199.帝国の理事長
《アンチ視点》
転生勇者、ユリウスの友にして、マデューカス帝国の皇子、アンチ=フォン=マデューカス。
対校戦で、ユリウスたちとともに競い合った仲である、男。
「ふっ! は! せい!」
深夜、アンチは帝都カーター、帝城の庭にて、剣を振るっていた。
「ふぅ……」
「「「「アンチ様ぁ! お疲れ様です!」」」」
彼のフィアンセである、四つ子が、タオル等を持って近づいてきた。
「皆、ありがとう! だが深夜まで、僕の面倒を見なくて良いんだよ?」
「「「「いえ、好きでやってることですのでっ!」」」」
「ふ……! ありがとう!」
アンチは四つ子からタオルと飲み物を受け取る。
「あの、アンチ様」
四つ子の長女、【ララ】。
茶髪に、犬耳が特徴的な少女である。
「どうしんたんだい、ララ?」
「アンチ様……少し、お休みください。日中は皇子としての公務をこなし、休憩時間に街へ行き民たちの悩みをきき、夜はこうして自主練……。いつか体を崩してしまいます」
アンチはこれまでも、皇子としての職務を全うしてきた。
が、対校戦を境に、そこに自主練も加えるようになったのだ。
睡眠時間を削って……である。
「気にしてくれてありがとう、ララ。リリ、ルル、ロロも心配かけるね」
四つ子たちは皆、アンチが大好きなのだ。
だから……体を壊してほしくない。でも……アンチの思いも、ちゃんとわかってるのだ。
「僕はね……あの試合で、己のレベルの低さを痛感させられたのさ」
対校戦に参加していたのは、どいつもこいつも、化け物じみた力を持っていた。
ガイアスたち王立、カズマたち神聖皇国、そして悪魔の住む東部連邦……。
正直、あの試合に参加していた四校のうち、アンチたち帝国学園が、一番レベルが低かったと言わざるを得ない。
「対校戦で勝てたのは、我が友、ユリウスの温情だ……。かの勇者がいなかったら、優勝は……星杯は手に入らなかった」
星杯。星一つを作るほどの、莫大なエネルギーを秘めた、魔道具。
ユリウスたちは優勝旗とともに、星杯の管理を、帝国に任せた。
星杯のエネルギーのおかげで、帝国はさらに大きくなっている。
……ユリウスのおかげだ。
「僕はね、自分が恥ずかしいのだよ」
「恥ずかしい……? 何がですか?」
「あのような化け物たちが、この世界にいるというのに……のほほんと平和を享受していた、自分がね」
アンチは皇子、つまり、時期皇帝となる男。
「僕は、強くならないといけないんだ。ユリウスたちと、並ぶことは……できないかもしれない。けど! 強くならないと。でないと……あのような化け物がまた現れたとき……民を守れない」
「アンチ様……」
アンチは帝国のために強くなろうと、努力しているのだ。
対校戦で自分の、そして世界のレベルを知ったからこそ、熱心に修行に打ち込んでいるのである。
と、そのときだ。
「アンチ様、大変です!」
「どうした、ホサ?」
アンチの部下である男、ホサが、息を切らせながらやってくる。
「星杯が! 奪われました!」
「なっ?! せ、星杯が!? そんなバカな!?」
アンチはホサとともに、星杯が安置されている部屋へと向かう。
「あの部屋には、帝国の最新鋭の科学で作った、最高の結界が張ってあったはず……!」
だが、それを突破したものがいるのだ。
アンチは、すぐに現実を受け止める。
あり得ない、ということは、あり得ない。
対校戦で学んだことだ。
「ララは兵士を集めろ! リリ、ルルは父様と母様に報告! ロロは【あれ】の準備を!」
四つ子たちに命令を出し、自分はホサとともに部屋へと向かう。
ほどなくして、大きな扉の部屋の前までやってきた。
アンチは扉に手を置く。
魔力の反応して、部屋の扉が開いた……。
「な!? せ、星杯が……あるではないか!」
部屋の奥、何重もの結界の奥。
中空に、1つの輝く優勝カップがあった。
あれが、星杯。
そう……星杯は盗まれてなかった……ということは!
