10.勇者、婚約破棄して自由に生きる
放課後、俺は医務室を訪れた。
2限目のあと、弟はここへ運び込まれたのだ。
ベッドが並び、清潔な空間が広がっている。
「信じられない! あんなクズに負けるなんて!」
医務室に、ヒストリアの金切り声が響く。
部屋の奥のベッドに、ガイアスが寝ている。
そのそばに彼女が居た。
「あんたなんてもう知らない!」
王女はベッドから離れ、ひとり部屋を出て行こうとする。
「待ってくれ! 君にいなくなられたらボクはぁ!」
すると正面から来たヒストリアと鉢合わせた。
「あ~ん♡ ユリウスぅ~♡」
「弟の具合はどうだ?」
「知らないわ、あんな負犬」
吐き捨てるようにヒストリアが言うと、俺の腕を掴んでくる。
「ねーねー♡ ユリウスぅ~♡ ひさしぶりに王城にこなーい? 一緒にお茶しましょ~♡」
俺は彼女の腕を、バッ! と振り払う。
「弟の恋人のくせに、よくそんな態度とれるなおまえ。見損なったよ」
呆然とする彼女をよそに、俺は弟の元へ向かおうとする。
「ま、待ちなさいよ!」
ヒストリアは俺の腕を掴んで、必死の形相で言う。
「あんたが好きでたまらなかった女が、こうして好きになってやろうっていうのに、何その態度!」
俺は彼女を見据え、覇気を込めて言う。
「他人を馬鹿にする女を、俺は好きにならない」
「あ……あぁ……」
気を当てられたヒストリアは、その場にへたり込んでしまった。
彼女を放置して、弟のもとへゆく。
「具合はどうだ?」
「……何しに来たんだよ?」
憔悴した表情で、ガイアスが俺を見やる。
「迎えに来たんだよ。一緒に帰ろうぜ?」
「ふざけんな! 今更なに兄貴面してるんだよ!」
弟はベッドから降り、出て行こうとする。
「家まで送ってくぞ」
「ついて来るな! ……ボクは譲らないぞ、家を継ぐのは、このボクだ!」
ガイアスはそう言い残すと、また歩き出す。
「ま、待ってガイアスぅ~……」
弟の腕に、ヒストリアがしがみつく。
「やっぱりあなたがアタシの愛しい人よ。さっきは酷いこと言ってごめんね」
「うるさい! 触るなこのクソビッチが!」
ガイアスは声を荒らげると、彼女の腕を振り払う。
「び、ビッチってなによ!」
「うるさい! もうおまえなんて知るか!」
ガイアスは恋人を残して、走り去ってしまった。
「ちょっと待ってよぉ!」
悲痛なる声を上げる王女。
まあ、俺にはどうでも良いことだ。
「怒らせちゃったな」
ま、時間はたっぷりある。
少しずつ仲良くなっていけば良いか。
「さ、帰ろう」
「ねぇユリウスぅ~……アタシ、立てないのぉ~……助けてぇ~……」
ヒストリアが弱々しく、俺を見上げながら言う。
「大丈夫だ。少しすれば動けるようになる」
「い、家まで送ってよぉ。ねえねえ~、愛する女がここまで言ってるのよぉ?」
「愛してるのはガイアスなんだろ? 今朝からずっとラブラブだったじゃんか」
「なっ、何言ってるの! アタシが愛してるのは婚約者であるあなた! ただひとりなのよ!」
ヒストリアは必死の形相で訴えてくる。
「ごめんなさいユリウス! アタシ……そう! あの【出来損ないのクズ弟】に、自分の女にならないと殺すって脅されてたの!」
地べたを這いつくばりながら、ヒストリアは俺の元へやってくる。
腰にしがみついて、へらついた笑みを浮かべる。
「でももう安心よね。だってあなた本当はとっても強いんだから! ね? アタシのこと、あのクズから守ってよ」
……俺はヒストリアの手を、やや強めに払う。
「ゆ、ユリウス?」
「他人の家族のことを、出来損ないだのクズだのって言うな。たとえおまえが王女だろうと、さすがに失礼だろ。特に、人の上に立つ人間ならなおさら、発言には気を遣うべきじゃないか?」
「そ、それは……」
「ガイアスが本当におまえとの関係を強要したのかは知らん。だが、おまえが人の弟に酷いことを言ったのは事実だし、俺は不愉快に感じた」
俺はハッキリと、口にする。
「おまえとの婚約、解消させてくれ」
ヒストリアが、青白い顔で、俺を見やる。
「じゃあな」
「待って! それだけはやめて! お父様に怒られちゃう!」
さらに必死になって、ヒストリアが縋り寄ってきた。
「浮気してたことに怒ってるの!? 女の浮気ぐらい男なら許しなさいよ!」
「いやおまえ、浮気した立場で言う言葉じゃないぞ?」
もう怒りを通り越して、俺は呆れてしまった。
「王女なんだから、他に男もごまんといるだろ。別のやつにしてくれ」
「それは駄目よ! だって、あなたは【予言の子】だって、お父様が……」
「予言の子? ……よくわからんが、もういいか?」
俺は【転移魔法】を発動させる。
指定した座標まで、一瞬で移動する魔法だ。
「ごめんなさい! もう浮気しません! だから考え直して! 第八王女は【御三家】とのパイプ役なの! 破棄されたらお父様からーー」
視界が一瞬にしてぶれる。
俺だけ転移し、自分の部屋へと戻ってきた。
「ふー……疲れた」
ベッドの上で大の字になって、天井を見上げる。
「こういう生活、悪くないな」
勇者を必要としない、みんなが平和に暮らしてるこの世界は、とても心地よいと感じた。
「これからは勇者じゃなくユリウスとして、穏やかに生きるぞ」
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