10.豪運の魔導士
特級幻覚魔法。
その効果に──ヘレンは震える。
「先生! 教えて下さい!」
「ああ、教えてやるとも。まずは集中しなさい。そして魔力で自分の分身をイメージせよ。それから──」
二人は夜になるまで共に過ごした。
一方その頃。
B国の地方都市であるザカリーニャで、ある男が借金取りの元に訪れた。
薄汚い酒場。ポーカーをしている酔っ払い連中。アマチュアの画家が描いた、下手くそな向日葵の絵が壁に掛けられている──。
「ラウセさん。ちっす」声をかけた男は飄々としており、長身と肩幅のバランスが見事であった。
「おめえ、どういう面をしてここに来てんだ。ジャイル。ええ? いつになったら借金を返すんだい?」
「それなんですよ。そろそろ仕事が入るんで、借金を返したい。しかし、金が無いんだ」
「何を言ってる? その仕事で借金を返済すればいいじゃねえか」
「それが嫌なんすよ! 借金の返済で報酬を減らしたくない! 俺ってどうしたら良いんすかねえ」
ラウセと呼ばれた男は机を大きく叩いた。目には憤怒の色が見える。
「お前──魔導士だからって俺たちのこと、なめてねえか。──よし、良いぜ、来なよ」
酒場のバックヤードにラウセとジャイルは入室する。意外と広い空間だ。壁側に酒樽や食料品の入った箱があるが、それでも中央にはだだっぴろいスペースがある。
「ここで待ってな」ラウセは吐き捨てる。
一時間後、床で寝そべっていたジャイルはそこそこの強さで蹴られた。
「用意が出来た」ラウセの声には残酷な何かが含まれている。
そしてバックヤードに続々と、人が入ってくる。三人、五人、いや、十人!
一人の男が机を設置する。
その机の上にはリボルバー拳銃が乗っていた。
「ギャンブルだ。ロシアンルーレットって異世界で呼ばれてるやつだな」
「へえ。詳しく」ジャイルは気にせず続きを促す。
「実弾が一発だけ入ってる。一発撃つごとに金貨五枚くれてやる。さあ、自分目掛けて撃ちな」
「あの~。弾が六発入ってるように見えるんですけど~?」
「そりゃ空の位置がわかっちゃ意味ねえ。火薬を抜いたダミーが五発、入ってるだけさ」
なるほどね、と言いながらジャイルは自分の頭目掛けて拳銃を──構える。
馬鹿め。ラウセはそう思った。
その拳銃に入ってる弾は全て実弾だ!
お前は酒場のバックヤードで借金を苦に自殺した、ということになるんだ!
微笑むラウセ、アルカイックスマイルのジャイル。
その時ジャイルは言った。
「合計で金貨三〇枚かぁ~。これで借金はチャラだな? ラウセさんよぉ~」
「あ?」
その瞬間。
ジャイルは引き金を引いた。
しかし──弾は発射されなかった。
混乱するラウセ。
ジャイルは続けて引き金を引く。
二発、三発、四発、五発──。
唖然とする男たち。
だが、ジャイルは全く気にならない。
そして、
「最後の引き金も貰った」
とジャイルは宣言する。
男の一人が叫んだ。
「やめろ! 残り一発じゃねえか! 死ぬのは確実だぞ!」
「と、思うよな?」にやりと笑うジャイル。
そしてジャイルは──最後の引き金も引いた。
だが、弾は発射されない。
──馬鹿な、六発とも発射されないだと!?
