ヘレンは答えた。

「全体的に抽象的ですね。『間延びするように呼吸して集中し、実現したいことを唱える』ことが魔法の第一歩とは思いませんでした」

「ほっほっほ。だろうな。皆そう言うのだ」

 ギルガンは破顔し、

「興味のある分野は何かね?」

 と尋ねた。

「今の時点では、『増加魔法』に興味があります。もしも食料や武器を増やせたら、軍の機能を大幅に強化することが出来るでしょう」

「対勇者戦には興味は無いかね?」

「一対一で戦うのは怖いので、数で攻めたいと思います」

 ギルガンは静かに頷いた。

「それが良い。対勇者戦を極めると呂布のようになる」

「呂布をご存じなのですか」

「おや、お主の方こそ、呂布を知っているのかね。古代中国で活躍し、最後は処刑されたあの武将を」

 ヘレンは少し赤面した。そして、

「私は異世界の記憶を持っています」

 と告白した。

「であろうな。いわゆる、転生者という。もし良かったら、記憶を聞かせてくれぬか」

「それは......申し訳ありません」

「おやおや、恥ずかしい人生だったか?」

「その通りです。語ることの無い、起伏の無い人生だったのです。物質的には不足はありませんでしたが、精神的には栄光が不足していました」

「何かを成し遂げたことは?」

「ありません。語るべき功績は、特に何も」

「だが、寿命を全うした。違うかね」

「どうしてお分かりになったのですか?」

「知恵があるように見える。分別も......そのような人間には寿命を全うして欲しいと、願っているのだよ。分かったわけではない」

「なるほど」

「異世界での名前を聞いて良いかね」

「それならば。元の世界では『東優子』と名乗っていました」

 それからギルガンは今の生活について尋ねた。

 ヘレンは、良い父親と良い兄に囲まれて暮らしています、と答えた。

 それからヘレンは、自分の住んでいる西モスキーナ山について、少し喋った。

 ギルガンは行ったことが無いと言う。

 しばらくして。

 ヘレンはまた予約を取って、帰宅した。


 その日の夜、ギルガンは友人に手紙を書いた。

 ――人生の楽しみが増えたかもしれない。知恵者が新たな道を行くのを見るのは愉快だ。


 同じ夜、やはりヘレンは魔法書を開いた。

 ――や~っぱクソ難しいですわ。感覚的に説明されて、わからんわからん。

「ヘレン、こっちの本の方が良いかもしれないぞ」兄のアーガンが言う。

「お兄ちゃん字が読めるの? そうか、こっちは絵で表現されてるのか――」

 その日もアーガンと妹は夜更かしして魔法書の解読を試みた。


 ところで、本作品ではヘレンのいた国をA国と呼ぶことにする。

 これには諸事情があるのだが、各々で察して頂きたい。


 ヘレンが間もなく九歳の頃、つまり一九一三年の頃、A国ではトマトが輸入され始めた。

 専ら、薬用であった。

 効き目については誰も研究したことは無く、民間信仰のレベルで食された。


 ある時、ヘレンとアーガンが露店を練り歩いていると、トマト売りに出くわした。

 トマト売りは流行りだからと言って高めの値段を提示してきた。

 アーガンはそういう理由ならしょうがない、と言って購入した。

 ヘレンはその直後、流行り物ならこんなに高く積もれてるわけが無いと言った。

 トマト売りはその言い分を認めて、アーガンに少し返金した。


 時代の表情が変わりつつあった。貧しい時代から、好奇心の時代に変化しようとしている。

 当時のA国を例えるなら、異世界で発生した戦争である『日露戦争』が訪れる一〇数年前の日本であろうか。

 ヘレンはギルガンが喜ぶのではないかと思い、ギルガンの屋敷を再び訪れる直前にトマトを購入した。

 それから、砂糖を買った。トマトには砂糖を付けて食べるのが通と言われていた。


 ギルガンの屋敷にヘレンは向かっている。トマトと砂糖を入れたバスケットを持ちながら。

 家を出る時に父から言われた言葉を思い出す。

「おいも、お世話になってる魔導士様に挨拶せにゃならんな」

 父とギルガンの住む世界は圧倒的に異なる。

 果たして会話が出来るだろうか?


