18.B国共同魔物討伐-4
その時──。
地平線で爆発音がした。
何事か訝しむヘレンとマリア。
爆発音が何度も発生する。
何が起きている?
それから時間が経過して、降り注ぐ火の槍は勢いが弱くなった。
「これなら前進出来るかも」マリアの声。
「よし、行こう」ヘレンの声に力がみなぎる。
二人はゆっくり、国境目掛けて前進する。
そして地平線に人影が見えた。
あれがB国の魔導士か。
しかし。
何か、動きが変だ。
「何をやってるのかしら」マリアの疑問の声。
「さあね──あれ、あの人たち、後ろに向けて魔法を放ってる?」
ヘレンの言う通りだった。
B国の魔導士たちはヘレンとマリアのいる方向にではなく、その反対の方向へ魔法を放っているのだ。
何をやっている?
答えはすぐわかった。
B国魔導士の元に、自動車が突っ込んで来ているのである。
ぶつかる寸前に魔導士は障壁を張るが、その瞬間。
──轟音、閃光、爆発。
何だあれは?
「どういう事態かしら。私たちを救出しに、我が国が援軍を派遣した?」
「まさか。それは戦争になるよ」
しかし、ヘレンとマリアの援軍であることは間違いなかった。
自動車たちはB国魔導士と明らかに敵対しているのである!
「ヘレン! 魔導士の数を減らして! 障壁は何とか私が持たせますわ!」
「了解!」
すぐさま火球を放つヘレン。
高速移動、そして爆発──。
魔導士の数は順調に減っていった。
自動車はまだまだ魔導士たちの元へ突っ込んでいる。
「あれだけの車の数! やはり我が国では!? そうとしか考えられない!」
「いや、でも、私たちに戦争発生のリスクを負ってまで救出する価値は──」
いよいよ包囲網の中央まで二人は来た。
ここまで来たなら、突破するしかない。
「神よ! 我が手に抹殺の許可を! 光の地平線・改!」
ヘレンの手から光線が何度も射出され、B国魔導士の命を刈り取っていく。
「誰!? 誰なの!? 誰が私たちを助けに!?」叫ぶマリア。
前進するヘレンとマリア。
そして二人は驚愕した。
遥か彼方から、数百という自動車の群れがやってきたのである。
中には、馬車もいた。
それが、こちら目掛けて爆走しているのである。
馬車の御者はカジュアルなスーツ姿であった。
「我が国の兵にしては格好がラフ過ぎる!? 待って! 本当に心当たりが無いのですが!」
「いや、あれは──きっと、うん。きっとそうだ」
自動車の群れは一部がさらに速度を増し、魔導士の群れへなだれ込む。
轟音。
再び、閃光の嵐。
「マリア、走れない!?」ヘレンが問う。
「ま、まだこの圧では──いや、行ける! 行けますわ! これなら走れます!」
そして二人は駆けた。
戦場を走りぬく。
地獄を走りぬく。
そして二人は先行する自動車群とすれ違う。
さっと車の中を見てヘレンはこう思った。
──やっぱり、例のダイナマイトが積まれている。
後続の自動車群と合流するヘレンとマリア。
そしてヘレンは叫んだ。
「お兄ちゃん、どこー!?」
「ここだあー! ヘレンー! さっさと乗れえええ!!」
アーガン・F・カミンググラフ。
ヘレンの兄であった。
テレパシーを受け取ったアーガンは、ありったけのアーガン・ダイナマイトと車、馬車、友人たちを動員して、この数日で強行突破してきたのだった。
車に乗り込むヘレンとマリア。
「よし! 帰るぞ! ラッパを鳴らせ!」アーガンは助手席の男に言う。
窓ガラスを開けて助手席の男がラッパを吹くと、後続自動車群や馬車は向きを転換して後退し始めた。
「ヘレンー! この数日待たせたな! だがもう大丈夫さ──先頭の無人自動車を見ただろ? あれだけの数がダイナマイトを抱えて特攻する! 運転と爆発を制御する魔法の準備が問題だったが、ギルガン先生が手を貸してくれたよ!」
風景が後ろへ流れていく──。
ヘレンとマリアはこの戦場を、生き抜いたのだ。
アーガン一行は堂々と国境を越えた。
「ねえ、なんでこんなにすんなりと国境を越えられたの?」ヘレンの疑問。
「ギルガン先生が催眠魔法を教えてくれたのさ。B国へ入国する時にがんがん魔法をかけてやったよ。それに合わせて、耐性があるやつには賄賂を渡した──さあ、懐かしの我が国だ。どうする? 学校目指すぞ?」
「それでお願い。あとごめん、ちょっと寝させて」ヘレンはそう言うなり、ハンチング帽を深く被って眠ってしまった。
「貴方がヘレンのお兄様ですね」マリアがようやく口をきいた。
「おう。お嬢さんのお名前は?」
「マリアですわ。業火の聖女と呼ばれていると言えば、心当たりがあるかしら」
「ああ、それなら新聞で見たことがあらあ。そうかい、お嬢さんが妹の手助けをしてくれたんだな。感謝するよ」
「そうですわ。感謝に値しますの、私って」
「ははは! 業火の聖女は良い性格してるんだな!」
