さとりくんは、帰れるらしい
両手に持つ左右のピンクになりつつある赤い玉に涙を落とすオペラ。
”早くしないと、泣き止ませられちゃう? でも、落ちる速度って上がるの?”
焦っているようだけど、涙の落ちるペースって自分でコントロールできるものなのかな?
分からないけど、今は俺が強制的に泣かせてる。
だから、不自然なほどに涙の落ちるペースが変わらない。
そんな俺が無理に彼女を泣かせている状況に、心が痛む。オペラが望んだことだから、オペラとしてはこのままがいいという事は分かっているのに、収まらない焦燥感がある。
このまま泣かせ続けるのはいけないような……。
「そろそろ、良さそうなの。」
手のひらサイズの玉が完全にピンクに変わったところで、声がかかる。
すかさず、止まらない涙を止める。
『泣き止んで。』
声を掛けて、涙を止めた。
気が緩んだのかもしれない。力が抜けた様に、膝から崩れるオペラを支えた。支えようとした。
俺の身長より少し低いくらいの彼女の体重を支え切れずに、一緒に床にしゃがみ込む。
滑り込んできた大上がちゃんと支えてくれたから、危険を感じることも無く床に座る。
……危険は感じなかったけど、彼女の体重を支えられなかったという衝撃は残った。
この体は、ちょっと身長も筋力も足りなすぎると思う……。
「大丈夫? どうした?」
ともかく、どうしたのか聞く。
オペラは、きょとんとした表情で首を傾げた。
「……エネルギー不足なの?」
疑問形の回答に、俺も首を傾げる。
エネルギー不足? オペラが寝てる間に俺が頑張って補給したはずだけど……。
そこで、気付く。石を作るのには血や涙だけではなく、エネルギーも消費することを。
”泣くのも大変なのに、エネルギーも普通に消費するなんて扱いずらいの……。”
そうだ。力の抜けていたオペラは、寝る前に涙をこぼしている。ただでさえエネルギー不足だったのに、さらに使ったら……それは急に寝落ちしたのも納得だよ。
「とりあえず、今から俺がエネルギー集めるから、おとなしくしててね? いいね?」
「……うん。」
そのまま画面に視線を向けて、次の獲物を選ぶ。
今日は鏡の被害者は多いけど、そういう日が有ってもいいよね。人命救助だと思って犠牲になってもらおうか。
それにしても、これはこれで中々いい。
オペラは俺の胸に頭を預けておとなしくしている。ちなみに、俺の腕はきちんとオペラを抱き込んでいる。甘い香りが近い。
俺はいいんだけど、オペラは暇そうだ。
折角だから、疑問を聞いていみる。
「エネルギーを使い過ぎたって言ったけど、今のはさっき集めたエネルギーが切れたのが分かるけど、昨日の石二つでそんなにエネルギーを使うものなんだ?」
さっき集めた即席のエネルギーで、楕円の石一つと赤い石を2つともピンクに変えている。
色の変更にはそれほどエネルギーを使わないのかもしれないないけど、数としては3つ分だ。
それを思うと、昨日石2つを作ってエネルギー切れになったというのには疑問が残る。もし、エネルギーというもの貯蓄出来るものならば、尚更だ。
「石二つ? それと、部屋の改装に、転移のスキル詰めなの。世界を越える転移にはエネルギーが思ったより消費するみたいで溜めてた分も使っちゃったの。」
「え、元の世界への転移? それって、場所を見ないと使えないんじゃなかった?」
「見たの。」
……見たって? いつだ?
オペラがその光景を反芻しているようで、読み取れたイメージは確かに見慣れた神社だった。
覚能力に関しては常にブロックしていたはずだ。見られるタイミングなんか……いや、一回だけオペラが部屋に来た時に許したかも?
でも、あれは心配そうなオペラに大丈夫だと伝えるために表層意識に当たる”声”だけを許可したはずだ。イメージまで読まれたなんてことがあり得るのか? 俺の能力を詰めた石を使って、俺の許可を越えるなんてことが、本当に出来るのか……?
