捲土重来1
本日は2話投稿です。こちらは1話目です。
ネズミの姿のまま影から影へと移動する。あまり消耗したくなかったので化け術を控えたが、あたりには猫の姿は見えず、隠れる必要さえないほどだ。
驚くほど簡単に今戸のアジトに近づくことが出来た。サンゴは無事だろうか。
屋根の上に、いつもと同じように虎柄の猫がいた。隠れてやり過ごすことも出来た。だが彼の前に姿を出さずにいられなかったのは、やはり私が彼のことを友人だと思っているからだろう。私の姿を認めるとトラキチはアスファルトまで降りてきた。彼の性格からして分かっていたことではあるが仲間を呼ぶつもりはないらしい。
「……随分猫が減ったな」
「ほとんどが中毒でくたばった。残ってた連中も、ネズミの葬式を襲った奴を又七郎が見せしめにぶち殺しちまってな。あまりの剣幕だったもんで逃げちまったよ」
見渡しても姿はなく、耳をそばだてても鳴き声ひとつしない。
「奴は一滴も飲みやしなかった。分かっていたのさ、あれがろくでもねえ代物だとな。だが一度でも止めたことはない」
どうやら以前トラキチが語っていた又七郎の猫嫌いは、どれだけ猫が死んだところで構わないという域にまで達しているようだ。
「やはり猫はネズミを殺すべきなのさ。それが道理と言うもんだ。それを破ったからみぃんなしっぺ返しを受けちまった」
「なら、あんたが猫の頭領になって元に戻せばいい」
「……情けない話だがね。俺はあいつには勝てんのさ」
「俺が勝つよ。俺が殺すよ」
「大口、……叩くじゃねえか」
「こいつをくれてやるよ」
共にアジトに足を踏み入れて、トラキチがそう言ってどこからか持ち出して来たのは見覚えのあるハンバーガーの紙袋だった。中からは嗅ぎ親しんだ私のポンコツの鼻でも分かるかぐわしき強烈なチーズバーガーの匂いがする。
「いったいどうやって……」
「……昔馴染みの墓参りに行ったら飼い主に出会ってな。向こうも俺のことを知っていたらしく親しげにあれこれ話しかけて来やがるもんだから、手に持っていたこいつをぶんどって来てやったのさ」
今頃その飼い主は慌てているだろうにこの猫と来たらどこ吹く風である。
「ほら、ハンバーガーを持ってきたぜ。これで詫びになるんだろう? まさか男に二言はねぇな?」
「ちぇ、そう言われちゃ仕方ねえ」
私は紙袋を受け取り、中身を改めた。ヒトに姿を変え、包みをむんずと掴むとまだほんのりとだけ暖かい。パンズを持ち上げて中身を覗き込む。
「うん、ちゃんと入ってる」
「何やってんだ?」
「……いやさ、トラさんが中の肉だけ抜いてねえかと思って」
「だれがンなケチな真似するか!」
吠えるトラキチ横目にハンバーガーにむしゃぶりついた。戦の前の腹ごしらえだ。
「そういや、トラさんに聞きたかったことが一つ」
指先を舐める私にぶっきらぼうに答えた。
「なんでえ」
「幼い時分に捨てられた猫は、生まれた時から野良の猫より愚からしいんだけど、何故だか分かるかい?」
「そんなことか。簡単だな。ガキの頃に捨てられた奴はな、その後、何があっても楽しめねえのさ。二度と裏切られないように何も信じようとしないからな。人生を楽しむには阿呆でなきゃならねえ。つまり阿呆に成れねえ奴が一番の阿呆なのさ」
「なるほどねえ」
「その謎かけ、元は又七郎のだろう?」
「良く分かったね」
「如何にも奴の言いそうなことだ」
その答えを簡単だと言い切った時点で、あんたも同じ穴のムジナだと思うが……。
「そろそろ行くよ。これから大勢ネズミが来るかもしれないけど見逃してやってくれると助かる」
「じゃあどこか出掛けてくるさ」
「又七郎を倒すの手伝ってくれないのかい?」
「ネズミを助ける猫がどこにいる」
それもそうか。少なくとも彼が望むのはそういう関係性だということだ。ハンバーガーを私に寄越したのは、今までの馴れ合いに対する彼なりの精算だったのだろう。
「死ぬ気でいかなきゃ勝てねえぞ」
「勿論。でも死なないさ。まだあんたのコレの話を聞いてない」
私はヒトの姿のまま、小指を立てた。
「ちっ、覚えてやがったか」
「俺にだけ話させようなんてそうはいかねえからな」
お互いふっと鼻を鳴らして、笑い合った。
「じゃあな、ネズ公」
「おう、猫畜生」




