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銀の槍の聖女~青春期の終わり~  作者: ふわふわ羊
16/19

16.B国共同魔物討伐-2


 討伐された魔物の周りを討伐隊が囲んでいる。

 一部の男たちが写真を取ってたり、肉を切り取っている。──討伐した証だ。

 討伐隊の指揮官は被害状況の収集を収集した。

 被害者、無し。

 魔導士がいなければ、戦闘は夜にまで続き、死者が出たと思われた。

 それから指揮官は周囲に斥候を出し、他に脅威が存在するか確認する。

 一時間後、指揮官は脅威が存在しなくなったと結論付け、帰還命令を出した。

「ヘレン、分かってますよね」マリアが言う。

「うん」

 ──無事に帰れなければ意味が無い。

 ヘレンはそう思った。

 それから、ヘレンとマリアはなるべくA国討伐隊の群れの中にいるようにし、警戒する。

 今の所、B国討伐隊に不審な動きは無い。


 帰還が始まった。

 木々の中を討伐隊は歩き出す。

 勝利の凱旋、その筈であったが、A国討伐隊には緊張感がただよっていた。

 B国の狙いが二人の魔導士であるらしいことは、A国討伐隊の指揮官は知らされていた。

 だからそれとなく、屈強な兵士をヘレンとマリアの周囲に配置する。

 そんなA国討伐隊の緊張感と裏腹に、B国討伐隊はラッパを吹いたりとお祭りモードであった。

 またB国の魔導士、アーサーとジャシールは近寄りもしなかった。

 ──もし、罠だとしたら、どう仕掛けて来るのだろうか。

 ヘレンは考え続けたが、答えは出ない。

 歩き続けて、橋まで来た。

 まずB国討伐隊が数名ずつ橋を渡る。

 次に、A国討伐隊が同様に、数名ずつ橋を渡る。

 ヘレンとマリアの番が来た。

 橋に足を踏み入れる。

 ヘレンはそっと、橋の下を見た。

 深い。

 それに、川の流れが激しかった。


 橋の中間ほどに来た時であろうか。

 急に、ヘレンの体が揺れた。

 何が起きたのか、考えるヘレン。

 謎の正体はすぐわかった。

 ──橋が揺れている。いや、違う、橋の根本が壊れた!

「ま、まずいな」ヘレンの声に怯みがある。

「こ、こんなことって~!?」マリアが叫んだ。

 その時、B国魔導士のアーサーとジャシールが橋に踏み入れた。

「今行くぞッ!」

「死なせはせん!」

 揺れる橋を突っ切ってアーサーとジャシールがヘレンとマリアに向かって駆け寄る。

 そして。

 橋は落ちた──。

 宙でもがくヘレン。

 だが、体を抱えられた。ジャシールだ!

