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ねずみ録  作者: mozno
第五章 花火のように

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十五夜


 秋の夜長にコオロギたちの合唱が響く。普段ならそれを目掛けて草むらに飛び込み、晩飯代わりとするところだが、今日だけは風流の助けとなるだろうと思い、見逃してやる。

 空き地で千切ってきたススキを花瓶に飾り、スーパーマーケットで買ってきた団子を三宝に載せかえて山を作る。

 以前に買った、いや、どこかで拾ってきたのだったか? キャンプ用の鍋とカセットコンロを使って湯を沸かす。先生が和装の男姿で社から出て来たのを確認して、徳利に封をして鍋の中に入れた。

「そろそろ行くか?」

「はい、あ、先生。お団子持ってくださいよ。私は両手塞がってまして」

 私は燗入りの鍋を、先生は団子の山を両手に持って結界を出る。さほど歩かず、神社の中の広場に陣取った。

 団子をみつつ、月を見遣る先生にお酌をする。今日は中秋の名月である。

「ミロク、そちは呑まんのか?」

「禁酒中ですので」

 私の宣言に先生が呆れたような顔をした。

「なんだ、まだ気にしておったのか」

 以前に修行中の身にありながら、酔って化け術を用い、前後不覚となり、東京の夜空を飛び回った反省から私はあれより禁酒しているのである。

「親の仇を取るまで酒は断つことに決めました」

「まあ、呑んでも良いことなどないし、それも良いのではないか? 体にも悪いし、どう足掻いても厭なことを忘れられなどしないからな」

 そう言いつつも、先生はお猪口にずず、と口をつけている。しばらく月を見てから、先生が、

「そのうちどこかに旅にでも行きたいのう。北の方はこれから冷えるが美味い物も多い。そちも一緒に行かぬか?」

 と言った。

「いいですね。でも先生。先生は北方ほっぽうはお嫌いだと思っておりました。前にみちのくに飛ばされるのが嫌だと仰っていたじゃありませんか」

「別に嫌いではない。札幌稲荷も高山稲荷も旅をしていた時に訪れたことがあるが、あれ自体は好ましい。観光で訪れるなら、な」

「ああ、……仕事で行くのが嫌なんですね」

「ああ。だが働かずに食う飯の美味さと、昼から飲む酒の美味さを知れたという意味ではあれらも無駄なように見えて無駄ではなかったのかも知れんな……」

 感慨深そうに遠い目をして言っているが、内容が最低である。


「そう言えば、今日はお持ちの着物じゃありませんが、どうなさったんです? 秋の柄は好みじゃありませんか?」

「まさか。秋が一番面白いと私は思うぞ。変わり種が多い。萩にススキ、トンボなども良いな。それに、……稲穂もある」

 先生は懐かしむように、寂しげに語り始めた。

「私はあまり、秋が、……得意ではない」

 好きではないと言いかけて、それが適切でないと言い淀み、なんとかそう言葉にした。

「私の本当の名前は、いや、この言い方は語弊があるな。……両親から貰った名は『初穂』という。秋に産まれたからな」

「良い名前ですね。縁起も良い」

 私がそういうと先生は満足げに笑った。

「そうであろう? それになにより響きが良い。初穂。なんとも可愛らしい。私は自分の名前が好き、だったのだと思う」

 だから化け術の腕前を認められ、神使となることが約束されたときに神から名を賜り、それが『本当の名前』になってしまったことに押し着せられた窮屈さを感じてしまった、とやや上気した顔で自分で自分を笑うみたいに微笑んだ。

「なにより両親が私を白梅と呼ぶのだ。神から賜ったから、名誉だからとな。それが、なんと言えば良いかな、悲しみというほど強くはない、空しさ、だろうか。そんなものを感じてな」

 自ら選択し、口にした言葉が思ったよりもぴったりと当てはまってしまったと、先生が笑う。

「今になって考えてみればこれほど相応しい事もない。中身が空っぽの化けの皮に、空っぽの名前がつけられているのだから」

 くいと注がれていた酒を一息に飲み干して、ほうと息をついた。

「と、いうようなことを秋になる度に思ってしまう。折角の着物を選ぶ時にそれがちらつくとな、持っている物をポイと放り投げてやりたくなる。だから、私は秋が得意ではない」

