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ねずみ録  作者: mozno
第五章 花火のように

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捲土重来2

本日は2話投稿です。こちらは2話目です。


 私はネズミの姿で、ゆっくりとアジトの中庭へと足を進めた。せっかく決死の覚悟で来たというのにさっき食べたチーズバーガーのカスが歯に挟まっているような気がする。我ながら締まらない。

 又七郎は私を視界に入れると、にやりと口角を持ち上げた。

「全部終わらせに来てやったぞ。今戸又七郎」

 私の声で気が付いたのか、俯いていたサンゴが顔をあげた。縄で縛られて崩れかけた梁に吊り下げられている。

「おじちゃま!」

「サンゴ、もう大丈夫だ。今助けてやるからな」

 既にアジトの裏から築地のネズミたちが入り込んでいる。あとは私が又七郎の意識をこちらに集中させるだけでよい。


「叔母上の墓の場所だろう? てめえが知りたいのは?」

「分かっているなら話が早い」

「素直に教えると思うか?」

「故人を偲ぶだけさ。そのくらい構わねえだろう?」

「叔母上はあんたと関わるべきじゃなかった」

「それはお前さんが決めることじゃねえなあ」

 こいつが浅草寺の誘いに乗ったのは目的が合致したからだ。すなわち猫を殺して、ネズミを守る。違ったのは規模だ。忠二郎は家族から始めて最終的にネズミ全てを守ろうとしたが、こいつが守ろうとしたのはたった一匹だけ。てめえも猫だってのに滅茶苦茶やりやがる。とんでもねえ無法者だ。

 サンゴの元までネズミたちがたどり着いたのを、少し目のピントをずらして確認する。露骨に視線を送れば感付かれてしまう。このまま会話を続けなくては。


「あんた、本当の名前はニケってえんだな」

「どこでそれを……。あぁ、姐さんか。どうせ日記かなにか遺していたんだろう? それとも遺書か? 根が不真面目なくせに相変わらず神経質なこった……」

 又七郎が懐かしむようにごろごろと笑った。

「あのひともネズミよりも猫に向いていたなぁ。自分のことを善良だと思い込もうとしていたあたりな。てめえが悪党だと認めちまうことが渡世のコツだってのに」


 捕まっていたサンゴを解放したネズミたちは彼女を抱えて一目散に逃げていく。しかし途中で腐った板を踏み抜いたらしく、ぱきりと大きな音がした。私は狼に姿を変えて、雄たけびをあげて猫の注意をこちらに逸らす。首を振って早く行けと合図をした。サンゴが悲鳴をあげながらこちらに手を伸ばしている。心配するなとウインクした。

 ちっ、と又七郎がつまらなさそうに舌打ちをした。

「初めからこれが目的か。あとはてめえは逃げるだけってか?」

「言ったはずだ。終わらせに来たんだと」

 ネズミの姿へと形を戻した。


 最早姪っ子は逃がした。先生に語った通り親兄弟の敵討ちなど化け術を習うための建前である。彼らが逃げるだけの時間稼ぎさえ終えれば、私はここで負けてもいい。

 私は負けてもいい、のだが、それは同時に先生に教わった化け術の敗北でもある。そちらは看過できない。断じて!

 我が半生が、そして何よりあの日々が、価値あるものであったと証明するために、私はここで退けも負けも出来はしない。


「知っているかい、今戸又七郎。狐は化け勝負をする際、七本勝負とするらしい」

 どちらの化け術が優れているか試合形式で決めるらしい、先生から聞いた。狸の場合、負けた方が勝った方を楽しませるために試合後にもう一化けする決まりだから、それのことを『狐七化け狸八化け』と言うのだそうだ。だから狐が狸に劣っている、などというのは人間どもの妄想妄言妄聴であって真実ではないと力説していた。

