さとりくんは、挨拶する
宿に着くと、ちょうどタルトさんから明日以降の料金の先払いを言われたので、明日分だけ先払いした。
前回は2.3日分ずつ払っていたけど、布も手に入ってすぐに帰れそうな状況だから、長期間の料金を払うのは無駄になる。明日帰れたらこの分の金額も無駄になるけど、今はダンジョンの関係で冒険者が増えているようだから、もし帰らなかった時に部屋が空いてないと困るから仕方が無い。
「明日分だけ? どこかで何か買ったりして、余裕が無いのかい?」
心配そうなタルトさんに、笑顔を返す。
確かに大きな金額の買い物をしたけど、補助金も十分出てるから、流石に使い切るようなことは無い。
「実は、元の世界に帰れそうな感じがするんです。戻ってこなくても、家に帰っただけなので心配しないでくださいね。」
「家!? 帰れるのかい!?」
目をまん丸に見開き、驚いた表情を浮かべていたのは少しだけだった。
すぐに、心配そうな表情になる。
「帰れるって、本当に帰れるのかい。どうやって帰るつもりだい。」
”従魔が居るから、魔物支配のスキルだろうね。1年の契約期間を待たずに最初から特殊なスキルを持っている以外で元の世界に帰れる異世界人なんて聞いたことが無いよ。誰かに騙されてるってことは……? なんだか特殊な体質とかで今のダンジョンで重要らしいし、あり得そうだね。”
タルトさんは、俺が騙されてる可能性が高いと読んだらしい。
確かに、俺のスキルでは世界間を移動することは出来ない。誰かの力が無いと難しい。
オペラのダンジョンの調査で街が賑わいだした今、急にこんなことを言い出したら何かに巻き込まれたと思われても仕方が無い。実際、鏡が効かない囮を欲しがっている人の声も聞こえる。
覚能力を持つ俺を騙すのは、非常に難易度の高いミッションだと思うけどね。
「俺のスキルで帰れるかどうか試そうと思ってるんです。上手く説明できないですけど、たぶん上手く行きそうな感じはするので、大丈夫です。」
騙される可能性が少ないことは言えないけど、お世話になったタルトさんに心配が残らないように、騙されていないことをしっかり伝える。
ダンジョンマスターであるオペラに協力してもらった事も言えないから、自分の力で帰れることにするしかないね。
「スキル? 魔物支配で?」
”どうやって……?”
疑うような視線で見られる。
ちょっと怪しいかもしれないけど、頑張って誤魔化そう。
魔物支配の他のスキルは初級魔法と索敵だ。初級魔法が初級なのかは置いといて、索敵だ。誤魔化せるところは、ここしかない気がする。
俺は苦笑いしながら、答える。
「索敵のスキルがあるんです。俺は、元の世界から輝石のダンジョンに来ました。もしかしたら、着いた場所からなら帰れるかと思って探してたんです。そうしたら、違う気配が感じられるようになって、帰れそうな感じがすごくするんですよね。上手く説明できてないですけど。」
全然上手くない。分かってる。
でも、索敵で気配を感じるのは有りそうだし、感じられたら上手くつなげられるかもしれない。……そう思ってくれるといいな……。
「索敵? 感知系のスキルなら……そんなこともあるのかねぇ?」
”自力で帰るつもりなら、騙されてるわけじゃなさそうだね。それで世界を越えることが出来そうな気はしないけど……そうなっても、ずっとうちに居ればいいから問題ないね。帰れないなら、うちの息子になればいいさ!”
困惑していたようだけど、最終的には納得したようだ。
うんうんと、一人で満足気に頷いている。
俺の面倒を見てくれる気になっているのはいいけど、帰れるから養子にならないよ?
なんか、タルトさんの理想の息子像と俺がぴったり合ったみたいだ。
実の息子が居るはずだけど、どんな息子だ? ……いや、こんな所で変なフラグは立てる訳にはいかない。俺は元の世界に帰るんだ!
「そういう事なので、心配しないでください。もし帰ってもここに戻ってこれそうなら休みの日とか遊びに来ますね。」
「そうかい。頑張りな。」
”帰れなかった時の慰めの言葉を考えておこうかね? 帰れなくでもいいんだよ?”
タルトさんからの優しい微笑みに、笑顔で頷き返してこの話題は終了だ。
今日の夕飯も楽しみにしていることを告げて、部屋に引きあげた。
部屋に入り、夕飯までに間にお風呂に入る。
洗濯と来と大上の丸洗いも魔法で済ませる。気に入ったのか、来はずっと大上に乗っている。狼の上のスライム……不思議な光景だけど、移動速度的に効率が良くなったし仲良くしているので問題ない。
乾かすのに、今回は魔法を使ってみた。
風のイメージと意思の込め方は練習してなくて自信が無いから、活躍中のファイヤーボールで表面に付着する不要な水分を燃やした。予想通りに上手く行って、時間の短縮になった。
これなら、風呂場の無い宿でも問題なくやっていけそうだ。
タルトさんの美味しいごはんを食べられるこの宿から変える気は無いけど、今後お金が足りなくなったら風呂なしの安い宿でも困ら無い事が分かって良かった。
洗い立ての大上のフワモフを堪能していれば、すぐにタルトさんから声がかかって、手伝いながら3食分の夕飯を部屋にそろえた。
そう、3食分。
タルトさんは、昨日オペラが来たことを知らないし知らせられないから、俺と来と大上の分のつもりで疑いなく作ってくれたけど……今日もオペラは食べるのかな?
声をかければ、食べに来る気がする。
でも、エネルギー不足で困っていたのに、ここまで転移させるのはエネルギー消費にならないだろうか?