「ではこれからは初穂さまとお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「止めよ。今まで通り白でよい。貰った名の一部とはいえ、これは自分で決めた名だ」

 酔っているとはいえ、先生がこれほどご自身のことを語るのは珍しい。語ってくれるというなら、私には前から聞いてみたい事があった。空になったお猪口に徳利を傾けながら、私は先生に訊ねてみた。

「そういえば聞こう聞こうと思っていたことがひとつ。先生はなぜあのとき私を助けてくださったのですか?」

 昨年末、自宅を襲った又七郎に追いすがり、敗北した後、私は先生に拾われた。それがきっかけとなり、今こうして狐の弟子となっている。

 もしあの時、先生が私を見捨てていたら、私はあのままあの樹の根元でくたばっていたはずだ。普段の様子を見ていたら人助けを好んで行うような人柄ではないし、……考えたくはないが非常食扱いだったとしてもおかしくはない。

「気まぐれだな」

「やはり非常食……」

「だれがそちのようなドブ臭いネズミなど食べるか。助けてやればそのうち恩返しにくるかもしれぬと思ったのだ、鼠浄土、おむすびころりんのようにな」

「そんな夢見がちな理由で」

 つまりは言葉通りまったくの気まぐれということであろう。

「だが目論見は外れなかったぞ」

 先生は上気した顔で、満足げに笑った。


 ***


 横になったまま動かなくなった先生を起こさぬように月見道具の片付けを済ませる。

 そっと動かしたつもりだったが、お猪口と徳利がぶつかって、ちんと軽い音がした。

「なあ、ミロク」

 寝入ったはずの先生がおもむろに口を開いた。起こしてしまったかと思ったがどうやらそうではないらしい。

「復讐などやめておけ」

「そうは参りません。それを理由に私は先生から化け術を習ったのですから」

「……そこまで親の仇が憎いか?」

 思えば先生が私の事情にここまで踏み込んだのは初めてであるように思う。

 私は首を横に振った。

「いいえ。もし仮に猫たちの襲撃が無く、父と母が襲われなかったとしても、彼らはあと三ヶ月も生きなかったでしょう」

 別に病気だったわけではない。

「ネズミの寿命は二年ですから」


 神使であればもっと長く、その伴侶や子供なら少しだけ長く生きられる。だが然程の違いはない。

「だから父母の復讐というのはあまり、いや、もしかしたら最初からそれほど真剣に考えていたわけではなかったのかもしれません」

「なら兄弟姉妹の分の復讐か?」

 いいえ、と私は再度首を横に振った。

「それも、違います。もしあの襲撃が無かったとしても、我々のほとんどは一年も生きられぬでしょう。猫や鳥に狩られ、人の罠に殺されます。それゆえに我らは多くの子を残すことが出来るようになっているのです」

「ネズミの生はわずか二年。ミロク、そちはそのうち半分を化け術の会得のために費やした。普通に暮らせばそれなりの幸福もあったであろう。弟のように子に囲まれ、暮らすことも出来たであろう。……私を師としたことに後悔はないのか?」

「滅相もございません」

「復讐が建前と言うならば何故、そちは私を師とした? 何故未だに私を『先生』と呼ぶ? そちの本当の望みは何だ?」

 そんなものはあのときから変わっていない。私はただ星を追いかけているだけなのだ。だが、それは言わぬが花というものである。

「化け術を使って、日々遊んで暮らすため、じゃ駄目ですかね?」

 私の返答に、先生は目をぱちくりさせた後に、呆れたような溜め息をついて、苦笑した。

「いいや」

 先生がくるりと丸くなった。今度は本当に眠ってしまうおつもりだろう。

「実を言うと、私の望みもそれなのだ」

 気が付くと虫の声も止んでいて、月を見る私たちの静寂を破る者は何もなかった。

 桜はもう一度見れるだろう。花火も上手くやれば見れるかもしれない。だが秋までは持たぬはずだ。

 だからこれが先生と見る最後の十五夜である。


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