189.兄の背中を追う弟
《ガイアスSide》
ユリウスとの模擬戦に、大敗北してしまったガイアス。
ふと……目を覚ますと、ミカエルが自分のことをのぞき込んでいた。
「あ、がいあすが起きたです」
「ミカ……ここは?」
「おうちです。おめーの部屋です」
カーライル邸の、ガイアスの寝室だった。
むくりと起き上がる。
身体にダメージが無いことに驚く。
「あにうえががいあすを直したです」
「ああ、そう……」
ガイアスは、兄との戦いを振り返る。
兄との距離を少しでも詰めることができた、と思っていた。
ガイアスは色んな修羅場をくぐり抜けてきた。
それで……少しは兄に並び立てると思っていたのに……。
「がいあす、おめー頭うったです?」
「なんだよ急に」
「だって笑ってるから」
笑っている……?
ガイアスは窓に映る自分の顔を見る。
たしかに、自分は不適に笑っていた。
今までのガイアスだったら、理不尽の塊みたいな兄との力の差を見せつけられ、悔しがったり、落ち込んだりしていた。
だが、今はどうだろう。
たしかに悔しかったし、ショックではあった。でも……。
「兄さんに、奥の手をだせたぞ」
兄の使った、過去の領域。
敵と自分を過去の姿に強制的にしてしまうという、規格外の奥義。
そう……奥義なのだ。
ガイアスが今まで兄と模擬戦をする際、兄はどこか手を抜いていた。
彼の本気を一度だって引き出すことはできなかった。
でも……さっきの戦いは違う。
「兄さんの、秘中の秘を引き出すことができた……! あとは、どうやって打ち破るか……それが問題だな」
ガイアスは兄にかつために思考を巡らせる。
一方、ガイアスのそんな姿を見て、ミカエルは言う。
「おめー、なんか変わったです?」
「そうかな」
「そーです。いつもは女々しく泣いてたです。あにうえによしよしされて、なぐさめてもらってたです」
「悪かったな、女々しくて……」
「メスアスです?」
「ボクを女扱いするな。ボクは男だ」
ガイアスは立ち上がる。
身体を巡る兄の魔力。
兄がどういう魔法を使って、自分を治癒してくれたのか、理解できる。
そう……わかるのだ。
今まで兄は、理解不能、正体不明の化け物でしかなかった。
でも最近、ガイアスは力をつけてきた。
それで、兄がどれだけ強いことなのか、理解できるようになった。
自分と兄との間に、どれくらいの間が開いてるかも……。
だからといって、ガイアスは諦めない。
「ミカ。ちょっと模擬戦つきあってくれないか?」
「? おめー、さっきコテンパンにされたばかりです?」
「ああ。でも……ボコボコにされて、つかめたモノがあるんだ」
思いついたそれを、試してみたい。
兄に負けてへこんでいる暇なんてないのだ。
「少しでも、あの人に追いつきたいから」
……兄の転生前の姿を見た。
勇者神ユージーン。
彼は本当に強く、そして……どこかさみしそうだった。
自分と並び立つモノが、魔王ヴェノムザードしかいないからだろう、とガイアスは感じた。
その魔王本体は兄が倒してしまい(今の魔王は複製体)、いよいよもって兄は孤独だ。
強すぎるせいで、誰も兄にかなわない。
兄はそのせいで、孤独を感じてる……。
領域内で立ち会ったとき、ガイアスはそんなことを、感じ取っていた。
「がいあす、恋に焦がれるやつみてーです。やっぱメスです」
「うるさいよ」
ガイアスはミカエルと一緒に部屋を出て、庭へと向かう。
その後ろ姿を、ユリウスとダンタリオンが見守っていた。
「でゅふ……♡ 愛されてますね……ユリウスさん……でゅふふ♡」
「ああ……俺はうれしいぜ」
ダンタリオンは気づく。
ユリウスが、本当にうれしそうに、笑っていたことに。