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銀の槍の聖女~青春期の終わり~  作者: ふわふわ羊
15/19

15.B国共同魔物討伐-1


 もう間もなく冬を越えて春という時、ヘレンとマリアは校長室に呼ばれた。

「失礼します」マリアが部屋の扉をノックして入室する。続いて、ヘレンも。

 校長のキールは唐突に切り出した。

「率直に言おう。B国から魔物の共同討伐依頼が来ている。君たち二人に向かって欲しい」

 困惑するヘレンとマリア。少ししてヘレンが言う。

「何故私たちなのですか?」

「向こうの要望だ。A国の将来を担う二人に、敬意を表したいとのことだ」校長はつまらなそうだ。

「あからさまな罠では?」これはマリア。

「私もそう思う。しかし切り抜けるチャンスはある。派遣する討伐隊の規模に指定は無かったのだ。とはいえ常識的な範囲で送ることになるが──我が国としても貴重な二人を失いたくないのでね、中々頼りになる実績ある者たちを送る」

「わかりました。それで、いつ向かえばよろしいのですか?」マリアは問う。

 キールは身を乗り出した。「今からだ」

「今から?」ヘレンが聞く。

「今からだ」キールの声は重たかった。


 魔法学校から国境への旅は自動車で行われた。自動車はどれくらい普及しているのかヘレンが聞くと、民間はともかく、政府関係者はよく使ってると運転手は言う。

 国境まで二日かかった。何度も、街に寄り道をした。しかし観光の暇は無い。

 自動車から降りると、そこは広い草原だった。真上から見ると、緑に砂利道の筋が走っているように見えるだろう。

「この先で、銃火器歩兵一個中隊が待機しています。国旗が大きく掲げられた天幕が指揮官のいる天幕なので、まずはそこを目指して進んで下さい」運転手はうやうやしく説明する。

