12.ジェンという青年
A国には四季があるが、それほど激しい寒暖差にはならない。
冬のある日、ヘレンをジェンが誘った。
「良いものをやるって前、言わなかったっけ?」ジェンはにこにこしてる。
──そういえば言ってたな。この間のことなのに日々が充実し過ぎて遥か昔のようだ。
ヘレンはそう思った。
週末の休みにヘレンとジェンは街に乗り込む。
「ヘレンの兄貴はどういう人なんだ?」露店街を歩きながらジェンはヘレンに聞く。
「ちょっと悪いこともするけど偉い人だよ。カッコいいお兄ちゃん。力持ち、金持ち、魔法もちょっと出来る。暴走族とか言われてるみたいけど」
「暴走族?」
「夜に自動車で街をガンガン暴走するんだって。それで暴走族」
「そりゃ楽しそうだな~ッ。おいらも自動車欲しくなってきたかも」
「ふふふ。お金が必要だね」
「それなら心配ないぜ!」
「え?」
「こないだの長期休暇期間で、もう一回金鉱に忍び込んで来たんだよ。魔法が使えるから、効率が格段に良かった! おいらは出来る子なんだぜ~」
「まーた危ない真似を......」少しため息をするヘレン。
「まあまあ、おいらは冒険したい年頃なのさ。いつかは南の果ての黄金郷も目指すつもりさ!」
「あ~、あのおとぎ話ね。本当にあるのかなあ?」
「あるからお話として広まってるんだろう! 魔法学校を卒業したらすぐ行くぜ!」
──本当にあるならみんなが殺到してると思うけど。
ヘレンはそう思った。
「なあヘレンは魔法学校を卒業したらどうすんだ?」
「え? まあ軍に入るつもり。スポンサーとの約束」
「ああ、前に言ってたな......なあヘレン、それって後回しに出来ないのかい?」
「どういうこと?」
「おいらと冒険、しないか」
二人はしばし黙った。
「南の黄金郷へ?」ヘレンは口を開いた。
「それだけじゃないさ。禁じられた図書館や魔物の潜む海中庭園、魔導士の残した空中都市とか、色々さ」
「楽しそうでは、ある」
「だろ? おいらと一緒にさ......まあ多分、足を引っ張るだろうけど、一生懸命に頑張るよ」最後は呟くように言ったジェンである。
二人は賑やかな露店街を歩いていった。一角でタバコが売られている。ジェンは言う。「ちょっと試してみないか?」
「大人になるまで吸わない主義」と言ってヘレンは断った。
「そうか。ならおいらも、大人になるまで吸うのを止めるか~」
「ねえジェン」
「どした?」
「ジェンのご両親はどんな人?」
「カブ農家をやってる親父とそれを手伝うお袋だな! 出来るカブは品質が低くてよお、豚に食わせるしかないんだな、これが......親父は静かで、とにかく何も考えてない人間だ。すぐ伝統とか周りが言ってるからって他人を縛るんだ。それで......ああいや、すまん。こんな話聞きたいか?」
「お袋さんはどんな人?」
「何考えてるかわかんないな。親父の言うことに従って、逆らってるところを見たこと無い。意思の無い人間みたいだった......なあ、この話、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「ジェンはよく魔法学校に入ることが出来たね。資金だけじゃなく保証人も必要でしょ?」
「ああ、保証人は別の人に頼んだ。その人がきっかけで魔法学校に入ることになったから、頼むのは容易かったよ」
「それはラッキーだったね」
「ああ。おいらは金鉱から金を盗めるし、保証人もみつかるし、ラッキーなんだ」
──もし私に弟がいたのなら。ジェンみたいな子がいいな。
ヘレンはそう思った。
露店街の外れまで来て、ジェンとヘレンはそのまま道を突っ切った。
そこには、銀行があった。
「ちょい待っててくれ」ジェンが銀行の中へ走り去る。
ニ十分は待っていたかもしれない。だいぶ待たせるなあ、とヘレンは思った。
「お待たせした!」ジェンが銀行の中から現れる。
「ここで何してたの?」
「こいつを貸金庫から取り出してたのさ」そう言ってジェンはヘレンに何かを投げる。
慌ててキャッチするヘレン。そこには──。
「なあに? ......金の十字架!? 何これ!」手の平に収まるサイズのそれが陽光にきらめく。
