第13.5話 囚われの身
フィフラル帝国の帝都、ファラレイル。皇宮を出て少し馬車を走らせた、貴族の令嬢にも人気のスイーツの店の前。邪魔にならないようにと止められた馬車の中で、侍女のシルビアと向かいの席に座ったラテルティアは、顔に笑みを張り付けたまま、心の中で頭を抱えていた。
どうして、こんなことになったのか、と。
「ラティ嬢、お待たせいたしました。こちらのスイーツは、この季節の限定品で。予約しておかなければ絶対に購入できないと話題の物なんですよ。楽しみにしていてくださいねー」
馬車の扉が開いたかと思えば、流麗な容貌を持つ従者、ゼイラルがそう言って馬車の中へと乗り込んで来た。手にしている大きな紙袋をこちらに見えるように持ち上げて、にこにこと、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべながら。
その様子に、「まあ、楽しみですわ」と笑い返しながら、ラテルティアは引き攣りそうになる頬を必死に堪えた。この店で十件目なのである。スイーツの店が五件に、アクセサリーやドレスなどの服飾の店、女性が好みそうな雑貨の店など、彼が馬車を止めて足を運んだ店は。その都度ラテルティアも共に馬車を乗り降りしていたため、少々足が痛かった。加えて、もう日も傾こうとしている。
……わたくしを脅してまで連れ出しておきながら、どういうつもりなのかしら……。
上機嫌にラテルティアの隣の席に腰掛けたゼイラルと、彼と入れ替わりでシルビアの隣の席へと移った、ラテルティアは今日初めて顔を合わせた、ゼイラルのお友達だという男を扇の影から伺いながら、ラテルティアは数時間前のことを思い出していた。そもそも今日は、予定外の客人が多すぎたのだ。昼食を取った時までは、考えていた通りの一日の流れだったというのに。
とんだ厄日である。
何か意味がある訪問ならまだしも……。
たった数時間前のことを思い出し、ラテルティアは我知らず、深く溜息を吐いていた。
いつも通りの時間に昼食を取ったラテルティアの元に現れたのは、約束をしていたわけでも、気軽にお互いの元へ行き来するような仲でもない、そんな相手。キルナリス公爵家の令嬢、メラルニアであった。
不躾にも、ふらりとラテルティアの部屋へやって来た彼女は、開口一番に言ったのだ。自分は、ラテルティアに、ザイル以外の良い人がいると知っている、と。
『無理もありません。ザイル殿下は、あのような方ですものね。同情はしてくださったとしても、本当に想ってくれることは有り得ません。淋しいのでしょう? だから、……他の方に愛情を求めたのでしょう?』
言っている意味が分からず、素直に『どういう意味ですの?』と応えたラテルティアに、メラルニアは可哀想にとでもいうような、哀れみさえ含んだ声音でそう続けたのだ。まるで、全てを知っているとでも言いたげな態度で。
彼女が来た時点で、薄々気付いてはいた。彼女に限って、自分にとって楽しい話をするはずがないと。だから、部屋にはメラルニアと彼女の侍女、そしてラテルティアと、どうしてもと言って部屋を出なかったシルビア、ザイルの命により、ラテルティアの傍を離れない護衛の騎士以外、誰もいなかった。お茶を出した後は下がっているように、自分が指示を出しておいたのだ。その判断を出した自分を、心の底から褒めてあげたかった。侍女たちが不快な思いをしなくて済んだのだから。
メラルニアはそれからも、好き放題言葉を連ねていった。自分の方がザイルに相応しいと、愛されているのだと、そんなことを。
『殿下があなたに優しくしているのは、国同士の安寧のため。殿下はあなたなど愛しておりませんわ。……殿下が真に愛しているのは、私だもの』
嘲笑うような表情で告げられた言葉には、思わず僅かに眉を顰めてしまった。確信があるというような彼女の言い分に、彼がそう言ったのかと問いかければ、メラルニアは何を馬鹿なことを、とでも言うように鼻で笑ったのだから。
『私はキルナリス公爵家の令嬢よ。皇帝の妃にこそ相応しいと、誰もが思っているわ。少なくとも、皇太子殿下に婚約者が出来ない限り、ザイル殿下が私に本心を告げる事なんて出来ないの。皇太子殿下に遠慮して、ね』
