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ねずみ録  作者: mozno
第四章 家族
18/45

焼! 肉!

本日は2話投稿です。こちらは1話目です。


「ミロク。そち、最近随分あちこちへ一人で出かけておるのう」

 普段のアルバイトの他に、弟の結婚式や猫どもの集会、ネズミの就職説明会にも出ていたからか、先生が急にそのようなことを言いだした。

「どこかに連れていけということですか?」

「そのようなことは言っておらん」

 と言って、先生はそっぽを向いてしまった。つまりどこかに連れていけということである。

 そうは言っても気温も随分涼しくなり、祭りの季節も過ぎてしまった。ヒトであればこんな時は映画でも見に行くのだろうが、この方と彩さまを鉢合わせる訳にいかぬので、それもできない。

 運動不足だろうとドッグランにでも連れていこうものなら殺されるし、図書館だの美術館だのは私が寝る。

 スポーツの秋も、読書の秋も芸術の秋も駄目とくれば残るのは一つである。

「食べ歩きでもしますか」

「先週だったか、不忍池が新しい店を開いたとか言っていたような……」

「飲食店ですか?」

「いや、美容院だとか。……病院だったか?」

 さしもの姐御と言えど病院は開けないだろうから、恐らく前者である。

「しかし床屋じゃ腹は膨れませんぜ」

「いや、開店したばかりならあいつが様子を見に訪れるだろう?」

 私も食欲は旺盛で大概見境ないという自覚はあるが、最初からタカりに行くつもりで外出の予定を立てる者は初めて見た。

 というか話の内容をちゃんと聞いていなかったり、祝いの言葉一つも無しに飯を奢って貰おうと企てたり、友達甲斐のない輩も居たものである。


 ***


 先生は億劫そうな素振りをして、社から出ると、一瞬のうちに和装のヒトの(オス)へと化けた。いつもと異なり化け術で衣服まで済ませたのは今から着飾っていたのでは日が暮れるからだろう。

 細い右手を羽織のそでを通さずにあごに当てるさまは文豪のようにも見えるが、全身から匂い立つ怪しげな色気が遊び人を思わせる。

 おそらく誰にも見えない羽裏には季節に合わせて、葡萄か楓の柄でも誂えてあるのであろう。粋である。

 私がお供すべくいつもの冴えない学生スタイルで横に立つと、先生は唇を尖らせて言った。

「男二人では華が無い。ミロク、そちはおなごに化けよ」

「えぇ……」

「不服か?」

「いやぁ、付いてるはずの物が付いていないと落ち着かないと言いますか」

「はよう化けよ」

 今一度、先生の姿をよく見る。和装はとてもよく似合っているが、時代錯誤も甚だしい。先生だけを目立たせず、横に立つに相応しい姿を頭の中で思い浮かべると、私は尻に力を入れ、化けた。

「ふむ、まぁよかろう」

 私が化けたのは年若い少女だ。矢絣柄やがすりがらの小紋と臙脂の袴、編み紐のブーツ。髪は額が見えるように後ろに流し、大きなリボンで束ねる。「大正時代の女学生」の典型を煮詰めたがごとき、まことハイカラな恰好である。

 時代錯誤繋がりでバブルのボディコン姿に変じてやろうかとも思ったが、噛み殺されそうなので止めた。この姿ならば先生一人が悪目立ちすることもなく、人間たちの言うところのコスプレに見えるであろう。


「最近、面白い化けを思いついた」

 道すがら、先生が呟いた。

「ミロク、そちは今、影はどうしている?」

「どうって人間の姿に変えていますよ」

「そう。肉体のみを化けるのでは影は変化しない。お天道様に化け術は通用せぬ。だから我らは影も変化させる。化け術の基本だ。これはつまり影を自分の身体の一部と捉えている。身体を拡張している。狸どもの化けはこれだ。木の葉を自分の身体の延長上に置いている。それが私に出来ぬはずがない」

