52.勇者、弟と温泉に入る
俺が魔族アルファーを倒した、数日後。
休日。
今日は弟と、【ちょっと近くまで】ランニングに来ていた。
「山は空気が綺麗だなぁ」
「ぜぇ……! はぁ……! ぜぇ……!」
弟のガイアスが大の字になって倒れている。
「どうした? もうバテたのか?」
「あたり……まえだろ……! どれだけ走ったと……おもってるんだよ!」
「え、早朝から走り出して、今お昼だから。6時間くらい?」
ここは隣国のとある山中。
深い木々が生い茂っている。
「ぜぇ……はぁ……し、死ぬぅ……」
「え、こんな軽いランニングで人間が死ぬわけないだろ? 大げさだなぁ」
「兄さんは……自分が人間じゃないこと……もっと自覚しろよ……」
ややあって。
体力の回復した弟と、俺は山の中を歩いている。
「どこいくんだよ。今から帰らないと暗くなるよ?」
「汗かいただろ。確かこの辺に……お、あった」
森の奥へ進んでいくと、開けた場所へ到着した。
「ここって……【温泉】?」
5メートルほどの湯船。
縁には岩が置いてある。
緑がかったお湯からは、硫黄の匂いが立ちあがっている。
「こんな山深いところに、どうして……?」
「え、俺が掘ったんだけど?」
「もうなんでもありだな!」
俺はシャツを脱いで、タオルを創生する。
「なっ!? 何やってるんだよ! 外で脱ぐなんて!」
「え、風呂入るんだから服脱ぐだろ。常識だろ?」
「兄さんに常識を問われたくないよ!」
ほどなくして、俺たちは湯船に浸かる。
「なんで離れたところに座ってるんだ?」
「うるさい。裸を見られたくないんだよ」
「兄弟なんだから気にすんなよ」
じゃぶじゃぶと俺は弟に近づく。
「ばかっ! 前隠せよ! タオルで!」
「え、湯船にタオル入れるのはマナー違反だろ?」
「なんでこういうとこだけ常識人なんだよ!」
俺は弟と並んで座る。
「別におかしな裸してないじゃないか。何隠してるんだよ」
「うるさい! 男同士でも恥ずかしいの! わかれよバカっ」
ガイアスは最近鍛えだしたからだろう、細身だが実に良い筋肉がついてきた。
「…………」
「ん? どうした?」
「何年ぶりだろうって思って。兄さんとこうして、一緒にお風呂入ったの」
そう言われても、俺にとっては、ガイアスと風呂に入ったのはこれが初めてだ。
「たしか5才だったかな。別荘にみんなで行ったときだよね。あのときは……」
ガイアスが語る思い出の中に、【俺】はいない。
弟の知っている兄は、もういない。
「じゃあ……本当の【ユリウス】は、一体どこ行ったんだ?」
俺たちは湯船から上がり、髪の毛を洗う。
「そう言えばガイアス、学園の入学って誰が決めてるんだ? やっぱ学園長か?」
「いや、学園長はあくまでも、学園内の自治権を持っているだけの人だから違うでしょ。たぶん、【理事長】だと思うよ」
「理事長……ね。そいつが手引きしたのか……?」
学園の生徒の中に、魔族がいた。
貴族が通う学園だ。入学の際に、しっかり出自は調査されるだろう。
それでも魔族がいたということは、上層部が手引きした、と考えるのが妥当だ。
「……今度、会いに行ってみるか」
桶で湯をすくって、俺は自分の頭にかける。
「痛っ」
「どうした?」
「目に……泡が……」
ガイアスが桶を手にとろうとする。
だが見えてないせいで、桶をひっくり返してしまった。
「ほら、動くな。流してやるから」
「いいよ! 自分でできる!」
「遠慮すんなって、ほら、流すぞ」
俺は湯をすくってきて、弟の頭にかける。
「助かったよ、兄さん……ぷっ」
「え、どうした?」
「いや……ほんと5才の時と同じだって。ほら、前も一緒に風呂入ったときにボクの目にシャンプーが入ってさ、それを兄さんが……兄さん?」
ガイアスが楽しそうに語るのは、やはり兄ユリウスとの思い出だった。
弟にとっては共通の思い出だろう。
けれど、俺は……。
「大丈夫? 兄さん、もしかして湯あたりした?」
ガイアスが不安げに、俺を見てくる。
「え、あ、いや……大丈夫」
「ほんとに? 無理してない?」
「おう、心配かけてすまんな」
「なっ! だ、誰が心配なんてするかよ! そろそろ上がるよ!」
弟は立ち上がって、服が置いてある場所まで移動する。
俺は体を拭きながら、弟に問いかける。
「ガイアス。【今の】俺は……ちゃんとお前の兄貴か?」
怪訝そうな顔で、ガイアスが言う。
「何言ってんだよ。まあ……常識外れで型破りで、ムカつくけど……でも……」
ふっ……と弟は笑う。
「【今の兄さん】は、前よりずっと、兄さんしてるよ」
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