『あなたはただの繋ぎ。私と結ばれるまでの女除けだわ』と、普段は儚げに見えるその容貌に自信に満ちた表情を浮かべて、彼女は言い放った。間違いなど有り得ないとでも言うように。
そんな彼女の様子に、少し呆れてしまったのは仕方のない事だと思う。ザイルは彼女のことを賢いと言っていた気がするが、本当だろうか。もしかすると今までも、彼に良く思われたいがための、付け焼刃な知識しか持っていなかったのかもしれないと、そんなことを思った。
ラテルティアから見た彼女は、どう考えても甘やかされた貴族の令嬢でしかなかったから。
あの手の思い込みの激しさも、自分を中心として生きて来た方々の特徴でしょうね。慣れてはいるけれど……。
どういった理屈でそのような結論に至るのか、ラテルティアにはさっぱり分からなかった。祖国であるラティティリス王国で、王太子であるランドルの婚約者だった時も同じような令嬢がいたが、あの時も今も、どうにも理解することが出来ないままである。
けれど、一つだけ決定的に違うことがあった。それは、言葉を耳にした時の、自分の心境。
ランドルの婚約者だった時は、自分の方が彼に相応しいという言う相手に対し、嫌だと思うと同時に、どこか面倒だという思いがあった。最初の内こそ、ある程度は丁寧にあしらっていたいたつもりだった。しかし、そんなラテルティアの態度を弱気であると見たのか、下に見始めたのか。絡まれる回数が増え、慣れてきたころには、またか、と思うだけになった。また、このような我儘な令嬢の相手をしなければならないのか、と。けれど。
今は、とても苦しかった。
確かに、自分よりもメラルニアの方がザイルと過ごした時間は長いかもしれない。ザイルがラティティリス王国を訪れるまでのことは、自分には知りようがないし、メラルニアがこの国で最も力のある公爵家の令嬢で、ザイルに相応しいというのも分かる。でも。
ランドルの婚約者であった時にはなかった、胸の内を燻る、何とも形容し難い感情を抑えられたのは、ひとえにレンナイト公爵家の令嬢として、厳しい教育を受けて来たからだろう。そうでなければ、口にしていたはずだ。笑えない冗談を言うのはやめて、と。
過去はどうであろうと、ザイル様は今、自分の婚約者なのだから、と。
ザイル様は、わたくしを愛していると言ってくださった。婚約者としてこの国に迎えてくださった。だから、わたくしはザイル様を信じてる。……ザイル様だけは、絶対に、譲りたくないから。
相手が、誰であろうとも。
それは、ランドルを想っていた時とは全く違う、激しい感情だった。誰にも渡したくないという、独占欲。
こんな感情が自分の中にも確かにあるのだと、その時初めて、ラテルティアは気が付いた。自分以外の誰かが彼を想うことさえも、不愉快だと感じてしまう醜い感情が。
自分でも戸惑うようなその激しい感情に気圧され、しかし黙って言われるがままには出来ないと、考えを巡らせていた、そんな時。
ゼイラルが、ラテルティアの元を訪れたというわけである。
メラルニアはゼイラルと並んだラテルティアに、『お似合いですわね』と笑って去っていった。何をしにラテルティアの元を訪れたのか、さっぱり分からないままに。
そして、代わりにゼイラルを客室に迎え入れたわけだが。
わたくしとシルビア、それぞれに短剣を突きつけられたら、さすがに逆らえませんものね。
部屋には確かに護衛の騎士が控えていたが、ゼイラルが自分たちや、お茶を用意していた侍女たちに菓子を差し出した後、一瞬の隙を突いて、ゼイラルと彼が伴っていた男が、ラテルティアとシルビアに、それぞれ短剣を突きつけたのである。その上で、彼は命じたのだ。命を取るつもりはないから、自分に従え、と。
『他の方々には、少し散歩に出るだけだとお伝えください。護衛を連れて行っても構いません。その方が、あなたの意思に見えますからねー。……ただし、あなたは僕の傍を離れませんよう』
そうして、背に短剣を押し当てられたまま、その場に居合わせた数人の護衛の騎士とシルビア、そしてゼイラル達と共に、皇宮を後にしたわけである。
