第15話 異様な静寂。 下
「ただ、邪魔者を消そうとしただけなのです……! 想い合うわたくしたちの邪魔をする、その女を……!」
泣きながら、しかしその視線はひたすらに濃い悪意を纏い、真っ直ぐにラテルティアへと向かっていた。メラルニアの中では、ザイルと彼女が想い合っているという幻想だけが真実なのだろう。ザイルはメラルニアを想いながらも、同情から、仕方なくラテルティアと婚約することになり、想い合う二人のために、邪魔者であるラテルティアを消そうとしたのだ、と。
人間というのは、ここまで自分の都合の良いように思い込めるものなのだなと、ザイルは知らず溜息を吐いた。巻き込まれた自分やラテルティア、そしてゼイラルからすれば、これ以上ない程迷惑な話。何しろその思い込みのために、命までも奪われそうになったのだから。
知らず顔に冷えた笑みを浮かべながら、「ああ、言ったな。昔」と、ザイルは冷めた口調で呟いた。
「俺のことが好きだから、嫁にして欲しいと。だから、……皇太子になれ、とな」
遠い遠い、昔の記憶。
知っていた。ちゃんと。彼女が自分のことが好きだということは。
皇太子になるかもしれない自分のことが好きだということは。
幼いザイルにとっては、まるで、自分に好いていて欲しいのならば皇太子になれと、そう言われているようだった。
思えばあれが、最初の記憶だろう。ザイルという名の自分には何の価値もなくて、皇太子に、果ての皇帝に成り得るかもしれないという、その事実にのみ皆が近づいてくるのだと、そう気付いた、最初の記憶。
「皇太子にならなければ、キルナリス公爵家の令嬢である自分に相応しくないからと、何度も言われたな。自らの価値を思い知るきっかけとなった、良い思い出だ」
不快な感情を吐き出すように呟いた言葉。浮かんだ、嘲るような笑みは、誰よりも自分自身に向けられたもの。
愛も恋もまだ知らぬあの頃の自分にも、親しい友人に対する情は存在したのだ。友人だと思う相手に対する、信頼は存在したのだ。
だからこそあの瞬間、裏切られたような気分になったのだ。
「わ、わたくしは、そのようなつもりは……!」と、メラルニアが言い募るけれど、ザイルはそちらに顔を向ける気にすらなれなかった。彼女にどのようなつもりがあったとしても、彼女の言葉は幼い自分の心に突き刺さり、今になっても深い傷は痛んだまま、確かに存在していたから。
暗い心持ちで視線を落としていたザイルは、ふと、ぎゅっと腕を引かれ、そちらに顔を向ける。ザイルの腕にしがみ付いたラテルティアは、ザイルと同じように、下手すればザイル以上に苦しそうな表情で、こちらを見上げていた。
「そんな思い出、捨ててしまえたら良いのに……!」と、堪えきれないとでもいうように、彼女は呟く。綺麗な青い瞳一杯に、今にも零れそうな、透明な涙を溜めて。
ザイルはその様子に数度瞬きをした後、知らず、笑みを浮かべていた。
あの言葉を、あの思い出を、きっと俺は、忘れることは出来ねぇが……。
彼女が、ラテルティアが傍にいれば大丈夫だと、そう思えた。
ザイルがただのザイルであっても、彼女は傍にいてくれると、信じられるから。それだけで、救われる気がしたのだ。
ラテルティアの額に小さく口づけ、ザイルは真っ直ぐにメラルニアを見つめる。
だから自分は、彼女を自分から奪おうとする者を許さない。絶対に。
「俺自身であれ、俺の立場であれ、想いを寄せてくれたことには礼を言う。……だが、だからと言って、俺はラティの命を狙った者を、許すことは出来ない」
決して、許せることではない。相手が誰であろうと、何と言おうと、絶対に。
今はまだ、第二皇子の婚約者でしかないけれど、ラテルティアは確かにフィフラルの皇帝であるザイルの父、クィレルに正式に認められた未来の第二皇子妃であり、準皇族なのである。そんな彼女の命を狙った者には、それ相応の罰が与えられるべきだ。
そう思い、ザイルがその顔から感情を消して、口を開こうとした時だった。「お、お待ちください!」という、切実な色を帯びた声が聞こえたのは。
「命だけは……! 命だけはお許しください……!」
「お、お父様……」