アンチは懐の銃と、腰の剣を抜いて、ホサに突きつける。
「ホサはどうした!?」
「な、何を言ってるのですか……? おれがホサです……」
ばん! とアンチはホサの眉間を銃弾で打ち抜く。
「おー、さすがですねええ」
眉間に、穴が開いている……ホサの顔がぐにゃりと変化する。
ニヤニヤ……と笑う、その顔に……見覚えしかなかった。
「おまえは……! 王国の理事長! ルシフェル!」
ユリウスたちの通う学園の理事長、ルシフェル。
シルクハットをかぶった男が、そこにいたのだ。
「それにしても、アンチ皇子、成長しましたねえ。私の変装を見破るなんて。たいしたものですよぅ」
……褒めてるようには全く聞こえない。
変装を見抜き、急所を突いたはず。
殺したはずなのだ。なのに……生きてる……!
そうだった、この世には、殺しても死なない連中はゴロゴロいる。
アンチは銃を構えた状態で、剣を腰に戻し……【それ】を手に取ろうとする。
「それはちょっと、今の貴方の手には余るモノではないですかぁ?」
「な!?」
アンチの【奥の手】を、ルシフェルは見抜いているようだ。
「しかし見事な結界です。この私が、変装なんてしないと、この部屋にたどり着けないんですから。対校戦は思ったよりも、君を大きくしてしまったようです。これはうれしい誤算♡」
ルシフェルはアンチなんて、歯牙にもかけた様子もなく、てくてく歩き出す。
足下に銃弾を撃ち込んだというのに、彼は止まらない。
「止まれ!」
「といわれて、止まるバカがいるとお思いで?」
「くそ!」
アンチが近接戦闘に持ち込もうとする。
だが、ルシフェルはアンチの拳をぬるりとよけると、足を引っかけられる。
ちゃきっ!
「…………」
持っていた銃をいつの間にか奪われていた。
そして、ルシフェルは銃をアンチの、眉間に突きつける。
「死にたくなければ動かないほうがいいですよぉ?」
「…………」
死にたくなければ……か。
「断る!」
がしっ!
アンチは銃身をつかむ。
「このアンチ=フォン=マデューカス! 民のために死ぬ覚悟は、とっくに出来てるのだよ!」
ぐいっ、とアンチはルシフェルの腕を引く。
そして腰の剣を抜いて、その刃をルシフェルの右目に突き刺した。
「とった……!」
「惜しい」
アンチは驚愕する。
声が……後ろから聞こえたのだ!
目の前には、ナイフで右目をくしざしにされた、ルシフェルが確かにいる。
だが……。
「がっ!」
アンチはその場に崩れ落ちる。
背後にも、ルシフェルがいた。
「どういう……ことだ……?」
ルシフェルが二人……?
どうなってる……分身の術だろうか!?
「アンチ皇子。あなたはほんとうにお強くなられた。ですが……それだけです」
ルシフェルは帽子をかぶりなおす。
「我が【計画】を、阻むことは……できない」
「計画……なにを……するつもりだ……!」
動こうとしても、体に全く力が入らない。
ルシフェルはアンチを放置して、星杯に近づく。
「何をするか、ですって……? ふふ、そんなの決まってますよ♡」
ルシフェルは星杯を手に取る。
結界が彼を阻むことはない。
「【勇者】に、次なる試練を与えるのです。そのためにこの星杯を、少々お借りしたいのですよぉ」
「勇者……我が友、ユリウスにか!」
「彼は勇者神でしょぉ?」
「では……誰のことを……?」
ルシフェルは星杯を掲げる。
「星の器よ! 時空の壁を取り払い、暗黒の時代と、今の時代を、つなぎ合わせなさい!」