さとりくんは、泣く
「大丈夫?」
大丈夫じゃなさそうな顔色のオペラに聞かれる。
硬い石台にぶつけた腕をさすりながら頷き、そのまま床に座り込む。
「俺のことはいいよ。オペラが俺のために頑張ってくれるのは嬉しいけど、それでそんなに体調が悪くなるまで頑張ってほしくない。」
「体調が悪いつもりは無いの。いつも平気だもの。今回はなぜか動くのがちょっとつらいけど……それより、涙が必要なの。昨日ユウキがつらそうだったから、再現して泣けないか試してみたのに上手く行かないんだけど、どうすればいいの?」
再現?
確かに増えた家具は、宿の部屋に設置されている机と椅子とベッドに似ている。材質は石になっているが、サイズも形も同じだ。
昨日俺が錯乱したことも早急に忘れて欲しい。それに、ベッドに転がったからといって泣けるはずが無いよ……!
「つらそうなだけで、ユウキが泣いて無かったのも覚えてるけど、他に方法が思いつかなくて……。」
口元をへの字にして納得していない表情のオペラだ。自分の体調よりも俺の事を優先しようとしてるのか、泣けない事が気になり過ぎて休める心境じゃなくなっているのか。
どっちも正解な感じがするけど、どっちにしても俺のために頑張ってくれてるんだね。後者の理由が占める割合が多い気がしても気にしてないよ。……本当に。
ベッドは泣くために作っただけというなら、普段はどうやって寝てるのか気になる。今はそれどころじゃないか。
「いつもは大丈夫なら、何か変わったことはして無い?」
「……確かに、いつもより血をいっぱい流したかも。上手く行かなくて2つ作ったりもしたから。でも、人間だってこれくらい出血しても普通に歩いて帰ったりするから、平気でしょ?」
平気であることを証明しようとしたのか、オペラは急に立ち上がろうとして失敗し、くらりと態勢を崩して大上にもたれかかるように縁に座った。
倒れないように、来もオペラを後ろから支えに回っている。
完全に俺が手を伸ばせるスペースが無い。オペラを助けるために先に行ってもらってたから、これでいいはずだけど、ちょっとくらい俺のスペース開けて欲しいとも思う。
「分かったから、落ち着こうか。体調とか体格とか個人差もあるから。いつも以上に出血したなら、やっぱり貧血かな? とりあえず、動かない方がいいよ。」
ダンジョンに来るような冒険者という鍛えられた戦闘職と同じ量の出血を、細くて華奢なオペラがした時に同じように動けると思えない。無理はしないで欲しい。
「動けないけど、何もしないのは暇なの。何か泣く方法を思い付かない?」
体格とか個人差で納得したのか、体調不良を認めてくれたようで安心する。
ただし、寝て休む気は無いようだ。気になることがあると、寝られなくなったりするタイプだろうか。
硬い石台の上というのは微妙だけど、ふわもふな抱き枕とぷにぷよなマットが有るので、一先ず休めているとする。
「泣くのも体力使うから後にした方がいいと思うけど……玉ねぎは、今持ってないし……つらい事とか、悲しかったこととかを思い出してみるとか? もちろん、自分の体験でだからね?」
一応念を押す。他人がつらそうにしている所を思い出して、また俺のやらかした部分を思い出されたら俺がつらい。
「つらい事……ねえ、もう一つ頼んでもいい?」
「なに?」
頼み事に視線を合わせれば、オペラは少し恥ずかしそう言い淀んだ。
「実は、昨日使い過ぎたから、エネルギー不足……。」
「それは、動けなくもなるよ!」
えへっと、誤魔化すよう可愛くはにかまれたら、誤魔化されるしかない。
可愛いけど、貧血と空腹って……! それは動けなくなるよね!!
慌ててエネルギー源を探して画面を見れば、鏡を恐る恐る覗いている冒険者の姿が有った。遠慮なく、怖がらせてエネルギーを徴収することにする。
「何でそんなになるまで頑張ったんだ……。」
今まで一人でダンジョンを運営してきたオペラが、エネルギー不足だなんて初歩的なミスをするなんて。実はおっちょこちょい?
「ユウキの入れてくれたのがまだ残ってるから、それを使えばすぐに回収できると思ったの。でも、エネルギーが不足した状態で使おうとしたら、上手く使えなくて……ユウキが来てくれて良かった。」
「そうなんだ。」
貧血と空腹の体調では十分に集中出来ずに、当てにしていたまだ残っている石の力を使ってのエネルギー回収ができなかったなら、納得だ。
覚能力を使うには精神力を使う。豆腐メンタルだった事が判明した俺が言うのは信用が無いかもしれないけど、聞こえるいろいろな声を無視せずに受けとめたり、まして他人に自分の意思をねじ込む『声』を使う事に精神力が必要なのは想像に難くない。
エネルギー不足のままだから、未だに不調というわけで……そういえば、石を作るのにエネルギーが必要と言っていた気がする。
もしかして、不調の原因はエネルギー不足だけ? 貧血はあんまり関係ない?