「わかりました。運転ありがとうございます」ヘレンが頭を下げる。

「ご苦労様でしたわ」マリアは胸を張った。

 それから、二人は無言で進み始めた。

 途中、ヘレンがマリアに言う。

「ねえ。私の秘伝魔法について伝えておくね。合図をしたら、秘伝魔法を発動する、もしくは発動したということでよろしく」

「わかりましたわ。で、秘伝魔法というのはどういうもの?」

 それでヘレンはギルガンから教わった秘伝魔法について説明する。

「ふうん。自分を本物と思い込むほどの知性を持った幻覚を発生させる......中々面白いですわね」マリアは道端の石を蹴った。

「もし私が死んだら......みんなによろしく」ヘレンの声には重みがあった。

「死なせませんわ。聖女の名にかけて」

 二人は歩き続ける。

 やがて、キャンプしている集団が見えた。人々はみな屈強そうな男ばかりだ。

 ヘレンとマリアは指揮官の天幕の居場所について男たちに聞いた。

「あっちだよ」礼を言ってヘレンとマリアは離れる。

 それから十分ほど経ったのち、天幕に辿り着いた。国旗が陽光にきらめいている。

「ようこそ。第一七歩兵中隊へ」指揮官が二人を歓迎した。

「B国へ向かうのはいつですの?」マリアが聞く。

「明後日です。お二人は十分に休息を取って下さい。自動車の旅は快適とは言えなかったでしょう。なにせあちこちのインフラはまだ未整備ですからな」

 ヘレンとマリアは用意された天幕にカバンを置いた。

「これからどうする? 暇?」ヘレンがマリアに聞く。

「貴方の体調が良ければ、ちょっと魔法の手合わせをしましょうか。体を動かしたいですわ」

 二人は外の草原の、人のいないところまで移動して、それから魔法を競い合った。

 夜になると、天幕に食事が運ばれてくるので、それを食べる。

 それから、ぐっすりと眠った。

 翌日も魔法を競い合った。

 遠くから男たちがその光景を見ている。

 鳥が、上空を泳いでる──。

 そして出発の日になった。

 天気は曇り。

 朝八時。

 朝食を終え、ヘレンとマリアは指揮官の天幕に顔を出す。

「魔導士様用の車を用意しております。それにご乗車頂きます」幕僚の一人が言った。

 ──また自動車の旅か、いや徒歩よりマシだろう。

 そんなことをヘレンは思った。

 遠くで鳥の鳴き声がする。

 ヘレンとマリアは車に乗って、過ぎ去る光景を黙って見ていた。

 ゆっくり進んで止まり、の繰り返しだった。歩兵の進軍速度に合わせているのだから仕方がない。

「B国の討伐隊にはあのジャシールが参加するみたいですよ」運転手の武官が言う。

「それはそれは。高名な方ですわね」これはマリア。

 ヘレンは「どういう人?」と聞く。

「英雄ヒッチャーのご子息誘拐事件を解決するなど、国への貢献を長い間されてる方ですわ。魔法の腕よりも、問題解決能力の高さから重用されているとの話ですわね」

「敵にしたら厄介そうだなあ」

「そうですね。もし戦うことになるなら、魔法の腕より頭の回転を警戒すべきですわね」

 運転手の武官は無言だった。

 景色はゆっくり過ぎていく。


 それからしばらくして、運転手の武官が言う。「国境を越えましたよ」

「生きて帰れたら良いな」ヘレンが呟く。

 武官もマリアも返事をしなかった。

 夕方頃、B国討伐隊の野営地に着いた。

 車からヘレンとマリアが降りると、幕僚が駆け寄ってきた。

「B国との食事会に参加して頂きます」

「かしこまりました」マリアが頭を下げる。

 ヘレンもならう。

 それから、食事会まで野営の準備を手伝った。

「良い汗をかいたかもしれませんわね」これはマリア。

「今日はぐっすり眠れるね」ヘレンが答える。

 食事会を行う天幕に向かう。

 そこでは、A国とB国の指揮官及び幕僚クラスの武官が勢ぞろいしていた。

 魔導士の姿も見える──。

「お兄ちゃん」マリアがその姿に声をかけた。

「おおマリア。久しぶりだな。はっはっは! 麗しくなったな!」稲妻の魔導士、アーサーである。

 そこに、一人近づいて来た。

「初めまして。私も魔導士です。自己紹介をしても?」

「ジャシール殿ですわね。新聞で姿を拝見したことがありますわ」

 精悍な顔つき。髪は長く、前髪がきっちり揃えられている。茶色のスーツに、胸に花が指してある。

「ヘレン、いらっしゃいな」

「初めまして。ヘレン・F・カミンググラフです」

「銀の槍の聖女ですな」

「聖女? いいえ」

「いえ、恐らくこの任務が終われば、実績を認められて聖女になると思いますよ」ジャシールはにこやかに言った。

「我が国がどう考えてるかは私にはわかりかねます」ヘレンはそう答える。

「ヘレンよ、話は変わるが」アーサーが言う。

「はい」

「ワシのことはお兄ちゃんと呼んでくれんか」

「わかりました。お兄ちゃん」

「アーサー殿、その趣味はそろそろ止めたほうがよろしいのでは」ジャシールがアーサーにそう言う。

「だってそのほうが魔法のキレが良くなるんだ。しょうがないだろ。おじ様だと気分が萎えるわい」

「あのですねえ。精神的な修行が足りてないのでは」ジャシールは呆れていた。

「そうだッ! ワシは修行が足りておらん! だからこれで補うんだ!」アーサーは胸を誇る。

「......まあ修行が足りていると驕る人間よりかは良いか。すいませんねえ二人共。こんな人間が派遣されてしまって」ジャシールがヘレンとマリアに謝る。

「いえいえ。お兄ちゃんとは見知った仲ですから」これはマリア。

「稲妻の魔導士は高名な方ですから、お会いできて光栄です。お兄ちゃん」ヘレンが言った。

「よしよし。二人共素直で良いぞ。それがワシをたぎらせるんじゃ」アーサーの声に火が灯った。

「ふう。B国の品位が問われるな。それでは食事を楽しみましょう。お二人とも」ジャシールが苦笑する。


 翌日。

 朝八時に朝食を終え、再び自動車に乗り込むヘレンとマリア。

「八時間後に次の野営地に到着予定です」運転手の武官が言う。

「明日の午後に討伐開始予定だっけ」ヘレンがマリアに言う。