湯気の立つ夕飯を見ながら、迷う。
……オペラの体調に関わることだし、今日は食べに来るって話もしてないから、呼ばないことにしよう。
明日ダンジョンに行った時に、声をかけなかったことで拗ねられるかもしれないけど、オペラの体調が悪くなることよりもマシ。そう結論付けて、すでに仲良く1食分を分けながら食べている来と大上にもう一皿を渡す。
”マスターの分は?”
”くる、くる。(来るって言ってたよ。)”
うん?
来と大上の不思議そうな声に、渡そうとした皿を持ったまま動きを止める。
来るって言ってた? オペラが? いつ?
「……私の分は?」
至近距離から突然聞こえた声に、体がびくりと震え、手に持った皿からおかずも飛び上がった。
……落ちてない。ちょっと盛り付けが崩れたけど、大丈夫。セーフ。
声の方向を見れば、可愛い彼女が物欲しげな視線を俺に向けていた。
いや、俺にじゃないか。お皿か。いつの間に食いしん坊キャラになったんだ。
「……今日来るって言ってたっけ? 転移してエネルギーは大丈夫?」
聞きながら、手に持ったお皿を昨日と同じように配置する。
手を付けていない俺の皿と、盛り付けの崩れた皿は入れ替えた。
「これくらいなら平気なの。これは何?」
ウキウキとした様子で椅子に座り、今日のメニューを聞かれる。
「ムニエルだよ。」
美味しそうな、ムニエル。魚だよね? この世界に来て初めての魚肉だと思うから、俺も食べるのが楽しみだ。
……じゃなくて、俺に気付かれないで大上達と会話して、俺が声をかけた訳じゃないのにごはんが部屋にそろったタイミングで転移してくるってどういう事?
俺は便利な覚能力の持ち主だよ?
ダンジョンから出た後のオペラとは距離が離れて集中しないとはっきり聞こえないけど、ずっと傍にいた大上達に”声”を掛けるのに気付かない訳がない。『声』だと言うなら、その異質さからもっと離れていても聞き逃したりはしない。
何が起きたのか分からずにモヤつく気持ちを持て余していると、机の上に置いた手に手が重なった。
小さなテーブルと言えども、偶然ぶつかるほどにスペースが無いなんてことは無い。
驚いて、オペラの手が乗った俺の左手を凝視する。
重ねられた手にテーブルの中ほどまで引かれて、その場所で上に乗った手が組み替えられる。手のひらを合わせるように、指と指が絡まるように。
いわゆる、恋人繋ぎに……!
白いオペラの手は指先まで綺麗で、爪はむらの無いピンクの艶を放っていた。
……そんな手と絡まってる俺の手……!! 急に何だ! どうしたんだ!
激しい動揺に襲われるも、持て余し気味の感情は吸い出されるようだ。
……動揺と緊張は原因がそのままだから、無くならないけど。
「大丈夫なの?」
心配そうな声に、手から視線を外して、オペラの表情を見る。
伺うような視線と同じく、俺を探ろうとしている感覚を感じる。覚能力で俺を調べようとしてるのか、別のスキルなのか。優しい感触の感覚も、どこまで探られるのかが不安で受け入れられない。
「大丈夫だよ。」
笑って言えば、オペラは小首を傾げて、目を伏せた。
俺を探ろうとする感覚も無くなり、繋がれた手も離された。
「それならいいの。早く帰れるようにするから。」
力強い言葉に、呆然とする。
え、手を繋ぐの、これで終わり? なんで今、帰れるようにするって言った? そんな流れじゃなかったよね?
もしかして、き、嫌われたとか……そんなことないよね!?
「帰れるように頑張ってくれるのは嬉しいけど、そんなに急がなくてもいいよ?」
「急いだ方がいいでしょ?」
「なんで!?」
確かに帰りたいけれども! 彼女からこんなに早く帰れと言われると、傷つくよー!
焦る俺を見て、オペラはきょとんとする。
「人間でいることにしたんでしょ? よく分からないけど、調整が上手く行かないみたいだから、早く帰って一度調子を整えた方が良いと思うの。」
……人間で居ることにした。祖父の声による不可抗力だけど、普通の人間でいるのが俺への命令だ。
……調整が上手く行かない。この世界の人間の気質のとのギャップの調整が追いついていない。
心当りのあることだ。声を聞かせたつもりは無いのに、俺ってそんなに分かりやすかった……?
「でも、不思議。人間もそんな風になるなんて、知らなかったの。」
オペラが思い浮かべているのは、来が昼を取り込んだ時の事だ。
……その調整って、魔物規格だよね……!! 覚能力がある程度の俺が、そんな魔物規格なわけないよ……!!
スライムの謎生体と一緒なんて認めたくないけど、カルチャーショックで体調を崩したりするのはある話だから、あたらずとも遠からず……かな? そうだよね?
「そ、そうだね。やっぱり早く帰った方が良いかも。心配してくれてありがとう。」
「いいの。でも、明日にも帰るなら、夜に力を入れてくれないと対象が狭くてダメって言ってたでしょ? だから、宜しくね。」
にこりと笑うオペラ。
ただご飯を食べに来たのではなく、夜の間に街に帰ってきた冒険者を石の範囲内に入れるための夜勤要請に来たらしい。
嫌われたわけじゃなさそうで、それなら手を繋いだりしていい感じじゃないか? なんて思った妄想が打ち砕かれた。
そんなに上手く行かないのは分かってた……! 分かってたけど、いい雰囲気が一瞬しかないのはなんでだろうね! 本当に!




