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ねずみ録  作者: mozno
第五章 花火のように

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【幕間】あらゆる野の獣のうちで


 ミロクが出掛けたのを見送ってから、私も人の姿に化けて社を出る。

 彼から聞いたネズミ社会に著しい混乱をもたらしたチャーリィ氏なる白ネズミに心当たりがあった。

 今の季節は自分の寝床にいるはずだ。


 移動しているうちに雨が降りだした。落ちていた枯葉を一つ拾って傘に変化させる。知らずのうちに笑みがこぼれた、これでは狸だ。

 木製の橋を渡る。雨粒がまばらに水面を叩くのが見えた。夏ならばここは一面蓮の花に覆われて、極楽と見紛うほどなのに、あいにくの天気も相まって、今はただ寒々とした景色が広がるばかりだ。


 私が社に近付くと、家主は気が付いたようで手招きした。いや、手はないからあごで示しただけだ。狐の姿に戻って彼女の正面に腰掛ける。周囲には冬眠しないように暖房器具がつけられている。私は早速本題に入ることにした。


「不忍池。お前であろう? ネズミたちに怪しげな飲み物を売ったのは」

 愉快そうに笑って私の正面の白蛇はわざわざネズミに変化して見せた。

 白ネズミ、チャーリィ氏はちゅーちゅっちゅっと高笑いすると、また白蛇へと姿を変えた。

「その通り。よく分かったわね」

「色が白いことを除けば、見た目がミロクそっくりだからな。ネズミに化けるのに慣れず、あやつの姿を拝借したのであろう? 横着なことだ。それにミロクからお前が吸うのと同じ煙草の臭いがした時があった。だがその時、ミロクはお前には会っていないと言った。だからお前が何かに、猫かネズミに化けて商売をしているのだろうと思った」

「ミロクちゃんが私と逢引きしているのを隠すために嘘をついたとは思わない?」

「あれは私に嘘はつかない」

 ひゅーと不忍池が冷やかすように口笛を鳴らした。

「お前の化けはクセがある。拙速を尊ぶとでもいうような、お前らしい効用最優先のな」

「あら、芸術のプロフェッショナルからすると商用利用は許せない? そんなことないわよね。あんただってそれでお金貰っているし。それともアレ? 化け術に自分の主義を混ぜ込むのが許せないとか?」

「まさか。それはどう足掻いても混ざり込むものさ。化け術におのれの主義を入れるな、などと抜かしているようではまだまだ二流。おのれに化け、おのれの主義を理解して、そこからどう化けるか、それが分かって初めて一流だ。その点、お前は最小の訓練で最大の利益をあげようとしている。化けは、いや、それ以外のすべてもそうなのだろうが、道具でしかない。その心構えは一流のそれだ。化けは雑だがな」

 選評どーも、余計なお世話よと、不忍池が舌を出す。

「しょうがないのよ。今年近場に強敵が進出してきちゃってさ。ギリギリだったの。なんとか勝てそうだけどね」

 ネズミがその数で神使を決めるように、狐がその化け術の美しさで神使を決めるように、弁財天の神使たる蛇はその年における商売の売り上げ高によって決められる。

「神使じゃなくなったら今すぐ死んじゃうくらいには長生きしているからさ。手段は選んでいられないの」

「そんなに死ぬのが怖いか」

「誰だってそうでしょう?」

「そうかな、……そうかもな」


「もとはと言えばあなたが悪いのよ、白梅」

「ひとのせいにするな」

「いいえ、あなたがミロクちゃんに弟子を取らせないから予定が狂ったのよ。絶対たくさんの化けられるネズミが食い扶持を求めて出てくると思ったのに。だからそれを密売人(プッシャー)にして一儲けしようとしてたのよ? 数分だけ化けられれば充分ですからね。なのにいつまで経っても音沙汰無し。金に出来ないクスリばかり貯まっていく。しょうがないから、裏ルートに流したけど半分も捌けない内に警察に目をつけられて、もう最悪。あなたたちと違って私は人間社会での暮らしに依るところが大きいから逮捕なんてされるわけにもいかないし」

「だからそれを処分するために……」

「ええ。商品化中だったエナジードリンクに入れて廃棄(はんばい)したのよ。あれがあんなに売れるなんて怪我の功名というやつね。入っているのは1缶あたりならごく微量だから最初期ロットの生産分を箱買いした阿呆でもなければ依存は起きないわ、……人間ならね」

「猫が何匹も死んだぞ」

「だからなに?」

「飼い猫もだ」

 ここに訪れる途中でも、いくつも猫の死骸を目にした。どれも皆、苦悶の表情を浮かべていた。大量の猫の急死は当然人間の目に留まる。街頭のテレビではそれがニュースとして扱われていた。コメンテーターは猫の間で新種の病気が蔓延しているのではないかなどと言っていたが、それが真実でないことは弟子からの情報提供で分かっている。

