02.勇者、貴族の息子になる
ガンッ……!
「……へ? な、なんだ?」
額に触れると、ぬるりとした赤い血が手に付いていた。
「痛え……なんだ、血が出てる……って、あれ?」
おかしい。
さっきまで指一本動かせなかったはずだ。
「!? ここ、どこ!?」
見渡すと、高級そうな部屋が広がっている。
知らない場所だ。
少なくとも魔王城では、ない。
「なにが、起きてるんだ……?」
と、そのとき、出入り口のドアが開いた。
「【ユリウス】様! 大丈夫ですかっ!? 凄い音がしましたけど……!」
入ってきたのは、メイド服の美女だ。
ウェーブのかかった水色の長い髪を、バレッタで束ねている。
メイドは俺を見ると、青い顔をして叫ぶ。
「大変! ユリウス様がお怪我を!」
俺が呼び止める間もなく、メイドは部屋を出て行ってしまった。
「ユリウスって……誰だよ?」
ふと、まわりを見ると、壁に掛けてあった鏡が、俺の視界に入った。
「なっ!? なんだ、これ?」
鏡のなかにいる【自分】を見て、目をむいた。
俺とは似ても似つかない……少年だったからだ。
年齢は15くらいか。
黒髪に黒い目。
つり上がった目つき。
「若返り? いや、髪も目も色が違う……これは、まさか……」
試しに手を上げてみると、鏡のなかの少年も手を上げる。
「俺、なのか……?」
するとさっきのメイドが、また部屋に入ってくる。
その手には救急箱が握られていた。
「ユリウス様! すぐに治療します。ベッドにお座りください!」
「え、ああ……どうもありがとう」
「!?」
ガタンッ!
と、メイドが手に持っていた救急箱を、足元に落とした。
「…………」
箱の中身が散らばっている。
それを放置して、彼女は、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりする。
「どうした?」
「あ……いえ。その、すみません」
何度も目を泳がせながら、メイドが作業をする。
彼女は止血消毒し、俺の額に包帯を巻いてきた。
「なぁ、なんで治癒魔法使わないんだ?」
皮膚を切ったくらいだ。
魔法でパパッと治るレベルである。
「治癒なんて高度な魔法、この国最高峰の魔導師さまじゃないと使えませんよ」
「はぁ……?」
呆然としてる間に、俺の治療は終了したみたいだ。
「サンキュー。悪いね」
「!?」
持って帰ろうとした救急箱を、またしてもメイドは落っことした。
「お、お加減でも悪いのですか……? お医者様をお呼びしましょうか?」
「いや良いって大げさだってば。……ところで、あんただれ?」
ピシッ……! と彼女が固まる。
「えーっと、ど忘れ! うん、頭打ったときにど忘れしちゃってさ!」
「……私はシャルロットです。ユリウス様の専属メイドをしています」
「ユリウスって……俺?」
「やはりお医者様を呼んで参ります!」
ダッ……! とシャルロットは救急箱も片付けず、立ち去ってしまった。
「どうなってるんだ、これ。まあ、治療しとこ」
包帯を取り外す。
初歩の回復魔法【小回復】を発動。
傷口はみるみるうちに塞がった。
「なんだ、使えるじゃん治癒魔法。こんなのが高度……?」
見知らぬ場所に姿。
メイドに常識。
「まさか転生の秘術が、成功した……ってことか?」
「お医者様は1時間もしたら来るそうです! ……って、ユリウス様? 傷は、どうなされたのですか?」
「え、治したよ。魔法で」
「ま、魔法!? ゆ、ユリウス様が魔法を使ったのですか!?」
彼女は駆け足で、俺に近づく。
「治ってる? まさか、こんな高度な魔法を、【魔無し】のユリウス様が使えるわけなど……」
キレイに治った額を見て、メイドは呆然とつぶやくのだった。
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