11.星は火花を散らす
ジャイルは素早く頭の中を回転させる。
──まず、マリアちゃんを使っておびき寄せる。
──次に、マリアちゃんを眠らせる。
──それから素早く、ヘレンちゃんに近づき、眠らせる。
ジャイルは自分のプランに満足を覚え、そして小さな声でマリアに言う。「マリアちゃん、ヘレンにこっちへ近づくよう言ってくれないか。何、銀の槍を盗んだ女の子だぜ? 気にすることはない」
マリア、無言。何を考えているのか。
ジャイルは続けて囁く。「わかった。それじゃあマリアちゃんのことは見逃してやる。その代わりヘレンをこっちに差し出すんだ。君の憎き相手だろう? 良い復讐の機会じゃあないか」
勿論、見逃すというのは嘘だ。
この男の脳内ではボーナス付き報酬金がちらついている。
マリアは口を開けた。──よし、良いぞ!
次の瞬間、叫び声が辺りに響いた。
「ヘレン! お逃げなさい! この男は豪運の魔導士! 魔法が使えないか、使えても意味が無いですわ! 目的は貴方の身柄をどこかに移すこと! 早くお逃げなさい!」
「おおっとマリアちゃん、残念なことを言うねえ」
ジャイルはマリアの額を素早くタッチした。すると、マリアは倒れた。呼吸はしている。眠っているだけか。
「神よ、我に武力を与え給え。氷塊魔法」ヘレンは顔を歪めた。
魔法は──とりあえず発動した。だが、氷塊はあさっての方向に飛んで行ってしまった。
「無駄なんだよなあ」ジャイルはそう言いつつ、マリアの体を自動車に押し込んだ。
そして──二人は相対した。
「俺に勝てると思うかい?」
「手こずる可能性が高いですね」
「手こずるどころか、勝てやしないさ。何かやってみな?」
「では遠慮なく。神よ、我に武力を与え給え。隕石魔法!」ヘレンは叫んだ。
上空に火球が現れて、辺りは明るくなった。火球は──二〇はある。
そしてジャイル目掛けて隕石は降り注いだ。
「無駄無駄無駄! はっはっは! 命中させることが出来ないならランダムに攻撃しようってか? それも豪運の魔導士たる俺には通用しないんだぜ! 俺を対象とした魔法はしくじるか、命中しない!」
ジャイルは笑いながら降り注ぐ隕石の中で小躍りする。
火球が尽きると、ヘレンは顔を横に振った。「質問です。貴方の目的は私ですか?」
「そうだ」
「理由は?」
「今は知る必要が無い。ただクライアントがいるってことは伝えておく。俺は君の身柄をクライアントに渡すだけ。なに、クライアントも君のことを害しようとは思っていない筈だ。君の安全はよほどのことがない限り、保障されると思う。あくまで俺の考えだがね。信用出来る?」
「信用出来ません。初対面ですからね」
「あっそう。まあ信用しなくて良いよ。いずれにせよ、君のことは貰っていくからな」そう言ってジャイルはヘレンに近づく。
「私は障壁を展開させることが出来ます。貴方を対象にした魔法は意味がなくとも、私が対象なら意味はあるでしょう」
「吸収呪文って知ってるかい? 俺はそれを扱える。障壁を展開しても意味がないぜ」
「銀の槍をご存じですか?」
「ああ、知ってる」
「銀の槍の膨大な魔力なら、吸収に時間がかかるでしょう」
「驚いた。俺に銀の槍の魔力をくれるってのかい? 特大ボーナスだな! こりゃ!」
ヘレンはのけ反った。そして走り去ろうとする。
「おおっと。逃げたらマリアちゃんを殺すぜ。君に似た魔力でな。そうしたら君は殺人容疑で捕らえられるぜ」
ヘレンは顔を歪めた。──この男、頭も回るな。今の私ではどうにもできないか。
「質問です。投降したら、マリアを解放しますか」
「そうだな。──良いぜ。解放してやるよ。クライアントの指定は君だけだからな」嘘だ。ジャイルはボーナスを得るために二人共連れて行くつもりである。
「わかりました。では投降します。マリアを目覚めさせて」
「それは出来ない。俺のことを信用して眠ってくれ」勿論、信用を裏切るジャイルである。
「お願いします。マリアを今、解放してください」
「君に、その行為を強要する力は無い」
ジャイルは至近距離まで近づき、──ヘレンの額に手を伸ばした。
「じゃあお休み。ヘレンちゃん」
──お兄ちゃん、ごめん。
テレパシー魔法で思念を飛ばすと、ヘレンは観念し、目を閉じた。
その時、リャックの声が響いた。
「応用魔法です! 神よ、我が手から引力を発し給えです!」
ヘレンの体が後方にいるリャックの元に引き寄せられていく。
「お仲間がいたのかい。基本的に意味の無い殺しとガキの殺しはしない主義だが、どうするかな」ジャイルは呟き、後方へ吸い寄せられるヘレンを走って追った。
あと五メートル。その時、いくつもの叫び声が響いた。
「神よ、我が手に武力を与え給え! 隕石魔法! ヘレン君は渡さない!」
「神よ、おいらの手に武力を与え給え! 斬撃魔法!」
「ヘレンー! 助けるからねー! 我が手に武力を与え給え! 氷塊魔法!」
ヴァランダ、ジェン、綾子の三人が、ジャイルの真横から一斉に魔法を放つ。
だがヴァランダの隕石と綾子の氷塊はかすりもしなかった。しかし──?