「金鉱で金を盗んだって言ったろ。一部の金は売らずに、熔かしてそれを作ったんだ。ほら十字架はお守りになるって言うだろ。転生者が言い出す前から、そのデザインはこの世界にあったんだぜ。みんなが思いつきやすいってことだな」
「高価過ぎて受け取れないよ」
「交流会のお礼さ。受け取ってくれよ」
そう言ってジェンは、ヘレンの手を握りしめた。
「頼むよ」そう言うジェンの目には情熱があった。
──この子、そうか。
ヘレンは察した。
寮にて。
「なあ綾子」ヘレンはベッドから気怠そうに言う。
「なにー? ヘレン」
「ジェンのことどう思う?」
「ジェン? 急にどうしたのー? まあ良い子だよね。魔法の腕は交流会のおかげで上流にも引けを取らないようになってきてるし、順調に卒業出来そうねー」
「何かインフォメーションはないのかい?」
「ジェンのゴシップをお望みだとお!? あのヘレンがあ~!? こりゃ、おったまげたなー」
机に向かって書き物をしていた綾子だったが、そこでベッドに戻った。雑談モードである。
「そうねえ。ジェンは好奇心旺盛な子だってのは学校中に知れ渡ってるよね。他には......ああそう、食堂でトラブルを起こした話、聞いたことある?」
「何それ?」
「ほとんど食べ物を残して去ろうとする上流階級に向かって、勿体無いだろって怒鳴ったんだってさ。わりと大変そうな生活送ってそうな子だから、何となく同情しちゃうなあ~」
「なるほどね。他には?」
「週末になると、街の下流階級の子に魔法を教えてるって話を聞いたことがあるなあー。いかにもジェンっぽいよねー! 優しいねー!」
「ははは。確かに」
「あとコオロギが凄い苦手なんだって」
「コオロギ?」
「ジェンにコオロギって言ってみると、凄い顔をするらしいよ」
「何それっ。あはは」ヘレン、大笑い。どこがツボに入ったのやら。
「ねえー! どうしてジェンが気になるのー?」
「いや、なんていうかさ、仮の話だけど」
ヘレンはそこで区切った。
「もしジェンと恋人関係になったらどうなるかなーって」
綾子はベッドから飛び立った。
そして部屋のあちこちをウロウロし始めた。
「これは想像してなかったー! あのヘレンが......恋愛をするとは......! いや、この年頃はあらゆることがあり得る! 人生とは面白いのだー!」
綾子はもう一度ベッドに戻って──というかダイブして、言った。
「何故ジェン?」
「弟みたいで可愛い。あと冒険好きというのもポイント高い。私のような枯れた人間にはきらめいて見える」
「枯れたってそんな......転生者みたいなことを!」綾子は呻く。そういえば転生者であることは学校の誰にも言ってないな、と思ったヘレンだった。
「私が告白したら受けてくれるかな」打算で言ってみるヘレン。ジェンが自分に好意を寄せているのは勘でわかるが、間違いだった場合に備えての発言である。
「そりゃヘレンなら間違いなし......! 今から行ってみますかー!?」
「いやそれはちょっと心の準備が」
「おおーい!」
「あ、でも」
「ん?」
「コオロギって言ってみたい」
そういうわけで、ジェンのいるところに向かう次第であった。
多分この時間なら部屋にいるだろうと思って、綾子とヘレンはジェンの部屋に向かう。
だが、不在だった。同居人曰く、食堂に向かったとのこと。
そこで食堂へ向かう。
すると、ジェンが食堂の隅で水を飲んでいた。
それを確認すると、食堂の外、廊下から綾子とヘレンはジェンを覗き込む。
「う~ん、確かにワンコっぽくて可愛いかもなあ。ヘレン、よくぞ気付いた!」
「ワンコかあ。ワンコは飼ったこと無いなあ」
「ワンコは可愛いよ! 後で実家のワンコの写真見せてやるー!」
そんな感じできゃっきゃと過ごす二人。
すると。
「何やってるんだい?」
ヴァランダであった。
「ああー、えっとちょっとー」しどろもどろな綾子。
「ちょっとジェンについて話してた。ねえ、何かジェンについて知ってる?」ヘレンが聞く。
「うん。そうだな。コオロギと言うと凄い顔をするらしいな。見たことはない」ヴァランダの言葉にげらげら笑いだす綾子とヘレン。
「どうしたんだよ、おい」ちょっと楽しくなってきたヴァランダ。
「いや、私たちもその話を知ってて......ジェンにこれからコオロギって言ってみるところ」ヘレンがお腹を押さえながら言う。
