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さとりくんは、腐女子じゃない彼女が欲しい  作者: siki
中学3年生、春休み
43/43

さとりくんは、知る


 目の前にあるのは、間違いなく見覚えのある神社の本殿。

 振り返れば、鳥居とその向こうに車が行き交う道が見える。


 元の世界に帰ってきた。


 手元に視線を移せば、片手の上には手のひらサイズのピンクの丸い石が乗っている。

 黒い布の袋に入った玉も持っているし、肩掛けの鞄も、服も靴も、異世界仕様のまま。

 

 ―――今まで一週間近い異世界生活は、俺の彼女は、夢じゃない。



 大切な輝石を2つとも鞄にしまう。

 鞄の中は、異世界と同様に拡張されていて、この世界でも問題なく使えるようで安心した。


 今の装備である緑のローブは今の流行の品とはいえないけど、鎧とは違って人目を引くようなものじゃないから安心だ。



 夕方。5時から6時、日の傾き始める時間。

 外はまだまだ明るいのに、木々が生い茂る境内は薄暗くて、参道横の灯篭がぼんやりと灯っている。

 鳥居のこちらと向こうで、まるで世界が違うような錯覚を覚える。


 それでも、本当の異世界とは違うことを知っている。


 あの卒業式の日とは違い、今日はきちんと鳥居を越えられた。

 日常に帰ってきた。



 とりあえず、母さんに連絡しないと。失踪したことになってたら、どうしよう……。





 自宅に着くと、先に帰っていた母が飛び出てきて、そのまま俺を抱きしめる。


「優紀! 連絡もなく外泊するなんて、心配したんだから……!」


 約1週間の不在は家族にすごく心配をかけていた。

 会社帰りの制服のまま俺を抱えて涙を浮かべる姿は、声が聞こえなくても大切にされていると実感できる。


「母さん……ごめんなさい。連絡できる状況じゃなかったんだ……。」

「バカ……! いくらおじいちゃんの知り合いだからって、着いて行ったらダメじゃない!」


 そう、失踪したことにはなっていない。

 なぜか、祖父の知り合いの所に行っていたことになっているようだ。


「……あのさ、さっきも言ったけど、おじいちゃんの知り合いには会ってないんだけど……。」


「じゃあ、1週間もどこに行ってたっていうの! おじいちゃんが急に優紀の通学鞄を持ってきて、「知り合いに預けたから連絡も付かないし、いつ帰ってくるかも分からないけど、たぶん無事だから心配するな」って言って……そんなこと言われても、心配に決まってるじゃない!

 それなのに、おじいちゃんの知り合いは関係なかった!? どれだけ心配したと思ってるの! 許せない!!!」


 母の表情に鬼が宿る。

 ……怖いけど、後半は俺に対する怒りじゃなくて、祖父に対する怒りだと思う。たぶん。そうであってほしい。

 すぐにでも祖父の所に殴り込みに行きそう雰囲気だけど、怖いから一緒に行く気はない。

 どうしてじいちゃんがそんな事を言ったのかとか、聞きたい事はあるけど、また今度でいいね。


「母さん、落ち着いて。俺の話を聞いてよ。」

「……はなし? そうね。この8日間の、どうしてたの? ごはんはちゃんと食べられた?」

「うん。ごはんは美味しいのを食べてたよ。」


 主にタルトさんのおかげで。

 俺が異世界トリップした卒業式の日と今日を含めて8日。時間のずれは、たぶんそれほど無い。

 その間の話を、母に語って聞かせる。

 異世界トリップなどという、夢のような話を。可愛い彼女の話を。

 

 信じてもらえないかもしれないなんて、思わない。

 だって俺は、母から受け継いだ覚能力の持ち主だから。

 こんな能力があるのに、この話を信じられないはずがない。たぶん。

 ……一応、拡張鞄という証拠もあるからね。


 流石に俺とオペラの詳しい進展状況などの言いづらいこと、恋愛的な進展はもちろんダンジョン協力者として冒険者を餌にしていたことは内緒だ。オペラは異世界人の彼女ということにした。

 他に、ギルド受付が腐女子だったとかの話さなくても問題の無い部分は省略して話せば、1時間ほどで話し終わった。


 当り障りなく説明できたと思っていると、母からの深いため息が聞こえた。


「ねぇ優紀。とりあえず最後まで聞いたけど、ずいぶん力を使ってない? 厄除御守はどうしたの?」


 ”声”は聞こえない。でも、これは、怒ってるね!