「予定通りの進軍速度でしたらね......運転手さん、運転をお願いしますわ」

 そこから討伐隊の進軍速度に合わせて、進んでは止まって、の繰り返しを再び行う。

 一六時になった。

 野営地に到着。

 マリアとヘレンは野営の準備を手伝う。

 本日の食事会は無し。天幕で食事を行う。

「お休み」ヘレンが言う。

「お休みなさい」マリア、答える。


 朝、起きたら晴れだった。

 天幕の外に出て珈琲を飲むヘレン。

「おはようございます。良い天気ですわね」マリアが天幕から出てヘレンに挨拶する。

「おはよう。討伐に良い条件だね」

 それから朝食を取り、自動車に乗り込む。

 午後一時。

 進軍速度は遅れている。まだ魔物がいると想定されるスポットに到着していない。ヘレンとマリアは自動車から降りた。自動車が使えない地形に突入する為である。

「ここからは徒歩ですわね。運動を楽しみましょう。ふふ」

「天気が良くて運が良いね」

 午後二時。

 道が急に途切れた。崖に突き当たった為である。討伐隊は崖上にいる──。

「崖沿いを歩いていくと、橋が見つかるそうです」幕僚がヘレンとマリアに報告する。

 しばらく歩いて、確かに橋があるのを確認した。

 橋は小さい。

 それに、耐荷重が少ないらしい。

 数名ずつ渡ることになった。

 指揮官は渡河の号令をかける。

 崖の下は川だ。かなり川までの距離は深い。

 橋を渡りきった。

「ねえ、もし橋が崩れたら、どう魔法を使うべきかな」ヘレンがマリアに言う。

「飛行魔法はこの世界に存在しますけど、かなり限られた人間にしか使えない高等魔法ですわ。落下したら死と思って下さいまし」

 そこからは森だった。

 起伏は少ない。木の点在密度も少ない。

 討伐隊、散兵で進軍する。

 午後三時。

 予定は大幅に遅れたが、魔物のいるスポットに到着。魔物を探索する──。

 少しして、幕僚がヘレンとマリアに近づいた。「魔物が発見されました」

 それからは早かった。討伐隊は散兵を維持したまま魔物に接敵する。


 ここで魔物について説明する。

 対象となる魔物はヤハウラートゥ。

 巨大な恐竜と呼ばれる。やや長い脚と太い胴体。それに、良くしなる首を持つ。

 凶暴性が高く、タフでもある。


 指揮官は命令を下した。

「散兵を維持したまま、射撃せよ。接敵された者は左に回り込むように逃げること」

 その命令が発されて数分経たないうちに、あちこちから銃声が鳴り響いた。

 少しして。

 ヤハウラートゥが討伐隊向かって突撃してくる──。

「近づかれた者は逃げろよおおおお! お兄ちゃんが足止めするからなあああ!」稲妻の魔導士、アーサーが前線で斬撃魔法を繰り出す。

 しかし、ヤハウラートゥは巨大だ。突撃速度は落ちない。

「次は私の出番かな!」ジャシールが刺突魔法を繰り出す。

 魔力が空中を走り、穴を開ける──綺麗な風穴を。

 それでもヤハウラートゥは迫ってくる。中々のタフさだ。

「私が燃やして差し上げます」マリアが魔力を発した。

 瞬間。

 轟音と共に火柱が上がる。

 あちこちの木々に火が移された。

 ──山火事は大丈夫だろうか。

 ヘレンはそんなことを思った。

「神は我に武力を与えた。火炎柱ですわ」マリアが拍手した。

 ヘレンが言う。「まだ動いてるよマリア。──早い! マリア逃げて!」

 前線の魔導士たちは逃げ始めた。

 ヤハウラートゥは木々を倒しながら、首を振り回す。そして、迫ってくる。

 あちこちから射撃が継続されつつも、まだ倒れなかった。

 戦場の、ごく小さなサンプルが生まれている。

 火と、音。そして破壊。

 何人もの男たちが放つ銃弾。

 魔導士の放つ魔法。

 魔物の突撃。

 紛れもなく、一つの戦場である。すなわち、魔物の討伐とは戦場を生み出すこととなるのか──。


 午後四時。

 走りながらジャシールはマリアに声をかける。

「連携をしませんかッ。私の刺突魔法に合わせて、火を捻じり込んで欲しいッ。あの魔物を内部から破壊したい!」

「了解しましたわ!」

 二人は一斉に翻って、魔法詠唱を行う──。

「神は我に武力を与え、祝福する! 刺突・改!」

「神よ我に武力を与え給え! 螺旋炎・直!」

 瞬間。

 ヤハウラートゥの胴体に大きな穴が開き、そこに回転する火が捻じり込まれた。

 悲鳴があがる。魔物の悲鳴とは非常に──骨を震わせるものだ。

 だが、もう一歩が足りないのか、まだ倒れない。

「ワシの魔法でトドメじゃああああ」アーサー! 一瞬にして数百もの斬撃魔法を穴目掛けて放つ!

 それでも──倒れない!

 どうしたらこの巨大な魔物を倒せる!

 その時、ヘレンが動いた。

 スーツの内ポケットから魔導士の指を取り出す。

「応用魔法。血流を上げよ」

 すると、ヤハウラートゥの穴という穴から一斉に血が噴き出た。

「凶悪な魔法だな」ジャシールが呟く。

「ぬん! 秘伝魔法! 斬撃展開球!」アーサーが叫んだ。

 ヤハウラートゥの穴の中に紫色の球体がいくつか入り込んだ後、すこしして、閃光が走る。

「秘伝魔法をここで使うとはね」ジャシールが呆れる。

「だってB国主催の討伐なんじゃから、ワシらが倒さないと面目潰れるじゃろうがッ」アーサーが憤る。

 その時。

 討伐隊の歓声が魔導士たちに聞こえた。

 ヤハウラートゥが倒れたのだ。

 全身から血を流す様は諸行無常を思わせるものであった。


 ヘレンは予感している。

 ──これは前哨戦に過ぎない。真の戦いはこれから始まるだろう。

 その通りであった。ヘレンとマリアにとって、問題は魔物を討伐出来るかどうかではない。

 生きてB国からA国へ戻れるか!

 それが問題である!


ここまで読了ありがとうございます。

続きが気になる方はぜひ、ブックマーク登録とポイント評価をお願いします。

よろしくお願いします。

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