「そうなのか。僕も見てていいかい?」
「勿論」にやりと笑うヘレン。
「やあジェン」ヘレンが椅子に座る。
「おいっす~ジェン」綾子もヘレンにならう。
ヴァランダはにやにや笑いながら黙って椅子に座る。
「どうしたどうした~。今のおいらは金持ってねえぞ」ジェンが降参のポーズを取る。
「かつあげじゃないよ、ふふ。ただ、ジェンの姿が見えたから世間話でも、ってね」ヘレンは笑う。
「世間話? 金の匂いのする話なら歓迎だぜ。おいらのことはよく知ってるだろ」水を飲むジェン。
「まあね。株の話でもしようか?」
「良い株なら買うぜ」
「最近はこの国とB国が激しく火花を散らしている。近い将来戦争になるんじゃないかってね。包帯を作ってる会社の株でも買ったらどうかな?」ヘレンはタイミングを計ってる。
「それなら火薬を製造している会社の株も、だな」ヴァランダが合いの手を入れる。
「良いね~。確かに儲かりそうだ。でも人の不幸をダシにしているみたいでちょっと違うね」ジェンはゲップをした。
「あーっ! ゲップ! 不幸がやってくるよ!」綾子が言う。ゲップをすると不幸がやってくるというのは、この辺りの言い伝えだ。
「しょうがないだろ。水を飲んだんだから」ジェンが口を尖らせる。
「水を飲むとゲップが出るって珍しくないか?」ヴァランダが言う。
「珍しいよね」ヘレンが相槌を打つ。
「神よ、この哀れな子羊に幸運を与え給え」手を合わせて拝む綾子。
「神様は既においらへ幸運をプレゼントしてるさ。ゲップしても不幸なんて来ないね」
「不遜だなあ」ヘレンは言う。
「おいらより運の強いやつ、この学校にいる?」
「そう言われると困るなあー。あ、でもヘレンも運良いんじゃない?」
「なんで?」
「だってスポンサーを見つけて学校に通ってるんでしょ? 普通はスポンサーなんて見つからないって!」綾子、ヘレンの腕をなでる。
「ヘレン君にはスポンサーがいるのか?」疑問を口にするヴァランダ。
「まあね。ギルガンって名前の魔導士、知ってる?」
「いや、知らないな。悪い」ヴァランダは謝罪を口にした。
「謝らなくていいよ。そういえばさ、ジェン知ってる?」ヘレンは言った。
「何を?」
「学校の敷地内に大量発生してるらしいよ」そのヘレンの言葉で綾子とヴァランダは身構えた。
「何が?」
「──コオロギが」
瞬間。
ジェンの顔が梅干しになった。
その様子を見て、綾子とヘレンは大笑いした。ヴァランダは苦笑している。
ジェンはまだ梅干し状態になっている──。
「その顔......何~!?」綾子が息絶え絶えに言う。
「あはは!」ヘレンは笑う以外何も出来ないようだ。
ジェンは口を開き始める。
「小さい頃よお、腹減ってて、食いもん探してたんだ。そしたらアレが目の前にいて......食ったらまずかった。その時の味を思い出すんだよ。おいらの頭がどうしても」
ジェンの顔はさらにしわしわになっていく。
ヴァランダがにやにやしながら、「悪かったな! 苦い気持ちを思い出させてしまって!」と言う。
一同はそれからも世間話をして過ごした。
翌日。魔法学校の寮にて。
綾子ら数人の生徒の元に手紙が届いた。差出人は不明。
「誰や~? 何かな~?」呑気な綾子である。
「私にも差出人不明の手紙が来てるなあ」ヘレンも呑気であった。
綾子は手紙を開いて一読。それから、もう一度、ゆっくりと読む。
──今夜八時に演習場Cに来なさい。杖を持って来ても構わない。決闘の申し込みです。なお、このことを誰かに知らせたり、大人に助けを求めた場合、貴方のご家族やご友人に危害が加えられる可能性があります。ご容赦を。
綾子の手が震える。震えは大きくなって、手紙が地面に落ちた。
「綾子も決闘の手紙だった?」ヘレンが言う。
「ヘレンも......!? これー! なにこれー! 怖いー!」
「まあまあ、私がいるから何とかなるよ。多分」
「ヘレン! 頼むよ本当にー!」
ヘレンはあくびをした。
──まあなんとかなるでしょ。銀の槍と魔導士の指があれば。
そう思うヘレンだが、果たして本当になんとかなるのであろうか? 決闘を申し込んできた人物はどのような人物であろうか?
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