さとりくんは、怖がらせたい
会話が途切れた状態で、少し歩いた所に鏡を発見した。
激しい羞恥のための動揺が若干落ち着いたところで良かった。
今なら普通に話せる。
「鏡があるね。どうする?」
「まずは一人が前に立って様子を見る。先にユウキが立ってくれるか? もし動きが止まるようなら、俺が鏡の前から引っ張り出す。体格差的にそれが妥当だろう。」
”正体不明な物体の前に立つのに、こいつが居ると転移で逃げるかどうするか迷うな。動きが止まるって言うのは、危険なのか? とりあえず、先に試させればいいか。”
……俺は実験台か。まぁ、いいけど。
「分かった。」
そのまま俺は気負いなく歩き、鏡の前に立つ。
何も起きない。当たり前だけど。
さて、どうしようかな? オペラに相談しようか。
『ねぇ、今鏡の調査をしてるんだけど、2人で映った時はどうなるかの実験なんだ。俺の今の能力的には3人くらいなら同時に声を送れるけど、同時に送るのは大変だし、一人しか操られない事にしていいかな?』
”ユウキの好きにして。”
『うん。でも、そうすると2人いれば一人が動けなくなっても救出できることになるから、怖くなくなるんじゃなかな?』
”そう? ……そんなことないの。複数人でこのダンジョン入るなら、罠にかかる時の恐怖が通常以上になると思うし、はぐれないようにしたいという不安を集められると思うの。”
『そっか。それなら大丈夫だね。』
そういう考え方も出来るね。オペラって、感情を集めているだけあって人間の感情の機微が鋭いかも。俺も漠然と心の声を聞いているだけじゃなくて、見習いたい。
「おい、ユウキ大丈夫か? 鏡は動いているのか?」
「え? どうだろう?」
そうだった。鏡は動かない時もあるけど、ここで調査終了するなら動いていることにしたい。
……俺は、操られていることにした方が良かった?
「どうだろうって、動きが止まる感じは無いのか?」
返事で来てるから、今更動けないって言ったら変だよね?
鏡の声に精神力で打ち勝つ……不可能じゃないね。
俺はただ、対象の思っていることを繰り返しているだけだから、ずれてぶれる思考を適正に処理していけばいい。
つまり、精神力が強ければ気合で多少の身動きはできるはず。俺が動けても、普通の人間の枠にいれて問題ない。……そうだよね?
「鏡から声が聞こえて……ちょっと、動きにくいかも?」
「そうなのか? 自力で鏡の前から離れられるか?」
「……大丈夫。」
ちょっとだるそうに、ゆっくりめに歩いてフローライトの近くに行く。
「声というのはギルドで聞いた通りか? 多少の動きずらさが有っても、動けないほどではないんだな?」
「俺はそうだったよ。」
フローライトの言葉に、頷いて肯定を示す。正直に言えば、動きには何ら問題はなかったけど。
「そうか。俺も試してみる。」
”ユウキが大丈夫ということは、個人差があるのか? それが精神力の差か? こいつが大丈夫なら俺も平気だろう。”
はい。自意識過剰ー!! 勝手に俺の精神力を低く見積もるな!! 動けるものなら、動いてみればいい!!
……もし本当に動けたら、すごくショックだけど。
フローライトが鏡に向き合ったことを確認し、声を送る。
”これが鏡か。普通の鏡だな。”
『 これが鏡か。普通の鏡だな。』
”……これが噂の声か。確かに俺の思った言葉だ。”
『 ……これが噂の声か。確かに俺の思った言葉だ。』
”この声がずっと続くだけか? 聞くほど怖くないな”
『 この声がずっと続くだけか? 聞くほど怖くないな』
……怖がってくれ無いようだ。そんなに怖くないなら、途中で逃がす気は無いけど?
”後は動ければ……動けない? なんでだ?”
『 後は動ければ……動けない? なんでだ?』
”手…も、足も、動かない。……いつまでだ?”
『 手…も、足も、動かない。……いつまでだ?』
やっと焦りと恐怖を感じ始めたようだから、一度大丈夫か聞いてみようか。
「フローライト! 大丈夫? 動けそう?」
”動けない! 返事が…出来ない。口も…動かない。どうすればいい?”
『 動けない! 返事が…出来ない。口も…動かない。どうすればいい?』
動けないのは分かってるから、困ったような顔でもうしばらく眺めているけどね。
”いつまで…こんな状態…最後は…どうなる…?”
『 いつまで…こんな状態…最後は…どうなる…?』
”魔物だというなら…本当に…俺を…乗っ取るつもりか?”
『 魔物だというなら…本当に…俺を…乗っ取るつもりか?』
”逃げるべきだ…。帰還…! 帰還…! …スキルも、使えないのか…?”
『 逃げるべきだ…。帰還…! 帰還…! …スキルも、使えないのか…?』
みんなして俺のことを魔物扱いして酷いよね。
フローライトは鏡を危険視してスキルを使おうとしているけど、使えなかったみたいだ。
そうだと思ったよ。
”こんなの…無理だ! 怖い…!”