「衝撃分散障壁、展開!」

 誰かがそう叫ぶ。

 魔導士たちは流れの早い川の中へ突っ込んだ。

 ヘレンは息が出来ない。

 もがく。

 その時、首根っこを掴まれ、引き上げられた。

 水面に顔を出すヘレン。

 ジャシールが目の前にいた。

「私は水中での魔法に通じていない。ヘレン君は?」ジャシールが問う。

「私もです」

「ではこのまま流されるしかないか。──どうやらマリア君とアーサー殿も平気らしい。後ろで二人が一緒に流されている」

 ヘレンはとりあえずほっとする。

 そうして三〇分ほど流されたあと、地面に上がれそうな地形に出くわした。

 崖の上に向かって坂がある。ただし、森側だ。つまり坂を上ると、討伐した魔物のいる方向に向かうことになる。

「少し遠いが、橋がもう一つある。このまま流されて体温を下げるより、ここで上がろう」

「わかりました」ジャシールの提案に乗るヘレン。

 地面に上がり、坂に足を踏み入れるヘレンとジャシール。

 待っていると、マリアとアーサーも地面に上がってきた。

「はあ~濡れてしまいましたわ。ひどい気分です」マリアの声は枯れていた。

「はっはっは! 生きていると、こういうこともある!」アーサーは明るかった。

 それから四人で坂を上る。

 ──森だ。

「この崖沿いをもうしばらく進む。すると確か橋があった筈だ」ジャシールの声。

「さっさと二人を帰らせてやらねばいかんな!」これはアーサー。

 四人は崖沿いの森を進んでいく。

「そういえば、この辺りにはこういう話があったな。ウサギが小屋を建てて住んでるという話だ。そのウサギに人参を与えると、薬が貰えるのだとか」ジャシールが言う。

「なんじゃそりゃあ。ウサギというのは婆さんの比喩か?」アーサーは真面目に聞いていなかった。

「どのような薬を貰えるのでしょうね」マリアが適当に疑問を口にする。

「そこまでは聞いたことがないな。可能なら──愚か者につける薬が欲しいものだが」ジャシールはおどける。

 くすりと笑うヘレン。そんな薬はどこにも存在しない。異世界日本にすら。

 四人の空気は明るくなってきた。

 談笑をしていると、言っていいかもしれない。


 夕方、六時。

 四人はまだ歩き続けている。

「橋はあとどれくらいでしょうか」マリアが聞く。

「あと少しの筈だ。だが、あと三〇分歩いて着かなかったら野営をしよう」ジャシールが答える。

「はあ。こんなところで野営かあ。ワシは地面で寝たくはないなあ」アーサー、げんなり。

「幸いにも、私の背負っているバッグにはいくつか食料品がある。これで今夜の食事は困らない。魔力を栄養に変換することにはならない筈だ」ジャシールの声にはこの事態でも多少の尊厳があった。