「来に渡したままかも……? ほら、だって、異世界だからこの能力が無いと危険でしょ?」


 俺の言い訳に、母はため息をついて頭を抱えた。

 厄除御守なんて、必要ないよね? 俺が何をしたって言うのだろう。


「確かに異世界は危険そうだけどね……あんまり小さい時に言っても怖がらせるだけだと思ったから言わなかったけど、この力そのものも危険なのよ?」


 母の言葉に、首を傾げる。

 散々使ったけど、危険だったかな? いろいろ聞こえると気分が悪くなったりするけど、そういうこと?


「あとは彼女って……それも危険ね。本当に、そのオペラちゃんって女の子が好き?」


 彼女について、母に言うのはなんだか居た堪れない。

 でも、危険なんて言われたくない。オペラとは、一緒になることを約束したんだ。


「す、好きだよ……! それが悪いって言うの……!?」

「そうね。そう思うのは悪くないけど、結構影響受けちゃってるんじゃない?」


 俺は口を尖らせて、無言の抗議をする。

 影響を受ける事の何がいけないというか。一緒に居る人間、それも好きなヒトならば、話し方や口癖や仕草が似通って来るのは普通だろう。

 俺は普通の人間だ。


「いい? 私たちのご先祖に妖怪と呼ばれた人が居るって聞いてるよね? そのご先祖は怖がらせたくて他人の思っていることを繰り返して喋っていたわけじゃないの。

 だってそんなことしても、怖くないじゃない。そうでしょう?」


 ……それには同意しかねる。冒険者たちは、十分怖がってたよね?


「怖がらせたいとか、何かを思うような自我も見失って、ただ周りに合わせていただけ。それが逆に普通じゃなくなっていることも分からなくなっていただけ。」


 確かに、ただ怖がらせたいなら、怖がるように命令すればいい。

 俺がオペラを泣かせたように、人間を操ることは造作もない。


「ちゃんと聞いて。私たちは、ただの人間なの。

 それなのに、一度にたくさんの心を聞いて知って、さらにその中に自分に対する悪意や嫌悪があれば、()()()()()にかかる精神的負担としては多くなり過ぎる。精神を病んで、自分を見失うと……周りの”声”が入ってしまう。そして自分を見つけられなくなる。

 これが妖怪の正体。わかった?

 だから、聞きすぎたらダメだし、悪意を集めるのはダメ。

 妖怪にならないように、お母さんの言う事を聞いて。お願いだから、()()でいて。ね?」


 ___母は俺の手を取った。俺の手のひらの中に何かを押し込んで、そのまま閉じ込めるように、祈るように両手で包み込む。


 鮮明に聞こえていた周囲の”声”の範囲が狭まった。

 ……俺に入り込んでくる”声”が減った。


 俺は小さくため息をつく。

 母の願いには答えず、渡されたものの正体を呟く。


「……厄除御守。これは、精神的負担になる原因を弾いているってこと?」

「そうね。だから、お願い。ちゃんと持っていて。」


 幼い頃から母さんに持たされた御守は、俺の普通を守るため。

 幼い頃にじいちゃんが俺に命じたのも、俺の普通を守るため。

 俺の自我を守って、自分らしく生きて行けるようにする、愛情の証。


 ご先祖が本当に妖怪となり果てていたというのは知らなかった。


 怖いね。

 自分を完全に失うのは怖い。


 でも、一つ疑問に思ったことがある。

 自分を見失っているなら、その間にいろいろな声が聞こえたとしても、無視になるのが正常だと思う。

 だって、パソコンは壊れてしまえば、誰がキーボードを叩いても動きはしない。

 それが好き勝手に動くというなら、壊れたのではなくて、感染したウイルスに乗っ取られてるんじゃないか……?