実際には血を使っているわけで、貧血と完全に無関係ではないかもしれないけど、血とエネルギーが連動しているなら、不調にならない出血量は体格ではなくエネルギー量によるのかもしれない。
それは、通常の人間の身体構造と違うということだ。やっぱり人間じゃないんだよね……。
―――オペラが人間じゃないのは知ってるけど。人間と違う部分があるなら、合わせられるようにオペラの事をもっとよく知りたいんだ。
……まあ、つらい事としてエネルギー不足の現状を思い描いて、しゅん としている様子は可愛いし人間にしか見えないけど。本人の感覚でも、エネルギー不足=空腹としてとらえているようだしね。
相変わらず、一拍遅れで思っていることを繰り返すだけで動けなくなる冒険者は、面白いほどに鏡を怖がる。一人を停止状態にまで追い込んでから再度オペラの様子を見ると、体育座りでどんよりしていた。
”つらい……全然泣けない。どうして泣けないの? こんなに悲しいのに泣けないなんて、私、どこかおかしいの?”
沈み込むオペラを励ますように、来と大上が寄り添っている。
もちろん、俺が入れるスペースは無い。
……玉ねぎさえあれば、簡単に泣かせられるのになあ。こんなに泣けなくて悲しくなっている彼女を見ていると、可哀想になる。
「あとは、あくびかな?」
「あくび?」
オペラは体育座りした膝に埋めた顔を、パッと上げて俺を見た。
さっきまでの沈み切った様子を一瞬で消えた。切り替えが早すぎるよ。
「あくびすると、涙出るよね? 連続でしたら泣けると思う。」
「本当?」
凝視されると、ちょっと自信が無くなる。
まずは自分で試すことにして、あくびをしてみる。
寝不足だったからか、あくびをすると眠くなる。一度のあくびで目が潤み、2度3度と繰り返すと、片側の目から涙が1滴こぼれた。
「スゴイ!! 流石ユウキ!!」
オペラは嬉々とした様子で目を輝かせた。そして両手を口に当て、あくびを始める。
連続であくびを繰り返しながら少しずつ潤んでいくミルクチョコレートの目を見ていると、俺もうっかりあくびがこぼれる。傍にいる大上を大口を開けてあくびした。来の口は分からないけど、眠そうにしているのは同じだ。
つらいこととか悲しい事を思い出して泣くより、あくびで泣いてる方が見ている方としても安心だ。
全員が眠気を感じながら、オペラがあくびをするのを見守る。
潤みながらもなかなか落ちない涙が、やっと1滴こぼれる。そのままあくびを続け、2滴3滴と……。
「もうダメ……。」
”ねむいの。もう無理……。”
3滴目の涙が頬を伝うのをそのままに、オペラは大上を抱き込んで横に倒れた。
「え?」
驚いた俺がその顔を覗き込もうとした時には、すでに寝落ちした後だった。
大上の毛皮に顔を埋めて、その寝顔を見ることすらできない。大上も一緒になって寝てしまってる。
えぇ? そんな急に寝落ちする? 休むように言っても、全然寝る気無さそうだったのに……。
”くる、麻痺る?(一緒に寝る?)”
「……俺はいいよ。来はそのまま支えてあげてて。」
起きてる来に誘われて、一瞬迷ったけど、エネルギー回収と石へ能力を入れていくことにする。エネルギー不足のままだと起きてもオペラが不調のままになりそうだからね。
硬い台で寝て体が痛くならないように、来にはそのままマットを継続していてもらう。
来をマットにして大上を毛布にして、オペラと添い寝するとか……最高の機会を逃した気がするけど、我慢だ。
___立ち上がり、大きく伸びをして眠気に負けないように気合を入れる。
彼女が起きた時に喜んでもらえるように、頑張ろうか。
下心が無いとは言わないけど、俺のために頑張ってくれたんだから、俺もオペラのためになることをするんだ。
……それにしても、あくびで寝ちゃうなら、どうやったらオペラは泣けるんだろう。玉ねぎしか方法はないのか……。
冒険者を怖がらせつつ、石に力を入れながら、考える。
考えながら、怖がらせる。
泣かせたいと思いながら、怖がらせる。
気付いた時には、鏡の前で動けなくなった冒険者が泣いていた。
ああ、うん。思い出した。
覚能力って、とっても便利な力なんだよね。『声』を使えば泣かせるのは簡単だった。オペラが俺に操られるのをどう思うかは別として。




