悪魔です。断罪前の悪役令嬢の体に乗り移りました。
即興で書きました。
どうぞお読み下さいませ。
私は悪魔である。
そして私は困っている。
召喚はされたが、召喚主たる主人は既に衰弱しており、死んでしまっていたのだ。
残されたのは器であるこの体と、託された「無念を晴らして欲しい」との願いだけ。
記憶を読み取ると、主人の名前はアイリーン・レギオンと言う名前らしい。
ハイルエン王国の公爵家、レギオン家の令嬢で、レオン王太子の婚約者。
「━━お嬢様、馬車の準備が出来ました」
今日は貴族達が通う学園の卒業パーティーで、彼女はそこに行くのがどうしても嫌だったらしい。
理由は、王太子を巡る女性関係である。
アイリーン嬢とレオン王太子の婚約は、彼らがまだ幼い頃、王家と公爵家により取り決められていた。
しかし、王太子は婚約者であるアイリーン嬢ではなく、辺境から来た男爵令嬢、リリアナ・ウェインの手を取った。
アイリーン嬢は嫉妬に狂い、取り巻き達を使った陰湿な虐めや嫌がらせも行ってきた。
そうしている内に、彼女の周りからは一人、また一人と人が消えていった。
気付いた頃には、本当に友人と言えるような者は一人もいなくなっていて、彼女は孤立した。
そんな時、卒業パーティーで行われようとしているある計画の事を偶然聞いてしまった。
それは━━王太子の婚約者、アイリーン・レギオン嬢の断罪と、婚約破棄の計画だった。
そして、リリアナ・ウェインが神殿により聖女の認定を受けた事も同時に発表するらしい事も。
これは決して王太子の独断などではなく、国王や王妃もそれを承認しているらしい。
『公爵令嬢、アイリーン・レギオンは王妃の器に非ず。男爵令嬢、リリアナ・ウェインを新たに婚約者とし、彼女の身を即刻処断すべし。そして、処罰の対象にはレギオン公爵家の爵位の剥奪も含まれる』
この王家の強気の態度は、リリアナ嬢が聖女の認定を受けた事が後押ししているのだろう。
神が遣わした救済の聖女、そんな彼女を害したのだ。
この措置は一族郎党皆殺しにならなかっただけ、まだマシと言うものだ。
この時、アイリーン・レギオンは自分がやってきた悪行を振り返り、それが原因で愛する家族にも迷惑がかかってしまう事を知った。
彼女は嘆き、後悔したが、今更どうする事も出来ない。
彼女のそんな心からの絶望が、悪魔であるこの私を呼び起こすに至ったのだ。
『━━どうかこの無念を晴らして下さい』
私は悪魔だが、人間に同情する事だってある。
彼女の憤りや嫉妬は、至極当然のものだった。
それに、この件には婚約者を放置して別の女にうつつを抜かしていた王太子にも非がある。
やってしまった事は許されざる事だが、そこに至った経緯において彼女は全くの無実なのだ。
そして、彼女の無念とは自分の行いが家に迷惑をかける事。
そんな事を願う人間が、ただの悪女として断罪されてしまう事を、私は少し可哀想だと思ったのだ。
「━━レオン王太子殿下のご入場です」
王太子が、リリアナ嬢を連れて階段を降りてくる。
参列者の中には、レギオン公爵や、国王、王妃の姿も見かけられた。
そして、卒業する事に対しての挨拶と、リリアナ嬢の聖女認定の報告を終え、遂に王太子がこちらを見た。
「━━そして、この場を借りてはっきりさせておきたい事がある。私、レオン・ハイルエンはアイリーン・レギオンとの婚約を破棄する」
会場の全ての視線がこの身に注がれる。
聞こえてくるのは、殆どがアイリーン嬢に対する陰口や悪口だった。
「理由は、リリアナ・ウェインへの陰湿な虐めや嫌がらせ。証拠はここに揃っている!」
王太子が、生徒達の証言をまとめた紙を会場にばら撒く。
馬鹿馬鹿しいと内心毒突く、体のいいパフォーマンスだ。
