さとりくんは、街にいる
僕の…いや、俺の報奨金がいくらかを、計算するのに楽しそうな鎧の人に着いて、見えていた高い塀に辿り着いた。高い塀というのか、分厚い壁が街を一周ぐるりと回っている。
ダンジョンというゲームっぽいファンタジー要素がある世界なので、外にも魔物が居るのかもしれない。
それを防ぐための物というなら、魔物の襲撃がここまで来る可能性が有るという事か。
……もし、中に入れないと、その危険地帯で野宿になるのか?不安だ。
門には門番がいる。
案の定、止められる。
「身分証は?」
「ありません。」
身分証か。鞄があれば、生徒手帳があったんだけど…この異世界な場所で、使えそうに無いけど。
鎧の人が、カードのようなものを門番に見せて、話しかけている。
「ダンジョンに居たんだ。誘拐かもしれない。」
「ダンジョン?こっち側は、転移迷路だろ?」
「そうだ。ジンジャとか…あー、なんか聞き覚えのない地名を言っていた。」
「そうか。今この街で誘拐事件は聞いてない。身分証明書を発行するが、金はあるか?銀貨3枚だ。」
「…ありません。」
こちらに向けて聞いてきた門番に、無いと答える。
財布も鞄の中だ。…財布にも、日本円しか入ってないから、あったとしても銀貨は払えないけど。
眉をひそめた門番は、ここまで連れてきてくれた鎧の人を見る。
「事件性が有れば、無料になる可能性が有る。そうで無いなら、代わりに払うか?」
”変わった服だ。事件にしても、服がそのままなら金をどこかに縫い付けるくらいしてあるだろう。おかしな奴だ。”
「そうだな…何か、売れそうなものはあるか?」
”誘拐では無いか。なら、異世界人じゃなければ損になる。回収できるか?”
異世界人だから大丈夫!…だと思うけど、門番にも怪しまれている。この面倒くさがりで金勘定の好きそうな鎧の人に見捨てられると、街に入れないかもしれない。
…街に入ってもどうすればいいか分からないけど、外で野宿よりはましだと思う。街に入ったら、親切そうな人がいればいいな…。
「分からないですけど、この服を安いものに買い替えたら、足りますか?」
「そうだな。たぶん大丈夫だろう。後で返せるなら、銀貨3枚貸してやる。」
”服か。もしかすると、金貨になるかもしれないな。それなら、十分回収できる。”
「ありがとうございます。」
にっこり笑って感謝を伝える。
隙あらば、見捨てようとするから、ハラハラした。
制服だけど、卒業式は終わったし、無くなっても問題ない。それだけは安心だ。
このブレザーの制服が高く売れるといいな。
卒業式で、ボタンを誰かにあげることも無かったから、良かった。別に、欲しがった女子がいないわけじゃないんだからな。
”優紀ちゃんのボタン!記念に欲しい…!けど、我慢。きっと後で、中里くんか佐倉くんとの交換イベントがあるハズだから…!”
”優紀ちゃんのボタン…。目の前で交換してくれればいいのに、もう帰るんだね…。いっそのこと、記念に私がもらいに行く?ううん、駄目。きっと、帰った後に中里くんと交換する。大丈夫。分かってる。”
”どうして、ボタンそのままで帰っちゃうの、優紀ちゃん!佐倉君は、近所じゃないんだよ!勇気を出して交換して!ああ、もう。私がもらって、こっそり佐倉君と交換してあげようかな!?それとも、この後会う予定があるの!?分からない!”
……うん、彼女たちは、勇気が無くて僕に声をかけれなかったんだ。
少なくとも、3人は欲しがってたと思うと、モテモテだったと思わないか?
記念って何!?とか、中里とも佐倉とも会う予定ないよ!?とか、なんで女の子を間に挟んで男同士で交換しないといけないんだ!?とか、いろいろ思うことはあるけど、むしろ、悲しくなってくるけど。現実逃避しないと、やっていけないよ…。
腐女子ってなかなか面白い当て字だよね。こんな変わった思考の女子は塩原さんだけだと思ったら、塩原さんの友人を中心に、何人かに広がってるんだから。腐女子、怖い。
卒業式後の一幕を思い出して、虚ろな目になったのは仕方ないだろう。
来い、と声をかけてくれた門番について、門の横の詰め所に入る。
カウンターのようになった場所で待たされ、門番は奥の戸をくぐって行った。戻ってきた時には、黒い手袋をはめた手で一枚のカードを持っていた。
「これを持て。それで登録される。」
「はい。」
差し出されるままに、そのカードを受け取る。
紙とは違うつるつるとした硬い質感だ。金属か、鉱石?よくわからない。
持って数秒経つと、そのカードに黒い線が浮き上がってきた。すごい。ファンタジー現象だ。
浮き上がった線は、ミミズがのたくったような、というのか、居眠りしている時にノートに引かれていた線のような、とにかく意味のなさそうな線がカード上に模様のように走っていた。
もしこれが、この世界の文字というなら覚えられる気がしない。そもそも、どこからどこまでが一文字なのかも分からない。
「どうだ?出たか?」
カードを覗き込もうとする門番に反射的にカードを隠すように裏返した。
小説なんかである異世界物の身分証明書的なカードには、スキルが入っている場合がある。この世界でも十分に読心できる覚能力が発揮できているから、スキルとして表示されている可能性が有る。この能力がこの世界でどういう扱いになるのか分かるまで、あまり知られたくない。
……だから、隠したつもりだったが、無意味だったようだ。カードの裏側にも同じかどうかわからないが、意味のなさそうな線が模様のように走っていた。
「これは…。」
”読めない。この読めない線は、異世界人か!?初めて見た!”
