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ねずみ録  作者: mozno
第六章 冥土の旅路

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黄泉帰り

本日は2話投稿です。こちらは2話目です。


 度々、前置きもなく仕事に呼び出され、やっとのことで上野に戻ってきた。中でも一番てこずったのが、彼氏が来るまでここを動かないとごねていたメスの白猫だ。気位が高く、ネズミの私の言う事になんぞこれっぽっちも耳を貸してくれないので、私も自棄になって「アンタ、そんだけ毛並みが良いってことは元は飼い猫だろう。彼氏と言わず、飼い主がここに来るまで待っているがいいさ」と言い放つとやっと澄まし顔が崩れた。曰く、飼い主は間違いなく悲しんでくれるだろうが、それでずっと立ち止まってしまうほど柔な子じゃない、だが、彼氏の方は無頼漢を気取っているが打たれ弱いから心配だ、とのことだった。

 飼い主も彼氏もアンタに天国に行って欲しいと願っているに違いないよ、と泣き落とすとなんとか腰を上げてくれた。去り際きっちり彼氏も自分とおんなじ所に寄越さないと承知しないと脅してきたものだから、今頃その彼氏の方はほっとしているだろうよ、と口に出しかけたが、黙って何度か頷いてやると満足したようだった。……やっぱりメス猫は嫌いだ。

 そんなこんなで随分足止めを食らってから、先生にご挨拶と経緯を語り終えると、そう言えば色々なひとに別れの挨拶を済ませてしまったなと思い出した。

 私はあと何度自分の死亡説を否定して回らないといけないのだろうか。


 まずは家族に、と思い、ロクマルの家の前へとやって来たが、死んだと思っている兄がこうして戻ってきたら、驚きのあまり弟の方が心停止してしまうかもしれない。

 どうしたものかとうんうん唸っていると、扉が開いた。

「いってきまーす」

 出てきたのは我が名付け子、サンゴであった。あんなことがあったから心配していたが、元気そうだ。良かった、こいつなら話が通じるだろう。

「サンゴ、驚かないで聞いて欲しいんだが……」

「おとーさーん! 伯父ちゃまが化けて出たー!」

「ちょ」

 っと待ってという前に、サンゴは出てきたばかりの家のなかに戻ってしまった。その後、ドタバタ音がしたあとにおそるおそる顔を覗かせた。

「うーらめーしやー」

「キャー!」

 しまった。つい悪戯心がむくむくと湧いてきて、幽霊の振りをしてしまった。いや振りではなくリアル幽霊なのだが。リアル幽霊ってなんだ。

 彼女の後ろからドタバタと足音が続けてやってくる。

「やっぱり化けて出たな! 兄貴はしぶといからな。死んだぐらいじゃ死なねえと思ってたんだ」

 こいつは自分で何を言っているか分かって言っているのだろうか。

「兄貴……!」

「ロクマル」

「おかえり、兄貴」

 そう言って彼は私の頭から爪先までを見た。

「ただいま、……ロクマル? ロクマル?」

 先程幽霊の振りをした際に、足を消して、空中にふわふわ浮いていたから、(今の私は、本体は魂だけなのでこういう芸当が出来るようになった)本当に幽霊だということを自覚したらしい。さーっと顔が青くなると、そのまま後ろにぶっ倒れて意識を失った。


 気絶した弟を家のなかに運ぶ。少し見ない内に成長していた甥姪たちが協力してくれた。

 ヒトミさんは私を見て、驚いてはいたが気を失うほどではなかった。サンゴが柱の影からこちらを見ている。

「お前が彩さまを呼んでくれたんだろう? ありがとうな」

「うん。築地のおじさんたちに運ばれているときにたまたま会ったの。おじちゃまのこと探していたから。……もう怪我は大丈夫?」

「ああ、この通り元気さ」

 いや、大丈夫ではなかったが。まあ、元気というのも嘘ではない。

「彩さまがどこに行ったか分かるか?」

「京都に帰るって言ってた」

「そうか」

 お見送りをし損ねてしまった。まあ、あの方も神使だし、仕事を続けていれば再会の機会もやってくるだろう。……やってくるかな。私が続けてても向こうがサボっている可能性が高い。


