13.決闘の魔導士?
夜の演習場Cに人が集まる。綾子、ジェン、ヴァランダ、リャック、デーン......それから......。
そして、急に演習場のライトが点いた。
眩しさに綾子は目を細める。ヴァランダは辺りを見回して、自分たちを呼び出した者を探した。
「ごきげんよう! 諸君」厳格な声が響いた。
一同は声の主に目をやった。
ライトを背にしている為によく見えないが、恰幅の良い紳士であることはわかる。
綾子は大声で言う。「貴方が私たちを呼び出したんですか!?」
紳士は答えた。「その通り! これから君たちはとある場所に運ばれる!」
ヴァランダは殺気を放つ。「僕たちに拒否権は!?」
「無い! しかし、私は寛容だ。一度だけ私に対する抵抗、すなわち一度だけの魔法発動が諸君らに許されている! さあ、魔法を放ち給え! そして自らの運命を定めるが良い!」紳士は両腕を広げた。
「このまま僕たちが逃げ去った場合は!?」ヴァランダが顔を歪める。
「それは許されない! その場合は私が諸君らに有形力を行使し、連行する!」
「つまり、暴力で無理やり運ぶってことだな!?」ヴァランダの顔には怒りが浮かんでいる。
「二度以上の抵抗はどうなるのー!」綾子が叫ぶ。
「その場合は死を覚悟してもらいたい! 私は諸君らの拉致を目的としているが、やむを得ない場合は死体でも良いと言われている!」
一同は黙った。
紳士は叫ぶ。「さあ! 一度だけの権利、私からの寛容という贈り物を行使し給え!」
最初に叫んだのはヴァランダだった。
「神よ、我が手に敵を滅ぼす絶対の槍を! 深槍緑樹林!」
次は綾子──。
「神よ! 我に武力を与え給え! 氷塊、絶!」
ジェンが気合を入れる──。
「神よ! 我に武力を与え給え! 光の地平線!」
リャックが手に力を込める。
「応用魔法! 重力改!」
デーンが目を見開いた。
「神よ! 我に武力を与え給え! 火炎竜!」
まるで魔法の舞踏会である──。
ヴァランダの周囲から五メートルはある巨大な槍がいくつも出現したかと思うと、それらは紳士に向かってワシのように飛び去った。綾子の杖先からは巨大な氷塊が出現し、紳士に向かう。ジェンの指先からは光線が堂々と放たれた。リャックの魔法により紳士周辺の重力は一気に負荷を増し、デーンの放つ火炎が辺りを飲み込む──。
だが、悲しいかな。紳士は全く意に介していない様子だった。
B国。とある喫茶店にて。
髭のある男と髭の無い男が会話をしている──。
「──ところで、第二魔法学校の件だが、決闘の魔導士もとい、嘘の魔導士を派遣する」髭の無い男が告げる。
「誰だ? 俺が知らないということは新人か?」髭のある男が訝しむ。
「地元で腐っておって、今まで無名だったんだ」
「嘘の魔導士とはどういうことだ?」
「少し長くなるが聞いてくれ。奴はまず、膨大な魔力の量と質を持っている。だが、奴自身はそれをコントロール出来ない、常に全力になるんだ。しかし、特別な障壁を開発することに成功してな。一度だけ魔法を受け止めると、魔力を解析して相手に殺さない程度の反撃を与えることが出来るんだ」
「それで?」
「奴は誘拐などの任務を受ける時、決闘の体裁を取って相手にわざと魔法を放たせるんだ。そして相手が動けなくなったところを拉致するというわけだ」
「なるほど。業火の聖女も銀の槍も、何とかなりそうか?」
「奴の魔力はとんでもないぞ」
「お前がそう言うなら信じよう」
紳士は一同に告げた。「──私は諸君らに権利を発動させた。それでお仕舞だ。これより、反撃を開始する」
瞬間。
小さな槍、氷塊、光線、重力、火炎が紳士から放たれた──。
冬の浜辺のように辺りは静まり返る。
ヴァランダは全身を小さな槍で貫かれ、かろうじて立っているものの、身動きは出来無さそうだ。綾子は氷塊をぶつけられ、頭から血を流している。ジェンは光線を受けて立ち上がることが精いっぱいだ。リャックも息が絶え絶えだ。デーンは全身を炎に焦がされ、膝から崩れ落ちた。
紳士はどこかに合図をした。
すると、数分後に大型の自動車が三台、演習場に着いた。
「それではまず、君たちを収容する。次は業火の聖女と銀の槍の女だ」紳士は呟く。
その時、ヴァランダが叫ぶ──。
「みんなッ! 逃げるぞ! 僕の体に掴まれ!」