人垣の中から転がり出て来たのは、恰幅の好い一人の男。白髪交じりの茶色の髪を振り乱したその人物は、メラルニアの父、キルナリス公爵その人であった。
跪く公爵のその様子を見て、ザイルは僅かに目を細める。メラルニアのことを溺愛しているという話を聞いていたが、これまで一言も口を挟まなかったため、やはり貴族らしい貴族なのだと考えていた所だったが。
まあ、丁度良いと、そう思った。
「これはこれは、キルナリス公爵。……貴殿も、事の重大さはお分かりだろう。貴殿の娘が、俺の婚約者と従者の命を狙ったんだ。相応の罰を与えるべきではないか」
ゆっくりと、ザイルは言い聞かせるようにそう告げる。ラテルティアとゼイラル、生きていたから良かったものの、もしかしたら二人ともその命を奪われていたのかもしれないのだ。
命を狙ったのならば、その命をもって償うのが筋だろう。内心はどうであれ、そのように聞こえるように意識して言葉を紡ぐ。
キルナリス公爵はザイルの言葉に数度口を開閉させた後、「ですが……」と、振り絞るように呟いた。
「我がキルナリス公爵家は、このフィフラル帝国が出来た当時から、帝国に仕えている忠臣でございます……。娘共々、如何様な罰も受けましょう。ですから命ばかりは……」
切々と訴える彼の様子に、考える素振りを見せる。メラルニアが行ったことそのものを、何かの間違いであると、否定するわけではないのだな、と思いながら。
最初から知っていた可能性も捨てきれねぇが、まあ、ここまで証拠が挙がってきてる状態で否定しても、意味ねぇからな。
計算高い所は、確かに生粋の貴族というべきか。ザイルはちらりとラテルティアの方を一瞥し、ついでネルティアの方へと視線を向ける。おそらくすでにエリルから話を聞いているのだろうネルティアは、ただこくりと頷いて見せた。それを確認し、キルナリス公爵へと再び目を向ける。
自分一人の力で全て何とか出来るなんて、思いあがることはなかったけれど、本当に自分一人であったならば、もしかしたらラテルティアを失っていたかもしれない。けれど自分には頼りになる兄や義母、友人たちがいてくれた。だから、助けることが出来た。ラテルティアを、そしてゼイラルを。
そんな頼りになる兄が用意してくれていたのだ。ラテルティアとゼイラルの矜持を傷付け、命を狙った者に、命を取るよりもずっと、過酷な罰を。
命を取るだけだなんて、そのような、生温いことをするつもりはない。
そんな本心を口にせず、ザイルは小さく嘆息し、「分かった」と呟いた。
「確かに、公爵の言う通り、キルナリス公爵家は貴族たちの中心であり、昔から皇家に仕える臣下だ。その当主である貴殿がそこまで言うならば、……令嬢の命は助けよう」
「その代わり」と、ザイルは静かに続けた。
「俺はもう、令嬢の顔を見たくない。ラテルティアの視界にも入って欲しくない。分かるだろう? だから、他国へと嫁いでもらいたい。丁度、この国の高位貴族の令嬢との婚姻を望んでいる者がいるからな」
言えば、メラルニアが「そんな……!」と声を上げたけれど。それを消し去るように、キルナリス公爵は「もちろん、それで構いません……!」と声を上げた。
「ちなみに、どちらの国の、どなたであるか、伺っても構いませんか?」
ザイルの決定にほっとした様子で、キルナリス公爵が訊ねてくる。命さえ助かれば良いと、そう言っていたけれど。
果たしてその相手の名を聞いた時、どんな顔をするだろう。そんな考えが、頭を過った。
「そうだな。伝えておこう。令嬢に嫁いでもらう相手は、……隣国、ドリクティアル王国のキンズリース将軍だ」
ゆっくりと、誰の耳にも届く声でザイルは言った。
途端、キルナリス公爵とメラルニアの目が大きく見開かれ、その顔が青く染まっていく。
ちらりと周囲を見渡せば、誰もが似たような顔をしていた。もちろん、ザイルの傍らに立っている、ラテルティアでさえも。
それほどに、有名な人物なのだ。キンズリース将軍というのは。
「様々な噂がある人物だが……、丁度良かった。メラルニア嬢でなくとも、誰かが嫁に行かなければならなかったからな」
「そ、そんな……」
呟いたメラルニアは、力無くその場に崩れ落ちた。両脇の騎士たちが慌ててその身体を支える。