「痛ッ! あのガキ、運が良いな! 俺に斬撃を当てやがった! しかし俺は豪運! 致命傷となる魔法は受けねえよ!」ジャイルはジェンの放った魔法を喰らった。もし質が高ければ上半身は下半身とおさらばしてただろうが、ジャイルの言う通り、致命傷となる魔法であればジャイルに当てることは出来ないだろう。
「おまけに障壁も張った! もうそのガキじゃあ僅かでも魔法を当てることが出来ても意味が無い! お前らじゃあ、俺には勝てねえよ!」ジャイルは叫んだ。
その時、リャックの肩に触れる存在が現れた。デーンである。
「全力......自身の魔力を全て使い......障壁展開発動......!」
「意味ねえよッ! 俺は魔力を吸収出来る!」
ジャイルはヘレンに手を伸ばす──!
その時、ジェンが叫んだ!
「ヴァランダ! 綾子! おいらに魔力を頼む! 障壁を破る!」
「ああ!」ヴァランダが答える!
「任せたよ!」綾子も叫ぶ!
綾子とヴァランダはジェンの肩に手を置いた。そしてジェンは詠唱する。
「神よ、我が手に武力を与え給え! 光の地平線!」
瞬間、ジャイルの体をいくつもの光線が貫く!
「......馬鹿な! 致命傷となる魔法は当たらないはずなのに......そこまで運が強いのか......あのガキは......!」
「......いいや、おいらの運じゃあ、アンタには致命傷となる魔法は当てられない。だから、デーンを狙って魔法を発動した!」
そう! ジェンたち三人は初撃の後すぐに、自分たちとデーンとジャイルが一直線になるように移動をしたのである!
そしてジェンは、デーンを狙って魔法を放ち、直線上にいるジャイルに致命傷を与えることが出来た!
ジャイルの体は沈みゆく──。
「どう?」ヘレンは聞いた。
「駄目だ。この運の良い男は死んでる。──気にするな。やむを得なかった」ヴァランダはジェンに言った。
──おいら......人を殺しちまったんだな。
口を堅く閉ざすジェンをヘレンが抱く。
「ありがとう、ジェン。──それから、みんなも」
「良いってことよー! お世話になってるからねー!」綾子は能天気に振舞った。暗い場を盛り上げようとしているのだ。
「で......マリアは?」デーンが呟いた。
ヴァランダはそれを聞くと、マリアを自動車から降ろした。
そして、魔力を注入した。
「昏睡魔法だ。妨害魔法で解除できないか試してみる」ヴァランダは汗をかいた。
「僕も手伝いしますです」リャックがヴァランダを手伝う。
そしてしばらくすると。
マリアはぱっちり目を開けた。
「ここはどこですの?」第一声がそれだった。
「演習場。記憶はどこまである?」ヘレンは言う。
「......貴方! 何故逃げなかったんですの! 私が敵う相手じゃ無かったのですよ!」マリアは憎いといった顔であった。
「マリアこそ、どうして私を庇ったんです?」
「......それは、貴方と私が敵対してるとはいえ、同じA国の仲間ですから。将来は敵対しつつも、このA国を一緒に支え合う人だからですわ」マリアは仏頂面だったが、赤面している。
「マリア、ありがとう」ヘレンはしみじみ言う。
「もう! 貴方と私はライバルなの! お礼なんて結構ですの! むしろ私がお礼しなければいけませんの! 助けてくれてありがとう! ふんッ!」顔をそむけるマリアであった。
その様子を見て、一同は笑った。
拉致計画はこうして、ヘレンの場合では失敗した──。
「面妖な報告だな」校長のキールが顔に手をやる。
校長室でキールとヘレンは向かい合っていた。
「死体と自動車はそのままにしてありますが、クライアントは誰かわかるでしょうか?」ヘレンが悩まし気に言う。
「魔導士警察を呼ぶ。とりあえず話はそこからだ──今後、魔法学校でのセキュリティはより強固にしよう。外から一級の魔導士を呼び、工夫をさせる」キールは無表情だった。
「ありがとうございます」ヘレンは頭を下げる。