 次に顔を出したのは、築地のネズミたちの根城である。

「噂には聞いてましたが、大将マジで不死身なんですね」

 驚かれはしたものの、弟の時の失敗を活かして、ちゃんと生きたネズミの姿に化けてから訪ねたので、出会い頭に気絶されるようなことはなかった。

 サンゴを無事助けられたことの礼を告げると、照れくさそうに鼻の下を擦った。

「いえいえ。持ちつ持たれつですよ。これからも例の仕事、よろしくお願いしますよ」

「ああ……、悪いんだが、あの仕事は止めにしたい」

「ええ!? なんでです?」

「まあ、色々と思うところがあってな」

「で、でも困りますよ。そうしたらまた俺たちは飢えちまう」

「それについては心配すんな。お前さんたちにはもう浅草寺の孫娘を命懸けで助けたって実績があるんだ。連中に仕事をせびればいい」

「でも大将の仕事の方が絶対割りが良いんだけどなァ」

「俺の新しい仕事は迷った死人の水先案内だが、それでも良ければ手伝ってくれるかい?」

「……遠慮しときます」

 私が少し体を透かしてみせると、ぶるるっと体を震わせた後に、丁重に断られた。相対している側からしたらホラーだな、これ。


 アルバイト先を訪ねると、店長が迎えてくれた。

「おお、根津くん、おかえり~」

「ご無沙汰しております。あんなことを言っておきながら、恥ずかしながら舞い戻って参りました」

「またうちで働くかい?」

「それがそういう訳にもいかず……」

 ここに訪れる前に不忍池の弁天堂を訪ねたところ、白蛇姿の姐御が携帯電話でそこかしこに連絡を取っていた。話を聞くと、先生も言っていたが、なんでも化け術が一切使えなくなったらしく、直接姿を見せず、電話で商談をしているらしい。

「どうしても直接会わなきゃいけなくなったときは白梅かあなたに頼むから! 連絡付くようにしておいて!」

 ということで、先生には姐御からスマートフォンなるものが買い与えられた。

 ヒトが道で歩きながらいじっているアレだ。しばらくは興味深そうにたぷたぷ触ってゲームなどをしていたが、ふいに

「飽きた」

 と言うと、ぽいと投げ捨てて、社の中に置き去りにしている。

 社長のお仕事をお手伝いすることになりまして、と店長に告げると、まるで雷に打たれたかのように体を痙攣させて、

「がーん。僕よりよっぽど出世してる……。これからは根津さんて呼ばなきゃかな……?」

 とショックを受けていた。

 レジで接客をしていた田中さんに視線を送ると、客から見えないように小さく手を振ってくれたので、私も手を振り返した。

「姐御、じゃなかった、社長が落ち着けばこっちでまたお世話になるかもしれません。その時はまたよろしくお願いします」

「はい! こちらこそよろしくお願い致します。副社長!」

 店長が手揉みしながら言った。今の一瞬で、彼の中でどういう価値判断が行われたのだろうか。


 それから、多少なり縁もあった訳だし、無視もあんまりかと思い、野良猫の姿に化けて、今戸のアジトを訪ねてみる。減った猫たちは戻っていない。だが、相変わらず、屋根の上にトラキチはいた。周囲に何匹かの取り巻きがいるところを見ると、彼が新たな猫の頭領、今戸又七郎となったのだろう。一瞬、目があった気がした。だが、直ぐに反らされた。きっとこの一度だけ見逃されたのだ。次に視界に入れば彼は襲ってくるだろう。それが古くから続く、ネズミと猫の関係というものである。


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