さとりくんは、癒される
大きな犬である大上に小突かれ、若干ふらつきつつも宿に着いた。
タルトさんに夕食を3人分に増やしてほしいと頼むと、来と大上を見て納得したように頷いていた。
実際は、俺とオペラが1食分で、残りを分けてもらうつもりだけど。
そういえば昼が増えてるけど、ダンジョンでの魔石は今まで通り来が食べているのに、昼も空腹を訴えたりしない。ダンジョンからエネルギーを貰っているのか、来とエネルギーを共有出来ているのか……両方っぽい感じがするけど、本人たちもよく分かって無いことみたいだから、正解は分からない。
部屋に入ってからお風呂を済ませ、夕飯が出来るまでの間にソワソワしながら軽く掃除をする。
犬な大上が居るのに、抜け毛のようなものは落ちていなかった。
毛が抜けない犬……大上は、動くぬいぐるみという事だろうか。ぬいぐるみだと思うと、中学を卒業した男子が連れ歩くのが急に恥ずかしくなってくる。大丈夫。大上は魔物。時には人肉を食べることもある凶悪な魔物……。
ぬいぐるみと、そんな魔物だったら、どっちを連れてる方がマシに見えるんだろう……。
くだらないことを考えて時間を潰す。
夕食を持ってきてくれたタルトさんをフライングぎみに迎えて運ぶのを手伝い、3食分がそろったところで念のため部屋に鍵をかけた。
『ごはんだよー。こっち来れる?』
『行く。』
あ、『声』で返事がきた。
覚能力の使用中だったらしい。通りでオペラの様子が分からないと思ったんだ。
待つこと数秒。
空いたスペースにオペラが現れた。
何度見ても、何もない場所に音もなく突然現れるこのファンタジー現象は凄いと思う。
いつも通り黒の袖なしドレスのオペラが、自分の部屋に居る新鮮さを感じて見てると、そのままつかつかと俺に向かって歩いて来る。
ベットに座らせるのはどうかと思ったから、俺がベットに座って、机を挟んで反対に一脚しかない椅子をセットしている。だから、俺の方に来たことに驚いて、伸ばされる手を呆然と見た。
俺の後ろベットだけど、もしかして、押し倒されちゃう……?
な、わけないよね? いくらベットある部屋だからって、手も繋いだことのない彼女とそんなに進展するわけがない……と、思ってました!
”なんか、変。”
変!? 俺が!?
そりゃあ、変にもなるよ!?
流石に押し倒されはしなかったけど、座ったままの俺は、立ったままの彼女に頭を抱き寄せられていた。
え、え、ちょ。顔に、当たってる!
成長途中と思わしき柔らかな感触が!!
お菓子を彷彿させる甘い匂いが!!
どうすればいいか分からない両手は中途半端に宙を彷徨う。
そんな俺を宥めるように髪を梳かれるが、その腕は剥き出しで、少し目線と上げれば白い肩も鎖骨も首筋も近距離から視放題だ。
……俺をどうしたいの!? なんのご褒美!?
慌てる一方で、ギルドでの騒ぎ以降もやついてイラついていた部分がスッと消えて行くのが分かった。
俺を癒してくれているようだ。
こんなご褒美のような癒しをくれるなんて、最高の彼女だね。
「落ち着いた?」
「たぶん。」
曖昧な返事になるのは仕方ない。
妙なストレスが減れば減るほど、オペラの甘い匂いとか、輝いて見える肌とかが気になって……この煩悩をどうにかするには、精神力の修行が必要かもしれない。もっと魔法が強くなるかも。
”たぶん? もう大丈夫なの? ごちそうさま。”
曖昧な返答は、大丈夫と受け取られて、甘い香りは離れて行った。
ここは嘘でも、もう少しと言うべきだったかも。
でも、ごちそうさまということは、何かを食べたらしい。オペラが食あたりしないか心配だ。
「これが今日のごはん? 美味しそうなの。」
空けておいた椅子に座って楽しそうに笑うオペラを見れば、今の事について何も聞けなかった。
「ポトフだよ。冷める前に食べようか。」
別に、俺の顔を胸に押し当てておきながら一切緊張とかドキドキとかしない彼女に、不安になったわけじゃないからね。
十分好意を感じるし、俺の不調を感じ取って心配してくれたのも分かったし!
「あの、さっきのありがとう……。」
”大丈夫なら、それでいいの。”
小声になってしまったお礼だけど、くすりと優しい笑顔が返された。
優しくて可愛い彼女。これで、好かれてないなんてことはない。ハズ。
タルトさん作の美味しいポトフを食べながら、来と大上を含めて和やかに会話をする。
内容は、ギルドでの俺の活躍だ。
ぷにぷよとフワモフが、オペラに一生懸命俺のスゴさを伝えてくれている。
自分で伝えると角が立つ自慢話も、他人からしてもらえば角が立たないよね。
もっと、褒めてくれていいんだよ?
「燃えない炎? それはスゴイの。」
”燃えるけど、燃えなかった!”
”毒る、麻痺る!(燃えると無くなって、動けなくってた!)”
