14.ヴァランダという青年
とある日の夕方。
ヘレンが食堂から寮に帰る途中、ヴァランダに話しかけられた。
「ちょっといいか?」
「どうしたの?」
「今週末、近くで灯篭流しがあるんだ。良かったら一緒に行かないか」
──灯篭流しがこっちにもあるとは。しかも冬に。
ヘレンはそう思いつつ、返事を出した。答えは行く、である。
「良かった。それじゃあ後で詳細を伝える」
ヴァランダは立ち去った。
ヘレンもその場から去ろうとする。
その時。
「勇者とデートとは良いご身分ですわね」業火の聖女であった。
「マリア......ごきげんよう」
「ごきげんよう、ヘレン。少しばかりお時間下さってもよろしいかしら?」
「構わないけど?」
「では付いてきなさい」
そう言ってマリアは堂々とした様で歩いていく。ヘレンをどこに連れて行くのか。
十分後。
ヘレンとマリアは学校の教室棟の片隅にいた。
「この時間、ここなら殆んど誰も来ませんの」
「そう。で、何の用かな」
「両手を拝借。失礼しますわ」
そういってマリアはヘレンの両手を握った。
マリアの魔力がヘレンの体を探索するのがわかる。
しばらくして。
マリアは一息ついた。
「貴方、銀の槍のおかげで魔力は膨大ですけど、質は私に及びませんわね」
「この数年間、色々と学んだ。マリアには質で勝てないってこともね」ヘレンは両手を肩まで上げて、降伏のポーズをする。
「今の内に質を高める工夫をなさい」
「どうしたの?」ヘレンは当然の疑問を口にする。
「私の情報網によると、色々と上の方がきな臭いようですわ。私たちが巻き込まれるかもしれません」
「そりゃ困るなあ。拉致事件とかあったりして怖いんだけど」
「自分たちの身は自分たちで守るしかありませんわ。貴方、交流会をしているようですけど、しばらく自分の研鑽に時間を費やしたらどうかしら」
「そうしようかな。ご忠告ありがとう」
「死なれたら後味が悪いですわ」
「心配してくれてるの? ありがとう」
「聖女としてのプライドを持っているだけですわ。そういえば貴方......転生者って本当かしら?」
顔を歪めるヘレン。「どこで聞いたの?」
「貴方のことを調べましたのよ。幼少の頃は様々なエピソードがあったようですわね」
「まあ、記憶や倫理観が安定してないせいで、変な振舞いをしたことはあるけど」
「ということはやはり転生者......貴方の今の望みを聞いても?」
「望み?」
「二度目の人生に何を目的として臨んでいるのか」
「魔法学校を卒業したら軍に入る。今はそれだけ」
「それだけ? 変な人ですわね。転生者はだいたい──この世界に異世界の文化や技術を持ち込もうとしますわ」
「そうだね。でも私にはその辺り、興味無い。旅行をしに行くような感じで、ご当地ものの文化や工夫を楽しみたいというか。よっぽど不便な場合は改善するよう動くけど」
「ふーん。貴方は転生前でも変わってるって言われてたんじゃないかしら?」
「特には言われたことない。でも、あまり人付き合いはしない人間だったから、そのせいかも」
「そんな人間が交流会に参加していた理由は?」マリア、腕組みをする。
「政治をせよ、という本能か、あるいは転生前の記憶の咆哮。まあ、高尚な理由ではないのは間違いない」
「俗っぽいのね」
「嫌い?」
「うんざりしますわ。いくら闘争心があっても政治の熱意というのはいつか枯れる直前にまで行きますわ。聖女になってから、つまらない話ばかり聞かされる。聖女として純粋に、魔法を振るうことが出来る機会はもしかしたら、今だけかもしれませんわね」
「大変だなあ」
「これも言っておきますけど、貴方もそれに加わるかもしれませんわ」
「え? 何が?」
「銀の槍、手に入れたでしょう」
「ああ、それで聖女認定されるかも、ということか」
「いい気味です。私の苦労をお分けしますわ」
「嫌だなあ。聖女認定されて軍に入るなんて、使い潰される未来しか思い浮かばないけど」
「そんな目にあってくれたら、私は嬉しいですわね」
「勘弁して」
「ふふふ。また、お話しましょうか」
「──いいよ」
一瞬、ヘレンは銀の槍について思いをはせた。
「それじゃあ明日もこの時間にここに来なさいな。貴方の転生前について根掘り葉掘り聞きますわ」
「ええっ」