 ヘレンは屋敷についた。

 ギルガンは靴を磨いたら来るようにと言い、応接室に引っ込んだ。

 いつも通りであった。

 応接室にヘレンは入室する。

「靴のお手入れ、完了しました」

「うむ。ご苦労。ささ、席にかけたまえ」

 ソファに腰を掛けるヘレン。

「本日はお土産を持参しました。トマトという果物というか、野菜です」

「聞いたことが無いな。どれ、見てみよう」

 ヘレンはバスケットからトマトと砂糖を取り出す。

「へたを取って、半分に切った後、断面に砂糖をかけて食べるのが通だとか」

「試してみようか。ありがとう」

 ギルガンはトマトをしげしげと眺めた後、机に乗せた。

 そして、

「そういえばお主のことだが、優子とヘレン、どちらの名で呼ばれたいかな」

 と言った。

「ヘレンでお願いします。こちらの世界では、こちらの父が名付けてくれたもので呼ばれたいです」

「そうか。ヘレン。年はいくつかね?」

「間もなく九歳です」

「ふむ。魔法の実践は?」

「実践、ですか? まだ――魔法書を頂いてから二か月も経っていませんが」

「いや、出来る範囲で試してみるのが良い。勿論、基礎は大事だが、私から言わせれば基礎を大事にし過ぎては大成せん。偉大なものはみな、中途半端な魔法を扱うことから始めたのだよ。何故なら、成長には好奇心が大切で、好奇心の発露から中途半端な魔法を扱うことになるのだ。魔法書を全て読み切ってから実践するというのは好奇心が足りてないということだ」

 ヘレンは唸った。

 少し、自分は賢過ぎたかもしれない。

 そう思った。

「わかりました。実践してみます」

 ギルガンは頷いて、

「では今から試してみるかね」

 と言った。

「今からですか?」

「今からだ」


 屋敷の庭に二人は出た。

 日光が煌めく。庭師によって丁寧に整えられた芝生が眺めるだけで気持ちいい。

「集中せよ。そして液体が全身を流れる様を想像せよ」

 ギルガンの言う通りにするヘレン。

 そのまま十分経過する。

 ヘレンはちらりとギルガンを見る。

 魔導士は叱った。

「まだ集中を切らすな。もっと集中せよ」

 三〇分が経過した。

 ギルガンはもう良い、と言った。

「どうでしたか?」ヘレンは尋ねる。

「魔力の量は普通だな。質はわからぬが......特別な才能を持っているわけではなさそうだ」ギルガンは多少、がっくりしたようだった。

「ふむ。人によって違うのですね」ヘレンも少し傷ついたが、おくびにも出さず、答えた。

「ああ。だが、今から鍛えることで、秀才にはなれるだろう。毎週この時間に来なさい。靴磨きはせんで良い。小遣いならやる。靴を磨く時間で鍛えてやる」

 ヘレンは喜んだ。いつの間にか、スポンサーと教師を得たのである。


 それから、ヘレンは毎週ギルガンの屋敷を訪ねて魔法を実践した。

 家でも、実践した。

 主に、瞑想をした。

 瞑想をすることで、魔力の量を増やせるらしい。

 兄のアーガンも真似して瞑想をした。

 そんな二人をどんな目で父は見ていたのであろうか。


 ヘレンは九歳になった。

 ある時、兄のアーガンがヘレンに、良い画家が近くにいるから来いよと言った。

 ――良い画家だから何だと言うのだ。

 ヘレンはそう思った。だが、結局付いていった。

 その画家のアトリエは、ギルガンの屋敷の近くにあった。

 アーガンは入口でお邪魔しますと叫び、勝手に入っていった。ヘレンもそれにならった。

 そして、アトリエの中で見た作品に驚愕した。

 ――ミュシャだ、これ。

 ミュシャとは何か。

 ヘレンの元居た世界の画家だった。

 チェコという国で生まれた画家で、スラヴ叙事詩という作品は名高い。

 アーガンは画家をヘレンに紹介した。

 画家はウィード・K・ハランハッハと言った。

 ヘレンは率直に、貴方の作品はミュシャという画家の作風によく似ていると言った。

「おや、ミュシャを知っているのか。では君も転生者かな?」

 ウィードは笑いながら言った。

 アーガンもヘレンも驚いた。

 そして、

「はい。私は日本という国で生まれ育ち、死んだ転生者です」

 とヘレンはアーガンの目の前で言った。

 アーガンは開いた口が塞がらない。

 薄々気付いていたものの、やはりショックだったか。

 ウィードは尋ねた。

「スラヴ叙事詩を見たことはあるかな。僕の作品はあれをリスペクトしてるんだ」

 ヘレンは、

「見たことがあります。日本にスラヴ叙事詩が運ばれた時があったのです」

 と答えた。

 それから二人は好きなミュシャの作品を言い合った。

 ウィードは言った。

「君の肖像画を書いてあげるよ。ささっ、そこに座って」

 ヘレンは素直に従った。

 ――この時の肖像画は現存している。

 筆者は許可を貰ってこの肖像画を見たが、なるほど、話通りの整った顔立ちであった。大きな目に深い彫り。普通、大きな目の持ち主は貫禄を伴わないことが多いが、この少女には貫禄があった。

 アーガンとヘレンは帰宅した。

 ヘレンの兄は言った。

「どうして言ってくれなかったんだよ」

 ヘレンは答えた。

「サプライズかな」


 さてここで少し、別の場所、別の人物について話しておきたい。

 マリア・A・ロンダウルフ。

 後年、魔法学校に入学したヘレンの宿敵、いや好敵手となる人物であった。

 ヘレンと同じ年の彼女は、当時、A国とB国の国境に居た――。


ここまで読了ありがとうございます。

続きが気になる方はぜひ、ブックマーク登録とポイント評価をお願いします。

よろしくお願いします。

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