 木々の間、崖沿いを四人は歩く。

「ヘレン君、確かあと数年で魔法学校を卒業するのだったね?」ジャシールがヘレンに話しかけた。

「はい、そうです。その後は軍に入るつもりです」

「愛国心があってよろしい。我が国は多民族国家だから、国ではなく民族に対し忠誠を誓う者がそれなりにいる。君のような者ばかりだと助かるのだが」

「しかし、多民族国家だからこそ、競争があって成長に繋がるという面もあるのではないでしょうか」

 ──競争と成長が良いとは限らんが。

 ヘレンは内心、そう思った。人生を一度味わった者としての感想である。

「ははは。確かにそういう面もあるな。さすがは銀の槍の秀才だ」

「恐れ入ります」


 三〇分歩いても、橋は無かった。

「やむを得ない。ここで野営だ。アーサー殿、木を切ってくれないか」ジャシールが指示を出す。

「ほい来た」

 作業は二〇分ほどで終わった。

 カットされた木を火魔法で燃やす。

 火力は多すぎても少なすぎてもいけない。

 それから、ジャシールのバッグから鯖煮の缶詰が配布される。

 余談だが、缶詰も転生者のおかげで発明、普及された。おかしな話だが、異世界では缶切りの登場は缶詰の誕生からだいぶ経ってかららしい。

「我が国もご存じ海に面している。そして亜熱帯。だから鯖が取れるんだ」ジャシールが言う。

「鯖って久しぶりに食べましたわ。我が国の上流階級はあまり食べませんの」マリアが答える。

「それは勿体無い。鯖には栄養がある。それに調理次第では中々の美味だ」

「焼くのと煮るの二つしかわかりませんわ」

「焼き方にも煮方にも色々ある。もし我が国にお越しになられたら、様々な料理を食べさせてあげたいね」ジャシールは楽しそうだ。

 それから、B国の風習や変わった話をジャシールが披露した。

 例えば、試験に合格した者を街の者が祝う儀式。

 木の周りを囲うようにして踊る祈りの一種。

 悪魔が若者を誘う話。


 一同は寝ることにした。

 交代で、火の番をすることにした。二時間毎の交代である。

 ヘレンの番は二番目であった。すぐ横になる。

 そして故郷の夢を見た。リス肉入りのスープ、それから古ぼけた実家、兄。

「ヘレン」

 マリアの声にヘレンは気付いた。もう交代の時間か。

「お休みなさい」そう言ってすぐマリアは横になった。

 三〇分ほどして、ヘレン以外の人間全員が寝たことを確認すると、ヘレンはジャシールとアーサーの荷物にとある物を仕込んだ。

 それから、しばし火を見つめ、適宜木を入れる。

 時間が来たのでアーサーを起こす。

「お兄ちゃん」

「......はっ。お兄ちゃんの出番か」

「はい」

「よしわかった。寝るが良い」

「ありがとうございます」

 こうしてヘレンは再び横になった。


 早朝。

 ジャシールは二時間火の番をした後、一同を起こした。

「出発しよう。各自、魔力を栄養に変換して体調不良を起こさないようにしてくれ」

 崖沿いを再び歩き続ける。

 しばらくして、橋が見えた。

 いや、かつて橋だったものであった。

 すっかり、壊れている。

「この先にも、もう一つ橋がある筈だ。そこまで行こう」ジャシールの言葉に一同は頷く。

 道中、ジャシールはB国のことについて喋り、ヘレンとマリアの気を紛らわせた。

「ドゥラという民族がいるのだが、これが中々の困ったちゃんでね。戦闘狂なのだよ。まあ質の良い兵士を毎年提供してくれるから助かるのだが──」

 そんな感じであった。


 もうしばらく歩き続ける。

 すると、ジャシールが指をさす。遠くに橋があるのがわかった。

 ヘレンとマリアはほっとする。

「ところで、B国は生きるのに良い国だと思わないか?」

 ジャシールによる、急な質問であった。

「ええ。良い国だと思いますわ。エネルギーがあって」マリアが言う。

「そうですね。若々しい国ですね」ヘレンも同じ調子で答えた。

「そうだろう、そうだろう。ふふふ」ジャシールのそれは、不適な笑みであった。


 橋が目の前にある。

 にも関わらず、一同は渡ろうとしない。

 ジャシールとアーサーが橋の前で──仁王立ちしているからだ。ヘレンとマリアに向かって。

「B国は生きるのに──良い国だと思わないか?」

 ジャシールが再び、その質問をする。

 ヘレンとマリアは無言であった。

「B国は良いぞお。マリア、ヘレン。きっと気に入る」アーサーが笑う。

「ヘレン君、マリア君。我が国で生きていかないか? B国は良い国だ。食事はうまいし、風光明媚だ。政治家たちは腐らず、真っ直ぐに良い国にしようと努力している。何より──強い国だ。弱い国が悲惨であることは君たちにも想像出来るだろう? 君たちは強い国で、思うがままに、生きるのだ。ただし、しばらくは監視付きになるが、信用されれば制限は無くなる」ジャシールはにこやかだった。

「私は......大切な家族や友人が我が国にいます」マリアの声は小さかった。

「同じく。それに──貴国のやり方はちょっと強引過ぎるかも」ヘレンは無表情に言う。

「残念だな。ちなみに、オファーを蹴った場合どうなるかは想像がついているかな? ヘレン君」

「私たちはここで消されるということですかね」

「察しが良くて助かる。ところで、我々が君たちに勝てる可能性はどれくらいあると思う? マリア君」

「私がいます。貴方たちでは私たちに勝てない」

「さすがは業火の聖女。自信がおありだ。──答えはほぼ百パーセント。いかに魔力の質や量があっても、知恵が無ければ容易く死ぬ。それが魔導士同士の戦いだよ。我々は自分で言うのもなんだが──老獪だ。何せ君たちよりも倍の時間を生きてるからね」

「私たちは知恵が無いということですか」マリアはため息をついた。

「我々に及ばない、という意味だ。決して無いとは言ってない。むしろ評価している。あの豪運の魔導士や決闘の魔導士を撃退するのだからね」

「拉致事件はやはり貴国の仕業でしたか」ヘレンが言う。

「そういうことだ。そして今回こそは成功する。身柄の確保、もしくは──対象の死という結末によって」

「私たちは捕まりませんし、死にもしませんわ」マリアが堂々と言う。

「素晴らしい。良い態度だ。さすがは聖女──それでは、覚悟は良いかな?」

 アーサーがしこを踏む。

「マリア! お兄ちゃんは残念だ! だが安心せい。一瞬で終わらせる! ワシは稲妻の魔導士。相手が人ならば──瞬時に息の根を止める! そこに苦痛は無い!」

 一同無言。

 そして。

「戦いを始める。三〇秒後に我々は攻撃を開始する」ジャシールの表情に影がさす。

「障壁展開! え? これは──」マリアの顔に戸惑いが浮かぶ。

「決闘魔法だ。珍しい魔法だろう。先ほどの宣言が詠唱なのだよ。──三〇秒経過するまで、お互いは魔法を発動することが出来ない」

 ──死んだかも。

 ヘレンはそう思った。

「ワシと速さで勝負だ! 行くぞ! 銀の槍! マリア!」アーサーが叫ぶ。

 ヘレンとマリアは動かなかった。

 一〇秒経過。

 一同動かない。

 二〇秒経過。

 まるで石像が四つあるようだ。

 二五秒──。

 そして三〇秒。

 瞬間。

 稲妻の魔導士の右手が目にも止まらぬ速さで動く──。

 呪文の詠唱すらしなかった。

 マリアとヘレンの体へ、百、いや三百の斬撃が雨となって吸い込まれていく。

 ──この速さならば障壁を展開することも出来ない。

 ジャシールとアーサーは勝利を確信した。


 そして、マリアとヘレンの姿がふっと消えた。

「何!?」

 ジャシールは魔力を発し、痕跡を解析する。

「どういうことだ!」アーサー、叫ぶ。

「やられた──幻覚魔法の応用か? 非常に複雑な魔法だ」

 ジャシールは森を見る。

「まさかこんな芸当が出来るとはな。知性を伴う幻覚魔法とは初めて見る。恐らく、ここまでの移動中に密かに発動していたのだろう。この事態を想定してな。アーサー殿、これはもしかしたら死闘になるかもしれないぞ」


 時刻は午前一〇時。

 魔導士の戦いの火蓋が切って落とされた──。


ここまで読了ありがとうございます。

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