短剣で脅されたのが自分だけだったならば、ラテルティアはすぐにその場にいた護衛の騎士や、扉の向こうに控えている者たちに指示を出し、自らが傷を負うようなことがあっても、その場を打開していただろうけれど。自分だけではなく、幼い頃から共にいるシルビアにまで危険が及んでいたため、ラテルティアはそれをしなかった。隣国の公爵家の令嬢であり、この国の第二皇子の婚約者の命を助けるためには、その侍女の命など紙よりも軽く扱われることを、ラテルティアは理解していたから。
もしわたくしの性格を理解した上で、シルビアにまで短剣を突き付けたのだとしたら……。やはりザイル様が信頼している方なだけある、ということですわね。
どこか楽しそうな顔で、周囲に悟られぬよう自分に短剣を突き付けたまま、傍らを歩くゼイラルを窺いながら、ラテルティアはそんなことを思った。
馬車に乗って移動をする間も、買い物の合間も、常にゼイラルか、彼が伴っていた、彼のお友達だという男がラテルティアとシルビアの傍らに立ち、背に刃物を当てていた。護衛の騎士もまた常に近くに控えており、隙を伺っているようだったが、残念ながら今の所動ける状態ではないようだった。下手に動いてラテルティアが傷つくよりも、最悪の場合を避けるために大人しくしておいた方が良いという判断だろう。
訪れる店は貴族御用達の店ばかりのようだから、おそらくはわたくしと共に過ごしている姿を、客人の貴族たちに見せたいのでしょうけれど……。
醜聞、という意味であれば、それだけでも十分だろう。特に、菓子店や衣装店を訪れるのは貴族の夫人や令嬢たちばかり。彼女たちの噂話は、下手なゴシップ記事よりも早く社交界へと広がるものだから。
こうして、太陽が西に傾き始めた今でも、皇宮に戻らずにゼイラルと共にいる。それだけで、ザイルの婚約者としての立場を疑われるものになる。
まあ、これで済めば、の話ではあるが。
「ゼイラル様。わたくし、そろそろ皇宮へと戻りたいのですが。ザイル様も心配されるでしょうし」
扉が閉まり、馬車が動き出そうとする気配を感じて、ラテルティアはそう静かに口を開く。至極当然の主張に、しかし、お友達の男と交代でラテルティアの隣に腰かけたゼイラルは、にっこりと笑って「まあ、そう言わないでください」と応えた。
「まだ、フェルネシアの花を見ていないでしょう? 美味しいお菓子を食べながら、ラティ嬢と一緒にあの花を眺めたかったんですよねー。……では、そろそろ行きましょうか」
楽しそうな様子でそう続けたゼイラルに、やはりと思った。やはり、ここで帰してはくれないのか、と。短剣を突きつけられようと、彼はザイルの信頼する部下なのだと、頭の隅で思っている自分がいたのだが。やはり、彼を信頼するべきではなかったのかもしれない、と。
けれど。
「さすがに、これ以上の時間稼ぎは難しいでしょうしね」
そう、ラテルティアにだけぎりぎり聞こえる程度の声で、ゼイラルは小さく呟いた。
その言葉の内容に違和感を覚え、ラテルティアは僅かに眉を顰めながらゼイラルを見つめる。
時間稼ぎとはどういう事だろうか。今までの、様々な店に立ち寄るという行動が、周囲に見せつけ噂を立てるためではなく、何か別の目的があってのものだったとしたら。
彼は一体、何を待っているのだろう。
見つめたまま考えていたラテルティアに、ゼイラルは冗談じみた調子で、「そんなに見ないでください。慣れてはいますけど、恥ずかしいんですよねー」と笑った。
「それほど遠いところではありませんから、大丈夫ですよ。今は花も見ごろで、とても美しいです。白い花に夕陽が映えて、お客様を招くにも丁度良い時間ですし。……さあ、馬車を出してください」
そう言うゼイラルの言葉に頷いて、彼の向かいの席に座ったお友達の男が馬車の壁を叩き、御者に出発を告げる。向かう先が皇宮とは真逆である事に気付き、ラテルティアが僅かに溜息を吐いた。
その時だった。
「ああ、間に合った」
それは先程と同じ、囁く程度の小さな声。同時に、何やら馬車の外が少し騒がしくなる。何事かとラテルティアはシルビアと顔を見合わせたが、身動きを取れない状態で、馬車の外のことが分かるはずもなく。
