17.B国共同魔物討伐-3
「我々は移動中、振り返らなかった。彼女たちがすでに橋を渡っていることは考えられない。今は森の中で、我々を見ている筈だ」ジャシールが呟く。
「魔力で超音波を飛ばすか?」
「そうだな。では──」
その時。
数百の槍がジャシールとアーサーに降り注いだ。
「おおおおおおッ!!」障壁を瞬時に張る魔導士たち。
しばらくして槍の雨は止んだ。
にやりとジャシールは笑う。「これで超音波を飛ばす手間が無くなった。今の魔力を解析すれば、発信源がわかるぞ」
すぐに集中し、魔力を解析する。
五秒もかからなかった。
「ここから直線二〇〇メートル先! 行くぞアーサー!」
「おおッ!」
駆けるジャシールとアーサー。
起伏の無い森の中。
二人の男の殺意が二人の少女を狙う──。
「見つけたぞッ!」
ヘレンとマリアが突っ立っているのが見えた。
彼女たちはジャシールとアーサーを確認すると、左右に分かれて走り去る。
「私がヘレン君を仕留める! アーサー殿はマリア君を!」
「承知した!」
ジャシールとアーサーも左右に分かれる。
「マリアああああ! 待てえええええ!」アーサー、咆哮する。
得意の斬撃魔法は射程外。走って距離を詰めるしか無い。
若さという意味ではマリアに分があるが、アーサーも体を鍛えている。
「これ以上接近するなら燃やしますわよッ!」
「やってみろおおお!」
マリア、立ち止まって呪文詠唱。
「神は我が手に武力を与えた! 火炎柱!」
「足らんわあああ!」
火柱がアーサーを襲うが、意に介していない。
「火魔法耐性の障壁だッ! マリア対策で仕上げてきたぞッ!」
斬撃魔法の射程範囲内に入った──。
そこからアーサーは早かった。
「うおおおおおおおおお!!」
数秒で数百の斬撃がマリアに降り注ぐ。
僅かに逸れた斬撃が木々を倒していった。
「おじ様の魔力では私の障壁は突破出来ませんわよッ」
「お兄ちゃんと呼べと言っただろうがあああああ!!」
斬撃はマリアの障壁を突破出来ずに滑っていく。
──これで良い。お兄ちゃんの魔力はこのまま行けば尽きる。その後は軽く燃やしてヘレンを助太刀しに行けば良い。
マリアは笑みを浮かべた。
だが。
障壁に穴が、生まれた。
「そんな馬鹿な!」
マリアは障壁をより強固にする。
それでも、穴が生まれようとしている。
「ワシの秘伝魔法は一つではない! マリアのような強い者を倒す為、もう一つ作ってきた! その名も穿孔斬撃! 捻じれるように穴が開いていくぞ!」
そこで、アーサーは魔法発動を止めた。
「マリア! 我が国へ来い! ここで死ぬ気か! 例えワシを倒しても数百人の二級魔導士がこの辺りを包囲する! ワシの知ってるマリアは賢い筈だぞ!」
「お兄ちゃん」
「何だ!」
「これよりお兄ちゃんを殺すことになってしまいますわ。それが残念であることをお伝えします」
「ワシの耐火障壁ならマリアの全力でも五秒は耐えられる! その五秒で穿孔斬撃を数百放てる! ワシを殺すことは出来んぞ!」
「やってみましょうか」
「──残念だ。マリア。よく眠れ」
アーサーの目に黒い感情が浮かぶ。
そして、アーサーは耐火障壁を張る。
──マリアが火を放った瞬間、穿孔斬撃をあらん限り放ち、それで終わりだ。
そう考えるアーサーに、予想だにしない展開が訪れる。
ふっと溜息をつくマリアが、それを懐から取り出す。
ヘレンの持っていた、魔導士の指であった。
そして彼女はこう唱えた。
「応用魔法。血圧を上昇させよ」
アーサーは動いた。だが、穿孔斬撃を放つことは出来なかった。
頭の中で、赤い花が咲き誇った為である。
「血圧異常上昇で脳卒中を発生させました。魔導士の指は魔力の質を何倍にも上昇させる。だから障壁を五秒もかけずに破ることが出来ましたわ。ああ、お兄ちゃん。残念です」
マリアは倒れたアーサーに駆け寄り、カバンからとある物を取り出した。
「これですわね。ヘレンが言っていた物は。さあ助太刀に行きましょうか」
ジャシールに追われていたヘレンは急に立ち止まる。
「おや、諦めたのかね」ジャシールが言う。
「体力が減ってきたので。ここで貴方とは決着を付けましょう」
「銀の槍......膨大な魔力だな。しかし、それだけでは私を打ち負かすことは出来ないよ。その膨大な魔力を使われる前に──君の首を取ればいいだけだ」
「そうですか」