そんな娘の姿を目にし、「あんまりです、殿下……!」と、キルナリス公爵が再び声を上げた。
「ドリクティアル王国のキンズリース将軍といえば、すでに七人の妻を娶っており、そして……、自らの妻たちを、戦場の騎士たちに功労の褒美として貸し与えるという、非道な人間ではありませんか……!」
叫ぶような調子で、キルナリス公爵は言葉を紡ぐ。
確かに、彼の言う通りだった。キンズリース将軍は、戦争が起きる度に前線に立ち、自ら騎士たちの働きを確認し、褒美に値するとした相手に、自らの妻たちを貸し与えることで有名なのだ。だからこそ、ドリクティアル王国内でも一部の騎士たちからの評判は良く、女たちからは恐怖の対象と、人道を少しでも理解する者たちからは軽蔑の対象とされていた。
そして、そんな噂を聞きつけて、周辺各国から扱いに困った、しかし修道院へ入るだけでは生温いとされた貴族令嬢たちが彼に嫁がされるようになったのである。彼の身分は間違いなく将軍であり、貴族の令嬢が嫁いでもおかしくはないからだ。
現在いる彼の七人の妻たちの内、二人目まではドリクティアル王国内で罰が必要とされた女たちであり、それ以降の五人はそれぞれ他国から嫁いできたという。一人目の妻を迎える際にはすでに、国王との間で決まっていた話なのだとか。
そこに、今回エリルの提案で、前線の騎士たちへの功労の品として、メラルニアを贈ることにしたのだった。何しろドリクティアル王国の騎士たちが苦戦している理由が、ここにいるキルナリス公爵が流したであろう、武器の存在が故のことなのだから。
人道的には許せねぇ話なんだが……。罰したくとも、命は救ってほしいと言われるから、なぁ。
最も都合の良い落としどころだったのだ。おそらくは、他の令嬢たちを彼の者に嫁がせた、他国と同様に。
思いつつ、「命を救えと言ったのは、貴殿だろう」とザイルが言えば、キルナリス公爵は青い顔を一転して真っ赤に染め上げて、「そういう問題ではない……!」と、低く呟いた。
「メラルニアは、由緒正しいキルナリス公爵家の娘なのだ……! それを、そのような男の元に嫁がせるなど、殿下には人の心がないのか……!」
立ち上がり、彼は真っ直ぐにザイルを睨み付けてくる。その様子に、思わず笑い出しそうになってしまった。
面白いことを言うと、そう思ったから。
「人を殺そうとした娘を庇って、俺に人の心がないと言うか。もし貴殿の娘がラティとゼイラルの命を奪っていたとしても、貴殿は同じことを言っただろうな。……笑わせるなよ」
低く、続ける。
同時に、その血のように赤い目をすっと細めれば、キルナリス公爵がびくりと肩を揺らした。
譲歩してやってんだろうが。仮にもキルナリス公爵家の令嬢だからな。……それとも、この場でその首切り落としてやろうか。
心の中で思い、いや、と軽く息を吐く。
本当ならば、そうしてしまいたい。生温い方法だと言いながらも、この手でラテルティアの命を狙った者を消し去ってしまいたい。ラテルティアとゼイラルの命を軽んじる、この男共々。
隠した怒気の片鱗を零しながら睨み付ければ、さすがにキルナリス公爵も口を閉ざした。再び青い顔になり、明らかに先程より腰の引けた様子の彼に、しかしこの場で気を失ったり、姿を消したりされては困ると、ザイルは思い直す。
彼の役割は、まだ始まってもいないのだから。
一つ息を吐くことで感情の昂ぶりを抑えつつ、「考えてもみろ」と、ザイルは再び口を開いた。
「皇族の婚約者、つまり準皇族の命を狙った大罪人は、本来ならば死刑だ。しかし、公爵家の令嬢ということを鑑みるならば、身分剥奪の上で修道院へ送られるのが妥当だろう」
これまで、皇族の、特に皇帝や皇太子の婚約者が害されようとしたことがなかったわけではない。その際にも、相手の身分等を鑑みた上での罰を与えている。今回は公爵家の系譜という、あまりにも高い身分の者が犯した罪だが、それもまた、これまでに全くなかったわけではないのだ。
キルナリス公爵もメラルニアも、それを理解しているのだろう、揃って何も言わなかった。