唯一人、窓の外を見ていたゼイラルだけが、どこかほっとしたような顔をしていた。
「さぁ、行きましょうか」
そう言う彼は、何故かにっこりと、先程よりも晴れやかな顔で笑っていた。
スプリングの効いた乗り心地の良い馬車は、その傍にラテルティアの護衛が乗った馬を引き連れて進む。人々がひしめき合う街を抜け、貴族たちのタウンハウスが立ち並ぶ区域を抜けて。
そこは、皇都の喧騒から程良く離れた、郊外に程近い場所。走っても走っても入り口の見えてこない、瀟洒な鉄柵を横目に進む。
「ああ、やっぱり」と、窓から前方を眺めていたゼイラルが声を漏らす。何かに安堵したような、喜色を交えたような声音で。
「どうかされました?」
不思議に思って訊ねたラテルティアに、ゼイラルはまた嬉しそうに笑った。「いえ、大したことではありませんよ」と彼が応えると共に、馬車がゆっくりとその速度を落としていく。ゆっくり、ゆっくり、やがて完全に停車した馬車の扉が、外側から叩かれた。扉を開けるのは、今回もまたゼイラルのお友達だという男。短剣と視線をシルビアの方へと向けたまま、用心深く彼は音を立てた扉を開いて。
現れた人物に驚き、固まったのは、扉を開けた本人だけではなかった。ラテルティアとシルビアもまた、その目を瞠ったまま身動きを止める。このような、皇都の外れで見るはずもないその姿。
「申し訳ございません、先に到着しているべきでしたのに」
ただ一人、当たり前のようにその人物の姿を見止めていたゼイラルは、そう言って笑う。人目を惹く艶やかな笑みは、しかしラテルティアの混乱を加速させるには十分であった。
即ち、彼は知っていたのだということだから。その人物が、この場を訪れることを。
「構いませんわ、ゼイラル。わたくしが早く来過ぎただけですもの。早く用意しなければ間に合わないと思って、急いでしまいました。それにしても、わたくしの前で剣を持つなんて、非常識なのではなくて? ……そこの無礼な男をひっ捕らえなさい」
低い声で彼女が呟くと同時に、ゼイラルと、そして彼女の周囲を囲んでいた護衛の騎士たちが動き出す。彼女が示した先にいたのは、ゼイラルのお友達だという男。彼は慌てた様子で剣を構え直し、人質にはシルビアよりもラテルティアの方が良いと判断したのだろう、狭い馬車の中でラテルティアの方へと向き直ろうとして。
体勢を崩した隙を突き、背後からゼイラルが短剣を叩き落とし、羽交い絞めにした。シルビアの足元へと短剣が飛び、彼女が驚いたように身を竦めた後、はっとしたようにその短剣を拾い上げるのが見える。万が一にも男に奪われないようにと、握りしめ、身体を捻るようにして遠ざけていて。それと同時に、ラテルティアと、客人である女性の護衛の騎士たちが彼を取り押さえる。
あっという間の出来事だった。
為すすべもなく取り押さえられ、数人がかりで馬車から引きずり出された男は、その顔を怒りに染めていて。ゼイラルに向かって、「裏切者めっ!」と叫んでいた。
対して、ゼイラルは心底不思議そうに首を傾げる。「裏切り者?」と、彼はその表情通りの声で呟いていた。
「そもそも、僕はあなた方の仲間でも何でもありませんし……。そのように言われるのは心外ですねー」
それはそれは、楽しそうな声音。ゼイラルはシルビアの方へと手を伸ばして、彼女が持っていた短剣を預かり、馬車のステップを一歩ずつ降りる。地面に伏した男の前で立ち止まると、彼はにっこりと笑った。「あなたの主人と言い、詰めが甘すぎるのでは?」と、言いながら。
「確かに僕はあなた方に情報を流したし、都合の良いように動いた。薬品も提供して、ラティ嬢と僕が噂になるよう手も回した。……まあ、そのせいでザイルにも警戒されたし、それによってあなた方は僕を信頼したんでしょうけれどねー」
「残念ながら、僕は手段を選ばない方なんですよ」と、ゼイラルは男の前にしゃがみ込みながら続けた。
「ザイルのためになるのならば、僕が彼にどう思われようと関係ない。ザイルが大切にしているものを護るのが、僕の役目。この命と僕の家族の命をあの方に救って頂いた時から、僕の主人は唯一人。……貴様らなんぞに、あの方の手を煩わせるわけないだろうが」