「なあヘレン君。考え直さないか。B国での暮らしは悪くない筈だよ。そりゃあ家族や友人と離れるのは辛いだろうが、それよりも目指すべきものがある」
「それは何ですか?」
「自分がどこまでの存在か、という試みだ。君のような若者にはわからないかもしれないが、人生というのはこれが目的なんだ。家族や名声なんかの為じゃない。ただ、自分の力がどこまで通用するのか試す──これこそ人生だよ」
「実は私、転生者でして」
「おや、そうなのかい」
「貴方の言うことにも理解は出来る。私も転生前、同じことを考えたことがある」
「ふむ。それで?」
「自分に失望するだけですよ。その考え方で生きるとね」
ヘレンは銀の槍を取り出した。
そして、魔力を込めた。
「この銀の槍にありったけの魔力を込めて放つ。貴方の障壁を一撃で貫通する筈です」
「それは怖いな。では私も奥の手を使おう。と言っても、それが何であるかは秘密だが」
二人が対峙して時間が経つ──。
「勝負です」
「来なさい」
銀の槍がヘレンの手から離れた。
空中に浮遊したと思うと、銃声のような音を伴って、ジャシールに迫った。
そして。
ジャシールは消えた──。
銀の槍はそのまま何処かへ飛び去る。
──まず最初のステップは完了した。
ジャシールはほくそ笑む。
ヘレンの遥か後方で。
──膨大な魔力を持ってるなら、それを無駄打ちさせるまでだ。
──あの知性を持つ幻覚魔法、あれを解析させて貰った。そうすることで、自分なりにアレンジし、囮を出現させることが出来た。
──後は囮を何度かぶつけ、ヘレン君の魔力を消耗させる。
──その後はこっそり首を刈り取って終了だ。
そして次の囮を出すべく集中したところで、ジャシールの体に激痛が走った。
「......なっ!」
後ろから、銀の槍に貫かれたのである。
「どうやって私の位置が......くそ......」
ジャシールの元にヘレンが向かう。
そしてジャシールの死体を確認すると、ジャシールのバッグからそれを取り出した。
ジェンから貰った金の十字架である。ヘレンはこれをビーコンにして、銀の槍を放ったのである。
──貴方が正攻法で挑んで来るのは考えにくかったからね。だから使う魔力もありったけじゃなくて、必要な分しか使ってないよ。
ヘレンはそう思った。
ヘレンとマリアは合流した。
「はいこれ。何に使うつもりでしたの?」
マリアはヴァランダの髪の毛の束を差し出した。
「ビーコンの代わり。私がお兄ちゃんの相手をすることになった時に備えた。実際に私がジャシールさんとお兄ちゃんのどちらを相手にするかまでは、わからなかったから」
「ふうん。それじゃ、我が国へ帰りましょうか。──ああ、そういえば懸念が」
「何?」
「二級魔導士が数百、私たちを包囲しているとか」
「それは困るなあ。早めに橋を渡ろう」
だが、二人は本格的に困る羽目になった。
橋を渡るが、その先の草原でいくつもの魔力が点在しているのである。
魔導士であろう。
「戻ります?」マリアが言う。
「戻っても芽は無いよ」
ヘレンとマリアは隠蔽魔法を張って、その場を動かないことにした。
しかし、時間が経つにつれ、点在する魔力が増えてきた。
「ちょっとやっぱり戻って、別ルート探そうか」ヘレンが言う。
しかし、──橋を渡った先、森にも魔力が点在していた。
マリアとヘレン、橋を渡るのを止めて、草原に戻る。
「強めに隠蔽魔法を張る。銀の槍の魔力があるから大丈夫だと思うけど、長期戦は嫌だなあ」
ヘレン、地面に銀の槍を突き刺す。
それから二人は体育座りで事態の好転を待った。
「このまま待つとして、いつまで銀の槍の魔力は持ちますの」マリアが聞く。
「魔力の栄養変換を込んでも、まあ、二週間くらいかな」
「まあ、そんなに。ああ、やっぱり銀の槍は眩しいですわ」
二人は無言で草原を見つめた。
しばらくして。
夜になった。
「寒いですわね」
「こっちに来なよ」
「はい?」
マリアがヘレンの隣に座ると、ヘレンはマリアの肩を抱いた。
「ちょっと暖かい?」ヘレンは聞く。
「──ほんの少し。ありがとう」
夜が深くなっても、魔導士の包囲が解かれる様子は無かった。
「テレパシーを送るか」ヘレンが呟く。
「誰にですの?」
「お兄ちゃん。ここで死ぬかもしれないから、今までありがとうって」
ヘレンはテレパシーを送った。
それから二人は横になる。
しばらくして。