「その場合、大陸の最北西にある、この世で最も過酷な環境と謳われるクザデイリス修道院で、生涯を過ごすことになる。護衛もなく、侍女もなく、ただ一人自らの足で歩いて、そこに辿り着くことが前提だが」
大陸の最北西にありながら、他の国を跨いでフィフラル帝国が管理している修道院、クザデイリス修道院。そこは飛び石のように離れた場所にある、フィフラル帝国内で最小の領地であり、草木の生えぬ荒野しかない大地に存在する修道院だった。主に、処刑と同等とされる重い罪を犯した女たちが収容されるそこは、神の慈悲から最も遠い地とさえ言われている。なにしろその領地をフィフラル帝国が管理することになったきっかけが、その領地の領主や住民たちに、領地の譲渡を条件に、フィフラル帝国への移住を懇願されたが故なのだから。
おかげで、現在クザデイリス修道院の一帯には、修道院に関わる最低限の人間しか住んでいないのである。
今までにも、この罰を受けた令嬢がいなかったわけではない。その内、修道院に辿り着いたものは約半数程度。それも、実家が何かしら陰から支援しての事。
その行程そのものが罰であるため、国からも監視の者は送っているが、決して守護のために手を出すことはない。辿り着かなかった者たちは、その道中に野盗や詐欺にあった上で奴隷や娼館へと売り飛ばされたり、獣に遭遇したり、飢餓となったり、最終的には皆、命を落としていると報告を受けている。
キルナリス公爵もそれを理解しているのだろう。「もちろんです。ですから、我が娘も……」と、口を挟む。大方、公爵家から何らかの手を打とうとしているのだろうけれど。
それは、あくまでも今までの令嬢たちの話だ。
ザイルはただ、その冷たい表情に薄く笑みを載せた。
「考えてもみろ、と言ったはずだ。キルナリス公爵。……この国から、最北西にあるクザデイリス修道院へと向かう行程の、その最初。他の道と違って野盗の類も少なく、獣も滅多に現れないとされ、今まで同じ罰を受けて来た者たちが迷うことなく選んだその道は、……ラティティリス王国を通っている」
しかも、何の偶然か、ラテルティアの実家である、レンナイト公爵家の領地の真ん中を。
……いや、偶然も何もねぇな。レンナイト公爵家がしっかり領地を管理しているから、安全なわけだ。
けれど今回の件を彼らが知れば、どうなるか。
野盗を装った者にメラルニアを襲撃させるなど、レンナイト公爵にしてみればわけもないことだろう。公爵家の領地だけではない、かの公爵家の影響力を考えれば、ラティティリス王国内であれば、どこであろうと逃げ場などないと思った方が良いかもしれない。
「ラティのためにも、本来ならばこのような事態をこの国の者はおろか、他国になど知られたくもなかったんだがな。……キルナリス公爵、貴殿の娘が余計な手を打ってくれた。おかげで本日開かれている夜会であれば、どこであっても俺の婚約者とゼイラルの、身分違いの恋の話で持ち切りのようだ。それを打ち消すために、こちらも人をやって現状を伝えている。……まさか毒殺を企てるとまでは思っていなかったが」
この場で話を聞いている者たちが、自らが目にした続報を嬉々としてこの場にいない者たちに伝えることだろう。そうして噂は人から人へと伝わって、いずれ隣国までも届くはず。
この期に及んで、わざわざ噂話を規制しようなどとは考えていないのだから。もちろん、こちらで内容を調整した噂話、になるだろうが。
ラティティリス王国内に工場を持っているだけあって、かの国でのレンナイト公爵の影響力を知っているだろうキルナリス公爵は、数度口を開閉させた後、ぎりぎりとその歯を鳴らす。
メラルニアに待ち受けているのが、確実な死か、尊厳なき生か、その二択であるということが今更理解できたようだった。
「あらかじめ言っておくが、隣国の公爵と争いなどを起こした場合、我が国は無関係であることを示すために、隣国へと加担することになる。……俺はどちらでも良いが? キルナリス公爵」
駄目押しとばかりに笑みを交えて告げれば、キルナリス公爵はメラルニアの方へと視線を向けた。騎士たちに捕らえられた彼女は、化粧が剥がれ落ちるほどの涙を零していて、状況が状況でなければ、あまりにも哀れな姿だったけれど。