 

 ただ、人間をパソコンに例える限界がきただけかもしれない。

 俺の中に俺を乗っ取ろうとするウイルスは居ないし、そういう事もあるのだろう。……そうだよね?


「分かったよ。悪意とかを受け入れるのが良くないのは分かった。でも、彼女は別に問題ないいんだよね?」


 うふっと母は笑い、頷いた。


「御守さえあれば、大丈夫。好きな相手の影響は他よりも受けやすいけど、望まない変化は御守が守ってくれるから、大丈夫よ。」


 望まない変化か。

 好きな人の好みで有りたいと思うのも、努力をするのも普通だね。多少の変化は問題ないと。


 今オペラとのことを思い出すと、帰り際にキスの一つもしないで満足していた自分が信じられない。

 思春期の男子が言葉だけで満足して帰って来てしまったのは、彼女の満足が移ったからに違いない……!

 あの最後の甘い空気! キスくらいは絶対出来た! 時間を戻せるならやり直したい……!!!


 こうやって俺の普通を思い出せるという事は、早速厄除御守の効果が出てきているらしい。

 覚能力の意外な弊害だ。 

 彼女の影響を受けて、エロ的なことを忘れてしまうなんて!

 ついでに、オペラがエロ的なことを求めていない事も逆説的にわかっちゃうね! 残念!!



 ……でも、彼女はオペラがいい。


 俺ばかりが寄せていけば、俺が無くなってしまうけど、お互いに寄って混ざっていくのは、良いと思う。

 相手が俺を受け入れて、俺も相手を受け入れる。

 正直、良いなんてものじゃない。

 甘美な誘惑だ。抗えない衝動だ。抗う気も無いけど。




 母は大丈夫と言って優しく笑ったまま、言い聞かせるように言う。

 

『だから、自分を保って。そして、明日朝一で厄除御守を買いなさい。』


 言い聞かせるように、というよりも命令だった。完全な強制。

 不意打ちのように、俺に直接ねじ込まれた声を聞いて答える。


「もちろん! 俺は、()()()()ならないよ。」


 にこり、俺は笑って見せる。

 自我が無くなるなんて怖い。ただ周りの思っていることを繰り返し喋るだけの機械のような妖怪になるつもりはない。


 俺の返事を聞いて、母は安心している。


 母さんは俺を心配しているだけで、俺も母さんが大切だから、心配をかけたりはしない。

 ―――たとえ、その『声』に強制の影響を受けていなくても。

 数日の異世界生活で成長した能力は、母のレベルを超えていたらしい。まだ、祖父のレベルは越えられてないけど。




 人間がひとあいだと漢字で書かれるように、普通の人間であろうとした俺が他から影響を受けることは普通だ。

 まして、好きな人。それも交際相手なんて、お互いに影響を与え合うのは普通だ。お互いに影響を与えたいと思うのも普通だ。


 だから、俺は普通の人間だ。

 じいちゃんの声の強制もそのままだし、これからも御守を持ち歩く事にした俺は、まだまだ普通の人間という事だ。

 ……そうだよね?


 

 とりあえず、遅れた1週間を取り戻して、差し迫った高校入学のための支度をしよう。

 課題が出てるようだし、急いで間に合わせないと。


 そして、次の休みでオペラに会う時は、キスまでは進展させる目標! 頑張るね!






ここで完結とさせてもらいます。

ここまで読んでくださった方、ブックマークしてくださった方、ありがとうございます!


本当なら、GW編と夏休み編を入れて完結させる予定でしたが、ページ数が既に想定の1.5倍になってしまったので、春休み編の終わりであるここで一度完結とさせてもらいます。

途中からペースを上げるためにいろいろ飛ばしたりと、読み難い部分が多くなって申し訳ございません。


更新分を確認してくださった方のおかげで、なんとかここまで辿り着けました。

本当にありがとうございました!!



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