 そう言うと先生は人の姿のまま、足元の影だけを虎の物に変えた。影が私に向かって手を振っている。

「ほらな!」

「『ほらな!』はよろしいんですが、いつ使うんです、それ」

 虎の影を持つ人間など誰かに見られた瞬間に化けの皮が剥がれそうである。

「そこなのよなぁ……。ミロク、なにか良い使い道を探しておけ」

 まさかのムチャ振りである。


 先生の見立て通りに、祝いの花で囲まれた真新しい美容院に姐御はいた。客引きだろうか、店の前で割引券付きのチラシを配っている。美容院の宣伝も兼ねているのか、普段より髪がしっとりして、毛先がくるくるしたヒトの姿に化けている。私たちに気が付いたのか、手を振った。

「あら、久しぶり」

「ん」

「ご無沙汰しております」

 先生はぶっきらぼうに、私はきちんと頭を下げて応えた。

 先生は不躾に不忍池の姿をジロジロと見てから、言った。

「髪を見せたいなら装いはもう少し抑えろ。胸を開きすぎだ。肝心の髪も化け術で作っただろう? ストレートに化けてから店員に弄らせる方が遥かに良い」

「髪をいじれるように化けるのって難しいんだもの」

「だから張り付けたようにしか見えんのだ。これを参考にしろ」

 と言って、私の揉み上げを指先で絡めとり、一本ずつさらさらと落とした。急に耳元を触られたため、「あふん」と声が出た。

「げっ。一本ずつ作ってんの? 馬鹿なの? 偏執狂よ、パラノイアよ、それは!」

 姐御が醜い怪物でも見たかのごとく、顔をしかめてずざざっと距離を取った。

 先生らしいと言えばらしいが、化けに目が行き過ぎて目的を忘れている。祝辞から、せめてまともな挨拶から入れば良いものを何故、辛口の選評から入ったのか。奢って貰う気があるのか。

「で、何しに来たのよ。開店祝い、なんて殊勝なことアンタがするわけないし」

 早くも見破られている。

「いつもこき使われている礼にたまには飯でも奢ってもらおうかと思ってな」

 まさかの直球勝負である。この厚かましいまでの正直さでも美徳に数えてよいのか?

「ほんと、いい根性してるわ」

 もう笑うしかないという呆れた顔をしている。

「まあ、たまにならいいわよ。……一応こき使っているわけではなく、ちゃんと契約に基づいているわよ」

「ほう? それ以上は蛇が藪蛇をつつくことにならんか?」

 にやりと笑う先生を鬱陶しそうにしっしっと追い払う動作をした。

「といってもこんな中途半端な時間に来られてもね。仕事も急には抜けられないし。どこかで時間潰してきなさいよ」

 確かに昼食には些か時間が早い。私たちは喫茶店のテラス席に腰掛けて、姐御が来るのを待つことにした。


 ***


「元気溌溂! スネークバイト! 好評発売中!」

 店内に設置されたテレビからコマーシャルが流れている。画面には髪の毛をツインテールにした泣き黒子の目立つ少女が水着姿で自分の頬にアルミ缶を当てている。白いパッケージには巻き付く蛇の意匠が施されている。

「んん?」

 なんだか妙な感覚を覚えてもう一度よく見遣る。少しして気付いた。美人なのである。

 いや、コマーシャルに使われるくらいなのだから美人であることは当然なのだが、人間的美人さではない。『可愛らしさ』のようなものを煮詰めて上辺だけ掬い取ったような完璧さである。不純物が無い。

「もしかして、先生ですか?」

 私がそういうと一瞬、隣の先生の姿がちらついて狐に戻りかけて、持ち直した。普段ではあるまじき失態である。

 そのタイミングで折よく不忍池が姿を見せた。

「よく分かったわね、ミロクちゃん」

「あまりにも美人だったので。人間という動物はもっと薄汚れているもんですよ。でも先生にしちゃ、おかしいですね。人に化ける時は美人過ぎても不細工過ぎてもダメだって仰っていたじゃないですか」

「いや、美人に化けてカメラの前でふらふらしておれば、金を払うと不忍池が言うから、仕方なく……」

 何のことはない。趣味ではなく仕事でやったから手抜きだったのである。なんという反社会狐。それでコマーシャルが出るたびに恥ずかしがって変化が揺らいでいたのでは元も子もない。