「それはスゴイの。」
……その説明で、スゴイって思われても、何がスゴイと思ってくれてるのか分からないよ。
ちゃんと、スゴイ! 強い! カッコいい! ときめく! まで感じてくれると嬉しいんだけど……どうしたらオペラはときめくのだろうか。
この前、好きって言った時は結構いい感じだったと思うけど、何もないタイミングで突然「好き」なんて言い出せるようなメンタルの強さを俺は持ち合わせていない。
やっぱり、もっと精神力を鍛えるべきかな?
そうすると、今のこの状況はメンタルを鍛えるのにちょうどいいかも。
密室で(ほぼ)二人きりの状況の彼女と、食事時に俺の噂を拡散する冒険者の声。
軽い興奮状態と、イラッとする状況を同時に味わえるなんて、乙だよね。
……ああ、潰したい。悪口は本人に聞こえないように言うって最低限のマナーも忘れちゃってるのかな? 望み通り、灰すら残らないように消し去ってあげようか。
いやいや、我慢。我慢。
これは、精神修行。
彼女と一緒に居る時間に、イラッとなんかしてられない。
オペラと来と大上の癒される組み合わせに眺めて、静かな笑顔を浮かべるものの不快感は収まらない。
そういえば、不快な声を無視せずにしっかり聞くことは無かった。
ここまで自分の精神が軟弱だとは思わなかった。
すこしぼんやりとしてきたが、甘い香りに顔を上げる。
「落ち着いて。」
いつの間にか俯いていたようで、食べ途中のはずのオペラが俺の前に居た。
先ほどと同じように、髪を梳かれる。
「焦ってる? 帰りたいの? 私も頑張るから、落ち着いて。」
帰りたい?
そう、帰りたいんだ。
日本とこの街とで、価値観が違う。
冒険者なんていう職業が有るくらいだ。
魔物や獣を殺すこと。魔物やダンジョンで殺されること。
殺さなければ殺される環境が整っているからか、何かの拍子に暴力的に排除しようとする思考や、殺意すら簡単に抱く。
急に今までと違うそんな人間を普通の人間だなんて言われても、俺は、どうなればいいかが分からなくて困る。
「大丈夫。私と一緒に居ればいいの。きっと、帰れるの。」
見上げたミルクチョコレートの瞳は甘くて優しい。
撫でるようなオペラの手に身を任せ、力を抜いてぽすりと胸元に顔を埋める。
この柔らかさと甘い香りを味わえるのは、彼氏の役得だ。
「帰れるかな?」
「此処と、元の世界と、行き来するんでしょ? 半々でいいの。」
オペラは人間にしか見えなくても、人間じゃない。
人間じゃなくても、人間にしか見えなければ普通でいられるのかもしれない。
「半々かぁ……。」
もやつく感情が癒されるのを感じながら、撫でるように探られるのも感じる。
探られるということは、覚能力? あの石はダンジョンに生えているのに、どうやって?
疑問もそこそこに、癒しを求める俺は優しさすら感じるそれを受け入れる。
____
そこは神社だった。
「何かあれば、すぐにじいちゃんに言うんだ。いいね?」
「何かって?」
「もしじいちゃんが居なければ、ここに来ればいい。」
「神社?」
じいちゃんは、曖昧に笑うだけだ。
その心の声は聞こえない。
「今は分からなくていい。ただ……。」
途切れた声の先は、声が継ぐ。
『普通の人間でいなさい。』
是非は無い。そこには、純然たる力の差がある。
声の違いになど気付けないほどに、心の奥に沈んだ命令のままに頷く。
「そうしていれば、大丈夫だから。」
何が大丈夫なのかは分からなくても、きっと大丈夫だと思った。
_____
ふと思い出した。
いつの事かも思い出せないくらい、幼い日のことを。
普通の人間って何?
___目立たなくて、興味を引かない。危機感を感じさせない人間でいるように。
そんな強い意思と強制力を伴う声に気持ち悪くなり、オペラの体を押して離れる。
気持ちが悪い。
離れない『声』が、気持ち悪い……!
……まだ越えられない力の差が、『声』の優先力をどうにもできないっ……!
「どうしたの!? 大丈夫!?」
背を撫でる手に、はっとする。
気付けば、ベットで頭を抱えて転がっていた。
「ごめん。大丈夫。」
じいちゃん……!
こんな人格に影響を与えるような命令をするなんて、どういうつもりだろう!?
可愛がってる孫にすることじゃないよ! 酷すぎる!
「ねぇ、大丈夫なの?」
「大丈夫。心配してくれて、ありがとう。」
”本当に……?”
疑う視線に、力強く頷く。
せっかく彼女と居るのに、精神修行とか言って心配かけて醜態をさらすなんて最悪だよ!
急なホームシックに加えての錯乱だなんて、今日こそ、恥ずかしすぎて死ねるかもしれない!!
俺のメンタルが豆腐だったのも分かったし、彼女に隠れて特訓しないと。
そして、祖父の命令を解く。今後の目標だ。
……人格形成としては、幼少期を過ぎてるから今更だと思うけど、命令されたままの状態って気持ち悪いからね! ……そうだよね?