『 こんなの…無理だ! 怖い…!』
ここからなんだけどな。でも、そろそろ助けてあげようか。
「フローライト! 大丈夫!? 返事しろよ!」
必死そうな声を出して隣に並んで鏡を確認する。
鎧の頭は表情を確認できないが、隙間から光る緑の目は鏡にくぎ付けで、怯えの光を隠せていない。
散々俺の事を馬鹿呼ばわりして、魔物扱いして、弱いっていうから、ちょっとした仕返しなんだよ。
この目を見れただけで、仕返しは満足してあげようか。
あ、あと最後にもう一つ。
___よいしょー!! と、気合を入れて思いっきり腕を引っ張り、鏡に映らない元の位置にまで投げ飛ばした。
鎧がかしゃんと軽い音を立てて、フローライトはよろけながら地面に尻餅をついていた。
……うん。気持ちだけだったね。
ガッシャーンって感じで投げ飛ばしたイメージだったんだけどな……これが体格差なのか、悲しい……筋肉ほしいな。
「フローライト! 大丈夫!?」
フローライトの正面にしゃがみ込み、その目を伺うと、ぼんやりとした虚ろな様子から正気の光を取り戻していった。
「大丈夫か?」
「……ああ、助かった。……お前は、本当にアレを見ても平気だったのか?」
”……あんなの、ヤバすぎる。こいつは本当に、アレを耐えられるのか?”
すっごい疑われている。 ……実際には声は聞こえなかったけどね。俺の能力なんだから、俺に対して使うわけないじゃん?
でも、母や祖父に同じようにされたところで抵抗出来ると思うから、ウソじゃないよ!
「そうだけど、フローライトは動けなくなってたね。」
「……あの鏡は、タイミングによって動かない時があるらしいから、動き始めは威力が弱いのか?」
マジか! そこまでして俺の精神力に負けたことが気に食わないらしい。
そこまで言うなら、もう一回やってやろうじゃないか! ……本当に何も起きてないんだけどね。
「分かった。あと、2人映った時はどうなるかの確認をしようか? さっき俺が一緒に映った時は声が聞こえなかったから、後から映る方は声が聞こえないかもしれないけど、フローライトを助けるのを優先しちゃったからしっかり調べた方がいいよね。」
「…………そうだな。」
”またあの鏡に映らないと、いけないのか? 最悪だ。後から映る方は声が聞こえない仕様であってくれ!”
口からの声はしぶしぶといった不機嫌そうだが、心の声は怯えと不安を多分に含んだ懇願の叫びだった。
あー、面白い!! 俺の声にこんなに怖がるだなんて! ただ同じことを繰り返しているだけだよ? どうしてそんなに怖いんだろうね?
これならオペラも、エネルギーを回収できていそうで良かった。
この後、鏡の前に立ったてだるくて動きずらいという、さっきと同じ演技をした。
俺の次に一緒に鏡の前に立ったフローライトは憮然とした態度だったけど、”また声が聞こえたらどうしよう”という不安でいっぱいだった。俺はそんなフローライトにまた『声』を掛けたくなったけど、我慢した。 ……俺、頑張ったよね?
目的の調査を終え、報告のためという建前で足早にダンジョンから退却するフローライトに着いて街に戻り、ギルドで報告をした。
①鏡が動いている時に、声が聞こえて行動不能にされるのは一人
②行動不能にされている人を、鏡の前から離すことで助けることが出来る
③精神力の差か、異世界人の体質か、鏡の声による行動制限が効きずらい人間がいる
この3つの結果の報告だ。
……異世界人の体質って、素直に精神力の差って認めてくれればいいのに。
俺の見た目が弱そうだから、信じてもらえなかった。弱そうって、みんな酷い。
かくなる上は、高威力魔法を使って精神力が強かった証明をしよう!
……とりあえず、先に練習をしてからね。使えなかったら、恥ずかしいし。
それより先に、お昼ご飯だよね。
フローライトとギルドで別れ、それを悲しそうに見るエクレアの視線と声をかわして、屋台の並ぶ通りに出た。
昨日買って美味しかった串焼きをまた食べ、バーガーも売っていたので赤いソースのものを選んでみた。予想通りにトマト味のバーガーだった。美味しいけど、想像していたあの有名なバーガーには勝てなかった。タルトさんのテリヤキバーガーは期待以上の美味しさだったんだけど、料理人の腕の差かな?
食べ終わってすぐにダンジョンに帰ろうと思ったけど、途中で甘い匂いにつられて一口サイズの揚げドーナッツを発見した。
甘いもの、女子が喜ぶ……オペラの好感度上げにいいかも?
速攻で買って、お持ち帰りにした。
もし美味しく無いものをお土産にすると後が怖いから一つ味見してみたけど、普通に美味しい。
少し浮かれた足取りで、ダンジョンに向かった。