「だったら新しいのを買えばいいじゃない。あ、この前ペットショップを開いたのよ。そこで買えばいいわ。血統書つきのやつ」

「……お前は本当に経営者に向いているよ。で、どうやってそれをネズミに売り付けた?」

「それに関しては偶然。店に挙動不審な男がいたから、厄介事でも持ち込まれたら敵わないと思って、声をかけるために後をつけてみたらあらびっくり、ネズミだったというわけ。人間だけにばらまくんじゃとても足りないから利用させてもらったのよ、出来るだけ早く処分したかったからね。蛇の姿ではなく、ネズミに化けたのは正解だったわ。恐ろしく臆病な男だったから。いえ、あれが普通なのかしらね、ミロクちゃんが変なだけで」

「どうして猫が依存すると分かった?」

「疲労回復用にマタタビが入っているのよ、あれ。まあ、最近の分をいくら飲んでも中毒が癒されることはないでしょうけどね。もうほとんどおクスリ入っていないから。ま、もうばらまく必要もなくなったわ。あのCMで芸能界にコネが出来たおかげで全部捌けたし。しばらくはおとなしくしているつもりだけど、新しい市場が開けたことに関してはあんたに感謝しないとね」

 尻尾を使って器用に煙草に火を着けると、ふぅーと紫煙を吐いた。

「どうせ裏切れば『あの方』との関わりを大黒天に密告するとも脅したのだろう?」

「いいえ。そのつもりではあったけど、猫が殺せると分かったら喜んで乗ってきたから、脅す必要がなかったわ。そもそも『あれ』に言及されていたら、その場で心臓が止まっていたかもね。平気な顔していられるのはあんたくらいのものよ」

「後は見張りとして白ネズミに化けて、時々姿を見せるだけでよい、というわけか」

「ふふ。可愛かったわね。自分がただのゴミ箱とも知らず、私のことを相談役(コンシリエリ)ですって。アハハ、ほんと、食べちゃいたいくらい」


 ***


 私は土産だと言って、酒を取り出し、お猪口に注いだ。私が口をつける素振りを見せても、手に取ろうとさえしなかった。相変わらず自分以外を信じない奴だ。まあ、そうするだろうということは分かっていた。


「クスリを使ってお手軽に気持ちよくなりましょう、私が売ってあげる。副作用で歪んだ顔は私が経営する美容整形外科で治せばいい。もしバレても髪は私が経営する美容院で切ればいい。ラーメン屋とスポーツジムと同じよ。私は人間たちの欲望を叶え、その欲望を叶えることで損なわれる物を補う方法を用意しているだけ……。今回はちょっと対象を広げたけどね。でも使うかどうかは結局彼ら次第よ」

「そうだな、それが蛇という生き物だったな。お前は実に蛇らしいよ」

「あなたは全然狐らしくないわ、白梅」


「神使でありながら神のためにも人のためにも働かず、妖怪でありながら誰にも害をなさない。あなた、もう狐じゃなくってただ何かに化けるだけの機械にでもなってしまったんじゃなくって?」

「あたらずとも遠からず、だな」

「ちょっと。本気?」

「あぁ。狐としての私は幼き日に神より名を賜り、神使となった。だが私の化けの皮はそれでは満足出来ずに出奔し、研鑽を重ねた。そうしてついにそれは妖怪になってしまったのさ。だが化けることが目的で、化かすことが目的ではなかった。だからかな、私は神使としても妖怪としても出来損ないだ。私はもう狐ではない。神使でもない。かといって妖怪でもない。ただ相手の望むものに化けるだけ。お前の言うとおり、化ける機械さ」


 ***


「初めは母が喜んだから。それだけの子供らしい理由だった。縁日の帰りだったかな、母に手を引かれている途中で大道芸人を見かけた。家に帰ってからそっくりに化けてピエロの真似をした。みんなが笑っていた。普段は笑わない父もだ。それが愉快でいつも何かに化けていた。上手に化けると誉められた。もっともっとと思って色々な物に化けた。それが良くなかったのかな、母に、期待をさせてしまったらしい。この子はきっと神使になるといつも言っていた。母が言うから私もそうなのだろうと思っていた。普通はそこで目指したものになれずに挫けるものだ。いや、私は目指してすらいなかった。ただの漠然とした言葉の通りの夢。そう呼ぶのもおこがましいような、薄らぼんやりとした(もや)にすぎなかった」

 一息ついて、唾液を飲み込んだ。

「でも私はその靄のまま神使に()れてしまった。母に望まれるまま、父に期待されるまま、決意も熱意も無くな。それでどうやら私は父母の自慢の娘に成れたらしい。その後は何もなかった。ただ仕事が大変かどうか、何か食べたいものはないかと聞くばかりで、私が次は何に(ばけ)れば良いのか教えてはくれなかった」