生徒たちはヴァランダの肩や腕を精いっぱい、掴んだ。
すると。
ヴァランダは障壁を展開した。あらん限りの力で。
そして、ヴァランダたちはゆっくり後退し始めた。
「おやおや、それはいけない。殺しは出来るかぎりしたくありませんが......」
紳士の周辺から鷹のような姿をする巨大な炎が出現した。
そして演習場を炎は踊り回った──。
「くそッ! なんて魔力だ!」ヴァランダは限界に近い。
「俺の......魔力......使え」デーンが瀕死ながら言う。
「助かる! しかし、これはもう......! いや、諦めてたまるものか!」
ゆっくり後退するヴァランダたち。そして彼らを襲う炎の鷹。
もう、生徒たちは限界だった。
リャックが言う。「ジェン! 僕が引力で引き寄せるです! もう一度光線をです!」
「ああ、わかったぜ。頼む......!」ジェンもかろうじて答える。
「応用魔法です! 神よ、我が手から引力を発し給えです!」
しかし。紳士は身動きしなかった。
「魔力が膨大過ぎて、重すぎるです......! そんな......!」
「もう、私たち、終わりってわけ?」ふらふらしながら綾子が言う。
「障壁が......壊れる......!」ヴァランダのその声は悲鳴に近い。
「終わりじゃないよ。綾子」
その声に、紳士は目を見開いた。「銀の槍の女! いるのかね!」
「私もいますわッ!」
瞬間。
強烈な風が吹いて演習場を踊る炎が消えてしまった。巨大な風魔法だ。──いったい誰が? いや、わかりきってる。あの二人だ!
「業火の聖女! 貴方もいるのですね!」紳士は叫ぶ。
「さよう! ここにねッ!」
ヘレンとマリアは演習場の一角から姿を現した。
紳士は拍手をする。「勇敢かつ強大な二人に敬意を! 私は決闘の魔導士と呼ばれている! 以後お見知りおきを!」
マリアは叫ぶ。「拉致なんてさせませんわ! 貴方たちには学校からの退去を願います!」
「それは申し訳ないが、用件を達してからだ! それはつまり、貴方たち二人の拉致を行ってからだ!」
「私たちが簡単に連れていかれるとでも!?」マリアは激昂する。
「勿論、抵抗をしても構わない! ただし、抵抗権の行使は一度だけだ! 二度以上の抵抗は死に直結することをお知らせする! 逃げる場合も同様だ! さあ、抵抗権の行使を!」
紳士は両腕を広げてみせる。
ここでヘレン、マリアに耳打ちする。
──何を話してる? だが何を企もうと無駄だ。私の障壁は全てを反撃する。
紳士は静かに笑った。
「では、抵抗権の行使を行います」ヘレンが宣言する。
「行きますわよッ」
「潔し! さあ来なさい!」紳士が叫ぶ。
ヘレン、スーツの内側から魔導士の指を取り出す!
そして叫ぶ!
「毒魔法応用! 障壁を分解せよ!」
深い緑色の液体が魔導士の指から放たれ、紳士にまとわりついた!
すぐさま障壁は反撃するが、ヘレンは障壁を張っていないので無意味だった──。
「後は私の仕事ですわッ」マリアが咆哮する!
演習場に炎の渦が発生する──。
「業火! 火炎渦!」マリアは膨大な魔力を込める!
「はっはっは! 障壁を破られるとは! では私も自衛をするとしよう!」
紳士は笑い、氷塊を作り出す。
一辺一五メートルはある立方体だ。
それをマリア向けて弧を描くように投げつけてきた──。
「銀の槍!」ヘレンは叫ぶ!
瞬間。
ヘレンのスーツの内側から銀の槍が立方体に向かって飛んで行った。
立方体と銀の槍が衝突すると、立方体は粉々に砕け散った。
「はっはっは! さすがだな! では連続攻撃を防げるかな?」
紳士の上空に──いくつもの氷塊が現れた。まるで山を見ているかのような圧倒感だ。
そして氷塊がいくつも投げ放たれた。
「重力魔法! マリア、もっと威力を高められない!?」
氷塊は全て地に堕ちた──。
「あの男の魔力が多すぎるのですわ! 私もこれでも全力出してますわ!」
「わかった! じゃあこれで高めて!」
ヘレンは手をマリアに差し出した。
マリアはじっと手を見ると、それから──握った。
瞬間。
ヘレンの魔力と銀の槍の魔力がマリアに流れ込む!
演習場を踊り狂う炎の渦はより激しくなった──。
「むうう! 中々に熱いではないか! この選択肢は無いと思ったが......やむを得ん。二人共、死んでもらうぞ!」紳士は宣言する!