「校長として当然のこと。それより、礼を言う。貴重な魔導士がどこかに拉致されるところだった」
「私の──仲間のおかげです。彼らにこそ礼が相応しいかと」
「それもそうだな。後で校長室に呼んでやろう。何の用かと怯えると思うかね? ふふふ」キールはヘレンの前で初めて笑ったように見えた。
「あまり虐めないでやって下さい」ヘレンは釘を刺す。
「当然......ではご苦労。部屋に戻って良い」校長の声は威厳を伴っていた。
校長室を出たヘレンに綾子が声をかける。「ヘレンー! 門にお兄ちゃんが来てるよ!」
「えっ。本当?」
──そういえば、あの男に拉致される直前、テレパシーを送ったっけ。
「嘘つくわけないじゃーん! それにしても......ヘレンのお兄ちゃんカッコいいねー!」
「やだあ」ちょっと恥ずかしいヘレンだった。
魔法学校の門に向かうと、一台の自動車が止まっている。兄の車だろう。ヘレンは近づいた。
「ヘレン......大丈夫だったか」兄のアーガンは顔にクマがあった。夜通し運転してきたのだろう。
「なんか拉致されそうになったけど仲間が撃退してくれたよ」
「拉致~!? なんだそりゃあ......どういうことだよオイ」
ヘレン、自動車の助手席に入り込んで昨夜の話をする。
聞き終わったアーガンは「なるほどね~。無事でよかった」と安堵する。
「無事だってこと、テレパシーで送れば良かったけど、忘れてたの。ごめんね」謝罪するヘレン。
「いいよ。それにしてもよ、こっちもテレパシーで念を送ったんだが、キャッチ出来なかったか?」
「お兄ちゃんの念はここまで届かないみたい」
「もっと魔力を増やさないといけないな......瞑想の時間を長く取るか」
そのまま、兄妹は黙った。
「これから、もっと危険になるかもな。いや、理由は特に無いが、そういう予感が......」
妹は黙ってる。しばらくして。
「お兄ちゃん。私を拉致しようとした男の車を見てくれない?」
「......ああ。いいぜ。どこにあるんだ?」
二人は自動車から降りて演習場に向かった。
状態は昨夜のままだ。隕石の降った跡が凶事の爪痕として残ってる。
死体もそのまま。車もそのまま。
「あれ」
「あれか」
アーガンは自動車に近づく。死体は見なかった。
「はいはい。なるほどね」
「どう? 何かわかった?」
「B国で生産、流通してる自動車だな。この辺りでは珍しい」
「B国ね」
「タバコもあるぜ。これもB国で生産されてるタバコだ。よっぽどのB国マニアでないなら、この死体はB国出身じゃないか」そこで初めてアーガンは死体を見た。
「何でB国は私を狙ったんだろう」
「わからんが......今後も狙ってくるんじゃないか。校長には言ったか?」
「うん。セキュリティを強化してくれるって」
「そりゃいい。出来る校長だな。俺が通ってた寺小屋の校長はひどかったぜ。ノートの数を増やして下さいって言ったらな、砂絵で代用しろって言われたからな」
笑うヘレン。
アーガンは帰宅した。
ヘレンは長い間、門から動かなかった。
──B国からの拉致。私を狙った理由は......。
しばらくして、ヘレンはその場を去った。
一方、B国のとある喫茶店にて。
髭のある男と髭の無い男が会話をしている──。
「──ところで、豪運の魔導士が敗れたぞ」髭男が言った。
「あれを? あれを倒すとは、中々の強者だな。誰だ?」髭無し男が感心する。
「A国の魔法学校の生徒だ」
「子供相手に敗れたのか。やれやれ、我々は豪運を見誤ったようだな」
「情報によると、一対多で知恵を使われたそうだ。子供というのは時として我々より恐ろしい考えを持つことがあるものだ。不思議ではないよ」
「ふん。どうかな。で、銀の槍の女はどうする?」
「それを今考え中だ。別の刺客を差し向けるか、それとも──」
「それとも?」
「A国を通して正式に、我が国へ招待するか、だ」
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