「……」

 不忍池は、羨ましい悩みですこと、とでも言いたげな顔をしていた。ハングリー精神に満ちた彼女には理解の出来ない物の考え方だということは分かっていた。

「神使となってから、多くの狐に目をかけてもらった。宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)さまにもだ。だが私はなぜこんなところにいるのだろうと、いつも思っていたよ。どうしてそんなに一生懸命仕事をするのかが分からないんだ。何のためにやっているのかも分からないし、それが分かったところで大した感慨もない。別に全ていい加減にやっておけばいいと思っていたし、そもそもやらなくていいと思っていた。だがそういうのはやはり態度に出るのだろうな。周囲は私を疎んだし、私も周囲を疎んだ」


 ***


「何故、そこまで無気力なのにミロクちゃんを弟子にしたわけ?」

「私と同じだからだよ。私と同じで、自分が生まれた社会で生きるための適正を備えていないからだ」

「ただの共感だっていうの?」

「違う。ネズミと狐が感覚を共になど出来ないよ。ましてや私もあやつも同種との共感すら覚束(おぼつか)ないのに。……我々のような者にとって生きることは化けることなのだ。他の者の振る舞いを見てから同じように一歩遅れて足を出す。そのうちにそれだと叱られるから、同じような状況がきたら同じように足を出す。今度は半歩遅れで済む。そうするうちに慣れてきて、皆と同じタイミングで動けるようになる。だが新しい動きには付いていけない。また一歩遅れからやり直しさ」

「群れの中で生きる者は多かれ少なかれそうでしょう?」

「だがいつかは自分だけで考えて動けるようになるものだ。あるいは考えなくともネズミらしく、狐らしく動くことができる、ように見える。それが出来ないから、どうすれば良いか分からないから、私は逃げ出した。

 ミロクを弟子にした理由はたったひとつだ。才能があったからだ。だってそうだろう? あやつは生まれてこの(かた)、ずっとネズミの振りをしてきたのだから。

 だがミロクははみ出し者でありながら、諦めて腐るのではなく自分なりに社会への適応をした。私は逃げたがミロクは立ち向かった。だから私は最近あれの事が良く分からなくなってきた」


「で、結局、アンタはここに何をしに来たの?」

 時間経過で暖房器具がアラームを鳴らしたため、延長するためにヒトの姿に化けて、不忍池が立ち上がった。髪も肌も、服装もなんて雑な作りなのだろう。ケチをつけてやろうかと思ったが、あちらが口を開くのが先だった。

 立ち上がった不忍池がふらりとよろめく。右手で押さえた口から漏れる呼吸が荒い。

「白梅……、アンタ」

 頭痛と吐き気に耐えるように呟く不忍池を私はくすりと笑った。その足元には影がないことにようやく気が付いたらしい。

「アンタは酒じゃない、狐よ」

 正体を暴かれて、狐が溶けて影へと、酒器が黄金の狐へと転じた。

「なんのつもり?」

「酔えば少しは口も軽くなるかと思ってな」

「私は口をつけてない!」

「酒は酔うためのものであろう? ならば酒に化ければ相手が酔うのは道理であろう」

「酒に化けるだけで周囲を酔わすですって? そんなことできる狐、世界中探したってアンタだけよ。いいえ、最早それは狐の所業じゃないわ。妖怪の道理からも外れるつもり?」

「私はただ己の化けの皮を敷物にしただけだ。自分の庭を覆えるくらいになれば良いと思ってな」

「それ、歯止めが効かなくなるわよ。いつかアンタの師匠みたいに世界中を覆い尽くしてやらなきゃ気が済まなくなる」


「なんの不満があってこんなことするわけ? アンタだって私が稼いだことのおこぼれを受け取っているでしょうが。かつての主席が知らなかったとか、そんなつもりじゃなかったとかお間抜けなこと言わないでしょうね?」

「誰がそんなことを言うか。ただの警告だ。不忍池、猫を相手にするのは今すぐ止めよ。奴等には狐と同じく手を出すな。神使が出張ってくるぞ」

「それを言うためだけにこんなことしたわけ?」

「ああ。お前も痛い目を見んと学ばぬ口だろう? 私でさえ気付くのだ。神は間違いなく勘づいている」

「そ。……じゃあこのひっどい頭痛は勉強料として貰っとくわ。それと、これ」

 そういって、戸棚から取り出した一升瓶を投げつけた。

「なんだ、これは」

「口止め料よ」

「……ふ、お主も(わる)よの」

「アンタほどじゃないわよ」

 私は冗談で言ったのに、不忍池は本気で返してきた。受け取ったらさっさと帰れと、追い出された。

 雨は止んでいたが、まだ地面は濡れていて、酷く冷えた。

「やはり私では不意討ちくらいしか使用方法が思い付かぬな。さて、ミロクめはどんな新しい使い方を思い付いてくれるやら」


 社に帰ってくるころにはすっかり暗くなってしまった。妙な感じがした。碁盤の位置が少しずれている。出掛けている間に訪ねてきた者がいたようだ。

「ミロク……?」

 なぜだか妙に胸がざわついた。


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