「お父様……」とか細く呟くメラルニアに、キルナリス公爵は深く息を吐くと、「分かりました」と低く呟いた。
「我が娘を……、ドリクティアル王国の、キンズリース将軍の元へ嫁がせます」
苦渋に満ちた顔で、キルナリス公爵はそう続けた。
キルナリス公爵ほどの権力も、財力もある人物の娘なのだ。死んでしまえば助けようもないが、生きていれば何か手を考えて救い出せるかもしれない。ザイルが同じ立場であっても、そう考えるだろう。生きてさえいてくれれば、と。
分かり切っていた答えに、しかしメラルニア本人だけは驚愕の表情で「そんな……」と、呟いていた。どうにかして父親が自分を助けてくれるのだと、そう思っていたのかもしれない。
ラティに手を出したんだ。そんなに甘いわけがねぇだろうが。
顔に出さずに思い、ザイルは背後の騎士たちに、メラルニアを皇宮に連れて行くように指示した。
「これは国家間の決定に基づいて行われる婚姻だからな。身柄を預からせてもらう。良いな? 公爵」
逃げられては困る。そう、言外に告げれば、キルナリス公爵は渋い顔のまま、一つ頷いた。そのまま、「一言だけ、良いですかな」と問いかけてくる。
婚姻の為に、とは言っているが、結局は罪人として捕らえられるのだ。次に彼らが会う時は、どのような場かも分からない。言葉を交わすぐらいは構わないだろうと、ザイルもまた、首を縦に振った。
キルナリス公爵は「感謝します」と呟くと、メラルニアの方へと歩み寄り、何事かその耳元で囁く。途端、ほんの少しだけその表情が晴れたメラルニアの様子に、おそらくは救出の約束でもしたのだろうと、見当はついたけれど、ザイルは何も言わなかった。
言う必要もないというのが、正しいかもしれないが。
「二人とも、そろそろ良いか?」
別れを惜しむように言葉を交わす二人に言えば、キルナリス公爵も、そしてメラルニアも、暗い表情で頷いた。
キルナリス公爵が数歩、メラルニアから離れると同時に、メラルニアの周囲の騎士たちが動き出す。メラルニアも、逃げることなく従っていたけれど。
ただ一度だけ、ザイルの方を見て苦しそうな表情を浮かべ、そして。
ラテルティアを見て、はっきりと、憎悪の表情を浮かべる。僅かに動いた口が、「お前のせいで」と、そう言っていたのを、ザイルははっきりと認識した。
同じ光景を目にしてしまったのだろう、腕に触れたラテルティアの身体が僅かに揺れたのを感じ、ザイルはさっとその肩を抱き、僅かに動いて彼女の視界からメラルニアの姿を消す。彼女の方を見遣れば、いつも通り、静かな面持ちで立っていたけれど。ぎゅっとザイルの服の裾を握ったその仕種から、ラテルティアの恐怖を感じ取れた。
「大丈夫だ。ラティ」
そう言って、怯えるラテルティアを慰める。
もう二度と、メラルニアがラテルティアの前に現れることはないから、と。
ラテルティアは少しだけ顔を上げてこちらを見ると、硬い表情のまま、僅かに微笑んでいた。
「それでは、私も失礼いたします。……何分、備えるべきことが多いので」
メラルニアが広間からその姿を消した後、ひそやかにざわつきだした人々の言葉を遮るように、キルナリス公爵がそう言って扉の方へと足を踏み出そうとする。
人々の間に、それはそうだろう、というような空気が流れ、皆がそれを見送ろうとして。
「待ってくれ、公爵」と、ザイルは声をかけた。
「ご息女への話は終わったが、貴殿への話はまだ、これからだ」
「……どういうことです」
不服そうに、そして不快そうに応えるキルナリス公爵に、ザイルはにっこりと微笑んだ。
これで終わりなわけがない。
「これからが本番だぞ。……ハイディリス・キルナリス公爵殿」
そう静かに、ザイルは続ける。
背後では、伯爵家の侍従が高らかに皇太子の訪問を告げていた。
いつも読んでくださりありがとうございます。
お待たせいたしました!
半年間更新されていなかったようです、びっくりしました。
遅くなりましたが、やっとこ更新いたしました。
少々気分の悪い表現が出て来たかと思いますが、お許しくださいませ。
また、15話がここまで長くなるとは思いませんでした。私が一番びっくりしました。