「おかげで反響がすごいのよ。知り合いのプロデューサーにもあのアイドルを紹介してくれなんて言われちゃってさ、アハハ」

 姐御も来たので、喫茶店を後にした。先生が当然のように伝票を彼女に押し付けた。

「アハハで済むか! 全国で流すなど聞いておらんぞ!」

「そう怒らないでよ。これからご飯連れてってあげるんだから」

「さっすが姐御! はなしが分かる! 先生、私は焼肉がいいです」

 カルビ! カルビ! と全身で焼肉を表現してアピールする。高級品は廃棄物からもありつけるが調理したての物にありつくのは難しい。かといってまともに食事をしようとすればたまのアルバイトでの稼ぎでは足りない。なんとしてもこの機会逃してなるものか!

「私はうなぎが食べたい」

「ちょっと止めてよ。私がうなぎ苦手なの知っているでしょ」

「正体が似ているからか?」

「はっ倒すわよ。もう連れてくの止めようかしら」

「そんな御無体な。何卒(なにとぞ)、何卒」

「ミロクちゃん、往来で土下座は止めて」

 私が女学生姿のまま、アスファルトの上に膝をつくと通行人の目がこちらに寄せられた。うら若き乙女がヒモの遊び人のために金の無心をすべく奉公先の女主人に頭を下げている、ように見えるのだろうか。劇の練習か、見世物だとでも思ったのか、一瞬足を止めた人々はそれの主役が自分でないと知れると、足早に過ぎ去っていった。



「儲かっているようだな」

「お陰さまで」

 焼き肉屋で席についてから、私が早速メニューを開くその横で、先生と不忍池が話を始めた。神使ともなれば焼き肉のメニューに目もくれないのか、と思い、私は些か戦慄する。

「今年は随分手広く手をつけたな」

「そうね、さっきの美容院に、コマーシャルのエナジードリンクに、スポーツジムでしょ。飲食店も店舗増やしたし」

 姐御が指折りして数えていく中、私は店員が運んできたお冷やをお二人に回しつつ、疑問に思ったことを質問した。

「そう言えば姐御はなんでハンバーガーショップも経営してるんです? 弁財天様の神使だから化粧品やら宝石を売るっていうのは『美』と『商売』で分かるんですが」

「『美』というのは果てが無いの。だから商品にするにはもってこい。だけど美しいものを更に美しくするというのは中々難しいわ。だから私、考えたの。美しいものを醜くして、醜いものを美しくするなら簡単だって。だから私は油こってり系のラーメン店の経営もするし、スポーツジムの経営もする。なんだったらスポーツジムと駅の間にラーメン屋を置くわ。帰り道についうっかり寄れるように」

「……マッチポンプではないか」

 阿漕なことやってるなぁ……。いや、別に違法ではないのだろうが……。仮に違法であったとしても我らは畜生。人の法で裁かれ得ようはずもない。

 失礼しますと言ってから、二人の前を横切って、呼び出しボタンを押すと、軽快な音が響いた。姐御には好きなの頼んでいいわよと言われているし、先生はこういう場で自分で注文をしない。やってきた店員にメニューを指差しながら、タンと~ハラミと~カルビと~、といった調子で注文をする。二人が食べるかと思い、三、四人前のサラダも頼んだ。

「あ、あとライス一つ」

「それにしてもあそこまで派手に広告まで打つとは、……今年は強敵か?」

「大、中、小から選べますが」

「まあ、そんなところよ。こっちの問題。アンタは気にしなくていいわ」

「大で!」

「気にするさ。お前が都落ちするとこうして飯にありつけなくなる」

「ご注文以上でよろしいですか?」

「結局自分の心配じゃないの。ま、アンタらしいか」

「はい!」

 注文を終えて、うきうきしながら私が待っていると、何故か突然、先生が私の顔を見て、

「そちは毎日楽しそうでいいな」

 と言った。バカにされていることだけは分かった。


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