ザクッ、と音を立てて、手にしていた短剣を男の鼻先の地面に突き刺しながら、ゼイラルは低く呟く。普段の彼からは想像も出来ない程、冷たい声で。
男は一気にその顔から血の気を引かせた後、「ひっ」と引き攣るような悲鳴を上げていた。
「ゼイラル、その辺にしなさい。本当に間に合わなくなるでしょう? そんな男の相手をしている暇はないのよ。ザイルの元に、可愛い義娘をより可愛くして送り届けなくてはいけないのですから」
視線だけで命を奪えそうな程、冷たい目を男へと向けていたゼイラルは、客人である女性のその一言で、ぱっとその表情をいつもの柔らかいものへと変えた。「そうでした。僕としたことが、申し訳ありません」と、やはりいつも通りの明るい声音で言いながら。
「わざわざこのような所までお出でくださりありがとうございます。早速、ラティ嬢の支度をいたしましょうか。すでに伺っておられるかもしれませんが、屋敷の主人、……ティルシス公爵閣下からの許しは得ておりますので。本日はよろしくお願いいたします。……ネルティア妃殿下」
そう言って、優雅な仕種で腰を折るゼイラルに、ラテルティアは自分の置かれている状況に気付き、慌てて立ち上げる。この場所に到着してからのあまりの展開の早さに呆然とするしかなかったが、未だに上手く働かない頭でも、分かる事はあったから。
その一つが、今自分たちの前に立つ客人の女性が、このフィフラル帝国の側妃であり、皇太子エリルの実母、ネルティアである事だった。
なぜ彼女がこの場所にいるのかは知らないが、目の前に目上の者がいるというのに頭も下げないというのは無礼にも程があるというもの。そう思い、馬車のステップを駆け降りようとするラテルティアに、いち早くそれに気付いたらしいゼイラルが駆け寄り、手を差し出してくる。「大丈夫ですよー」と、ラテルティアの心中を察したように笑う彼に驚くも、ネルティアの方を見れば、彼女もまた柔らかく微笑んでいて。少しだけ気を取り直しながら、ラテルティアはゼイラルのエスコートを受け、馬車を降りた。
ネルティアの元まで歩み寄り、慣れた所作で礼の形を取る。「ああ、良かった」と、ネルティアが呟くのが聞こえた。
「ゼイラルから計画は聞いておりましたが、何事もなかったようで良かった……」
顔を上げるように言われて姿勢を正せば、目の前に立つネルティアが心底ほっとしたように笑みを浮かべているのが見える。「ネルティア妃殿下、ご挨拶が遅れてしまい、申し訳……」と、礼儀に則って挨拶を口にするラテルティアに、ネルティアは少しだけ不満そうな顔をした後、「お義母さま、でしょう? ラテルティア」と言い、笑った。
「ザイルの妻ならば、わたくしの娘ですもの。そう言ったでしょう?」
「約束を違えては駄目よ」と言う彼女は、いつもの凛とした姿よりも幾分、幼く見えて。ラテルティアはくすりと笑みを浮かべて、「はい、お義母さま」と応える。
その返事に、ネルティアは「ええ、それで良いわ」と、満足そうに頷いた。
「キルナリス公爵家の令嬢、みたいな方だったらと冷や冷やしていたけれど、思っていた以上に穏やかで愛らしい娘が出来て嬉しいわ。さすが、ルミの息子」
「人を見る目があるのよね」と嬉しそうに言うネルティアは、楚々とした動作でこちらへと歩み寄ってくる。両手でラテルティアの手を取り、「さあ、行きましょう」と彼女は告げた。
「説明は後でゼイラルからお聞きなさい。どうせザイルも知らないのでしょうから。……あなたの婚約者であり、わたくしの大事な義息子を、迎えに行きましょう」
そう言ってにこにこと楽しそうに笑うネルティアに連れられて、ラテルティアは何も分からないままに、目の前の邸宅に足を踏み入れるのだった。
いつも閲覧・評価・ブクマを頂きありがとうございます!
とても嬉しいです。
これでも半分くらい消したのです……。
長くなってしまった……。
もう少し分かりやすく書きたかったなぁと思います。
更新が遅くなっている理由は、活動報告に記載しますね。
普通に仕事やら何やらで忙しいというだけです……。




