15.B国共同魔物討伐-1
もう間もなく冬を越えて春という時、ヘレンとマリアは校長室に呼ばれた。
「失礼します」マリアが部屋の扉をノックして入室する。続いて、ヘレンも。
校長のキールは唐突に切り出した。
「率直に言おう。B国から魔物の共同討伐依頼が来ている。君たち二人に向かって欲しい」
困惑するヘレンとマリア。少ししてヘレンが言う。
「何故私たちなのですか?」
「向こうの要望だ。A国の将来を担う二人に、敬意を表したいとのことだ」校長はつまらなそうだ。
「あからさまな罠では?」これはマリア。
「私もそう思う。しかし切り抜けるチャンスはある。派遣する討伐隊の規模に指定は無かったのだ。とはいえ常識的な範囲で送ることになるが──我が国としても貴重な二人を失いたくないのでね、中々頼りになる実績ある者たちを送る」
「わかりました。それで、いつ向かえばよろしいのですか?」マリアは問う。
キールは身を乗り出した。「今からだ」
「今から?」ヘレンが聞く。
「今からだ」キールの声は重たかった。
魔法学校から国境への旅は自動車で行われた。自動車はどれくらい普及しているのかヘレンが聞くと、民間はともかく、政府関係者はよく使ってると運転手は言う。
国境まで二日かかった。何度も、街に寄り道をした。しかし観光の暇は無い。
自動車から降りると、そこは広い草原だった。真上から見ると、緑に砂利道の筋が走っているように見えるだろう。
「この先で、銃火器歩兵一個中隊が待機しています。国旗が大きく掲げられた天幕が指揮官のいる天幕なので、まずはそこを目指して進んで下さい」運転手はうやうやしく説明する。
「わかりました。運転ありがとうございます」ヘレンが頭を下げる。
「ご苦労様でしたわ」マリアは胸を張った。
それから、二人は無言で進み始めた。
途中、ヘレンがマリアに言う。
「ねえ。私の秘伝魔法について伝えておくね。合図をしたら、秘伝魔法を発動する、もしくは発動したということでよろしく」
「わかりましたわ。で、秘伝魔法というのはどういうもの?」
それでヘレンはギルガンから教わった秘伝魔法について説明する。
「ふうん。自分を本物と思い込むほどの知性を持った幻覚を発生させる......中々面白いですわね」マリアは道端の石を蹴った。
「もし私が死んだら......みんなによろしく」ヘレンの声には重みがあった。
「死なせませんわ。聖女の名にかけて」
二人は歩き続ける。
やがて、キャンプしている集団が見えた。人々はみな屈強そうな男ばかりだ。
ヘレンとマリアは指揮官の天幕の居場所について男たちに聞いた。
「あっちだよ」礼を言ってヘレンとマリアは離れる。
それから十分ほど経ったのち、天幕に辿り着いた。国旗が陽光にきらめいている。
「ようこそ。第一七歩兵中隊へ」指揮官が二人を歓迎した。
「B国へ向かうのはいつですの?」マリアが聞く。
「明後日です。お二人は十分に休息を取って下さい。自動車の旅は快適とは言えなかったでしょう。なにせあちこちのインフラはまだ未整備ですからな」
ヘレンとマリアは用意された天幕にカバンを置いた。
「これからどうする? 暇?」ヘレンがマリアに聞く。
「貴方の体調が良ければ、ちょっと魔法の手合わせをしましょうか。体を動かしたいですわ」
二人は外の草原の、人のいないところまで移動して、それから魔法を競い合った。
夜になると、天幕に食事が運ばれてくるので、それを食べる。
それから、ぐっすりと眠った。
翌日も魔法を競い合った。
遠くから男たちがその光景を見ている。
鳥が、上空を泳いでる──。
そして出発の日になった。
天気は曇り。
朝八時。
朝食を終え、ヘレンとマリアは指揮官の天幕に顔を出す。
「魔導士様用の車を用意しております。それにご乗車頂きます」幕僚の一人が言った。
──また自動車の旅か、いや徒歩よりマシだろう。
そんなことをヘレンは思った。
遠くで鳥の鳴き声がする。
ヘレンとマリアは車に乗って、過ぎ去る光景を黙って見ていた。
ゆっくり進んで止まり、の繰り返しだった。歩兵の進軍速度に合わせているのだから仕方がない。
「B国の討伐隊にはあのジャシールが参加するみたいですよ」運転手の武官が言う。
「それはそれは。高名な方ですわね」これはマリア。
ヘレンは「どういう人?」と聞く。
