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老人の眼鏡
公園にある古びたベンチに
ひとりの老人が座っている。
齢は七十ほどだろうか。
半ば白髪に置き換わった長髪に
厚手のコートを羽織っている。
学校からの帰り道
特に用事もなく公園に立ち寄ったおれは
その老人に声を掛けられた。
「なぁ、坊主。これをやるよ」
そう言って渡されたのは
罅が入り薄汚れた眼鏡だった。
視力だけは自信があったおれは
使うことはないだろうと思い
自室の押し入れに仕舞い込んだ。
公園にある古びたベンチに
ひとりの老人が座っている。
あの時の老人が
あの時と同じ姿のまま座っている。
あれからもう八年経っているというのに
その老人は何一つ変わることなく
またしてもおれに声を掛けてきた。
「なぁ、坊主。いつかここに座るといい」
その言葉の意味が分かるはずもなく
おれは家路に着いた。
あの頃よりも視力が落ちていた。
だからおれは押し入れに仕舞った眼鏡を
引っ張り出すことにした。
公園にある古びたベンチに
おれはひとり座っている。
あの老人はもういなかった。
若干の寂寞が湧き出たが
眼鏡をかけた瞬間に吹き飛んだ。
あぁ、そうか。
あの老人はこの光景をずっと見ていたのか。
ひとりでここに座って、ずっと、ずっと。
「なぁ、坊主。これをやるよ」
「いつかここに座って観るといい」