「それで、B国と我が国との共同魔物討伐について、国内のメディアはどう反応していますの?」
「いーや、とくには。そもそも共同で魔物を討伐してるって話も出回ってない──これからどうなるんだろうな。聖女さんの情報網に期待するぜ」
「学校へ帰ったら、さっそくあちこちに問い合わせてみますわ。運転ありがとうございます」
「いーえ、どういたしまして」
途中で何度か街へ寄り、学校へ帰るまで、三日かかった。この大所帯ならやむを得ないだろう。
魔法学校の門でアーガンとその仲間たちは盛大にヘレンとマリアを見送った。
「また何かあったら助けに行くからなー! 兄貴に任せろよー!」アーガンは叫ぶ。
「お兄ちゃん! 本当にありがとう! 大好き!」手をぶんぶん振るヘレン。
「素晴らしい兄妹愛ですわね......羨ましいです」ふうっと一息つくマリア。
そして二人は校長室に向かった。
途中、生徒の何人かとすれ違い、好奇心の目を向けられる。
「失礼します」校長室の扉をノックするマリア。
「入れ」
ヘラジカの剥製が懐かしい部屋だった。
「マリア及びヘレン、ただいま帰還しました。現在の状況はどうなっていますの?」マリアが問う。
校長のキールは答えた。「二人共、よくぞ生き延びた。現在の状況を説明する──昨日、B国から我が国へ連絡があった。それによると、業火の聖女及び銀の槍が乱心し、B国の魔導士を多数殺害したとのこと。これについてB国は我が国へ遺憾の意を表明した。場合によっては宣戦の布告に繋がることもあり得ると外交官筋の話で判明している」
「なんて酷い筋書きですわ! 先に手を出したのは向こう! 私たちは自衛しただけ!」顔を真っ赤にするマリア。
「我が国もそれはわかっている。だからB国に対しては堂々とするということで、内閣は決定している」
「もし戦争になったら、我が国は勝てますか?」急な質問をするヘレン。
「さあな。案外、お前たち次第かもしれん。向こうの国力は強大だが、我が国にも強力な魔導士や資源がある。で、お前たち、いつから授業に参加する?」
「そうでした。私たち──魔法学校の生徒でしたわね。うん、はい。今日と明日は休ませて下さいな。ヘレンもそれでいいかしら?」
「うん、それで」
「では教諭たちにそれで通達しておく。ゆっくり休みなさい。下がってよろしい」
校長のキールにヘレンとマリアは礼をし、校長室を後にした。
「ねえヘレン。あの時、こう言ってましたよね?」
「何を?」
「まず最初にシャワーを浴びたいって。次に睡眠を。食事はその後。ねえ、一緒にシャワー室へ参りましょう」
「いいね。それじゃあタオルと着替えを持ってくる」
「私も持って来ますわ。寮の入口で待ってますから」
「わかった。それじゃあまた後で」
「また後で」
B国。とある喫茶店にて。
髭のある男と髭の無い男が会話をしている──。
「上からお叱りを受けてしまったよ」髭の無い男がしょんぼりしている。
「当然だな。この結果では」髭のある男は明後日の方向を向いていた。
二人は珈琲を飲む。
「我々は業火の聖女と銀の槍を甘く見ていた」
「銀の槍の聖女、だ」
「そうなるのか?」
「情報網によると、いずれそうなる。我が国に対抗する象徴となるようだ」
「そうか。それで今後の計画も無いのか」
「そうだ。我々にはもう、あの二人を裏工作でどうこうすることは出来ないだろう」
髭の無い男が呟く。「戦争になると思うか?」
髭のある男が囁く。「引き金の一つかもしれんな。しかし──今すぐには起きない。まだまだ時間はかかる。数年どころか、十数年かかるかもな」
「A国という小国など、今すぐ吞み込んでしまえば良いと思うのだが」
「それは駄目だ。我々は誇りある大国であるし、背後にも、内部にも懸念がある」
「まだ捕らえることが出来んのか。テロリスト共を」
「奴ら、A国から強力に資金を提供されてる。証拠があれば良いのだが、腕の良い魔導士がその辺りの工作戦に参加しているので、中々尻尾が掴めんのだ」
「小さな問題が多すぎる──大きな問題があるよりかはマシか」
「そうだ──全ては神の采配通りに」
「全ては神の采配通りに」
「我が敵を白日に晒し、神に捧げん」
「我が敵を白日に晒し、神に捧げん」
春を少し過ぎる。
ヘレンは一七歳になった。
相変わらずの青いスーツで廊下を颯爽と歩いていく。
単位を取るべき授業があった。
第二応用魔法教室に顔を出す。
教室の真ん中で、マリアが取り巻きとお喋りをしていた。
「ごきげんよう、ヘレン」マリアが言う。
「ごきげんよう、マリア」ヘレン、返す。
しばし、二人は無言で見つめ合い、そしてマリアはお喋りに、ヘレンは片隅で教科書を読み始めた。
ヘレンが上流階級から嫌がらせを受けることはもう無い。
聖女認定されるという話が出回り始めていた。
──ただ流されていただけだが。
ヘレンはそう思う。
私にそんな大層な称号が必要か?