ヘレンはマリアの目を見た。
好敵手、という関係になったのはこの時が初めてではないかと筆者は思う──。
週末。一六時。
魔法学校の門にて、ヘレンはヴァランダを待つ。
いつものスーツ姿である。
ヘレンの方には友人との付き合い程度の意識しか無い。
「待たせたな」ヴァランダが駆け寄る。
「いいよ。それじゃあ行こうか」
二人は出発する。
真冬だったが、道中は辛くない。ヘレンは、日本の冬の方が遥かに厳しいと思った。
「この季節に灯篭を流すのは何故なんだろう」
ヘレンの疑問にヴァランダが答える。
「この寒い中でも、我らの火は絶えることはない。そう神様に言いたいが為に始まったと聞いてる。──この辺りにはユニークな話が多いよ。もっとも、地元の人々はそう思ってないようだけど」
「外の人間である私たちにはユニークに聞こえるように、私たちの話も彼らには面白く感じるかな?」
「きっとそうさ。そういえば、この前、露店街で月はハルシャーヌウの住処かもしれないって言ったら笑われたよ」
「ごめん......ハルシャーヌウって何?」
「夜の外に浮かぶ、神出鬼没な魔物だ。本当にどこから来るのかわからないんだ。僕は、月から降りて来てるんじゃないかと思ってる」
「本当に?」異世界日本での価値観なら──月から何かが降りてくるというのは信じがたい話だ。
「見たことがあるんだ。いや、見たかもしれない、だが」
「何を」
「ある時、野営してたらね、外で奇妙な音がする。なんだと思って外に出たら、何もない。寝直すか、と思った矢先に、月のある方向から急に──何かが現れた。そして高速でどこかへ去った。寝ぼけていたので記憶に混乱があるが、あの姿はハルシャーヌウにそっくりだったんだ」
「まるで都市伝説だね」
「なんだいそれ?」
「現代や近世の怪異や怖い話のこと」
「怖い話だったかい? すまない」
「ちょっと怖かったかも。でもきっと、ハルシャーヌウを知らないからだね......知らないものに対して、人間は恐怖心を持つ」
「良い言葉だ」
「そう? よくある言葉だと思うけど」
街の近くまでやってきた。
二人は街には入らず、脇を歩き続ける。
「この先に川がある。すでに流れているのが見えてくるかもしれない」ヴァランダは指さす。
「もう流しているのか」
「良い景色だよ。ヘレン君も気に入る」
「そりゃ楽しみだね」
ハンチング帽を深くかぶり直すヘレン。
二人で黙々と歩き続けた。すでに、沈黙は気にならない仲だ。
「拉致事件のこと、どう思う?」ヘレンが急に言う。
「ああ。僕はB国が怪しいと思ってるよ。実はあちこちで行方不明になってる魔導士や聖女、勇者がいるらしい。そして魔導士警察によると、B国の匂いがするのだとか」
「B国、B国ね......B国に行ったことはある?」
「見聞を広める為に何度か、ある。話通りの国だ。様々な民族が火花を散らしながら前進している。強烈なエネルギーがある。そのエネルギーをうまく使って、発展している。我が国にもあのようなエネルギーがあれば良いのだが、土地が優れているせいか、我が国の人々はゆったりしている」
「何事にも利と害があるというわけだね。土地が優れているところの人々は、闘争心が薄い」
「そう。そうだ。全くその通り」
二人の歩いているところは街の脇であるが、これは草原であった。やや高いところにある。
そして数分経ったのち、見下ろす形で川を発見した。
「火が灯ってるな」ヴァランダが囁く。
「うん。灯ってる。綺麗だね」ヘレンは答えた。
「綺麗だ」
「綺麗」
それから、二人はハンカチを地面に敷いて、腰を下ろした。
「冬の日に、友と見に行く、灯篭火」ヘレンが唐突に言った。
「俳句かい。そんな趣味が?」
「綾子の影響かな」
「そうか、綾子君か。そういえば一句聞いたことがあるな」
「どの句?」
「春に咲く、魔法の子たち、さあ行かん。今年の入学式頃に聞いたな」
「私の知らない句だ。帰ったらノートに書いておこう」
「集めてるのか」
「そして父に送り付けてる。手紙の賑やかしになると思って」
「僕も考えてみようかな」ヴァランダの声は素直だった。
しばし、無言。
二人は灯篭を眺めている──。
「マリア君としばしば話をしているそうだね」ヴァランダが言う。
「今週くらいから、一気に話すようになった。彼女、器が広いね」