「何か弁明はあるか。アイリーン・レギオン」
会場は次第にざわめきだし、来賓の席には兵に取り押さえられる公爵の姿があった。
彼女は悪女だった。
大衆小説ではこのような役回りを悪役令嬢と言うそうだ、彼女の行ってきた行為は悪役令嬢のそれだった。
しかし私はそんな彼女に同情し、契約した。
彼女の願いを叶えると決めた。
「━━ふ、」
「……どうした、アイリーン。何も━━」
「ふはははははははははははは!」
アイリーンの突然の豹変に、会場がどよめく。
言い忘れていたが、私がこの国に召喚されるのは初めてでは無い。
1回目は建国の時━━建国の王が大悪魔サタンを討伐した時。
そう、私がそのサタンだ。
建国の王の封印が解け、やっと外に出られた時、丁度アイリーンの絶望に引き寄せられた。
「愚かだな、王太子。アイリーンを追い詰めていたのは、他ならぬお前自身だと言うのに」
王太子はアイリーンの突然の変貌に後ずさるが、直ぐに持ち直して言い返す。
「狂ったかアイリーン。お前が嫉妬に狂い、リリアナに嫌がらせをして来たのは紛れもない事実━━」
「ああ……その通りだ。アイリーンは嫉妬に狂い、リリアナに嫌がらせを行った。だが、原因はお前だ王太子、彼女が頼れるのはお前しか居なかったと言うのに」
「……なんだと?」
王太子が訝しむ。
何かを言おうとしていたが、私はそれを許さなかった。
「━━ここに告白しよう。私の名はサタン、アイリーンに取り憑き、殺し、その体を奪った者である」
会場のあちこちから悲鳴が上がり、人々は逃げ惑う。
待機していた衛兵がアイリーンの体を取り囲み、王太子はリリアナを背後に隠す。
「アイリーンは私に取り憑かれた時、お前に助けを求めようとした。私に生死を握られた状態で、なんとかしてお前に助けを求めようとした。しかし、お前はそれを無視し、そこの女にうつつを抜かしていた。悲しかっただろうなぁ、愛する王太子様に見捨てられて」
私が取ろうとした方法は、アイリーンの悪行を仕方がなかった物とし、全ての敵意をこの大悪魔サタンに向けさせる事。
そして、王太子自身にも非があるのだと認めさせる事。
「アイリーン、ああ可哀想なアイリーン。何故王太子はお前のことを見捨てたのだろうね?」
「……っ! 黙れ、黙れ━━!」
王太子が剣を抜き、アイリーンの胸を貫く。
だが無駄だ、アイリーンの心臓は既に止まっている。
それに、そもそも私には肉の器など不要なのだから。
だが、アイリーンの体を抜け出した瞬間、全身を鋭い痛みが灼いた。
「グァァァア! おのれ、聖女ォォォォォ!」
リリアナを中心とし、この広間一帯を光の結界が覆っていた。
これこそが、救国の聖女の力。
まだ未熟だが、かつて一度はこの身を封印せしめた聖なる力。
「よかろう、この場は一旦退いてやる。だが覚えておけ。1ヶ月後、私は悪魔の軍勢を率い、この国を滅ぼす。それまで首を洗って待っているがいい!」
捨て台詞を残し、私は卒業パーティーの会場から抜け出した。
†††
後日、公爵家と王家が手を取り合い復活した大悪魔サタン━━つまりは私を討伐する軍を編成した。
アイリーンを一概に悪いと決めつけられなくなったのと、この非常時に内部で争っている暇ではないと判断したのだろう。
そしてその軍を率いるのは━━レオン王太子と救国の聖女リリアナ・ウェイン。
アイリーンの契約亡き後、私のやる事は建国の時と変わらない。
私は前回と同じように討伐されるのかもしれないし、或いは彼らを殺し、宣言通りに国を滅ぼすのかもしれない。
だがアイリーン・レギオンは、悪魔にたった1人で抵抗を続けた女として、皆にその死を悲しまれたそうだ。
ああ、人間というものはとても━━愚かだ。