門番に、ひったくるようにカードを取られた。何度も確認するように、両面を見ている。
よかった。この線は、この世界の文字でもないようだ。少し安心した。
「異世界人だったんだな。ようこそ。ここはフィフの街だ。この身分証の発行の金額はかからないから、安心しろ。
保護したのは、フローライトか。フローライトは冒険者だな。冒険者組合で登録すると補助金が出るから行くといい。よろしくな!」
”異世界人なんて、珍しい。保護した奴はついてるな!”
にこやかに笑って、握手を求められた。とりあえず、握手をする。
保護した奴はついているという事は、もらえるお金は多いのだろう。
後ろにいた、鎧の人を見ると、表情は鎧で見えないが、嬉しそうだった。
「異世界人だったか。このまま、組合に連れて行くよ。」
”異世界人だったか!大当たりだ!報奨金は金貨が出るだろうか?”
「ええと…よろしくお願いします。」
鎧の人…門番にフローライトと呼ばれていたな。
未だに、名乗りあってないけど…まぁいいか。
ただ、もうしばらくフローライトと一緒に行動することになりそうだった。
門番と別れて、フローライトと共に街の中に行く。
街並みは、西洋風な感じだ。
冒険者ギルドか。ゲームっぽい感じだな。小説的なのだと、帰れるパターンと帰れないパターンがあるけど、どっちだろう。異世界人は珍しくても居そうだし、帰れるパターンだといいな。
でも、小説的な話だとすると、主人公には使命があったりするんだよな。魔王を倒せとか?出来る気がしない。僕の…いや、俺の使命ってなんだろう?
……御守の力だとすると、やっぱり彼女を作ることかな?そんな使命って有りなのか?
冒険者ギルドとかって言ってたし、受付の人とかいそうだし、その時に聞いてみようと思う。
考えている内に、ギルドに着いたようだ。
フローライトのように剣を腰にさしていたり、槍とか弓とかの武器を持っていたり、杖を持っている人が出入りする建物だった。杖ってことは、魔法もありそうだな。
武器を持つ人たちは、防具を付けていたりもするけれど、フローライトのような顔まで全身の鎧は、他に見当たらない。珍しい装備だったようだ。
この場に俺は場違いな感じもしたが、登録をしないといけないようだし、気にせずさっさと(報奨金のことを考えながら)中に入ってしまうフローライトに付いていくしかなかった。
中に居る人達は、それほど多くは無かった。
カウンターになっている受付の空いた所に、入った。
ギルドの受付嬢…すごい!もう一度、夢ではないかと疑った。とがった耳のエルフな美人。期待を裏切らない美人だった!
「フローライトさんですね。今日は早いですね。買取ですか?」
「いや、こっちの登録をお願いしたい。」
かしゃんという金属音に、エルフな美人から横に顔を向けると、フローライトが鎧の頭部分を外していた。
なるほど。建物では、帽子を取ったりするように鎧の頭部分も外すらしい。
じゃなくて、薄緑な髪に同じ色の目をした若そうな美青年だった。
これが、面倒くさがりでお金好きなぼっちの顔!?予想と全然違った。だって、ぼっちで剣士で、面倒くさがりのお金好きなのに……なんか、悔しかった。
「登録ですね。身分証を貸してください。」
営業スマイルの受付嬢に、先ほどもらったカードを渡す。
「これは…異世界人ですか!もしかして、フローライトさんが保護したんですか!?」
「そうだ。」
「そうなんですね!私は、エクレアです。私からもいろいろ説明しますので、これからよろしくお願いしますね?」
”私一押しのフローライトさんが、可愛い男の子を保護!美味しい!異世界人と保護者とか…素敵!”
エクレアさんの輝く笑顔がまぶしい。
……なんだろう、すごく、身に覚えのある反応だった。気のせい。異世界なんだから、きっと気のせいに違いない。
眩しい笑顔に押されるように、何とか、よろしくお願いしますとは返した。
異世界のエルフな婦女子が…まさか、まさか、ね?