「銀の槍に執着するのをやめたのだろうか」
「完全に、ではないように見える」
「いずれにせよ、銀の槍の持ち主は紛れもなく君だ、ヘレン君」
「どうも。望んだことでは無かったけど」
「あのバーベキューの日、あの槍に魔法をかける瞬間、何を考えてた?」
「結構グロテスクなこと」
──人生を長く生きてると、若い人の足を引っ張るのが楽しく感じるようになる。なってしまう。いや、それとも私だけか? いずれにせよ、私の心は清くないな。
ヘレンはそう思った。
「人間ならグロテスクなことは必ず考える。もし気にしてるなら、大丈夫だ。僕も勇者ではあるが、醜い感情を持っている。だから気にするなよ?」
「──ありがとう、ヴァランダ」
「そういえば、ヘレン君とジェン君の二人組はよく見かけるな」
「ん? ああ、入学する前だったかな? 演習場で魔法を競って......それで、指導してくれと頼まれたんだよね。同じ下流階級だし、それで面倒を見てるんだよね」
「彼、魔導士として成功しそうかい?」
「魔法の使い手としては名声を得られないだろうね。でも、度胸と運がある。魔法学校を卒業したら冒険しに行くと言ってたけど、それを止めて軍に入れば、歴史には残るかも」
「なるほどね。僕は歴史に残りそうかい?」
「既に残ってるでしょ。勇者として」
「いや、これからさ。今は本の一行に乗っただけだ。軍に入るか、大陸のあちこちにいる危険度特A級の魔物を狩るか、いずれかでより──勇者として認められなければ」
「なるほどね。業火の聖女と言い、貴方と言い、称号持ちは大変だね」
「だが自分で選んだ道さ。後悔したくない。あらゆる面で」
「あらゆる面か」
「そう。あらゆる面。例えば恋愛のこととかね」
沈黙。
「ワンコっぽくて可愛いって言ってたな」ぼそりと呟くヴァランダ。
「え?」とぼけるふりをするヘレン。
「前に食堂で会った時に綾子君が言っていた。ジェン君は犬みたいで可愛いのかい?」ヴァランダの目をヘレンは見るが、何も色は見えない。
しばし、無言。
「もしジェンが君に告白したら受けるのかい?」ヴァランダは問う。
「......考え中だけど」
瞬間。
ヴァランダはヘレンの肩を抱き寄せ、口づけをする。
ヘレンは抵抗せず、長い間、そのままにした。
それから、ヴァランダは顔を離し、言う。
「僕と結婚を前提に、付き合ってくれないか」ようやく、ヴァランダの瞳に表情が見えた。──黒い情熱の色だった。
ヘレンは少し考えたが、「いいよ」と答えた。
ヴァランダはヘレンの手の上に自らの手を重ねた。
寮にて。
「ええー!! ヴァランダと付き合ってるだってー!?」綾子がひっくり返る。
「まあ、こないだそういうことになったよね」ヘレンは何とでもないというような態度だ。
「あの勇者と......お似合いじゃーん! 魔導士と勇者!! どこの恋愛小説やねん!!」ベッドの上で悶える綾子。
そして綾子はベッドからがばっと起き、「ジェンは? あの子は駄目だったのかい!?」と言った。
「ジェンも良かったけど」ヘレンは続けて言った。「ヴァランダのほうがガッツがあったということだね。黒いガッツが、ね」
「はあ、黒いガッツですか......じゃ、私がジェン狙っていい!?」
「いいよ」
「よし! ワンコを手に入れるぞー!」感情表現が豊かな綾子であった。
ヘレンは紅茶を飲みながら、
──これで良かったのかな?
と思った。だが、もう振り返ることは無いだろう。時は過ぎる。
B国。とある喫茶店にて。
髭のある男と髭の無い男が会話をしている──。
「──ところで、第二魔法学校の件だが、いよいよ計画が決定した」髭の無い男が告げる。
「早すぎるな。とちるなよ?」髭のある男がため息をつく。
「任せてくれ。それで計画の内容だが」
しばし、髭の無い男が喋る。
「──という方向で行く。あんまり厳密に決めると現場が動き辛いだろう? だからこの程度の粒度だ」
「なるほどな。承知した」
男たちは祈った。
「神よ、哀れな者たちに救いの手を」
「神よ、哀れな者たちに救いの手を」
「そして我らの敵に破滅を」
「そして我らの敵に破滅を」
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