「英雄ヒッチャーのご子息誘拐事件を解決するなど、国への貢献を長い間されてる方ですわ。魔法の腕よりも、問題解決能力の高さから重用されているとの話ですわね」
「敵にしたら厄介そうだなあ」
「そうですね。もし戦うことになるなら、魔法の腕より頭の回転を警戒すべきですわね」
運転手の武官は無言だった。
景色はゆっくり過ぎていく。
それからしばらくして、運転手の武官が言う。「国境を越えましたよ」
「生きて帰れたら良いな」ヘレンが呟く。
武官もマリアも返事をしなかった。
夕方頃、B国討伐隊の野営地に着いた。
車からヘレンとマリアが降りると、幕僚が駆け寄ってきた。
「B国との食事会に参加して頂きます」
「かしこまりました」マリアが頭を下げる。
ヘレンもならう。
それから、食事会まで野営の準備を手伝った。
「良い汗をかいたかもしれませんわね」これはマリア。
「今日はぐっすり眠れるね」ヘレンが答える。
食事会を行う天幕に向かう。
そこでは、A国とB国の指揮官及び幕僚クラスの武官が勢ぞろいしていた。
魔導士の姿も見える──。
「お兄ちゃん」マリアがその姿に声をかけた。
「おおマリア。久しぶりだな。はっはっは! 麗しくなったな!」稲妻の魔導士、アーサーである。
そこに、一人近づいて来た。
「初めまして。私も魔導士です。自己紹介をしても?」
「ジャシール殿ですわね。新聞で姿を拝見したことがありますわ」
精悍な顔つき。髪は長く、前髪がきっちり揃えられている。茶色のスーツに、胸に花が指してある。
「ヘレン、いらっしゃいな」
「初めまして。ヘレン・F・カミンググラフです」
「銀の槍の聖女ですな」
「聖女? いいえ」
「いえ、恐らくこの任務が終われば、実績を認められて聖女になると思いますよ」ジャシールはにこやかに言った。
「我が国がどう考えてるかは私にはわかりかねます」ヘレンはそう答える。
「ヘレンよ、話は変わるが」アーサーが言う。
「はい」
「ワシのことはお兄ちゃんと呼んでくれんか」
「わかりました。お兄ちゃん」
「アーサー殿、その趣味はそろそろ止めたほうがよろしいのでは」ジャシールがアーサーにそう言う。
「だってそのほうが魔法のキレが良くなるんだ。しょうがないだろ。おじ様だと気分が萎えるわい」
「あのですねえ。精神的な修行が足りてないのでは」ジャシールは呆れていた。
「そうだッ! ワシは修行が足りておらん! だからこれで補うんだ!」アーサーは胸を誇る。
「......まあ修行が足りていると驕る人間よりかは良いか。すいませんねえ二人共。こんな人間が派遣されてしまって」ジャシールがヘレンとマリアに謝る。
「いえいえ。お兄ちゃんとは見知った仲ですから」これはマリア。
「稲妻の魔導士は高名な方ですから、お会いできて光栄です。お兄ちゃん」ヘレンが言った。
「よしよし。二人共素直で良いぞ。それがワシをたぎらせるんじゃ」アーサーの声に火が灯った。
「ふう。B国の品位が問われるな。それでは食事を楽しみましょう。お二人とも」ジャシールが苦笑する。
翌日。
朝八時に朝食を終え、再び自動車に乗り込むヘレンとマリア。
「八時間後に次の野営地に到着予定です」運転手の武官が言う。
「明日の午後に討伐開始予定だっけ」ヘレンがマリアに言う。
「予定通りの進軍速度でしたらね......運転手さん、運転をお願いしますわ」
そこから討伐隊の進軍速度に合わせて、進んでは止まって、の繰り返しを再び行う。
一六時になった。
野営地に到着。
マリアとヘレンは野営の準備を手伝う。
本日の食事会は無し。天幕で食事を行う。
「お休み」ヘレンが言う。
「お休みなさい」マリア、答える。
朝、起きたら晴れだった。
天幕の外に出て珈琲を飲むヘレン。
「おはようございます。良い天気ですわね」マリアが天幕から出てヘレンに挨拶する。
「おはよう。討伐に良い条件だね」
それから朝食を取り、自動車に乗り込む。
午後一時。
進軍速度は遅れている。まだ魔物がいると想定されるスポットに到着していない。ヘレンとマリアは自動車から降りた。自動車が使えない地形に突入する為である。
「ここからは徒歩ですわね。運動を楽しみましょう。ふふ」
「天気が良くて運が良いね」
午後二時。
道が急に途切れた。崖に突き当たった為である。討伐隊は崖上にいる──。
「崖沿いを歩いていくと、橋が見つかるそうです」幕僚がヘレンとマリアに報告する。
しばらく歩いて、確かに橋があるのを確認した。
橋は小さい。