「私は狐の弟子だから、それに習い、七度変化する。七度目の変化が解けた時が、お前の死ぬ時だ」

「大口叩くじゃねえか」

 向き合ったまま、私は姿を変える。

「芸がねえな!」

 又七郎の面前まで一気に物干し竿が迫る。

「初見で通じなかった技が通じる訳がねえだろう」

 不可視の速度の爪が、ただの物干し竿を地面に叩きつけた。

「なにっ!?」

『袋』から取り出した、物干し竿の影に化けた私は地面に張り付いた状態から、又七郎の首目掛けて飛び上がる。お腹の突っ張りが無くなったお蔭で体が軽い。

 返す刀で、爪が襲ってくることは以前の観察で分かっていた。

 だから飛び上がった段階で、既に姿を変えていた。下から反射的に迎え撃とうとした右手を、出刃包丁がざくりと抉った。又七郎の低いうめき声と共に私の体は弾き飛ばされ、くるくると回転し、包丁姿のまま、アジトの廃材に突き刺さった。

「舐めた真似をっ!」

 又七郎が後ろを振り返るも、そこにあるのは刃物傷の残った廃材だけである。

「隠れようが無駄だ。お前の正体は廃材じゃない。ネズミだ」

 彼がそう告げても、ネズミは現れない。いぶかしむように眉をひそめた。負傷した右手を庇うように、ゆっくりと包丁を弾き飛ばした方向へと足を進める。

 廃材に化けていた(・・・・・・・・)私は又七郎が視線を外したのを見てから、狐に戻り・・、奴の首根っこ目掛けて思い切り噛み付いた。

 反撃を予感して直ぐにヒトの姿に化ける。スウェーバックで攻撃をかわして、尻尾を掴んで滅茶苦茶に振り回し、廃材の山目掛けてぶん投げた。背中を打ち付けた、と思った瞬間、空中で回転して威力を殺して楽々と着地した。


「理解したぜ。てめえの正体は狐に化けたネズミだ」

「むっ!」

 しゅわしゅわと私の姿がネズミへと戻る。

「てめえ、これから七化けするなんぞと抜かしておきながら、初めから一化けしていやがったな?」

 対象を正しく認識し、正体を告げれば化けの皮は剥がれる。それはどんな達人であろうと曲げられない。

 だから私は一度狐に化けてから狐の力で私自身(ネズミ)に化けたのだ。そうすれば即座に看破することはとても難しくなる。先生ならばそこから更に狸に化け、ムジナに化け……、と何重にも重ねられるだろうが、私は二重が限界だ。また持続時間は半減、いやおそらく四分の一ほどになってしまっているだろう。

 鳥に化けても空を飛べるようにならないのは、飛ぶ技術までを真似ることができないからである。逆に言えば既に身に付けている技術ならば適性さえあれば化けていても使えるのだ。

 先生直伝の必殺技、化け重ねの術を看破されては流石にもう後がない。


 ***


「芸がないと言っている!」

 正面から突っ込んだ私を、負傷していてもなお神速の爪が襲う。私はノミの姿に化けて、その真っ赤な傷跡を通り抜けた。

「ちゅー!」

 私は裂帛の気合と共にノミの姿から変化を解くと、又七郎の喉元めがけて前歯を突き立てた。身体を地面に擦り付けながら転がり回っても私が前歯を離さないと見るや、又七郎は自分の喉ごと私の身体をありったけの力で引き裂いた。回避し、奴にだけ傷を負わせるつもりだったが、力を込めて噛みすぎた。歯を抜くのが一瞬遅れ、背中と尾に激痛が走った。

 衝撃で再び又七郎から引き離される。ちらと確認すると尾は先端が吹っ飛び、背中の傷は脇腹まで届いていた。内臓が出なかったのは幸いと言える。そんなものを引き摺って奴の動きに着いていけるはずがない。多くの血を失ったため、足に力が入らず、視界がぼやける。頭もくらくらしてきた。長くは持たないだろう。

 だがそれは奴も同じだ。ボタボタと垂れる血滴が裂けた喉から胸、足、地面を赤く染めている。互いに息を荒げながらも決して目を逸らすことはない。

 又七郎が自分の血溜まりに汚れることも厭わず、足を一歩進めた。次の瞬間、奴が飛び掛かるのと私が駆け出すのがほとんど同時だった。だが果たし合いの技術ではあちらの方が一歩先んじていたらしい。又七郎は中空で私よりも遥かに手前で大きく前足を振るった。奴の一挙手一投足を見逃すまいと目を見開いていた私は、それによって撒き散らされた血飛沫を眼球へとモロに食らう羽目になった。