自問する。
答えは「いいえ」だ。
しかし、認定を受けざるを得ないだろう。
いわゆる政治というやつだ。
私の力を利用したい奴がいて、私はそれに対抗出来ない。
ヘレンは残念に思う。
我が国のトップ層は聖女に色々と仕事を押し付けてくるだろう。
少しして教諭が数名、教室に入ってきた。
「ごきげんよう。授業を始めます」
教室が静かになる。
「課題は重力魔法の実践ですね──机の前に置かれた林檎を重力で砕くことが出来る者はいますか?」
ヘレンとマリアが手を挙げる。他にも数名。
「では手を挙げた者たちは演習場で単位取得の試験を受けるか、試験の為の練習をしなさい」
そうしてヘレンとマリア含む数名が演習場へ向かう。
「ねえヘレン、競争でもしましょうか?」マリアがにこやかに言う。
「マリアには敵わないさ。私は二番手だよ」
「魔力の質を上げることですわね。ちなみに私、魔力の量を増やす工夫をしていますの」
「ええーっ。私の得意分野を奪われると、その、困る」
「ふふっ。銀の槍の聖女は業火の聖女に追いつけるでしょうか」
マリアとヘレンはにこやかに会話しながら歩いていく。
寮にて。
綾子がベッドで寝ているヘレンに声をかけた。
「ヘレン起きてるー?」
「起きてるかもー」
「よし起きてるな! 今しがた手紙が来たよー! ここに置いておくねー!」綾子が机の上にヘレン宛ての手紙を置く。
少しして、ヘレンがのそりと起き上がり、手紙を手にする。
装飾が派手な手紙であった。
「何の手紙? 国から豪華なお手紙じゃーん」
「さあ、何だろうね」
封蝋を破って中身を目にする。そして、溜息をついた。
「あーあ。ついに来ちゃったか。この日が」
「どうしたん?」
「私、ヘレン・F・カミンググラフは手紙到着日を以て、聖女と認定されます。そんなことが書いてある」
「ええええー! ついにー!? いよっしゃあー! でかしたぞーヘレン!!」綾子がヘレンに抱き着く。
「おお、熱いね熱いねー」ヘレン、綾子の肩をぽんと叩いた。
「いや、だって、聖女だよ!? 名誉あるじゃーん! しかも十代で! これであの業火の聖女と対等だね! 良かったじゃーん!」我が子のように嬉しそうな綾子である。
「国に良いように使われるだけさ」クールなヘレンであった。
「まあまあ、その分出来ることは増えるんじゃないの? 例えば立ち入り禁止区域へ行ったりとかさ。冒険出来るじゃーん!」
「ジェンみたいなこと言ってる」
「ヘヘヘ......ジェンと話すようになったからかな?」
「うまく行ってるの?」
「まあ性格悪いこと言うけど、ヘレンとヴァランダが付き合ってるニュースで意気消沈なジェンの心に立ち入ろうとして、まあまあ成功してる感じですなー!」
「そりゃ良かったね」
──ジェン。君も良い男だったよ。
ヘレンはそう思った。
「ねえ、今から聖女認定記念パーティしよう!」
「えええ!? 今からってどうするの?」
「みんなに声かけて食堂に集まるのさー! ちょうど夕方でご飯の時間だし! さあ行こう!」
綾子とヘレンは寮を出た。
二人の先には明るい──何かがあった。
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