「マリア! 私たちも殺す気じゃないとマズい!」ヘレンは殺意に驚く。
「わかりましたわ。全身火傷で済ませようと思いましたが、容赦しませんわッ!」
マリア、放っていた魔力を一か所に集中する。
紳士、魔法詠唱!
「我の敵を滅ぼせ神よ! 光の鷹!」
マリアも叫ぶ!
「神よ! 我が敵の心臓を貫け! 炎の真槍!」
光と炎の直線がぶつかり合った──。
そして。
炎が光を破り、紳士の心臓を貫いた──。
「ぐっ! 私はここで終わる存在だったというのか! ああ! 私の人生というのは、何の意味が......」紳士は呟き、そして膝から崩れ落ちた。
ヘレンはマリアの手を握り返した。「お見事。マリア」
「貴方のサポートがあってこそ。ヘレン」マリアは無表情で言う。
紳士の指示に従っていた自動車たちはいつの間にか消えていた。
校長のキールは演習場に顔を出すなり、こう言う。「何だこれは? 竜が暴れてたのか?」
戦いの翌日、朝日に照らされた演習場はキールの言う通りの有様だった。
「私は竜に匹敵する女ですわよ」マリアは恐れ知らずな発言をする。
「また魔導士による拉致......校長先生、何とかなりませんか」ヘレンが言う。
「そうだな。では午後から私が動こう」
「校長先生自らが?」ヘレンが珍し気な表情をする。
「そうだ。外からどの魔導士を招くか検討していた段階だが、その前に出来ることはある。本来なら、セキュリティが複雑になるから避けたかったが、やむを得ない。私も防壁を張る」
「ありがとうございます」礼を言うヘレン。
「ああ、そうだ。後で医務室へ行ってやれ。ご学友が寂しがってたぞ」去り際にキールは呟いた。
「ヘレン、行ってやりなさいな」マリアがぼそっと言う。
「マリアは?」
「もう少し、この風景を見ておきたいですわ」
「そう......お疲れ様、マリア」
マリアは一人佇んでいる。
「拉致の連続......きな臭くなってきましたわね。相手はどなた? 犯罪組織? それとも......?」
しばらくして、マリアもその場を去った。
B国。とある喫茶店にて。
髭のある男と髭の無い男が会話をしている──。
「──ところで、第二魔法学校の件だが、決闘の魔導士が敗れた」髭の無い男が告げる。
「おいおい。もう手を出すのはやめたほうが良いんじゃないか?」髭のある男が言う。
「いや、逆だ。上はこの事態を将来の深刻な危機とみなした。確実にこちらへ寝返らせるプランが策定中だ」
「具体的には?」
「それは今の時点では言えん」髭の無い男が笑う。
「俺たちの仲だろう」髭のある男がドスを利かせる。
「ふんッ。まあそれはそうだが。まあ一つ言っておくと、大規模なものになる」
「それだけの価値が十代の魔導士にあるとはね」
「まあな。あれらが三〇代になった時、本格的に我らの軍は相対的に弱体化する」
「こちらに将来性のある魔導士は?」
「いる。だが芽吹くのはまだ先だ」
しばらく、二人は黙った。
「大規模って、何が動くんだ?」髭のある男が聞く。
「おいおい。だからそれを俺に喋らせるなよ」
「国を支えるのが俺たちの仕事だ。不足があれば俺も力になりたい」
「しょうがないな......まず、稲妻の魔導士が動員される」
「あいつが業火の聖女の存在を我が国に報告した男だろう? あんなので足りるのか」
「稲妻は対人に特化した魔導士だ。業火の聖女に遅れを取ったのは魔物が相手だったからだ」
「なるほどな」
「それから二級魔導士が数百名ほど」
「デカいな」
「だろ? それにとっておきがある」
「なんだ」
「ジャシールも動員される」
「我が国の頼りになる忠犬ではないか! 実力はトップクラスとは言えんが、そうか、ジャシールも動くのか。それは良い。それは頼りになる」
「少なくともこれほどの規模だということだ。中々の計画だろう?」
「ああ、良いね。全く良いね。満足だ。そうか、あのジャシールが......」
「計画が煮詰まってきたようなら、お前にも報告する。良いか?」
「勿論、良いとも。頼むぞ。これ以上の失敗は......」
「ああ、わかっている」
「我が神よ、我らの行く末を照らし給え」
「我が神よ、我らの行く末を照らし給え」
「そして我らの敵に破滅を」
「そして我らの敵に破滅を」
そして二人は解散した。
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