 視界が赤く染まった後に、黒点が明滅し、刺すような痛みが走る。まぶたを上げていられない。しかしのけ反れば待っているのは猫の凶刃である。転がるように前へと体を動かして、顔から血を拭う。

 かろうじて見えるようになった視界に映っていたのは眼前に迫る又七郎の爪であった。



 又七郎の爪が眼前に迫った瞬間、私は一匹のネズミに変化して、少女のように笑って見せた。ぴた、と彼の手が止まった。

「てめえ、どこまで卑怯だッ!?」

 一瞬の逡巡の後、爪を振り下ろすがもう遅い。私は奴の腕に飛び乗り、肩口目掛けて飛び掛かる。

 卑怯? 笑わせてくれるなよ。戦う相手をそんな風に罵って良いのは人間だけだ。我らが行くは修羅路に劣る畜生道。地獄の鬼がなにするものぞ、だ。

 又七郎の上半身は既に血塗れでこのまま噛みついたとしても、滑るばかりで手傷を与えられはしないだろう。だから狙うのは先程奴自身が傷を付けた喉の裂傷である。だがそれを狙うということは又七郎も分かっている。喉を庇うように竦め、シャーと大口を開けて虎のごとく威嚇した。

 それは駄目というやつだ。我が活路はその内にこそあるのだから。

 普通のネズミならそこで怯んで身動き取れなくなるところだが、生憎と私の胆はそんなに柔には出来ていない。又七郎の口内目掛けて突っ込むと喉奥を私の体で塞ぎ込む。血が詰まった鼻では呼吸もままならず喉をかきむしるのが外から衝撃となって伝わってくる。

 ならばいっそと又七郎が喉を鳴らす。詰まった異物を飲み込もうという目論見だろう。私の体が徐々にずり下がっていく。中程まで来た辺りで満身の力を込めて、外壁に向けてかみついてやった。又七郎が更に暴れ狂い、体がかき混ぜられる。かすかな明かりの方へと向けて私は何度も前歯を振り下ろす。そして遂に目の前が明るくなると、私の体は又七郎の喉元に空いた大穴より飛び出した。

 安堵の直後に衝撃が背中を襲った。又七郎の決死の一撃はあやまたず私の肩から腰までを引き裂いた。べちゃりという音だけが耳に残った。地面に叩きつけられたのだという当たり前のことに気付くのに数秒を要した。神経をやられたらしい、手足がまるで動かない。霞む景色のなかで又七郎がゆらりと頭を持ち上げた。

「ォオォン……!」

 絞り出すような勝鬨であった。私は負けたのか。ここから不意討ってやろうにも届かず、体も動かず、そして耐えられぬほどに眠い。

「ォオォン……、ゲボッ」

 二度目の勝鬨の最中、又七郎の口から、喉の穴から大粒の血が落ちた。ぐらりと奴の体が崩れた。

「ギィ……ガァ……!」

 狂ったように背中を地面に擦り会わせ、何度も何度も喉をかきむしると、ふいにぴたりと動きを止めてそれから動かなくなった。

 止めを刺さねばならない。こんな所でうとうとしていられない。奴が起き上がる前に止めを……。

 ずるずると体を這って動かす。だが奴はどこにいる? 暗くて見えない。

 遠くからサンゴの声が聞こえる。その後ろの声は彩さまだろうか? こちらに戻ってきていたのか。どうやら助けを呼んできてくれたらしい。よくできた姪である。体が持ち上げられるのが分かった。駄目だ。まだ止めを刺していない。止めを、止めを刺さねば……。


 止め……。あ、今、体がぐるりと回されて、やっと歯に詰まってたカスが取れた……。シャリと口のなかで音がする。なんでぇ、玉ねぎか。どうせならチーズが良かったな……。


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