「どうしたの?」
見れば、心配そうな視線にぶつかった。
帰るためには見てもらわないといけなかったし、見せる覚悟は未だ出来て無かったから、別にいいか。
よく分からないけど、ちょうど良かったという事でいいね。
「何でもないよ。俺のために、そこまで頑張ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。あと、入れられなかった分を少し入れたら使えるようになるから……あと少しなの。」
ニコっと笑いかけられる。
石は完成して、転移のスキルも8割方入ってるようだ。
これなら、本当に後少しで帰れる。高校の入学式にも間に合いそうだ。ここと元の世界が同じ時間の経過なら、だけど。
召喚されて元の世界に戻ったらそれほど時間が経って無かった、というパターンの小説を読んだことがあるけど、エクレアさんの話だと元の世界と行き来する人もいるみたいだし、たぶん大きな時間差は無いと思うんだ。
やっと帰れる。
だけど、オペラとは離れ離れになるのか。
これほどエネルギーを消費するというなら、毎週此処に来るわけには行かないだろうし、来るなら長い休みの時くらいだろう。
しばらくは遠距離恋愛になるということだ。
もし一緒に居たいなら、俺がこっちに住むしかない。オペラが地球に来れても、ダンジョンから長く離れていられない以上、本拠地はこっちになる。
……両親に説明して、高校卒業後はこっちで冒険者として働こうかな……そうしたら、ずっと一緒に居られるし。
「ちゃんと、帰ってきてね?」
「もちろん!」
俺の元気な返事に、くすくすと笑っている。
オペラと一緒にいると、気持ちがすごく楽になるんだよな。やっぱり、癒しのオーラが出てるのかもしれない。
構って欲しそうに体を寄せてくるフワモフとぷにぷよも癒しだ。
最終的には、ここに定住したい。
もちろん、オペラと一緒にいる前提だから、もし別れることになったら……そんなのは、つらすぎる。ここは縁結びの御守りの効果を信じて、別れなくて済むように祈らないと。
覚能力はだいぶコントロール出来ているみたいだから、厄除御守よりも縁結御守を欠かさず身に着けるべきだね。すでに厄除御守は来に渡したままで最近触ってすらいないし。
今更だけど、来は特に変わった事無いって言ってたけど、本当かな? こうして俺が異世界に来たほどの効果がある縁結御守と同じシリーズなのに、異世界の魔物だからと言って効果が無くなるというのは思えないけど……まあ、いいか。
「長くいられるのはゴールデンウィークと夏休みかな? どれくらい時差があるか分からないけど、早ければ1カ月位後で遅ければ4カ月位後になると思うよ。」
「そうなの? 4カ月もユウキが居ないのは不安なの。それまで貸してくれた力が足りるかどうか……。」
「………。」
安定の便利な人扱い。分かってたけど。
「……一応、ほぼ毎週1日くらい時間を作るのも出来ると思うけど。それだと、帰るためのエネルギーが間に合わなくなるよね?」
「確かに間に合わないの。」
神妙に頷いて見せたオペラは、すぐに俺を見上げて悪戯っぽく笑う。
「言ってみただけ。元々一人だったから、大丈夫。人間には都合が有ることも分かってるの。待ってるから、ちゃんと帰って来てくれればそれでいい。」
楽しそうに笑っている。
俺が冒険者を2人ほど行動不能にしたことで動けるだけのエネルギーが溜まったのか、来と大上を撫でている。
「大丈夫。クルもオオカミも此処にいるんでしょ? 寂しいけど寂しくないから、平気なの。」
俺が居ないと寂しい、と思ってくれるらしい。
動けるようになったのに、抱き込まれた状態のまま離れようとする様子は無い。
嬉しくて、にやける。
「俺はオペラとも、来と大上とも離れて寂しくなるから、ちゃんと帰って来るよ。」
ずっと一人でいたオペラが寂しさを感じるようになったのは、俺が来るようになって楽しさを感じてくれているから。
魔物である来や大上を撫でるようになったのも、俺が此処に連れてきたから。
彼女の中に俺の存在が根付いているようで嬉しい。
「待ってるの。だから……帰るためにも、魔力を遮る布の確保を忘れないでね?」
「……はい。もちろんです。」
……忘れてた。
先に記憶を見せたりとか石を作ってもらわないといけないからと後回しにして、完全に忘れてた。
やっぱり忘れてた、と言いたげな表情で頷いたオペラから、そっと視線を逸らした。
好かれた事に浮かれている場合じゃなかったね……。
言い訳だけど、昨日はいろいろあってうっかり忘れたのも仕方ないと思うんだ……。




