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ねずみ録  作者: mozno
第五章 花火のように

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【幕間】あらゆる野の獣よりも

本日は2話投稿です。こちらは1話目です。


「あら、あなたまだ浅草にいたのね。ミロクちゃんがいなくなったからてっきり京都へ帰ったのかと思っていたのに」

 街中で見つけた彼女、不忍池白娘子は、僕の姿を見かけると、声をかけて来ました。彼女の声音には不信感が滲んでいますが、きっと誰にでもこうなのでしょう。

「まだ仕事が残っていますので」

「仕事と言っても肝心の白梅の居場所を知っていそうなネズミはもういなくってよ」

 生き馬の目を抜く人間社会で暮らしていても、僕の本当の目的には気が付いていなかったようです。まあ、ミロクくんには一言も言っていませんでしたから、当然かもしれません。

「おや、言っていませんでしたか。僕は確かにここには姉を探しにも来ましたが、本来の目的は猫たちに依存性のある薬物を流通させている者の正体を探ることです」

 ピクリと不忍池の眉が動きます。

「どうして狐の神使が猫の健康の心配をするのかしら?」

「養蚕の神、稚産霊神わくむすびのかみさまは信仰が弱まり、かつてのように猫たちに加護を与えることは出来なくなりましたが、今なお彼らを見守ってくださっています。あなたの行いを見過ごせないと考えたのでしょう。娘である豊穣の女神、豊宇気毘売神とようけひめのかみさま、すなわち宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)さまに依頼し、結果僕が派遣されることになりました」

 最早犯行が露呈していると知れると、言い訳をする気も失せたらしく、彼女は肩をすくめました。

「随分神使にお優しい神様ですこと。猫ちゃんたちに教えてあげたらいいのに」

「いえ、猫と狐は相互不干渉ですので」

「あら、意地が悪い」


「人にクスリをばらまいたことは咎めないのね」

「えぇ、あなたは大麻およびその他諸々の違法薬物の原料の豊穣を願って玉串奉納もされていますし、見逃せと。まぁ、宇迦之御魂神が良くても弁財天さまがどうお考えになるかは分かりませんが」

「それこそ要らぬ心配よ。随分前に現金輸送車を襲って三億ほど稼いだことがあるけど何も言われなかったもの」

 反省の色は欠片も見えませんでした。

「今後狐だけでなく猫にも手を出さない。それでいいかしら?」

「結構。それで仕事はお仕舞いです」

 ですが、個人的に聞かなくてはならないことがまだひとつあります。

「まだなにか何かあるの?」

「……麻薬はネズミを利用して販売するつもりだったのですか?」

「ええ」

「いつからです?」

「なんのこと?」

「いつから、彼を、ミロクくんを利用することを思い付いたのですか?」

「そんなの、……初めからよ。白梅と知り合ったときから化け術を商売に利用する方法を考え続けてきた。私じゃヒトに化けるのが精々だからね。あいつが弟子を取ったと知って、それがネズミだと聞いたとき、例え技能的にはそれほどでも他のネズミに言い触らして広まれば、数が揃うと思った。だからクスリを用意したのよ。ミロクちゃんがネズミらしくなさすぎて目論見は外れたけどね」

「ならあなたへの『(ばち)』はこれが良いでしょう」

 僕がくいと指を動かすと、不忍池の体がみるみる縮み、白蛇へと戻りました。

「なにをーー」

 ぬたぬたと蛇は身動ぎするばかりです。

「他者の化けを利用すると言うのなら、あなた自身が化ける必要はないでしょう?」

「あなたはーー!」

「一年。それが僕の司るものですから。来年再度神使としての立場を保つことが出来たなら、解いてあげましょう。目論見は外れたのにしっぺ返しを受けるのかなどとつまらぬことを仰らないよう。対価というのは結果の如何(いかん)ではなく、何かを望んだことに対して生じるのです。……妹は自分の神使にそう教えているようですよ」

 僕は白蛇に背を向けて立ち去りました。少し長居をしすぎました。

「では。僕はこれから忙しくなりますので」

 もう新年はすぐそこまで迫っています。


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