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路地裏の楽師
明かりの乏しい路地裏から
夜な夜な音色が聴こえるという
そこの通りは
居酒屋ばかりが立ち並んでいるので
その音色の正体を知っている人が
いくらかいるはずだと思うだろう
しかしそれが
一人もいないのだ
ある日は尺八のようで
ある日はピアノのようで
ある日はギターのようで
ある日は琴のようで
奏でられる音色は変わりゆく
街の姿を写しているようだと
目立たない小さな居酒屋から出てきた
三十路ほどの男が
突然嬉々としてこう語った
「俺はな、見たんだよ。路地裏の楽師をよ。
そいつぁとても綺麗な少女のようで、
顔の整った美男子のようだったのさ」
真偽のほどは分からないが
〝路地裏の楽師〟のうわさは
今になってもひとり歩きしている――