それに、耐荷重が少ないらしい。
数名ずつ渡ることになった。
指揮官は渡河の号令をかける。
崖の下は川だ。かなり川までの距離は深い。
橋を渡りきった。
「ねえ、もし橋が崩れたら、どう魔法を使うべきかな」ヘレンがマリアに言う。
「飛行魔法はこの世界に存在しますけど、かなり限られた人間にしか使えない高等魔法ですわ。落下したら死と思って下さいまし」
そこからは森だった。
起伏は少ない。木の点在密度も少ない。
討伐隊、散兵で進軍する。
午後三時。
予定は大幅に遅れたが、魔物のいるスポットに到着。魔物を探索する──。
少しして、幕僚がヘレンとマリアに近づいた。「魔物が発見されました」
それからは早かった。討伐隊は散兵を維持したまま魔物に接敵する。
ここで魔物について説明する。
対象となる魔物はヤハウラートゥ。
巨大な恐竜と呼ばれる。やや長い脚と太い胴体。それに、良くしなる首を持つ。
凶暴性が高く、タフでもある。
指揮官は命令を下した。
「散兵を維持したまま、射撃せよ。接敵された者は左に回り込むように逃げること」
その命令が発されて数分経たないうちに、あちこちから銃声が鳴り響いた。
少しして。
ヤハウラートゥが討伐隊向かって突撃してくる──。
「近づかれた者は逃げろよおおおお! お兄ちゃんが足止めするからなあああ!」稲妻の魔導士、アーサーが前線で斬撃魔法を繰り出す。
しかし、ヤハウラートゥは巨大だ。突撃速度は落ちない。
「次は私の出番かな!」ジャシールが刺突魔法を繰り出す。
魔力が空中を走り、穴を開ける──綺麗な風穴を。
それでもヤハウラートゥは迫ってくる。中々のタフさだ。
「私が燃やして差し上げます」マリアが魔力を発した。
瞬間。
轟音と共に火柱が上がる。
あちこちの木々に火が移された。
──山火事は大丈夫だろうか。
ヘレンはそんなことを思った。
「神は我に武力を与えた。火炎柱ですわ」マリアが拍手した。
ヘレンが言う。「まだ動いてるよマリア。──早い! マリア逃げて!」
前線の魔導士たちは逃げ始めた。
ヤハウラートゥは木々を倒しながら、首を振り回す。そして、迫ってくる。
あちこちから射撃が継続されつつも、まだ倒れなかった。
戦場の、ごく小さなサンプルが生まれている。
火と、音。そして破壊。
何人もの男たちが放つ銃弾。
魔導士の放つ魔法。
魔物の突撃。
紛れもなく、一つの戦場である。すなわち、魔物の討伐とは戦場を生み出すこととなるのか──。
午後四時。
走りながらジャシールはマリアに声をかける。
「連携をしませんかッ。私の刺突魔法に合わせて、火を捻じり込んで欲しいッ。あの魔物を内部から破壊したい!」
「了解しましたわ!」
二人は一斉に翻って、魔法詠唱を行う──。
「神は我に武力を与え、祝福する! 刺突・改!」
「神よ我に武力を与え給え! 螺旋炎・直!」
瞬間。
ヤハウラートゥの胴体に大きな穴が開き、そこに回転する火が捻じり込まれた。
悲鳴があがる。魔物の悲鳴とは非常に──骨を震わせるものだ。
だが、もう一歩が足りないのか、まだ倒れない。
「ワシの魔法でトドメじゃああああ」アーサー! 一瞬にして数百もの斬撃魔法を穴目掛けて放つ!
それでも──倒れない!
どうしたらこの巨大な魔物を倒せる!
その時、ヘレンが動いた。
スーツの内ポケットから魔導士の指を取り出す。
「応用魔法。血流を上げよ」
すると、ヤハウラートゥの穴という穴から一斉に血が噴き出た。
「凶悪な魔法だな」ジャシールが呟く。
「ぬん! 秘伝魔法! 斬撃展開球!」アーサーが叫んだ。
ヤハウラートゥの穴の中に紫色の球体がいくつか入り込んだ後、すこしして、閃光が走る。
「秘伝魔法をここで使うとはね」ジャシールが呆れる。
「だってB国主催の討伐なんじゃから、ワシらが倒さないと面目潰れるじゃろうがッ」アーサーが憤る。
その時。
討伐隊の歓声が魔導士たちに聞こえた。
ヤハウラートゥが倒れたのだ。
全身から血を流す様は諸行無常を思わせるものであった。
ヘレンは予感している。
──これは前哨戦に過ぎない。真の戦いはこれから始まるだろう。
その通りであった。ヘレンとマリアにとって、問題は魔物を討伐出来るかどうかではない。
生きてB国からA国へ戻れるか!
それが問題である!
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