148.他校、それぞれの思い
転生勇者ユリウスが、午後の試合に向けて昼食を取っていた、一方その頃。
帝国学園の控え室にて。
「諸君、今日まで本当によく頑張ってくれたね。僕はキャプテンとして、君たちが今日までついていてくれたこと、誇りに思うよ」
アンチ=フォン=マデューカス。
皇帝の息子であり、今回の帝国リーダーだ。
長い銀髪に背の高い美丈夫。
彼の前にいるのは、みな同じ顔の4人の女の子達。
彼女たちはアンチの嫁であり、全員が血の繋がった姉妹、四つ子だった。
「ありがとうございます、アンチ様!」
四つ子の長女ノットが、うれしそうに言う。
「やった♡ アンチ様にほめられちゃった~♡」「えへへっ♡ やさしいです♡」「好き~♡」
アンチは心から、自分に付いてきてくれた四つ子に対して感謝する。
一瞬微笑むが、表情を引き締めて彼女たちに言う。
「しかし諸君、君たちは午後の試合を棄権するのだ」
「「「「え……?」」」」
突然のことに、四つ子は困惑する。
「ど、どうしてですか! わたしたちは戦えます!」「そうです! アンチ様と一緒に戦わせて下さい!」
彼女たちの意思は硬い。
皆心から旦那でありリーダーでもある彼のために、尽くしたいと思っている。
その気持ちをアンチは理解している。
理解しているからこその……発言だった。
「ダメだ。午後の試合の内容と、今日までの試合の内容。それらから導き出される答えはシンプルさ。残り2校の選手達に、我々は実力という面で完全に劣っている」
「そ、それは……」
ノットたちも痛感させられているところだ。
アンチの戦略は常に弱者の戦略。
弱い者が強い者に勝つため、下調べをし、練習し、連携をして倒すもの。
端的に言えば奇襲・奇策。
実力が劣っているからこその戦略だ。
「午後の試合は、純粋な力のぶつかり合いになる。策を講じても通じない。真正面からあの化け物達と戦っても我らに勝ち目はゼロだ」
「し、しかし……戦えば可能性は、0.1%くらいはあるはずです!」
「ない。断言しよう。ゼロだ」
嫁達がせっかくモチベーションが上がっているところに、冷や水をかけるようなマネをしている。
それを自覚している。
けれど、それでもアンチには守りたい者がある。
「ここで無理をする必要はない。化け物同士の戦いに首を突っ込んで、君たちにもし何かあったらどうする? 君らは、次代皇帝の世継ぎを産む大事な身であり……僕の大事な女性達だからね」
「「「「アンチさま……」」」」
アンチにとっては、帝国に住まう人間は、誰であろうと守るべき存在だと思っているのだ。
「ということで、君らは棄権するんだ」
「し、しかし……アンチ様はどうするのですか?」
「僕は出る」
「そ、そんな……! 無謀です! だって……相手は化け物で、勝つ見込みもゼロで……わたしたちのサポートもないのに……」
「それでも僕は、皇帝の息子であり、学園の代表選手のリーダーだからだ。敵を前に逃げるようなことは絶対しない」
アンチは泣き出すノットの頭をなで、ハンカチを取り出し、手渡す。
「まけたら……ひんしゅくを買ってしまいます……」
「だからなんだ。失った信用は取り戻せる。だが君たちを失えば戻らない。泥を被るのは僕だけでいいのさ」
ポンポン、と頭をなで、アンチは四つ子達を見渡す。
そこへ、学園長から、午後の試合が始まるアナウンスが聞こえてきた。
「では諸君、そこで見ていたまえ。このアンチ=フォン=マデューカスが、皇帝の息子に恥じない、華々しく散る様を!」
バッ……! と彼女たちを残して、アンチは1人で部屋を出る。
体の震えはあった。
午前の試合で死人が出たのだ(ダンタリオンのこと)。
ユリウス=フォン=カーライルという、この世の条理から外れた化け物がいたから、彼女は死ななかった。
しかしユリウスがいなかった場合、学生同士の試合で死人が出てしまっただろう。
今回の大会は、どこかオカシイ。
アンチは誰よりも早くそのことに気付いていた。
それでもついてきてくれる嫁達を、突き放すことはできなかった。
それでも、彼女たちを失わせるわけには、いかない。
「……ははっ。なんて無様なんだ僕は。守りたい人がいるのに、その力がこの身にないなんて」
と、そのときだった。
「アンチ様!」
振り返ると、四つ子の長女ノットが、ついてきていた。
ほかの妹たちの姿もあった。
「わたしたちもお供いたします!」
「……なにを、バカなことを、言っているのだ! さっきの試合死人が出たんだぞ! 君たちが死んだらどうする!?」
アンチが声を荒らげても、嫁達は固い決意を胸に、首を振って言う。
「それでもわたしたちはついていきます!」
「そうです! 泥ならみんな一緒にかぶりましょう!」
「負けるならみんな一緒で! あなたひとりが非難されるのなんて耐えられません!」
みなアンチを心から好いていた。
ゆえに、優しい彼が1人傷つくことを、我慢できなかったのだ。
「アンチ様、参りましょう」
ノットがアンチの手を包み込んで、静かに微笑む。
「わたしたちはあなたと運命をともにすると決めているのです。1人で背負い込まないでください」
「……まったく、困った子たちだ」
アンチは泣いてる姿を表に出さない。
声を震わせながら、嫁達を前に……不敵に笑ってみせる。
「わかった、では僕についてこい、諸君!」
「「「「はい!」」」」
帝国はフルメンバーで、試合会場へと向かう。
体の震えは止まっていた。
グッ……! と拳を握りしめて、絶対に、何があっても、彼女たちを守ると決意するのだった。
☆
一方で、神聖皇国のメンバー達は、みな暗い表情をしていた。
1年生のアルトは、午前の試合で負傷しリタイア。
午後は4名で挑むことになった。
「カズマ……」
いつも明るいはずのカズマが、うつむき、ぎゅっと唇をキツく結んでいる。
彼らの前に立っているのは、神聖皇国の学園長だ。
「わかったな貴様ら。どんな手段を用いてでも優勝し、聖杯を掴むのだ。敗北は決して許されぬ」
学園長の懐から取り出したのは、禍々しいデザインのペンダントだ。
それが4つ。
学園長が放り投げると、カズマたち生徒の首にぶら下がり、それは首輪へと変わった。
「ぐっ!」「がぁ……!」「くぅ……!」
生徒達はその場にしゃがみ込んで、苦しそうな表情になる。
カズマもまた苦痛に顔をゆがめていた。
……だが、それは首輪装着によるダメージではない。
「わかったかカズマ? やるのだぞ、午後は」
「……おれは、承服しかねます。ユリウスくんや他の生徒を、傷つけることなど断じてできません!」
学園長は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「そのご立派な矜持のせいで、貴様の大切な人が死ぬとしてもか?」
「そ、それは……」
「よく考えるがいい。自分にとって何が大切か、何を失いたくないか。さすれば答えは簡単に導き出されるだろう?」
転生者たちが沈黙する様を見て、神聖皇国の学園長はフンッ! と鼻を鳴らす。
「わかったな。必ず勝つのだ。これは命令だ」
言いたいことを一方的につきつけて、学園長が部屋を出て行く。
「カズマ……わたしたち、どうすれば……?」
不安げなメンバーたちが、カズマを見やる。
彼らの頼れるリーダーである彼であっても……その表情に笑顔はなかった。
「……ゆこう」
結局、結論が出ぬまま、神聖皇国のメンバー達は、午後の試合に臨む。
その身に、呪いを宿しながら。