ラウセは男の一人に言う。
「おい! 魔法が使われた痕跡は!?」
「いいえ! 反応無しです! 魔法は使われていません!」
ジャイルは立ちあがった。
「それじゃ、借金は無くなったってことで」
バックヤードにある裏口から外に出ようとするジャイル。
その背中に。
「お前らあああ! 銃を構えろおおお! ジャイル! お前はここで死ぬ!」
ラウセと男たちは去り行くジャイルに拳銃を構えた。
「──撃ってみなよ」ジャイルはそう言って歩き続ける。
「射撃──開始! 撃て!」
男たちは全員、拳銃の引き金を引いた。
──ここまで奇妙なことは滅多にあるものではないだろう。
なんと、男たちの拳銃は、全部不発に終わった。
「ジャイル、お前はいったい──」ラウセの声は震えている。
「言ってなかったよな。実は俺、地元じゃこう言われてた。──豪運の魔導士ってな」
そしてジャイルは裏口の扉を開いた──。
翌日。
とある公園のベンチにて。
ハンチング帽を被った初老の男がベンチの隅に座って本を読んでいた。
悪童日記、転生者が記憶を元に再現した異世界の小説である。
それを読みながら男は思った。楽しい小説と環境、心地よい暑さが心の闇を払うようだ。
その時、ベンチのもう片方の隅に男が座った。
ジャイルである。
「依頼を聞くぜ」投げやりにジャイルは聞いた。
「我が国によるA国の国力低下計画が発動している。その一環として、魔導士や勇者、聖女などを拉致することになった。あちこちからな」
「ふーん。で、俺は何をやれば良いんすか? 旦那?」
旦那と呼ばれた男は写真を取り出し、ジャイルに差し出す。
「この女、ヘレン・F・カミンググラフを第二魔法学校から拉致しろ。我が国の領土内に入ったところで連絡してくれ。引き渡し場所と時刻を指定する」
「第二魔法学校といやあ、業火の聖女でしょ。なんでそっちじゃないの?」
「業火の聖女は強すぎる。暗殺は出来ても拉致は出来ないと上は判断した」
「このヘレンってのはどういう女?」
「秀才と呼ばれており、あの銀の槍を手にした。そういうわけで拉致の対象となった」
「へえ。なるほどね。あの銀の槍を入手するとはね......了解。それじゃいつもの所に偽造パスポートと前払い金よろしく」
ジャイルは去った。
長期休暇期間は過ぎた。
ヘレンは魔法学校へ戻り、いつも通りの日常を過ごす。
そんな中、綾子が声をかけてきた。
「そろそろ長期休暇期間明けの交流会ですなー。ヘレンお願いしますよー!」
「うん。構わないよ」
この頃になると、人にものを教える楽しさを思い出し、交流会が楽しくなってきたヘレンである。
最初は開催回数を数えていた交流会だが、もう数はわからなくなった。
そして交流会が開催された。
今回の会場は演習場Aである。
いつも通りのメンバーが白線に立ち、魔法を放つ。──隕石魔法だ。
ヘレンは順に声をかけていった。「オスカー、中々魔力が増えたね。良い感じだよ。デーン、魔力の調整がうまくいってるね。その調子。ジェン、火魔法の扱いが相変わらず荒いけど、まあ成長してるね」
ジェンは言った。「ヘレン、後で良いもんやるよ」
──ふうむ、ジェンからのプレゼントとは何かな? サーカス絡みかな?
楽しみにするヘレン。
その時、ヴァランダがヘレンに話かける。
「なあヘレン君、ちょっと全力を出しても良いかな?」
「良いけど、演習場を壊さないでね」
「わかってるさ──隕石よ、我に恵を与え給え!」
巨大な火に包まれた土の塊がヴァランダの上空に現れる。驚きの大きさだ。しかも、あれを連射しようというのだ!
「コ、コワ~」傍にいた綾子がのけ反る。
そして火の玉は演習場に降り注いだ。不死鳥が暴れまわってると言っても信じてもらえそうである。
「どうだい?」ヴァランダはにこやかに笑う。
「良いね。欠点が完全に無くなってる。文句なし」ヘレンはヴァランダの目を見つめる。
ヴァランダはヘレンを見つめ返し、「──良い気持ちだ。魔法学校を卒業しても、忘れないよ」と言った。
そのまま、ヘレンとヴァランダは無言で見つめ合った。
交流会が終わった。
打ち上げと称した食堂での食事も終え、メンバーは順次去っていく。
その中で、綾子、ヘレン、ヴァランダ、リャック、デーン、ジェンはまだ喋っていた。
「──D国で発生したゴールドラッシュはまだ終わってないらしいよ。あちこちの国から未だに人間が集ってる。私も一山当てたいね」綾子が髪をくるくるさせながら言う。
「ゴールドラッシュで確実に財産を増やす方法があるよ」ヘレンがかすかに笑う。
ジェンが飛びつくように身を乗り出した。「聞きたいぜ!」
「採掘者たちに服とシャベルを売ることさ」ヘレンは人差し指を立てた。
「確かに、金を掘るより確実だな。だがロマンが無いんじゃないか?」ヴァランダはにやにやする。
