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ねずみ録  作者: mozno
第四章 家族

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家族2

本日は2話投稿です。こちらは2話目です。


「どういうつもりだ!」

 この間までの意気消沈振りはどこへやら、一郎太は私を強い口調で詰問した。

「どうもこうも、言った通りさ。叔母上の遺体は火葬にする」

「神使の加護を受けた者は食葬にするのが伝統だ!」

「んなことは百も承知さ」

 かつて一郎太の妻であった叔母は大黒ネズミの長命の加護を受けている。伝統に従えば、それが皆に行き渡るようにとの願いを込めて、その遺体は家族によって食される。私自身、まだ両親が生きていた頃に先代護国院の当主の食葬に立ち会ったことがある。

 だが、あの遺書を見てしまった今、叔母をネズミの伝統に則って送り出すことは躊躇われた。彼女ならネズミらしく葬られるのは嫌だろう。かと言って根津家の墓に入れられるのも嫌がるはずだから既にロクマルに新しい墓石の手配をしてある。もっとも私の親兄弟の遺体は又七郎に持っていかれたせいで骨が墓に入っていないので、嫌がる理由はないかもしれないが。

「世間が納得しないだろう?」

「するさ。あのひとはもう護国院のネズミじゃないんだから」

 私がそう言うと伯父は押し黙ってしまった。


 弟の結婚式の時に声だけ聞こえた葬儀屋に話を付けて、葬儀の準備は整えた。弁当を積んだら私のことは黙っていてくれて、ロクマルを喪主ということにしたらどうかと提案してくれたので、それに乗ることにした。浅草寺の庇護を受けていやがる癖に抜け目がない。

 棺桶や墓石を用立ててくれた職人たちも、本来浅草寺の所属のはずなのだが、普段よほど配給が少ないのか廃棄されたおにぎりを持っていったら、書類を改竄してロクマルから依頼されたことにしてくれた。ネズミ社会、賄賂が有効すぎる……。


 一説によると、葬式の準備があれこれと忙しないのは故人のことを思い出す暇を与えず、立ち止まらぬようにするためであるという。仕事とは麻酔なのだ。

 気が付いたら通夜も葬儀も終わっていて、告別式の日がやってきた。

 元の姿のままふらふらと出歩いてしまい、伯父に小突かれて慌てていつもの成金の姿に化けた。告別式には浅草寺のネズミも参加すると聞いている。喪主はロクマルに一任してある。死んだことになっている私が姿を現すわけにはいかなかった。

 一般客と同じ列に並び、出棺前の最後の挨拶をするために棺を覗き込んだ。叔母の顔は綺麗に化粧がされていて、まるで眠っているみたいだった。

「叔母上。こんな姿で失礼します」

 私は小声で彼女に話し掛けた。

「手紙、読みました」

 返事が返ってくるはずはない。

「……さようなら、母さん」

 彼女の顔の横に花を置いて、参列者の席へと戻った。私の隣には一郎太が座っていた。

 今にも泣き出しそうなその横顔を見て、今更後悔するくらいなら遠い昔に、何もかも捨てて、(さら)って逃げれば良かったのにと思ったが、彼がそうしていたなら私は今ここにいない。


 火葬場から天へと伸びる煙をじっと見ていると、後ろから悲鳴が聞こえた。

 猫がやって来たことは明らかだった。

 ……お前たちは私から家族だけでなく、別れを惜しむ時間さえ奪うのか。例え伯父が止めようとこの式を邪魔させるつもりはない。正体が露呈しようが知ったことか、化け術を使って猫を追い払おう。機動力に優れた中型犬に化けようとしたところで、今度は猫たちから悲鳴が上がった。

 逃げ惑うネズミの波を逆走して様子を伺うと、血走った目をした猫の一群が見えた。それに相対するように大柄の二毛猫が立ち塞がっている。彼の足元には既に挑んで破れた二匹の猫が倒れている。

 飛び掛かる猫たちを次々に叩きのめす。まるで流れ作業でもやっているかのようなつまらなそうな顔で又七郎は溜め息をついた。

「例の取引はなくなったと言っただろう。ネズミどもを襲ったところでもうアレは手に入らねえぞ」

「引っ込んでろ! ネズミどもが隠しているに決まっているんだ!」

「……ここまで頭がやられちまうと、もうどうしようもねえな。俺たちと取引するんじゃなきゃ元々ネズミには必要ないものってことも分からねえのか。……ああいやお前は元からそんなに利口でもなかったな」

 又七郎の言葉に激昂したのか、言葉になっていないわめき声を上げながら、その猫は噛みつこうとしたが、届くことなく地面に叩きつけられた。早い。ほとんど見えなかった。正面から突っ込めばあの動作に狩られるだろう。かつて私が物干し竿に化けて特攻した時もあれにやられたのだ。

 返す刀で地に伏す猫の顔面を爪が引き裂いた。ギャッと悲鳴がして血が舞った。左目を傷つけられたのか血にまみれている。覚束無い足取りで又七郎から距離を取り、そそくさと逃げ出した。その様子を見ていた青い顔をした周りの猫たちに、

「ああなりてえ奴から来い」

 と言うと、一匹二匹と去っていき、最後に又七郎だけが残った。

 ゆっくりと首を回して、私と目があった。だが何も言わずに空へと伸びる煙を一瞥すると背を向けて去っていった。


 ***


 叔母の葬儀を終え、彼女の遺品や家屋の整理を済ませると、急にやることがなくなり、ぽっかりと空いた時間ができてしまった。

 ふと久しぶりに先生に会いに行こうと思い立った。先生にも姐御にも身内に不幸があったことは知らせてあるので、要らぬ心配をかけてはいないと思うが、なにぶん私は気が付くと死亡説が立ち上がっている。

 鳥居をくぐって結界へと赴く。ポストに随分手紙が溜まってしまっている。これもあとで目を通さなければ。


「先生、白先生。ただいま戻りました」

 そう声をかけるとのそりとした動作で、先生は社の奥から姿を現した。

「戻ったか」

「はい。あ、弔事の後ですから入る前に塩でも撒いた方が良かったですかね」

「良い、気にする者もおらぬ」

 そういう意味で言うと先生は大概の事は気にしない。……私もだけど。

「昼は召し上がりましたか?」

「いや、まだだ」

「葬式の残り物で良ければありますが」

 私は詰めてもらった煮豚などを『袋』から取り出した。日持ちして冷めても美味しい物を選んだから大丈夫だろう。他に何かあったかなと『袋』を漁って、しばらく入れっぱなしだった真空パックを見つけた。中には里芋の煮っ転がしが入っている。そういえば預かったまま『袋』に入れておいたのを忘れていた。日にちが経ってしまっているから少し悪くなってしまっているだろう。

 私はパックの口を開けてその中の一つを口に含んだ。

「お、美味(うま)い」

 もう一つ口に運ぶ。

「美味い美味い」

 私の様子を見た先生が首を傾げた。

「ミロク、そち、なぜ泣いている」

 私は化け術を使う時みたいな気持ちで、口の端を持ち上げて言った。

「泣くほど、……美味いんですよ」


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