「テレパシーの返事はありましたか?」マリアが言う。
「ううん。無い。お兄ちゃんは私に比べて魔法が上手じゃないから、ここまで届かないみたい。でもそれで良いよ。もし届いたら、私泣いちゃうかも。お兄ちゃんも」
「仲が良いのですね。私にも姉がいたら」
「お姉ちゃんが欲しいの?」
「苦労を分けてあげたいだけですわ」
「じゃあ私がお姉ちゃんになってあげようか?」軽口を叩くヘレン。
「貴方が姉だと逆に苦労をするような気がしますわ。なんとなくですけど」
二人はくすりと笑った。
朝。
包囲網は未だ穴を見せない。
二人は魔力を栄養に変換する。
「侘しい朝ですわね」
「うん。しょうがない」
二人はのんびり体力を温存した。
「髪に付いてる埃が凄い。ブラシくらい携帯すれば良かったかしら」マリアが囁く。
「気にしないほうを選ぶと良いよ。ブラシを携帯するよりかはね」
昼になっても。
事態は好転しない。
「ねえヘレン。貴方、あのヴァランダとかいう勇者とどういうお関係で?」
「え? なんで?」
「暇ですもの」
「そうだよねえ......ヴァランダとは付き合ってる」
「ふーん。そうですの......色恋話は私には向いてないようですわ」
「私もさっぱり」
二人は魔力を栄養に変換する。
風が上空から吹き、状況を無視すれば、良い気持ちだった。
星空の見える夜。
あちこちの魔力は細かく動く。去った魔力があったと思えば、入れ替わりで新しい魔力がやってくる。
二級魔導士の統制はうまく取れているようだ。
それはつまり、ヘレンとマリアにとっては非常に良くない知らせ。
「ヘレン。貴方、帰ったら最初に何をするかしら?」
「うーん。シャワーとベッドの上での睡眠。食事はその後で良いかな」
「そうね。シャワーよね。私も顔を洗いたいですわね」
二人はまた横になった。
そうして日が過ぎる。
一週間が経った。
もはや状況の好転は望めないだろう。
ヘレンとマリア、隠蔽魔法を解き、草原に立つ。
──涼しい風。顔を撫でて突き抜けていく。
ヘレンはそう思った。
ぽつぽつと、周辺の魔力が一か所に集まっていく。
これより始まるは死闘。
「作戦は無しですわよね」
「うん。歩きながらとにかく魔法を放って、強行突破する。多分、国境を超えるまでに死ぬだろうね」
そういう二人に悲壮さは無い。覚悟を決めた顔だ。
歩き出した二人に殺意が向けられる。
それはじっくりと狙いを構え、放たれた。
「障壁展開!」マリアが叫ぶ。
一級の障壁が展開された。相手が多人数でなければ、まず破れない質の障壁であった。
そこに。
炎の槍が百、二百、いや五百が降り注ぐ。
「神よ、我が手に武力を与え給え! 真槍緑樹林!」ヘレンが障壁に守られながら詠唱した。
銀の槍の魔力を使って、いくつもの槍が錬成され、魔導士の群れへ勢いよく飛んでいく。
しかし悲しいかな、B国の二級魔導士たちはこんなもので死ぬものではない。
また炎の槍が降る。それに、斬撃魔法も飛んでくる。
「圧が強い! ヘレン、魔力を貸して!」マリアの悲鳴。
「貸す? いやいや、あげるよ」ヘレンはにっこり笑った。
障壁がさらに強化される。
銀の槍が鈍い音を立て始めた。
「銀の槍の魔力の量はッ?」
「まだまだ十分。本当に魔力だけは沢山あるんだなあ──神よ、我が手に武力を与え給え! 誘導火球!」
十個ほどの巨大な火球が複雑な挙動をして高速前進する。
そして、地平線に消えたと思うと、爆発した。
「これで何人死んでくれた? もしかしたら一人や二人くらいかも」呟くヘレン。
前進する二人。
降り注ぎ続ける火の槍と斬撃。
草原は燃え、煙が立ち込める。
これが戦場か?
そうだ、これが戦場だ。
──例えここで生き抜くことが出来ても、私はきっと別の戦場で死ぬんだろう。ギルガン先生の望みを叶える為に。
ヘレンは目を細めた。
前へ進むほどに、墓が目の前に迫る気がする二人。
いよいよ圧が連続的過ぎて、その場で障壁を張り続けるのが限度となってしまった。こうなると、いくら魔力があっても関係無い。
「突破出来ないか、残念だな」まだ冷静さを伴うヘレンの口調に、マリアは感心する。
「ありがとうヘレン。そしてさようなら」
「こちらこそありがとうマリア。そしてさようなら」
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