「そう......達成感も......必要だ」デーンは言葉を捻りだす。
「武勇伝が欲しいです。服とシャベルを売っただけでは子供に誇れませんです」リャックが言った。
「子供に誇れることをやりたいよねえ。やっぱり。私、一度冒険しようかなあ」綾子がそう言ってげらげら笑う。何がおかしいんだよとヘレンも笑いながら言った。
「冒険か。楽しいだけじゃないぞ」ヴァランダが表情を硬くする。勇者としては何か思うことがあるのだろう。
その時。
ヘレンが急に席を立った。──そして辺りを見回す。
「どうしたん?」綾子が心配そうに言う。
「お兄ちゃんの魔力が漂ってる。──いや、お兄ちゃんの魔力か? でも、凄く似てる。何だろうこれ」ヘレンは食堂から去った。
「ヘレンのお兄ちゃんってイケイケな人らしいよ」綾子がその場の全員に言う。
「なあ、一応付いていく?」ジェンが言う。
ヴァランダが好奇心を覗かせた。「もし、彼女の兄の魔力だとしたら何故今漂ってるんだろうな。よし行くか」
「行くんです?」リャックが聞く。
「彼女の兄に興味がある、というのもある」ヴァランダは正直な気持ちを出した。
「私も興味あるー! よし皆で行っちゃえー!」綾子が号令を出すと、全員が席を立った。
その頃。
業火の聖女、マリア・A・ロンダウルフは寮で静かに本を読んでいた。
気分が晴れない。──ずっとだ。
あの銀の槍を盗まれた(と、彼女は認識している)ときからずっと。
──少し散歩でもしましょうか。
マリアは本を閉じ、部屋から出ていく支度をする。
「私も同行しますか?」同居人の取り巻きが問いかける。
「いえ、結構ですわ。一人で気晴らししますの」
そしてマリアは部屋から出て行った。
歩き出して少しすると、違和感に気付く。
──この漂ってる魔力、何かに似てる。
精神を集中して息を吸うマリアの脳天に電気が走る。
──ヘレン。あの盗人ヘレンの魔力......? いや、似てるだけだ。ではいったいこれは?
そう思ったマリアに思いつきと疑問が生じた。そういえば、ヘレンには魔法の使える兄が地元にいると聞いたことがある。ではこの魔力は兄のもの? でもいったい何故、ここでその魔力が漂ってる?
結局、マリアはこう思った。魔力の元へ行きましょう。もしヘレンの兄だったら、『ご挨拶』を差し上げなければいけませんから。丁寧に、そう、丁寧に『ご挨拶』をね......。
気分が一気に上向いたマリアである。スキップしながら、魔力の元へ向かう。
その時、マリアは躓いた。
「痛ッ」
地味に痛く、上向いた気分も収まってしまった。
──まあ良いですわ。『ご挨拶』差し上げれば相当に気分は良くなるはずですわ。
そうして辿り着いた先は演習場Cであった。
周りを見渡すマリアの目に、それが飛び込んできた。
自動車である。
演習場の一角に、グレーの車があるのだ。
あれがヘレンの兄のもの?
近寄るマリア。
あと一〇メートルほどで辿り着く、その時。
「おおっと! こりゃ予定外! 果たして俺にこなせるか。しかしこなせたらボーナス貰えるかもなあ!」
男がそう言いながら車から降りてきた。
──ヘレンに似てない。兄か?
訝しむマリアに男はこう言った。
「俺の名はジャイル! 悪いがマリアちゃん、俺と一緒に来てくれないか!?」
「貴方はヘレンさんの兄ですか?」
「いいや違う! 無関係な、ただの魔導士さ!」そう言ってジャイルはマリアに近づいた。
マリアは警告する。「それ以上近づきましたら、怪我をしますわよ」
「怪我ねえ。俺には無縁だな」笑うジャイル。
マリア、詠唱開始。
「神よ、我に武力を与え給え。──氷塊!」
だが。
呪文は発動しなかった。
何故?
それは、ここに来る途中で躓いた時の痛みが原因だった。
この痛みで、マリアは集中することが出来なくなったのだ。
「俺は豪運の魔導士と言われていてねえ......魔法、使えないだろう? まあ楽にしなよ。眠りから覚めた時には楽しいところにいるぜ」
ジャイルはマリア目掛けて手を伸ばした。
「......! 障壁展開!」
痛みに耐えて、あらんかぎりの集中力で障壁をマリアは張る。
「それ、俺には効かないぜ。吸収魔法! 神よ、我が手に魔力を集えさせ給え!」
マリアの障壁がみるみる崩れ落ちた。障壁の元となる魔力がジェイルに吸収された為であった。
「ふう。業火の聖女も大したことないもんだな。まあ、俺の運が強すぎるわけなんだが......じゃ、そういうわけで、お休み」
マリアの額にジャイルの手が触れようとした。
その時。
「すいませーん。何をされていますか?」
遠くから、叫ぶような声がした。
マリアとジャイルは声の主を見る。
ヘレン・F・カミンググラフであった。
ジャイルは笑う。
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